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【書評】『幸せとお金の経済学』(ロバート・H・フランク)

 お薦めの本の紹介です。
 ロバート・H・フランクさんの『幸せとお金の経済学』です。

 ロバート・H・フランク(Robert・H・Frank)さんは、経営学がご専門の経済学者です。

所得が増えても、幸せを感じられない理由は?

 経済的には、数十年前とは比べもののにならないほど、裕福になった現代社会。
 ただ、それに比例して、幸せを感じる人が増えているかというと、そうではありません。

 フランクさんは、絶対的所得は、主観的な消費の満足度はもちろんのこと、人生の重要な場面における成功や失敗のいかんをはかる基準としては、あまりにも不完全だと指摘します。

 従来の経済モデルは、「効用(訳注:消費者が消費する財から得る満足度)が絶対的な消費だけで決まる」と想定しています。

 しかし、実際には、効用は消費が起こるコンテクスト(訳注:物事や人が置かれている状況や関係)にも大きく左右されます。

 フランクさんは、コンテクストが問題になるのは、単に人間の脳があらゆる評価を判定する「基準枠」を必要としているからだと指摘します。

 たとえば、自分が住んでいる家が分相応なものかどうか考えている人を例として取り上げてみましょう。ほとんどの場合、彼らは局所的環境(訳注:特定の時、場所における環境)における住宅の質と広さで判断します。
 数十年前、私は平和部隊(訳注:アメリカ政府が運営する発展途上国へのボランティア計画。日本の青年海外協力隊のようなもの)を志願者としてネパールの農村地域に2年駐在しました。その間住んでいたのは、水道も電気もない2部屋だけの小さな家でした。それでも、暮らしていた村にあるほとんどの家よりも広々としていて、住み心地も良かったため、それに不満を持つことはありませんでした。
 しかし、もしニューヨーク州のイサカ(訳注:著者在住のニューヨーク州中部にある都市)で同じ家に住んでいたとしたら、標準よりかなり下だと考えたでしょう。子どもたちは自分の家を友だちに見られることを恥ずかしく感じるに違いありません。
 同様に、ネパールの友人や同僚がイサカにある私の家を見たら、常軌を逸していると感じたでしょう。たくさんのトイレが付いた、そんなに大きな家が、いったいどうして必要なのだろう、と。
 しかし、イサカにいる友人たちの多くは、私よりずっと大きな家に住んでいても、そうした感慨をもつことはありません。

『幸せとお金の経済学』 序文 より ロバート・H・フランク:著 金森重樹:監訳 フォレスト出版:刊

 フランクさんは、人が置かれているコンテクストは、主観的評価だけでなく、自身の人生における成功さえも左右すると述べています。

 本書は、相対的な価値観が「幸せ」に与える影響を、経済学的な見地から、わかりやすくまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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なぜ、私たちは同じ答えを選んでしまうのか?

 消費の動向は、コンテクストによって大きく左右される。

 フランクさんは、そのことを説明するのに、以下のような2つの思考実験を提示します。

 これから説明するような設定で、実際に選択を迫られたと想定して答えてください。
 どちらの実験でも、1点を除いてまったく同じ2つの世界が提示され、そのどちらか一方を選びます。
 1つ目の実験では、自分は4000平方フィート(訳注:約110坪)の家、他の人は6000平方フィート(訳注:150坪)の家に住んでいるAの世界、自分は3000平方フィート(訳注:約80坪)の家、他の人は2000平方フィート(訳注:約60坪)の家に住んでいるBの世界のどちらかを選びます。なお、選んだ後で、その世界における自分の家の位置づけは変わらないこととします。
 一般的な新古典経済学の選択モデルでは、効用は絶対的な消費量で決まります。これに照らし合わせて考えれば、正しい選択は間違いなくAの世界です。
 Bの世界でいちばん大きい3000平方フィートの家よりも、より大きな4000平方フィートの家を持てるのですから、このように住宅の絶対的な大きさだけが問題ならば、当然Aの世界のほうが望ましいはずです。
 しかし、重要なのは、この2つの世界を見たとき、あなたはどのように感じたのかという点です。
 実際にはほとんどの人が、絶対的なサイズは小さくても、相対的には大きな家が持てるBの世界を選ぶと答えます。また、Aを選んだ人たちでさえも、Aの世界の実質的に大きな家よりも、Bの世界の3000平方フィートの家を選ぶ理由が理解できると言うのです。
 もし、あなたも同じように感じるのであれば、ここから先の議論で必要となる大前提について納得できるはずです。
 2つ目の思考実験では、自分は1年に4週間、他の人は6週間の休暇がとれるCの世界、そして自分は2週間、他の人は1週間の休暇がとれるDの世界のうち、どちらか一方を選びます。この場合は、Cの世界、つまり相対的に短くても絶対的に長い休暇を選ぶ人がほとんどです。
 私はコンテクストと評価の因果関係が最も強い財を地位財、最も弱い材を非地位財という言葉を使って表します。先ほど取り上げた2つの思考実験でいえば、住宅は地位財、休暇は非地位財になります。
 要するに、住宅の絶対的な大きさや休暇の相対的な長さがどうでもいいというわけではなく、住宅は休暇よりも地位が重視されるのです。

『幸せとお金の経済学』 序文 より ロバート・H・フランク:著 金森重樹:監訳 フォレスト出版:刊

 私たちの脳は、周囲と比較することで、自己を認識しようとします。
 絶対的な価値より、相対的な価値が意味を持つことは、想像以上にあります。

 家や車、時計に靴。
 実際、「地位財」と呼ばれるものは、高価で家計の大きな部分を占めています。

 経済全体を考えるうえでも、無視できない要因であることは、間違いありませんね。

所得が4倍に増えても、幸福度が変わらない日本人

 幸福度は、絶対的な価値観では、必ずしも測ることはできない。
 それは、経済学の観点からも、いろいろな研究により証明されています。

 お金と幸せの関係について、実験に基づいた重要な事実が2つあります。
 1974年に発表された論文で、これらの事実に経済学者たちの目を向けさせたのがリチャード・イースタリンで、今もこの事実に変わりはありません。
 1つ目は、全員の所得が増えた時点で、幸福度に大きな違いは生じなくなるという事実です。
 たとえば、グラフ9の濃いグレーの線は平均幸福度、薄いグレーの線は1961〜87年における日本の平均所得を表しています。この時期、日本では所得がほぼ4倍に増えていますが、同時期の平均幸福度の線は、パンケーキのように平坦です。
 グラフ9で示されたパターンは、他の国々でも一貫して見られますが、従来の経済モデルに対して明らかな課題を突きつけています。所得の増加が幸福度の増加と結びつかないのであれば、苦労してまで所得を増やそうとするのはなぜでしょうか?
 たとえば、平の弁護士が法律事務所の共同経営者になろうと、週に80時間も働くのはなぜでしょう?
 タバコ会社のCEOが恥も外聞もなく、喫煙が重篤な病気を引き起こす証拠はないと議会の公聴会で主張するのはなぜでしょう?
 所得と幸福度の関係を2つ目の方法ではかってみると、所得が幸福度に深く関わっていることがわかります。
 グラフ10はアメリカにおける所得と幸福度の関係を、1980年代の短い期間のデータで示しています。このように特定の国の特定の時点の人々について、平均所得と平均幸福度の関係をグラフにすると、裕福な人々は貧しい人々よりもはるかに幸せであることがわかります。
 グラフ9やグラフ10に見られるパターンは、絶対的な所得よりも相対的な所得のほうが、幸福度の指標として信頼できるという考えと一致します。
 実際のところ、先進国では、絶対的な所得が幸福度を大きく左右することはありません。
 ところが、最貧国――ほとんどの人が食べるものがない国、あるいはかなりの数の人々が寒さに苦しんでいるか、住む家のない国――においては、全員の所得が増えれば幸福度も増します。
 しかし、さしあたり重要なのは、絶対的な所得が一定の値を超えると、全員の所得が同じ割合で増えても、幸福度はほとんど変化しなくなるという点です。
 たとえば、ユージン・スモレンスキーは、ニューヨーク市の労働者が回答した「最低限の快適さ」に必要な家計の額の中央値が、21世紀の初め以降、1人当たりの国民所得の半分程度で推移していることを明らかにしています。

『幸せとお金の経済学』 第3章 より ロバート・H・フランク:著 金森重樹:監訳 フォレスト出版:刊

グラフ9 日本における平均所得と平均幸福度の推移 幸せとお金 第3章
グラフ9.日本における平均所得と平均幸福度の推移
(『幸せとお金の経済学』 第3章 より抜粋)

グラフ10 米国の所得に対する満足感 幸せとお金 第3章
グラフ10.米国の所得に対する満足感
(『幸せとお金の経済学』 第3章 より抜粋)

 幸せは、お金では買えない。
 幸せは、お金で買える。

 どちらも、ある一面では真実で、別の一面では真実ではない、といえます。

 国家の経済、地域の経済を考える。
 その場合、コンテクストを考慮して、相対的に捉えることがより重要となります。

私たちは身の丈以上にお金を使っている?

 フランクさんは、経済格差の拡大により、ほとんどの中流家庭にとって必要最小限の目標を実現するためのコストが押し上げられたと述べています。

 そのメカニズムを、下の「支出の滝」の概念図を用いて、解説します。

図1 支出の滝 概念図 幸せとお金 第5章
図1.「支出の滝」概念図
(『幸せとお金の経済学』 第5章 より抜粋)

 たとえば、コミュニティの基準に見合った住居を得るために中流家庭が支払わなければならない金額を考えてみましょう。トップ層の住居費の増加が「支出の滝」を引き起こし、その結果、住居費は所得が増加していない層においても増えています。この現象は所得が急激に伸びたトップ層が、以前よりも大きな邸宅を立てるようになったところから始まりました。
 こうした大邸宅ができたことに中流家庭が気づいているからといって、それを不快に思っているという証拠にはなりません。それどころか、多くの人々が雑誌やテレビでそうした大邸宅を目にすることを楽しんでいる節もあります。
 ところが、トップ層のすぐ下の層にとっては、どんな家が必要か、あるいは望ましいかを決める基準枠がこうした新しい邸宅によって変えられてしまうのです。
 ひょっとすると、今では娘の結婚披露宴や大きなディナー・パーティーを家で催すのが当たり前になっているのかもしれません。
 そして、富裕層に近いそうが建てる家が大きくなると、今度はそのすぐ下の層が1万平方フィート(訳注:約300坪)の家では不十分だと思うようになり、それが所得階層のずっと下のほうまで連鎖的に伝わっていきます。
 このように、1980年には1600平方フィート(訳注:約45坪)だったアメリカの新築家屋の平均面積は、2001年には2100平方フィート(訳注:約60坪)を超えるまでになりました。ところが、この間、平均的な家庭の実質所得はほとんど増えていないのです(グラフ5)。

『幸せとお金の経済学』 第5章 より ロバート・H・フランク:著 金森重樹:監訳 フォレスト出版:刊

グラフ5 税引き前所得の変化 幸せとお金 第2章
グラフ5.税引き前所得の変化
(『幸せとお金の経済学』 第2章 より抜粋)

 滝の傾斜が急で、落差が大きくなる。
 そうればなるほど、落下する水の勢いと量は、増していきます。
 
 経済格差が進む社会における、家計の支出への圧力も、同様のことが起こっているということですね。

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 ひと握りの富裕層の所得拡大が、大多数の中流所得層の家計の負担を大きくする。
 結果として、富裕層と中流家庭の経済格差は、さらに拡大する。

 そんな「支出の滝」のメカニズムによる悪循環を断ち切るには、どうすればいいのでしょうか。

 フランクさんは、そのための手段のひとつとして「累進消費税」の導入を提案しています。

 具体的には、年間総所得に応じ、消費税の税率を最低20%から最高200%まで段階的に振り分けるというものです。
 このような、富の再分配方法の議論は、これから活発になることでしょう。

 本書は、“現在”と“将来”の経済を理解するうえで、欠かすことのできない一冊といえます。

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