【書評】『プロフェッショナル・ネゴシエーターの頭の中』(藤井一郎)
お薦めの本の紹介です。
藤井一郎さんの『プロフェッショナル・ネゴシエーターの頭の中』です。
藤井一郎(ふじい・いちろう)さん(@Ichiro_Fujii)は、M&A(企業の合併と買収)の仲介・アドバイザーです。
現在は、自らが経営されている会社にて、中堅中小オーナー企業、投資ファンド等を顧客に多くのM&A案件を手掛けられています。
「交渉スキル」は、今後ますます重要になる!
グローバル化が進む世の中で、企業の再編が国境を越えて日常的に起こっています。
もちろん、日本の企業も例外ではありません。
藤井さんは、そのような時代背景、経営環境の中で、今後ビジネス界で生きていくためには交渉スキルはますます重要になってくる
と指摘します。
社外との交渉だけでなく、上司や他部署との「社内交渉」にも役立ちますね。
本書は、交渉で役に立つスキルやテクニック、それに交渉の場での心構えを解説した一冊です。
本書で紹介する内容は、誰にでも身につけられ、普段の生活でも十分応用できるものです。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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そもそも、「交渉」って何?
「交渉」とは、立場や利害が異なる相手と何かを取り決めるために行うコミュニケーション
です。
定義を三つに分解してみると、
- 立場や利害が異なる相手と
- 何かを取り決めるために行う
- コミュニケーション
ということになります。
1.の立場とは、その人が置かれている立ち位置ということで、会社を代表していることもあれば、社内における部下という立場かもしれないし、家庭生活においては夫というのも立場のひとつです。
利害とは、その人が望んでいる結果のことで、対会社であればよい条件で売買契約を結ぶということであったり、社内であれば上司に対して提案を通すということでもあるし、家庭生活においては夫が妻に対して小遣いを上げてもらうということかもしれません。
交渉において、相手は必ずしもひとりとは限りません。複数の場合もあるし、相手は会社という法人かもしれない、また外交交渉であれば相手は国家ということもありえます。
(中略)
2.の何かを取り決めるとは、会社間であれば契約、社内であれば承認(決裁)、家庭内であれば約束、というのが典型的な例になります。
3.のコミュニケーションはいささか曖昧な概念ですが、わかりやすくいえば「話し合い」ということです。ただ、面と向かって話し合うことだけではなく、電話やメール、仲介者を介したコミュニケーションをも含むものです。
コミュニケーションは基本的には双方向的に行われる非暴力的なものですので、一方的に通知して相手の言うことは一切聞かなかったり、暴力的に解決しようとすること(戦争はその最たるものです)は、交渉ではありません。『プロフェッショナル・ネゴシエーターの頭の中』 第1章 より 藤井一郎:著 東洋経済新報社:刊
基本的に、交渉は、人と人との間で行われるものです。
立場や利害は、人によって異なるのは当然。
つまり、どんな場面でも、交渉が必要な場面が発生する可能性があります。
「よい交渉」の二つの定義とは?
藤井さんは、多くの経験から「よい交渉」と「まずい交渉」がわかるようになりました。
たとえ、合意に至らなくても、「よい交渉」だということもあります。
藤井さんは、「よい交渉」について、以下のように説明しています。
私はよい交渉には以下の二つの要素が不可欠だと考えています。
まずひとつめは、交渉プロセスの中で、双方の信頼感が醸成される、そういう交渉のことです。双方の条件の溝が最終的に埋まらず、合意に至らなかったとしても、交渉過程でお互いに相手を信頼できるようになっていれば、「また別の案件(プロジェクト)が出てきたときに是非一緒に仕事をやりましょう」ということになります。
合意に至らなかったという意味では交渉は失敗ですが、将来につながる関係が構築できたという意味ではよい交渉ということになります。逆に、交渉過程でお互い不信感が芽生えてしまえば、将来的にもお互いにとってメリットのある仕事を協業するチャンスをなくしてしまいます。
ここでは、交渉後も何らかの関係が続くという前提で、信頼構築が大事ということを述べています。
たとえば、観光地での土産物屋と観光客との値段交渉などのように、一回取引してしまえばあとは一切関係を持たないというケースは念頭に置いていません。ただそういう場合でも、少なくとも、お店側としては事業としてやっている以上、同じ人ではないにしても継続的に観光客と取引を続けるのであれば、あくどい商売をやっていれば、すぐにインターネット上に書かれ周知の事実になってしまうので、たとえ一回きりの交渉でも信頼構築に努めたほうがよいと思われます。
よい交渉に必要な二つめの要素は、交渉で取り決めた合意(約束)事項が問題なく履行される、そのような交渉だと考えています。
これは先ほどのひとつめとも関連しており、たとえ合意に達したとしても、交渉プロセスの中で、お互い不信感を持ってしまっているとしたら、その後の、合意事項の履行プロセスの中でトラブルが起こりかねません(そして通常予想通りにトラブルが起こります)。『プロフェッショナル・ネゴシエーターの頭の中』 第2章 より 藤井一郎:著 東洋経済新報社:刊
やはり交渉において最も大切なのは、相手との「信頼関係」です。
いかに相手を欺いて、こちらの有利な条件を飲ませるか。
それでは、いい信頼関係は築けません。
「自分と相手、双方の利益が最大になる条件はどこか」
それを第一に考えて、交渉すべきということですね。
知りたいことは真正面から質問すべき
交渉においては、金銭的なインセンティブ(動機づけ)がどのように働いているか見極めると同時に、金銭以外の部分でどのようなインセンティブが働いているかを知る
ことが非常に重要です。
人類学者のエドワード・T・ホールによると、日本はハイコンテクストの文化とされ、曖昧な言葉、非言語的なコミュニケーションが多用され、状況から真意を察することが求められる文化といわれています。しかし、私は、日本においても交渉の場面では、誤解をなくし、双方の利益を最大化するために、知りたいことは可能な限り正面から質問をするのが最もよいと考えています。
たまに交渉のプロを自認する人が、相手方の会社の人間関係、裏情報や噂などから、あれこれ思索を巡らせて交渉の戦略を立てようとしますが、これらはあくまで推測であって、邪推や思い違いをしている可能性も十分にあります。
真正面から質問をすれば案外素直に答えてくれる場合も多いですし、たとえ相手が言葉を濁したり、本当のことを答えていないように思えても、それはそれで相手の反応から有益な情報を得られる場合が多いので、たんに推測するよりは、知りたいことは正面から聞いたほうがよいと言えます。
逆に質問される側の対策としては、自分が何を重視しているかを教えるのは基本的には問題ありません(もちろんあまり法外な要求をしてはいけませんが)。相手は交渉を合意に導くために、あなたが重視していることを優先的にかなえようとしてくれる可能性が高くなります。『プロフェッショナル・ネゴシエーターの頭の中』 第3章 より 藤井一郎:著 東洋経済新報社:刊
交渉相手と信頼関係を築く。
それには、こちらの意思をはっきり相手に伝え、相手に安心感を与えることも大事です。
お互いに言いたいことを言えず、疑心暗鬼で腹の探り合い。
そうなったら、いい交渉にはなりませんね。
相手に質問されたときの考え方
交渉中には、こちらに非がなくても、相手から大きなクレームを受ける場合があります。
目の前の相手が感情的に怒っているときに、自分も感情的になって反論する。
すると言い争いになり、関係修復が不可能になる恐れもあります。
そうならないためには、まずは相手の話を遮らずに聞いてみること
が重要です。
藤井さんは、自分の感情を抑えるための考え方を以下のように説明しています。
批判されたときに自分の感情を抑えるために、私は以下のいずれかのように考えるようにしています。
- 自分とは違う見方を教えてくれたこと、新しいタイプの人間と知り会えたことに感謝し、コミュニケーションの修行の場と捉える
- 相手は私ではなくて、自分自身(相手自身)に対してじつは批判しているのだと考える。批判している内容は、じつは自身がよくしてしまうミスであることが多い
- 相手が根っからの悪人であればどうしようもない、今後は関係を持たないようにしよう。相手を取り巻く環境がそうさせているのであれば、自分も同じ境遇ならそうなったかもしれないので、同情すべき。いずれにしても、怒っても仕方がない
- 批判されたとしても、それは批判した人の個人的な意見にすぎない。他の人はどう思うかわからない。批判されたことを受け入れるかどうかは自分で判断すべき
いずれにしても、些細(ささい)なことで切れる人は、将来何かとトラブルを引き起こす可能性が高いので、今後はなるべくつきあわないようにしたほうがよいと思います。
『プロフェッショナル・ネゴシエーターの頭の中』 第7章 より 藤井一郎:著 東洋経済新報社:刊
相手が感情的になっている場合、相手なりの理由があります。
感情的になっている理由を知るのは、相手の意図を知ることにもつながります。
感情的なときほど、本音がポロリとこぼることが多いです。
交渉においても有利に働きますね。
言い争ってもいいことは何もありません。
相手が熱くなっているときほど、自分は冷静になる。
そして、じっくりと相手の話を聞くように心掛けたいですね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
日本人は、ものごとをはっきりさせるのが苦手で、曖昧な結論で終わらせようとする傾向があります。
「交渉」というと、日本では陰でこそこそ・・・と後ろめたいイメージが残っています。
交渉の本来の目的は、立場も利害も異なる相手と意見を一致させること。
そのためには、本音で話し合って共通項を探し、落とし所を見つける作業が必要です。
交渉のスキルは、そのために欠かすことができないもの。
交渉に臨むときの心構えとして、藤井さんは、柔道の創始者として有名な嘉納治五郎先生の「自他共栄」という言葉を挙げています。
自他共栄の交渉とは、自分と相手にメリットがあり、さらに社会の発展に寄与し、社会に対して価値をもたらす交渉
とのことです。
交渉を通して相手の信頼を勝ち取り、社会の信用も得る。
結果に一喜一憂せず、プロセス自体を楽しみながら交渉に当たりたいですね。
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