本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『イノベーション・オブ・ライフ』(クレイトン・M・クリステンセン)

 お薦めの本の紹介です。
 クレイトン・M・クリステンセン先生の『イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』です。

 クレイトン・M・クリステンセン先生は、ハーバード・ビジネススクール(HBS)の看板教授として有名な方です。
 優良企業であるがゆえに陥ってしまう失敗についての研究を行い、注目を集めました。

企業経営の「イノベーションのジレンマ」から学べること

 優秀な企業が「正しい経営」を推し進めた結果、逆に自らを苦境に陥れてしまう。
 いわゆる、「イノベーションのジレンマ」

 クリステンセン先生は、さまざまな研究を重ね、その原因についての理論をまとめました。

 本書は、その優れた企業経営理論のエッセンスを、人生に当てはめて解説した、「人生の経営学」とも呼べる一冊です。
 2010年に行われ、多くの感動を与えた、クリステンセン先生のHBSでの最終講義。
 本書は、それらをまとめ直した内容です。

 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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動機づけ要因と衛生要因のバランス

 私たち一人ひとりを動かすもの。
 それを知ることは、幸せを語る上で、欠かすことができません。

「誘因(インセンティブ)」「動機づけ(モチベーション)」の概念の関係性を示す理論。
 そのひとつにフレデリック・ハーズバーグらが提唱する、「動機づけ理論(モチベーション理論)」があります。

 この理論は、モチベーションを「衛生要因」「動機づけ要因」の二つに区分して考えます。

「衛生要因」は、少しでも欠ければ不満につながる要因のこと。
 ステータス、報酬、職の安定、作業条件、企業方針などが、それに相当します。

 衛生要因が満たされると、仕事に不満を持つことはなくなります。
 しかし、仕事を好きになれるというわけでは、ありません。

「動機づけ要因」は、仕事への愛情につながる要因のこと。
 動機づけ要因には、やりがいのある仕事、他者による評価、責任、自己成長などが相当します。

 これらの動機づけは、外からの働きかけや刺激とはほとんど関係がありません。
 ですが、自分自身の内面や仕事の内容と、大いに関係があります。

 クリステンセン先生は、仕事を選ぶ際には、『衛生要因だけでなく動機づけ要因も重視すべきだ』と指摘します。

 わたしはなにも、不幸な仕事の根本原因が金銭だとは言っていない。そうではない。問題が起きるのは、金銭がほかのどの要素よりも優先されるとき、つまり衛生要因は満たされているのに、さらに多くの金銭を得ることだけが目的になるときだ。営業マンやトレーダーなど、とくに金銭に重点を置いているように思われる職業の人にも、同じ動機づけの法則があてはまる。こうした職業では、成功を測るためのきわめて正確な尺度として、金銭が使われているということだけだ。たとえばトレーダーは、世界情勢を正確に予測し、その予測をもとにして売買を行うことに、達成感を感じ、やる気を覚える。そして予測をあてることと、利益をあげることの間には、ほぼ直接的な相関が見られる。彼らにとって利益とは、きちんと仕事をしているという確証であり、ほかと成績を比べるために用いる尺度でもある。
(中略)
 一部の職業についている人が、ほかの人と根本的に異なる生きものだなとは言っていない。たしかに仕事の意味や楽しみを見いだす対象は違うかもしれない。だが理論は万人に等しくあてはまるものだ。仕事の動機づけ要因が満たされている人は、大金を得ていなくても、仕事を愛するようになることを、ハーズバーグ理論は示唆する。このような人は、仕事にやりがいを感じるはずだ。

 『イノベーション・オブ・ライフ』 第2講 より クレイトン・M・クリステンセン,ジェームズ・アルワース,カレン・ディロン:著 櫻井祐子:訳 翔泳社:刊

 仕事を選ぶ上でのトラブルのほとんどは、「本当に仕事に望むことは何なのか」を勘違することに起因します。

「人はお金を得るために働いているのではなく、幸せになるために働いている」

 その当たり前のことが、あまりにもないがしろにされているということです。

人生の投資を後回しにするリスク

 企業は、目先のことに関心を向けるばかりに、新規事業など、将来への投資を怠りがちです。
 新しい収益と利益の源が本当に必要となったときには、すでに手遅れです。

 新規の事業を興すのは、苗木を辛抱強く育てるようなもの。
 時間とお金をかけた、周到な準備が必要です。

 人生も同じです。

 仕事の忙しさにかまけ、家族や友人などの人間関係への投資を怠った報い。
 それは、必ず自分の身に降りかかります。

 特に若い人が陥りそうな間違いは、「人生への投資の順序を好きに変えられると思い込んでしまうこと」です。

 例えば、子どもへの投資について。
 クリステンセン先生は、子どもの知的能力を伸ばすうえで、生後数ヶ月間の過ごし方がいかに大切かを示すために、トッド・リズリーとベティ・ハートが行った研究を紹介しています。

 生後間もない子どもに、面と向かって、大人とまったく同じ言葉を使って話しかける。
(まるで、子どもが、話し好きな大人たちの会話に加わっているかのように)
 すると、その子どもの認知発達に、計り知れないほど大きな影響を与えることがわかりました。

 このような子供と大人の間の豊かなやりとりは、「言葉のダンス」と名づけられています。

「言葉のダンス」をするうえで、大事なこと。
 それは、親が子どもに「もし〜だったら」「覚えているかしら」といった問いかけをすることです。

 簡単に言うと、親が「余計なおしゃべり」をするとき、子どもの脳内で厖大(ぼうだい)な数のシナプス経路が活性化され、精緻(せいち)化される。シナプスとは、脳内の神経細胞同士の接合点のことで、神経細胞間の信号伝達はこのシナプスをとおして行なわれる。わかりやすく言えば、脳内でシナプスの経路がたくさんつくられればつくられるほど、つながりがますます効率的に形成され、おかげでその後の思考パターンがより容易に、より早く形成される。
 これはとても重要なことだ。生後3年間で4800万語を聞いた子どもは、1300万語しか聞かなかった子どもに比べて、脳内になめらかなつながりが3.7倍あるだけではない。脳細胞への影響は、それよりずっと大きいのだ。一つひとつの脳細胞は、最大で1万ものシナプスによって、ほかの数百の脳細胞とつながれる。つまり、「余計なおしゃべり」を聞かされた子どもたちは、認知的にとてつもなく優位な立場に立っていることになる。
 さらに重要なことに、リズリーとハートの研究は、認知的優位性のカギが「言語のダンス」にあるのであって、収入や民族性、親の学歴などにあるのではないことを示している。
(中略)
 これほど小さな投資が、これほど大きな利益を生む可能性があることには、唖然(あぜん)とさせられる。それでも多くの親は、子どもの学業成績に力を入れるのは、小学校にあがってからでいいと考える。だがその頃にはもう、子どもによいスタートを切らせる、絶好の機会を逃しているのだ。

  『イノベーション・オブ・ライフ』 第5講 より クレイトン・M・クリステンセン、ジェームズ・アルワース、カレン・ディロン:著 翔泳社:刊

 生後間もない子どもが、親との親密な関係を保つことが、いかに重要か。
 それを示す研究結果です。

 本当に大切なものは、なくしてみないと、その欠けがえのない重要さに気づかないもの。
 人間関係もそのひとつです。

 後悔しないよう、今のうちからしっかりと投資しておきたいものです。

「アウトソーシング」に潜む危険性

 米国の大手パソコンメーカーの「デル」。
 モジュール式(部品を組み合わせる方式)で低コストの製品を、注文から48時間以内に出荷するビジネスモデルで成功を収めました。

 このデルの成功の影にあるのが、台湾を本拠とするパソコン部品メーカー、「エイスース」です。

 デルは、エイスースに部品のアウトソーシング(外注、外部委託)を行ないます。
 低コストで部品調達を行うためですが、徐々にエイスースへの依存度が増していきます。

 部品や組み立てだけでなく、サプライチェーン管理やコンピュータの設計まで。
 最終的に、パソコン事業の中身をそのまま(ブランドを除くすべて)を、エイスースにアウトソーシングします。

 デルからパソコン事業のノウハウをすべて譲り受けた形となったエイスース。
 満を持して、自社ブランドのパソコンを製造し始めます。

 デルはアウトソーシングで、自ら気づいていたよりもはるかに重要なものを失い、ブランド名のみが残された結果となりました。

 まさに、「軒を貸して母屋をとられる」という状況。

 クリステンセン先生は、デルのパソコン事業の失敗例を教訓に、アウトソーシングに潜む危険性を回避するためには「能力」という概念を理解することが大切だと述べています。

 将来必要な能力はどれで、社内にとどめるべき能力、重要度の低い能力はどれか。
 それを理解する必要があるということです。

 ここでいう能力は、以下の三つの分類のいずれかにあてはまります。

  • 「資源」
  • 「プロセス」
  • 「優先事項」

 アウトソーシングについて考えることは、人生にとっても大きな問題です。
 とくに、子どもが正しい能力を身につけさせる上で重要です。

 クリステンセン先生は、デルがパソコン事業で行ったことを、自分の子どもに行なっている親がとても多いことに大きな懸念を抱いています。

 親が子どもをいろいろな活動に連れ回し、機会を与えすぎる。
 それが、将来の成功に必要な重要なプロセスを生み出す、絶好の機会を奪っていると指摘します。

 子どもに資源を与えることにこだわりすぎていることに気づいたら、新しい問いを自分に投げかけなくてはいけない。子どもはよりよいスキルを養うためのスキルを養っているだろうか? より深い知識を養うための知識を養っているだろうか? 自分の経験から学ぶ経験をしているだろうか? これこそが、子どもの頭と心にある資源とプロセスを分ける重要な違いであり、またアウトソーシングの予期せぬ後遺症でもあると、わたしは危惧(きぐ)している。
 デルは事業の一部をアウトソーシングすることで、エイスースに達成すべき目標と解決すべき問題を与えた。エイスースはこの業務を遂行するためのプロセスを開発し、その間デルの同じ業務を行うためのプロセスは衰えていった。エイスースはこれらのプロセスに磨きをかけ、拡張し、ますます高度な業務を行えるようになった。デルは資源にこだわり、重要なプロセスを減らすことに集中するあまり、実は将来の競争力を自ら削いでいることに気づかなかったのだ。
 多くの親がデルと同じ間違いを犯し、子どもに知識、スキル、経験といった資源を、あふれんばかりに注いでいる。そしてデルの場合と同様、そうするに至った一つひとつの決定は、筋がとおっているように思われる。わたしたちは子どもの成功を望み、それに役立つような機会や経験を与えたつもりでいる。だがこうした活動は本質的に、子どもを深く関わらせ、困難なことに取り組む意欲をかき立てる経験ではないために、将来の成功に必要なプロセスを養う機会にはならないのだ。

 『イノベーション・オブ・ライフ』 第7講 より クレイトン・M・クリステンセン,ジェームズ・アルワース,カレン・ディロン:著 翔泳社:刊

 社会に出て、自分の力で、生きるための糧を得るのに、必要なのもの。
 それは、「機会」そのものではなく、「自ら機会を見つけ出す力」です。

 お金を払って頼めば、何でもやってもらえる、アウトソーシングが当たり前の時代。

 だからこそ、自分の中の能力をきちんと把握する。
 そして、アウトソーシングしていいものと、してはいけないものを区別する。

 それが大事になってきます。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 優れた企業経営理論は、優れた人生論に通じる。
 それを体現してみせたのが、本書です。

 クリステンセン先生が繰り返しおっしゃっているように、優れた人材を集めた一流の企業が、必ずしもうまくいくわけではありません。
 また、一流大学を出た頭脳明晰な人が、幸せな人生を送るわけでもありません。

 誰にでも、間違いはあります。
 知らないうちに、人生における目的を見失って、行き詰まる可能性もあります。

 もちろん、それを回避するのは、大事なことです。
 しかし、それよりも大切なことがあります。

 それは、間違いを自覚したときに素直にそれを認め、速やかに軌道修正することです。

 先人の優れた知恵や、貴重な失敗に学ぶ。
 幸せな、「人生の革新(イノベーション・オブ・ライフ)」を続けたいですね。

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