本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『共感する力』(林文子)

 お薦めの本の紹介です。
 林文子さんの『共感する力 ~カリスマ経営者が横浜市長になってわかったこと~ 』です。

 林文子(はやし・ふみこ)さんは、経営者、政治家です。
 フォルクスワーゲン、BMW、ダイエーなど、数々の企業でカリスマ経営者として手腕をふるわれました。
 09年に横浜市長に立候補、見事当選されています。

“共感”と“おもてなし精神”

 林さんは、訪問販売員として、セールスの現場で実績を重ねてきた、いわば“叩き上げ”の経営者です。

 当時は、今とは比べ物にならないほどの男性中心の社会。
 風当たりも強かったことでしょう。

 林さんは、その中でキャリアを築いていくことができたのは、「“共感”と“おもてなし精神”を大切ににし続けてきたから」だと述べています。

 “共感”と“おもてなし精神”とは、相手の気持に寄り添うことです。
 それらは、ビジネスの世界だけではなく、すべての人間関係において欠かせないものです。

 林さんは、市長になった現在、“おもてなしの行政サービス”を理念に掲げています。
 堅苦しく、機械的で冷たい印象のある役所のイメージに風穴を開けるべく奮闘しています。

 市の職員にも、“林イズム”は徐々に浸透し、3年半経った現在、さまざまな成果として表れています。

 本書は、一般企業の社長と大都市の市長として、異なる組織を変革した「共感する力」を解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「余計なこと」ができなければ、市民に還元できない

 林さんは、市長就任当初、「これは大変な世界にきてしまった」と思ったそうです。

 自分の前で、市の職員たちが総じて理屈っぽく、まったく雑談をしない。
 冗談ひとつ言えない、緊張した雰囲気が支配していたのを感じたからです。

 市役所のみならず、行政の世界は法律や条例に縛られた、いわばコンプライアンスが非常に厳しい世界です。市民のみなさまの大切な税金をお預かりしての仕事。懸命に仕事をするには少しでも仕事に関係のない余計なことを言わない、しない、という意識が非常に根強いのです。さらに市役所の職員たちも新しい市長が就任したことで緊張し、そこに警戒感も加わったのでしょう。
 しかし市民のみなさまは感情豊かに暮らし、その中で「横浜市にこうしてほしい」というご要望が出てくるのに、理屈だけで物事を考えていたらそんな市民感情を理解できるわけもなく、結果市民のみなさまに望まれるサービスを提供することができません。
 ですから私はその緊張関係を解きほぐすために、「余計なこと」を言い続けてきました。とにかく、あいさつのほかにひと言、相手に関心を示す言葉をかける。その姿勢は市長就任当初も、3年半経った今も、変わることはありません。

  『共感する力』 第一章 より  林文子:著  ワニブックス:刊

 当初はなかなか心を開いてくれなかった職員たち。
 しかし、3年半の間に、大きく変わり、向こうからも話しかけてくれるようになったそうです。

 市民のみなさまと向き合い、行政としてサービスを提供していく。
 そのためには、まず提供する側が“人間的”でなければならない。

 林さんの、その信念が伝わったのでしょう。

 組織を変えるには、まず、トップが模範を示さなければいけません。
 口先だけで「あれやれ!これやれ!」と言っても、人は動かないということです。

「待機児童数88%減」に成功したわけ

 林さんが市長就任直後の横浜市は、“日本で一番待機児童の多い都市”でした。

 林さんは、就任してすぐに、この保育所待機児童問題を重大な緊急課題に位置付けて、その解消に努めます。
 その努力が実り、1552人もいた待機児童数を三年半で179人(2012年4月時点)まで減らすことに成功しました。

 まずは市民のみなさまのニーズを分析する必要がある。私はそう考え、市長直轄のプロジェクトを立ち上げました。
 現場の第一線で活躍している保育所関係者のほか、子育てや福祉、街づくりなどを担当する市各部局の担当者に集まってもらい、会議を開き、ブレーンストーミングのように「なぜ待機児童が出てしまうのか」「解消するにはどうすればよいか」と、自由闊達(かったつ)な意見を交わしてもらいました。
 現場からはさまざまなリアルな声が上がってきました。その声をもとに案を練り、選りすぐられた案をひとつひとつ実行に移したのです。
 待機児童解消のポイントは二点。「受け入れ枠の拡充」と「需要と供給のマッチング」でした。
「受け入れ枠の拡充」として、認可保育所の定員増はもちろんですが、私は「横浜保育室」拡充にも努めました。
「横浜保育室」とは、市が独自に設けた基準(保育環境、保育時間、運営条件など)を満たした保育施設のことで、ビルのワンフロアであったり、マンションの一室であったりを利用して開設されたものも多く、都市部にも無理なく開設できるため、保護者の方が仕事の行き帰りに子どもを送り迎えできる利便性もあって、ご好評いただいています。

  『共感する力』 第二章 より  林文子:著  ワニブックス:刊

 サービスする相手の声を自ら吸い上げ、彼らのニーズをしっかり把握する。
 そして、最も有効な手段を講じる。

 セールスの現場で、長年トップの座を守り続けた、林さんの面目躍如ですね。
 何かと上から目線で、お仕着せの施策が多いと、批判されがちな役所では、あまりなかった発想でしょう。

仕事とは、辛抱すること

 多くの人は、上司に理不尽なことを言われると、「なんで自分がこんなことを言われるのか」と怒りを感じます。
 しかし、林さんは、嫌なことを言われても、

「まあ、上司も板挟みで相当ストレスを感じているだろうからな」

 と思います。

 いくら強い物言いをされようと、喧嘩(けんか)腰にはならず、柔らかく接する。
 林さんは、そのための秘訣を以下のように述べています。

 私は相手がいい人であれ、嫌な人であれ、あるいは気の合う人であれ、気の合わない人であれ、一度自分の中に受け入れてしまいます。そうすると嫌なことをされたとしても、相手の立場になって物事を考えられるようになるのです。
“辛抱”という文字は「辛さを抱く」と書きます。私もこれまでの仕事人生において、相当苦しい思いもし、その度に“辛抱”してきました。
 辛いことを“辛い、辛い”と言っていても、辛さは増していくばかりです。しかし、辛さを抱きしめるように相手を受け入れていけば、その辛さは徐々に薄まっていきます。
 楽しいことも悲しいことも、うれしいことも辛いことも、すべてをただ受け入れ、抱きしめる。
 そうすることで人生の味わいは、より深いものへと変化していくはずです。

  『共感する力』 第三章 より  林文子:著  ワニブックス:刊

「辛抱が大事」とは、よく言われる言葉です。
 しかし、実行するのは難しいこと。

 どんな人でも、一度、自分の中に受け入れる。
 その人と一緒に、「辛さを抱く」。

まさに、それが「共感する力」で、林さんの懐の深さ、器の大きさです。

“おもてなし”に必要な三つの条件

 自動車のセールスという仕事に就き、“おもてなし”の大切さを痛感した林さん。

 “おもてなし”には、絶対欠かすことのできない「三つのポイント」に気づきます。

 第一のポイントは「人が好きなこと」
 人を好きになるには、その人に関心をもつことが大前提です。
 ショールームにやってきたお客様を見て、ほとんどのセールスマンは「この人は新車を買うお客様かな?それとも修理かな?」と考えます。
 しかし、それではお客様に関心を持っていることにはなりません。本当に関心があるのなら「どこから来たのかな?」「どんなお仕事をしているのかな?」と考えるはずです。“おもてなし”の第一歩は、そういったお客様個人に関心を向けることから始まります。

 第二のポイントは「勇気を持つこと」
 この場合の“勇気”とは、自分をさらけ出すということです。
 本当の自分を出すということは意外に難しいこと。
 自分のいいところ、悪いところ、強いところ、弱いところ。そういったことを、身を切って話すのは予想以上に疲れる作業です。
 でも、“おもてなし”にはそうやって“痛みを出す”“痛みを分かち合う”ということがとても大事だと思うのです。
(中略)
 第三のポイントは「積極性」です。
 これはふたつ目の“勇気”とも関係があるのですが、「自分から積極的に人とつながりを持つ」ということを表しています。
 ことに初対面の人に対しては誰しも苦手意識を持つもの。時には勇気を出して相手のふところに飛び込んでも、受け止めてもらえないこともあるでしょう。しかしその積極性は良い人間関係を築いていく上でとても大切です。

  『共感する力』 第四章 より  林文子:著  ワニブックス:刊

 どれも現代の日本人に欠けている、と言われる要素ばかりです。
 それだけ、今の日本には、“おもてなし精神”や“共感する力”が失われているということ。

 林さんも、現代社会では、「本音で向き合う」ことがないがしろにされてしまっていると懸念します。
 情報技術の発達で、少なくなった今だからこそ、人と人とが直(じか)に触れ合うコミュニケーションがより重要です。

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「人間はひとりでは何もできない」

 それが、林さんの“共感”の原点です。

 強引に自らのカラーに染めるようなやり方はしない。
 対立よりも協調を重んじて、社員や職員のやる気を促す。

 それが林さんが成功を収めた秘訣なのでしょう。

 林さんのやり方は、民間人が、行政組織のトップに就任して成果を上げる、「模範ケース」です。

「次の世代の人たちによりよい日本をバトンタッチする」

 その使命を支えに、市長として、日々の激務をこなす林さん。
 これからのご活躍にも期待したいです。

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