本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『OPTION B』(シェリル・サンドバーグ)

 お薦めの本の紹介です。
 シェリル・サンドバーグさんとアダム・グラントさんの『OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び』です。

 シェリル・サンドバーグ(Sheryl Sandberg)さんは、フェイスブックCOO(最高執行責任者)、慈善活動家、ビジネス・リーダーです。

 アダム・グラント(Adam Grant)さんは、心理学者です。

「人生最悪の衝撃的な悲劇」から立ち直るには?

 サンドバーグさんの夫、デーブ・ゴールドバーグさんは、ジムで運動中に倒れ、そのまま帰らぬ人となります。

 最愛の人に、突然先立たれたサンドバーグさん。
 心臓や肺を満たし、思考を奪い、息すらできなくする、圧倒的な虚脱感に閉じ込められ、生きる希望を失いかけます。

 しかし、家族や親族、友人、会社の同僚の手厚いサポートもあり、ゆっくりとではありますが、立ち直ることができました。

「バラ色」だけの人生を送っている人なんて、ひとりも知らない。生きていればだれだって苦難に遭遇する。前もって察知できる災難もあれば、不意を襲われることもある。子どもの急死のような悲劇もあれば、恋愛や破局や叶わなかった夢のような苦悩もある。こういうことが起こったときに考えるべきは、「次にどうするか」である。
 それまで私は「レジリエンス」とは、苦しみに耐える力だと思っていた。だから、自分にその力がどれくらいあるのかを知りたかった。でもアダムは、レジリエンスの量はあらかじめ決まっているのではない、むしむどうすればレジリエンスを高められるかを考えるほうが大事だという。レジリエンスとは、逆境が襲い掛かってきたときにどれだけ力強く、すばやく立ち直れるかを決める力であり、自分で鍛えることができる。それはめげない、へこたれないといった、精神論ではない。精神を支える力を育(はぐく)むことなのだ。
(中略)
 朝が来れば、起きるしかなかった。ショックを、悲嘆を、生き残ったことへの罪悪感を乗り越えるしかなかった。家ではよい母親でいられるよう、前を向いて進むしかなかった。職場ではよい同僚でいられるよう、集中するしかなかった。
 喪失感や悲嘆、失望は、きわめて個人的な感情である。どういう状況において、どうやって立ち向かうかは、一人ひとりちがう。それでも、思いやりと勇気を奮い起こして自分の体験を語ってくれた人たちのおかげで、私は救われた。心を打ち明けてくれた人たちのなかには、とても親しい友人もいれば、知恵やアドバイスを一般に公開した見ず知らずの人もいた――。ひどいタイトルの本にだって、学ぶところはあった。そしてアダムは、辛抱強く、しかしきっぱりと諭してくれた。闇はいつか必ず明けるが、自分でもその後押しをしなくてはいけない。人生最悪の衝撃的な悲劇に見舞われようと、その影響を多少でも自力でコントロールすることはできるのだ、と。

『OPTION B』 はじめに より アダム・グラント、シェリル・サンドバーグ:著 櫻井祐子:訳 日本経済新聞出版社:刊

 サンドバーグさんは、壮絶な経験を経てもなお強さを身につけ、より深い意味を見出すことはできると強調します。

 本書は、想定外の挫折やトラウマ、悲しみや絶望から立ち上がる方法についてまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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立ち直りを妨げる「3つのP」

 心理学者のマーティン・セリグマンは、人が失敗や挫折にどのように対処するかを長年研究します。
 そして、以下の「3つのP」が、苦難からの立ち直りを妨げることを明らかにしました。

  • 自責化(Personalization:自分が悪いのだと思うこと)
  • 普遍化(Pervasiveness:あるできごとが人生のすべての側面に影響すること)
  • 永続化(Permanence:あるできごとの余波がいつまでも続くと思うこと)

 つまり、つらいできごとが「自分ひとりのせいではない、すべてではない、ずっとではない」ことに気づけば、子どもも大人も立ち直りが早くなるということです。

 サンドバーグさんは、職場への復帰も、普遍化の克服に役立ったと述べています。

 職場に戻って最初の数日は、頭がもうろうとしていた。フェイスブックのCOO(最高執行責任者)になって7年以上になるというのに、何もかもに戸惑いを覚えた。復帰後はじめての会議では、みんな何を話しているの? それがいったいどうしたというの? としか考えられなかった。でもいっとき議論に引き込まれ、ほんの1秒間、もしかすると0.5秒間だけ忘れていられた。死を忘れた。デーブがジムの床に横たわる姿を忘れた。棺が地中に下ろされるのを見ていたことを忘れた。そしてその日の3つ目の会議では、数分とはいえ、居眠りまでした。頭がガクン、となったのは恥ずかしかったが、とてもありがたかったことがある。いびきをかかなかったこと・・・・だけではない。あのときはじめて緊張がほぐれたのだ。数日が経ち、数週間、数カ月が経つうちに、どんどん集中できるようになった。仕事をすることで自分らしくいられる場ができ、同僚の思いやりのおかげで、人生悪いことばかりじゃないと思えるようになった。
 職場では「支えられている、理解されている」と感じられることが大切だと、私はかねがね考えている。悲劇的なできごとを経験したあとはなおさらそうだと、いまではわかる。残念なことに、現状は理想とはほど遠い。アメリカでは近親者が亡くなったとき有給の忌引休暇をとれるのは、民間企業の従業員の60%でしかなく、しかもほとんどの場合、数日だけである。職場に戻れば、悲嘆は職務遂行の妨げになる。大切な人との死別後に襲ってくる経済的ストレスは、まさに泣きっ面に蜂である。悲嘆による生産性の損失は、アメリカだけで年間750億ドルにものぼる。休暇や柔軟な勤務体制、勤務時間の短縮、経済的支援を従業員に提供すれば、そうした損失を減らせるうえ、悲しみに暮れる人たちの負担を軽くすることもできる。包括的な医療給付と退職給付、福利厚生、傷病休暇を提供する企業は、従業員への長期的投資が、忠誠心と生産性の向上というかたちで報われることを知っている。従業員に支援を与えることは、思いやりに満ちた、かつ賢明な行為なのだ。フェイスブックが寛大な忌引休暇を提供してくれて本当にありがたかった。デーブの死をきっかけに、私はこの方針をさらに広げるべくチームと取り組んだ。

『OPTION B』 第1章 より アダム・グラント、シェリル・サンドバーグ:著 櫻井祐子:訳 日本経済新聞出版社:刊

 強い精神的ショックを受けると、何もやる気が起きなくなり、引きこもりがちになります。

 もちろん、直後には、そういう期間も必要です。
 しかし、なるべく早く普段通りの生活に戻ることが、より重要です。

 職場復帰には、本人の勇気が必要なのはもちろんですが、周囲のサポートの有無が欠かせません。
 社会全体で取り組むべき課題といえますね。

「触れないこと」がベストではないこともある

 私たちは、とてつもない苦しみを味わった人とは、なるべく、その出来事についての話題は避けようとします。

 しかし、サンドバーグさんは、つらい話題を避けることが、相手の気持ちを慮(おもんばか)ることになるとは限らないと指摘します。

 心の痛む話題を避ける現象はあたりまえに見られるから、名前までついている。数十年前、心理学者は人が悪い知らせを伝えたがらない現象を指して、「マム(沈黙)効果」という用語をつくった。医師は回復の見込がないことを患者に告げたがらない。企業の管理職は解雇の通告を必要以上に遅らせる。私の同僚でフェイスブックのダイバーシティ推進責任者のマキシーン・ウィリアムズは、人種をめぐるマム効果に多くの人が屈していると指摘する。「丸腰の黒人男性が、免許をとり出そうとして白人警官に射殺されるような事件が起こっても、白人でそのニュースを見聞きした人や、その地域に住んでいる人、職場で私たちのとなりに座っている人は、何も声をかけてくれないことが多いのよ」とマキシーンは説明してくれた。「人種差別の被害者は、喪失を経験した人と同じで、沈黙によって傷つけられる。苦しむ人がなによりも知りたいのは、こんな気持ちになるのは異常ではないということ、そして支えてくれる人がいるということ。黒人に関する重大な事件が起こっていないかのように振る舞えば、その2つを全否定することになるわ」。
 何もいわずにいると、家族や友人、同僚を遠ざけてしまうことが多い。ふつうの状況でさえ、ひとりきりで考えにふけるのは苦痛に感じられることがある。ある実験で、女性参加者の4分の1、男性の3分の2が、15分間何もせずにひとりで座っているより、電気ショックの苦痛を自分に与えるほうを選んだのである。沈黙は苦しみをかき立てることもある。私がデーブの話題を安心してもち出せる相手は、限られた家族や友人だけだった。でもほかの友人や同僚にも、私が話しやすいように気を配ってくれる人がいた。心理学者はそういう人たちを、「オープナー」[opener:相手の心を開き、自己開示を引き出しやすい人という意]と呼ぶ。「尋ねない友人」とちがって、オープナーはたくさん質問をし、評価や判断を加えることなく、返答にただ耳を傾ける。そしてなにより大切なことに、相手を理解し、気持ちを通じ合わせることに喜びを覚える。オープナーは苦境に置かれた人、とくにふだん控えめな人にとって、大きな救いになるのだ。

『OPTION B』 第2章 より アダム・グラント、シェリル・サンドバーグ:著 櫻井祐子:訳 日本経済新聞出版社:刊

 その出来事に触れることは、相手に当時の苦しみを思い出させるのではないか。

 私たちは、そう考えて遠慮してしまいがちです。

 しかし、その人の頭の中は、いくら時が経っても、その出来事で占められている場合も往々にしてあります。
 そして、誰かに、その出来事を話したがっていることもあるのですね。

 もともと自分自身のことは話さない、控えめな人が多い日本人。
「オープナー」の存在は、より大きいといえます。

「自分への思いやり」が自分を救う

 絶望の淵から生還するために、最も必要な要素のひとつが「自己への思いやり」です。

 自己への思いやりは、友人に対してもつような思いやりを、自分自身に対してもつことという意味です。

 サンドバーグさんは、自分を思いやることによって、自己批判や恥の意識から解放され、気遣いと理解をもって自分のあやまちに向き合えると述べています。

 自己への思いやりは、「人間である以上、落ち度があるのはあたりまえ」という認識から始まる。自己への思いやりをもてる人は、苦境からより早く立ち直ることができる。結婚が破綻した人たちを調査した研究で、自尊心や楽観性、離婚前のうつ症状、結婚生活や別居生活の長さなどは、レジリエンスとはなんの関係もなかった。離婚の苦しみを受け止め、乗り越えるのにいちばん役立ったのは、自己への思いやりだった。アフガニスタンとイラクからの帰還兵を対象とした研究では、自己への思いやりをもつ人はPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が有意に改善した。自分思いの人は、幸福感と満足感が高く、情緒的問題に悩まされることが少なく、不安感が低いのである。自己への思いやりは男女どちらにもよい効果をおよぼすが、女性は男性よりも自分に厳しい傾向があるから、その分、得られる効果も大きい。「自己への思いやりには、ともすれば自分に厳しくしすぎる私たちをなだめる効果があります」と、心理学者のマーク・リアリーは説明する。
 自己を思いやりながら、深い反省の気持ちをもつことは珍しくない。自己への思いやりをもつからといって、過去の言動の責任逃れをすることにはならない。たんに、未来に希望がもてなくなるほど自分を痛めつけない、ということだ。自己への思いやりをもつことで、「悪い行いをしてしまったからといって、悪い人間になったわけではない」と気づくことができる。「自分が〜〜でなければよかったのに」ではなく、「〜〜さえしなければよかったのに」と考えるようになる。カトリックの告解が、「神よお許しください、私は罪人です」ではなく、「神よお許しください、私は罪を犯しました」から始まるのは、このためなのだ。
 自分の人格ではなく、言動を責めるよう心がけると、「恥」ではなく「罪」の意識をもてるようになる。ユーモア作家のアーマ・ボンベックは、罪の意識は「尽きることのない贈り物」だといっている。罪の意識をなかなか振り払えないからこそ、私たちはよりよい人間になろうと努力し続ける。罪の意識があるからこそ、過去のあやまちをつぐない、次はよりよい選択をしようという気になる。
「恥」の意識は、これと正反対である。恥の意識をもつと、自分はちっぽけでとるに足らない存在だと感じ、怒りに任せて人を攻撃したり、自己憐憫におぼれて自分の世界に引きこもったりする。大学生を対象としたある研究で、恥の意識を感じやすい学生は、罪の意識を感じやすい学生にくらべ薬物や飲酒の問題を抱えることが多かった。恥の意識の強い囚人は、罪の意識の強い囚人にくらべ、再犯率が30%高かった。恥の意識の強い小中学生が敵対心や攻撃心をもちやすいのに対し、罪の意識が強い子どもは対立を和らげようとする傾向が強かった。

『OPTION B』 第4章 より アダム・グラント、シェリル・サンドバーグ:著 櫻井祐子:訳 日本経済新聞出版社:刊

 人間は、間違いを犯す生き物である。

 そのことを十分に理解し、寛容さを持つ人々でさえ、許せないことがあります。
 それは、「自分自身の過ち」です。

 自分自身の行いを客観的に観て、判断すること。
 自分の人格ではなく、言動を責めるよう心がけること。

 誰より、自分が自分自身を許してあげることが、レジリエンスを高めます。

「ジャーナリング」でやり場のない感情を処理する

 感情を、「言葉」で表現する。
 そのことは、逆境を自分のなかで処理し、克服するのに役立ちます。

 ひとつの方法が「ジャーナリング」です。
 ジャーナリングとは、考えを思いつくままひたすら書き出すことです。

 ジャーナリングは、サンドバーグさんが立ち直る際にも、大切な手段になりました。

 子どものころからいつも日記をつけよう、つけようと思い続けてきた。数年にいっぺん、新しい日記帳を買って書きはじめるのだが、いつも三日坊主に終わっていた。でもデーブのお葬式から5カ月間で、10万6338語が私からほどばしり出た。何もかもすっかり書いてしまうまでは、息もできないような気がした。朝のこまごまとしたことから、答えの出ない、存在に関わる問題まで、思いつくままなんでも書きつけた。書かない日がほんの数日続くと、自分のなかで感情がどんどんふくれあがり、決壊寸前のダムにでもなったような気がした。無機的なパソコンに向かって書くことがなぜそんなに大切なのか、あのころはわかっていなかった。答えを返してくれる家族や友人に話したほうがいいんじゃない? ひとりになれる貴重な時間を、記憶をほじくり返すことに費やすより、怒りや悲嘆から離れる時間をつくったほうがよくないかしら?
 いまでははっきりわかる。書きたいという衝動が、私を正しい方向に導いてくれたのだと。ジャーナリングのおかげで、やり場のない感情や、次から次へと浮かんでくる後悔を処理することができたのである。デーブとの時間が11年しかないことがわかっていたら自分はどうしただろうと、絶えず考えていた。もっと2人の時間を大切にすればよかった。夫婦仲がぎくしゃくした時期も、あんなにけんかせず、もっとお互いを理解し合えばよかった。最後の結婚記念日になってしまった日も、バル・ミツワー[ユダヤ教の13歳男子の成人式]に出るために子どもたちと旅行なんて行かずに、家にいればよかった。そしてあのメキシコでの最後の朝に行ったハイキングで、デーブがフィルと、私がマーニーと歩く代わりに、2人で手をつないで一緒に歩けばよかったーー。こうした思いを綴るうちに、いつしか憤(いきどお)りや後悔は薄れていった。
 哲学者のセーレン・キルケゴールはいみじくも、「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない」といっている。ジャーナリングは、自分の過去に意味をもたせ、現在と未来を生きていくための自信をとり戻すのに役立った。するとアダムは、今度は「今日うまくできたこと」を3つ書いてごらん、という。最初は正直気が進まなかった。毎日生きているだけでやっとなのに、会心の瞬間なんてあるかしら? 今日は着替えができた。すごい、すごい! しかし、うまくできたことを数えあげることで、心理学者のいう「小さな成功体験」に集中できるようになり、その結果回復が促されると実証されている。ある実験で、参加者にその日うまくいったこと3つとその理由を、1週間連続で毎日書き出してもらった。すると、幼いころの思い出を書き出した対照群にくらべて、その後6ヶ月間幸福感が高かった。最近の研究では、「本当にうまくいったこと」とその理由を毎日5分から10分間かけて書き出した人は、3週間以内にストレスレベルが低下し、心身の不調も改善した。

『OPTION B』 第4章 より アダム・グラント、シェリル・サンドバーグ:著 櫻井祐子:訳 日本経済新聞出版社:刊

 不安や後悔、悲しみや苦しみ。
 それらは、頭の中でぐるぐる回っていると、どんどん膨らんでいきます。

 ネガティブな感情を吐き出し、言葉として具体化する。
 そのことで、解消される部分は、想像以上に大きいということです。

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 長い人生においては、想像もできないような悲劇に遭遇することもあります。

 急に目の前の道がふさがれ、真っ暗闇の中に、ひとり取り残されたような感覚。
 生きていく希望を完全に失っているのに、生かされている。

 そんな状況から、いかに立ち直り、残りの人生に意味を見出すか。
 それが本書のテーマです。

 理想とする人生プラン(オプションA)が実行不可能となった。
 そんなときには、それに代わる新たなプラン(オプションB)が必要です。

 サンドバーグさんをはじめ、数多くの経験者の言葉。
 それに、グラントさんの心理学的な見地からのアドバイス。

 本書には、オプションBの存在に気づき、それに生きがいを見出すためのアイデアが詰まっています。

 もしものとき、倒れそうになった体を支えてくれる“杖”のような一冊。
 ぜひ、皆さんもご一読ください。

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