【書評】『「空き家」が蝕む日本』(長嶋修)
お薦めの本の紹介です。
長嶋修さんの『「空き家」が蝕む日本』です。
長嶋修(ながしま・おさむ)さん(@nagashimaosamu)は、不動産コンサルタントです。
大手不動産ディベロッパーで支店長として、長年にわたり不動産売買業務全般を幅広く経験されています。
「空き家率40%」時代がやってくる!
今、日本中で「空き家」が急増し、社会問題になりつつあります。
長嶋さんは、「このままでは、二軒に一軒が空き家という時代がやってくる」と警鐘を鳴らしています。
現在、日本の新築住宅着工ペースは、年間90〜100万戸程度で推移しています。
そのペースが年間60万戸程度に落ちたとしても、2040年には、全体の36%以上が空き家になる計算とのこと。
賃貸住宅では、すでにその影響が顕在化していて、日々量産される空き家に対処するため、税金を投入して解体を促すなどの方策をとらざるをえない自治体も出始めているそうです。
日本の人口はすでにピークを過ぎて、長期的な減少傾向に入っています。
それでも新築着工のが止まらないのは、政府が住宅着工を景気対策として重用し、手厚い税制優遇や給付金を配布するなどして促進しているからです。
空き家が放置されると、建物の破損が進み、敷地内に樹木や雑草が生い茂り隣地に迷惑がかかる、周辺の景観に支障が出る、不審者が侵入するなど、街の治安が悪化
します。
長嶋さんは「空き家の増大」という現象は、社会構造改革が行われない日本社会の象徴ともいえる存在
だと指摘しています。
なぜ、こうした「空き家量産政策」がとられるのでしょうか。
本書は、日本で「空き家問題」が起こっている理由について解説し、エネルギー問題、経済問題や住宅問題とどのように絡みあっているのかをまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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価格査定の驚くべき実態
長嶋さんが不動産業界に入って最初に驚いたのは、「不動産価格査定のいい加減さ」でした。
査定の妥当性を担保するような根拠や概念がまったくなく、かなりあいまいで主観的なもの
とのこと。
地価については都心や中心部からの距離、駅からの距離、「南向き」「東向き」などの道路付け、土地の大きさや形と高低差、日照や通風、騒音の有無、ゴミ置き場や工場など周辺の嫌悪施設、買い物などの利便性などを勘案しますが、地盤や地質については基本的に考慮されていません。
最終的には建物価格と土地価格を足しあわせて、さらに周囲で売りに出されている不動産価格と見比べて、相対的に見てこの不動産がいくらくらいかといった見立てをする程度です。この査定のやり方を「取引事例比較法」といいますが、なんだかおかしな話だなと思いました。価格をしっかり検証していない事例を集め、やはりきちんと調べていない不動産の価格を出すことに、はたしてどれだけの意味があるのだろうと、素朴な疑問を持ったものです。
会社に戻ると、価格査定のミーティングが行われます。前述の住宅について、営業マンが各々、妥当な価格を感覚的に意見するのです。これはあくまで感覚的なもので何らかの裏づけがあるわけではなく、これまでのカンと経験のみに基づくものです。
ある人は2980万円、ある人は2780万円、ある人は3200万円と、それはもうバラバラ。こうした意見を受けて、最後には責任者が「では◯◯円にしよう」と査定価格を決定します。もっとも、ここで決めた価格はこちらが勝手に決めた価格であり、最終的にいくらで売りに出すのかは売主ご本人が決定します。
そして売主に査定価格を告げにいくことになるのですが、このときに競合がいた場合、つまり複数の不動産仲介会社が価格査定に入っていた場合には、事前にその状況にも探りを入れます。というのも、より高い価格査定を出したところに、売却の依頼が流れることが多いためです。したがって、後出しじゃんけん、つまり、ライバルがいる場合はいちばん最後に価格を出すのが有利です。
競合他社が3200万円で価格査定を出していれば、こちらは3300万円と査定を出します。それを見た競合他社がさらに高い査定を出し・・・・と、この競争にはきりがないのですが、そうしているうちに価格はドンドンつり上がり「妥当な価格」からは離れていきます。こうまでして売却の依頼をとるのには、理由があります。それは「物件価格の3%プラス6万円の仲介手数料が、ほぼ約束されるから」です。
気の毒なのは売主です。どんな不動産にも「相場」というものがあります。いくら魅力的な物件であっても、相場を著しく離れてしまえば割高と判断され、買い手がつくはずもないのです。こうした事情を知らない売主は、より高い査定価格を出してくれた仲介業者に売却の依頼を出す傾向にあります。そんなに高い価格で売れないことは知っている仲介業者に、です。『「空き家」が蝕む日本』 第1章 より 長嶋修:著 ポプラ社:刊
マイホームは、サラリーマンにとって「一生で一番高い買い物」とも言われてきました。
大切な「わが家」が、その辺のスーパーの商品のような適当な値付けの仕方をされていると知ったら、気分を悪くする人も多いかもしれませんね。
業界全体に根いている古い体質が、「空き家」問題にも影を落としているのでしょう。
なぜ「空き家」はそのまま放置されるのか?
日本の不動産業界の仕組みや慣行に疑問を持った長島さんは、他の国の状況を情報収集しました。
その結果、欧米などの先進国の不動産の仕組み、慣行と、日本のそれは、天と地ほどの違いがあった
とのこと。
空き家を空き家のまま放置しておく、ひとつの大きな理由が「税制の問題」です。
日本では、ボロボロの建物でも、壊さないでそのままにしておくほうが、土地だけにしておくより固定資産税が安い
です。
というのも、住宅を取り壊さずそのままにしておくと、その土地は「宅地」扱いとなり、更地(空き地)よりも固定資産税が軽減され
ているから。
ところで、土地の上に建物があると固定資産税が軽減されるなどというこんな決まりがなぜあるのでしょうか。
この制度はそもそも、まだ高度成長期で住宅数がまったく足りないころに、市街地の空き地に住宅を建ててもらうために創設されたもの。要は新築住宅建設の促進が目的でした。「更地のまま放置しておくより、住宅を建てたほうが税金が安いですよ」というアメを使うことによって建設需要を喚起(かんき)しようというわけです。
実際、この制度が有効に機能したこともあって、住宅数は順調に増加しました。いえ、順調どころか、もはや増えすぎているのです。戦後の高度経済成長期と違い、今や住宅数は充足、人口・世帯数が減少する局面です。時代が変わり、空き家の存在が問題視されるなかで「使わない住宅を壊さない理由」としてこの制度が利用されているのは、この税制の本来の趣旨にも反します。
日本の不動産市場がいかに「空き家」を放置し、中古住宅の健全な市場が育っていないかが一目でわかるのが左のグラフ(下図参照)です。先進国では当然、住宅のストックが年々積み重なり、豊かさを増していきます。それにつれて、新築の住宅市場よりも、中古住宅の取引高が増え、市場規模が大きくなって当然です。実際、アメリカも、イギリスも、フランスも中古住宅は新築住宅の数倍の取引規模になっていることがわかります。ところが、日本ではまったく逆、中古市場は新築の数分の一しかありません。中古市場が成熟しないまま、空き家が放置されていると考えられるのです。『「空き家」が蝕む日本』 第2章 より 長嶋修:著 ポプラ社:刊
図.中古住宅流通シェアの国際比較 (『「空き家」が蝕む日本』 第2章 より抜粋)
高度経済成長の時代とは、景気も、人口構成も、価値観も様変わりしています。
建築技術の進歩、それにともなう住宅の耐久性も以前に比べて向上していることでしょう。
環境が大きく変わっているのに、制度や法律は以前と変わらずでは、矛盾が生じるのは当たり前。
「空き家」問題は、まさに今、日本の社会構造のひずみから生まれる多くの問題の縮図といえます。
木造住宅、マンションの本当の寿命は何年?
では、「建物の寿命」は、いったいどれくらいなのでしょうか。
長嶋さんは、以下のように説明しています。
国の資料によれば、木造住宅の寿命は「26年」とか「30年」といったデータがよく使われ、マンションなどRC(鉄筋コンクリート)造の場合は「37年」などとされる場合が多いようです。
しかし、結論をいえば、建物の寿命はもっと長いのです。
よくいわれる「寿命26年」の根拠とは、実は「取り壊した住宅の平均築年数」です。つまり、30年経っても40年経っても、まだ取り壊されていない住宅はたくさんあるわけで、これが建物の寿命を表しているとは全くいえないのです。築45年でも50年でもまだまだ十分に使える建物がたくさんあります。
次に「寿命30年」の根拠。これは「ストック数(現存する住宅数)をフロー数(新築による増加数)で割ったもの」です。かんたんにいうと「サイクル年数」という概念を使って、便宜(べんぎ)的に求めたものなのです。以下のような計算式で算出しています。平均寿命 = ストック数(現存数) ÷ フロー数(増加数)
よって、これも木造住宅の寿命を正確に表しているわけではありません。
マンションの「寿命37年」の根拠はやはり「建て替えをしたマンションの平均築年数」。もちろん、築年数がもっと経過したマンションはたくさんあり、これでもやはり寿命を表したものとはいえません。
では本当の寿命とはどれくらいでしょうか? 50年? 60年?
住宅の寿命については多くの研究があります。早稲田大学の小松幸夫教授らが行った「建物の平均寿命推計」の最新調査(2011年)によれば、人間の平均寿命を推計するのと同様の手法を建物で採用した場合、木造住宅の平均寿命は64年としています。
マンション(RC/鉄筋コンクリート造)の寿命には諸説あります。たとえば、117年(飯塚裕/1979「建築の維持管理」鹿島出版会)、68年(小松幸夫/2013「建物の平均寿命実態調査」)、120〜150年(大蔵省主税局/1951「固定資産の耐用年数の算定方式」)など。実際には配管の種類や箇所にも大きく左右されますが、思いのほか長持ちするイメージですね。『「空き家」が蝕む日本』 第3章 より 長嶋修:著 ポプラ社:刊
「日本の住宅は寿命が短い」といわれますが、それは寿命の算出方法にも原因があったのですね。
長嶋さんは、おそらく今後、日本の住宅はもっと寿命が延びる
と予想しています。
ただ、すでに建っている木造住宅は、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の状態。
当たり外れの差が激しいとのこと。
中古住宅を買うときは、見た目だけでなく、屋根裏や床下など、目に見えない部分もしっかり確認してからにしましょう。
大家さんを困らせる時代遅れの「借地借家法」
日本では、以前から「新築持ち家」偏重の住宅政策が進められてきました。
国の住宅関連の予算も、過半が「新築持ち家」に振り向けられています。
その影響もあって、日本の中古住宅や賃貸住宅の市場は貧弱なままとなっています。
賃貸住宅の入居者に、まともな「家賃補助」がないのは、先進国では日本くらいなもの
。
長嶋さんは、時代遅れの新築持ち家への優遇を改め、空き家を減らすために新築住宅建設を抑制し、中古住宅市場やリフォーム市場、賃貸住宅市場の育成・充実を図るべき
だと指摘しています。
「法律の未整備」も賃貸住宅経営を圧迫している要因です。
「借地借家法」をはじめとする賃貸住宅経営を取り巻く各種の法制度が、ずっと未整備のままなのも市場に歪みを生んでおり、このことが大家さんの経営を圧迫
しているとのこと。
(前略) 現在の借地借家法では、大家さんは「正当な事由」がない限り、入居者を追い出してはいけないことになっています。そしてこの「正当な事由」というのがポイントで「家賃を滞納している」などでは正当事由になりません。また、「正当事由」がある場合でも、大家さんは多額のお金と時間、手間暇をかけて裁判し判決をとらなければなりません。
建て替えをするために、入居者に出て行ってもらう際にも、数百万といった多額の立ち退き料を支払わなければなりません。
(中略)
こうしたシステムもまた、日本特有のもの。グローバルに見ると、日本の賃貸入居者の立場は、とても強いのです。他の先進国、たとえばアメリカなどでは、数ヶ月滞納したら即強制退去です。設備の点検、害虫駆除、騒音の原因調査などを理由として、勝手に部屋にはいることもできます。住人が部屋にいなくても、鍵をあけて入ることができるのです。さらにその際、部屋が汚いとか、契約にない人が同居しているとか、部屋が適切に使われていないと判断されれば退去を命じることもできます。いかにもドラスティックに思えますが、このくらいが他の先進国では普通です。『「空き家」が蝕む日本』 第4章 より 長嶋修:著 ポプラ社:刊
賃貸契約の更新拒絶に「正当事由」が必要であると法改正されたのは、1941年(昭和16年)。
そのときの「戦中・戦後に弱者である賃借人を保護する精神」が現在まで残っているのが現状です。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
生まれてくる子供の数が年々減り続け、少子高齢化が急速に進む日本。
それにともない、さまざまな分野で問題が深刻化しています。
「空き家」や「空室」は外から確認できないので、なかなかその実態を知ることはできません。
しかし、確実に、そしてすみやかに日本を蝕んでいるのはまぎれもない事実です。
あたかも家の床下に巣食うシロアリのように、ですね。
少子化対策はもちろん、時代の流れに即した、新しい不動産売買の仕組みつくりが一刻も早く望まれます。
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