本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『住んでみた、わかった! イスラーム世界』(松原直美)

 お薦めの本の紹介です。
 松原直美さんの『住んでみた、わかった! イスラーム世界 目からウロコのドバイ暮らし6年間』です。

 松原直美(まつばら・なおみ)さんは、英国在住の日本語講師です。
 2007年から5年間、アラブ首長国連邦(UAE)の国立大学にて、日本語指導と空手道の初代講師として勤務された経験をお持ちです。
 現在は、ロンドンを拠点にUAEと日本の架け橋となるべく活動を続けられています。

100%イスラームの国UAEに住んでわかったこと

 松原さんは、ご主人の転勤で突然、UAEのドバイに住むことになりました。
 それまではイスラームについての知識は乏しく興味もなかったといいます。

 しかし、国民のほぼ100%がイスラーム教徒のUAEの国立大学で日本語と空手道を教える職を得て、イスラーム教徒の生活に深く関わるようになり、彼らへの見方が大きく変わります。

 松原さんにとって、UAE人たちと過ごした日常生活は驚きと発見の連続でした。
 彼らの行動をながめたり、話していることを聞いたりしているうちに、日本人には不可思議に思えるイスラーム教徒の行動に一つひとつ意味や目的があることがわかってきました。

 現在、世界の約五分の一以上の人々はイスラーム教徒であり、その数は増えつつあります。
 日本でも、イスラームに興味をもつ人は増えてきてはいます。

 しかし、日本のイスラーム教徒は人口の1%にも満たないため、日本人はイスラームに接する機会に乏しく、生きた情報が得にくい状況にあるのが実情です。

 本書は、「イスラームの基本的な教えにはどんなものがあるのか、その教えに従って教徒はどう行動するのか」について、松原さん自らの体験を元に解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

スポンサーリンク           
[ad#kiji-naka-1]

クラスになぜ「ムハンマド君」がいっぱいいるか

 イスラーム社会の大きな特徴のひとつに「名前」が挙げられます。

 中東の国々の人の名前は似たようなものが多く、日本人には異様に長く感じるものが多いです。
 もちろん、それにはちゃんとした理由はあります。

 赤ちゃんの名付け親は古来、祖父か父親でしたが、最近は母親も協議に加わることが多いそうです。UAE人の名前は男女ともイスラームにちなんだものがほとんどです。神が好むとされているいくつかの命名することが多いため、多様性に乏しいのです。アーリアさんの長男はイスラームの開祖である預言者ムハンマドにちなみムハンマド君になりました。預言者とは神の言葉を伝える人です。ムハンマドはUAE人男性に一番多い名前のひとつで、ムハンマドの別称であるアフマドやハマドがこれに続きます。アッラーの下僕という意味のアブドゥラーや、慈悲深きもの(アッラー)の下僕という意味のアブドゥッラフマーンも多いです。
 イーサー君という名前の由来を聞いたら「イスラームの預言者のひとりで、キリスト教ではイエスと呼ばれています」と言います。「イエスもイスラームの予言者なの?」と驚いて聞くと、「ユダヤ教徒キリスト教が発展して最終的にイスラームになったので、ユダヤ教の預言者もキリスト教の預言者もイスラームの預言者なのです」とイスラーム教徒の考えを説明してくれました。
 女子の日本語初級クラスには約二十名が在籍していますが、マルヤムさんが五人、ファーティマさんが四人、アーイシャさんが三人います。マルヤムは預言者イーサー(イエス)の母親の名前(マリア)で、ファーティマはムハンマドの娘の一人の名前、アーイシャはムハンマドの愛妻の一人の名前です。同じ名前の学生がひとつのクラスに複数いる場合、先生は学生を本人の名前と父親の名前を続けて呼びます。学生同士は名前をもじったあだ名で呼び合います。たとえば、ファーティマの場合、ファタム、ファトミー、タミーなどになります。
 UAE人は氏名が長いですが、ごく簡単に表すと
 自分の名前+父親の名前+父方の祖父の名前+父方の曾祖父(ひいじいさん)の名前+姓
 という順になります。姓は部族や支族の名前、特定の先祖の名前、出身地などに由来します。女性の名前を日本語で無理に例えれば
 花子+きよし+たかし+山田
 とでもなるでしょうか。彼らは普段「自分の名前+一族の名前(花子+山田)」または「自分の名前+父親の名前+一族の名前(花子+たけし+山田)」を使っています。

 『住んでみた、わかった!イスラーム世界』 第一章 より 松原直美:著 ソフトバンククリエイティブ:刊

 ちなみに、男女ともに結婚しても氏名は変わらないので「旧姓」はありません。
 宗教的な戒律を何よりも重んじる、イスラーム社会を象徴していますね。

イスラームの人たちが「マクドナルド」に行きたがる理由

 イスラームには、「豚肉は口にできない」という戒律があることは日本でもよく知られています。
 実際にはもっと厳しく、牛肉や鶏肉でも、イスラームにのっとった屠畜(とちく)方法で殺された肉でなければ、食べてはいけないとのことです。

 イスラーム法において、合法な物事を「ハラール」、非合法な物事を「ハラーム」と言います。

 松原さんは、日本を旅行で訪れたUAE人の多くがマクドナルドに行きたがる理由を以下のように述べています。

「UAEにもマクドナルドはたくさんあるのだから、日本にしかないところで食事をしたら?」と提案すると、「マクドナルドの肉はオーストラリア産かニュージーランド産だから安心なんです」と言います。「どうしてオーストラリア産かニュージーランド産の牛肉なら食べられるの?」と聞くと、「オーストラリアとニュージーランドはキリスト教国だから」と答えました。
「オーストラリア人やニュージーランド人はイスラーム式に屠畜しないんじゃない?」と重ねて聞くと「キリスト教徒は啓典の民だから、彼らが屠畜した肉はハラール・ミート、つまりイスラーム法で合法な肉になるので食べても大丈夫です」と言います。啓典の民とは、神から啓示された書物を持つ民のことで通常ユダヤ教徒、キリスト教徒を指します。
 イスラーム式屠畜では、教徒が屠畜する際に神にささげる決まり文句を発し、動物の頸動脈(けいどうみゃく)をスパッと切って即死させます。
「イスラーム教徒ではない私が100%イスラームの教えにのっとった屠畜方法で牛や羊を殺したとしたら、その肉をイスラーム教徒は食べられるの?」と聞くと、「イスラーム教徒ではない人がイスラームの神に捧げる言葉を発してもそれは本心ではないから、食べられない」と言われました。
 アメリカから輸入された牛肉を日本旅行中に食べているUAE人もいました。食肉化したアメリカ人はキリスト教徒であるという前提です。
 イスラームには「旅行は非日常なので、教徒はハラールの肉が手に入らなければ、ハラール以外の肉でも食してよい」という教えがあります。ですから、ハラールの肉を提供するレストランが数少ない日本において、イスラーム教徒は妥協して日本式に殺された肉を食べても罪にはなりません。それでもマクドナルドを選ぶということは、その肉を信頼しているというよりもただ単にマクドナルドが好きなだけなのかもしれません。

 『住んでみた、わかった!イスラーム世界』 第二章 より 松原直美:著 ソフトバンククリエイティブ:刊

 イスラームの教義とはまったく縁のない私たちにとっては、こじつけのような感じもします。

 イスラームの社会に暮らし、イスラーム法の遵守(じゅんしゅ)が最重要課題であるUAE人。
 彼らにとっては、その線引きはとても大切なことなのでしょう。

外出着の「アバーヤ」、室内着の「ジャラービーヤ」

 松原さんが勤務先の大学の女子セクションに初めて入ったときの印象は、「黒いものがたくさんうごめいている・・・・・」でした。
 見渡す限り、全身を黒い布で覆った女性たちで埋め尽くされていたからです。

 イスラームの女性たちの黒ずくめの衣装には、どのような意味があるのでしょうか。

 イスラームでは「女性は美しいところは人に見せぬよう、胸にはおおいをかぶせるよう」に命じられています。これは男性が不必要に女性に興味を持たないようにし、女性の身を守るためと説明されています。UAE人女性は生理がはじまる頃すなわち10歳から12歳ぐらいになると、この教えにそって体の線や毛を家族以外の男性に見られないよう、外出時にはアバーヤと呼ばれる薄手の外套(がいとう)で覆います。これは法律ではなく慣習です。イスラーム教国によって女性教徒の伝統的な衣装は違いますか、GCC諸国の女性は黒のアバーヤを着ます。黒が一番姿が目立たない色と考えられていることなどからアバーヤは黒になったそうです。
 下半身は「足首まで隠すべき」と考えられているので、アバーヤの丈(たけ)は地面すれすれの長さです。婦人警官の制服も大きめのジャケットに足首まで届く長いスカートです。
 公立の小学校・中学校・高校の標準服もウェストがゆったりして丈が足首まで届くジャンパースカートと長袖のシャツです。
 UAEの伝統的な室内着は「ジャラービーヤ」と呼ばれるワンピースです。少女から高齢の女性まで着ます。ジャラービーヤを着た女性を初めて見た日本人の小学生が「お姫様みたい!」と言っていました。ウエストはベルトなどで締め付けずゆったりとしていて、長さは足首まで届くので優雅な雰囲気です。UAE人のお宅を訪問するとお母さんはたいていジャラービーヤを着ていますアバーヤと同じように長袖のすそ広がりのT字型で、ボタンやジッパーはなく首からすっぽりかぶります。水玉模様のもの、刺繍(ししゅう)が施してあるもの、ガラの布地を使っているものなど、さまざまなジャラービーヤがあります。
 アバーヤとジャラービーヤの着心地を試してみたら、この服装が日光の照りつけが厳しい土地に適していることがよくわかりました。アバーヤの生地はたいていテロテロでふにゃふにゃのレーヨン、ジャラービーヤは薄手のコットンです。締め付けないで着るので、歩くたびにフワフワ、ブワブワと風が起こり、暑い所を歩いていても涼しさを感じることができます。
 アバーヤを着ていれば直射日光から全身の肌を守ることができます。これにスカーフとベールをつければ、日傘を差さなくてもUV対策はバッチリです。

 『住んでみた、わかった!イスラーム世界』 第五章 より 松原直美:著 ソフトバンククリエイティブ:刊

 イスラームの女性たちは、家の中と外では、まったく好対照の服装をしています。
 宗教的な理由だけでなく、日差しが厳しく湿度が低い土地柄から考えだされた、機能的な服装だったのですね。

日本を尊敬する理由

 イスラームの国々には、日本に対して好意的な印象を持っている人が多いです。
 その理由のひとつに、日本アニメの影響があります。

 世界的にクオリティの高さが評価されている日本のアニメは、イスラームの世界でも人気です。
 とくに、サッカーを題材にしたアニメである「キャプテン翼」は、放映時間になると外に出ている子供がいなくなったといわるほどの人気で、「キャプテン・マージド」と改名されて放映されています。

「どうしてマージドはこんなに人気があるの?」とUAE人たちに聞くと、彼らは声を揃えてこう言いました。「マージドは日々こつこつと練習に励んで、大きな夢を実現する。イスラームもわれわれに忍耐強く、不断の努力をするように、と教えている。だからマージドはよきイスラーム教徒の鏡なんだ」。「アメリカのアニメヒーローは生まれながらにして超人だけれど、日本人のヒーローはたいてい等身大の人物。マージドはどこにでもいる普通の少年なのがよい。自分たちがそうなりたいと奮い立たせてくれるから」。
 このように、UAE人たちは、若者によいお手本を示してくれる作品を作る日本人に好感を持つのです。
 努力する姿はマージドだけでなく日本人全体にも向けられています。「日本は第二次世界大戦で広島と長崎に原爆を投下されて降伏したあと、焼け野原から国民が一丸となって働き、復興したので、尊敬しています」。私は何人ものアラブ人にこう言われましたが、アラブ人と接したことのある日本人はたいてい同じ経験があるようです。アラブ地域の社会科の教科書には敗戦後の日本の軌跡が記述されており、アラブ人は学校で日本の高度成長過程について学んでいるからです。「イスラームには最後の日まで種を撒(ま)け、勤労する人は称えられる、という教えもあります」。大学院生のマジダさんはこう教えてくれました。
 UAE人の大人は「日本人は勤勉に研究や仕事に励んだ結果、科学技術を発展させ、便利な製品をたくさん生み出してわれわれの生活を豊かにしてくれた」とよく言います。UAE人は、砂漠という過酷な自然環境においても壊れない日本車に絶大な信頼を置いており、大学の駐車場にはいつも大衆車から高級車まで日本製の車がずらりと並んでいます。私はその情景を毎日誇らしげに見ながら通勤していました。

 『住んでみた、わかった!イスラーム世界』 第七章 より 松原直美:著 ソフトバンククリエイティブ:刊

 ひげを生やしたいかつい顔の男性ばかりで、少し怖いイメージがあるイスラームの人々。
 その人たちが、日本人を尊敬してくれているというのは、少し意外な感じもします。

「イスラームは悪」

 そんな欧米寄りのメディアでのイメージが偏見を生んでいる部分も大きいのでしょう。

スポンサーリンク           
[ad#kiji-shita-1]
☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 日本人は、宗教に熱心ではない人がほとんどを占める国です。
 それもあって、様々な宗教に対する理解が進んでいない部分がありますね。
 その中でもイスラームは、世界的の信者の数の多さに比べると、日本人にとって、ベールに包まれた「謎の宗教」という感じがまだあります。

 日本でも、これからさらに国際化が進んでいきます。
 世界の人々がどのような暮らしをしているのかを知ることは意義のあることです。

 本書を読むと、イスラームの人々には、聖典クルアーン(コーラン)に基づいたしっかりした考え方があり、同じイスラームでも、国や地域、個人によって様々な捉え方があることがよくわかります。

 イスラームとはどんな宗教か、イスラームを信じる人々はどんな世界観を持っているのか。
 それを知るための導入書として一読の価値ありです。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ(←気に入ってもらえたら、左のボタンを押して頂けると嬉しいです)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です