【書評】『おとなの教養』(池上彰)
お薦めの本の紹介です。
池上彰さんの『おとなの教養―私たちはどこから来て、どこへ行くのか? 』です。
池上彰(いけがみ・あきら)さんは、元NHKで記者やキャスターを歴任され、現在はフリージャーナリストとして多方面でご活躍されています。
2012年より、東京工業大学リベラルアーツセンターの教授も務められています。
リベラルアーツとは、「人を自由にする学問」
世の中のすべての文化や教養の基礎となる学問体系を「リベラルアーツ」と呼びます。
リベラルアーツのリベラル(liberal)は、「自由」。
アーツ(arts)は、「技術、学問、芸術」の意味です。
つまり、リベラルアーツとは、「人を自由にする学問」という意味になります。
池上さんは、「自分自身を知る」ことこそが現代の教養
だとして、リベラルアーツ教育の重要性を強調します。
池上さんが考えるリベラルアーツの最重要科目は以下の七つです。
- 宗教
- 宇宙
- 人類の旅路
- 人間と病気
- 経済学
- 歴史
- 日本と日本人
池上さんはこれらを総称して、「現代の自由七科」と呼んでいます。
本書は、すべての学問の礎(いしずえ)となる「現代の自由七科」について、具体例を交えながらわかりやすく解説した一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
[ad#kiji-naka-1]
「宗教」は変化する
「宗教」について。
世界には、さまざまな宗教が存在します。一神教もあれば、多神教もありますね。
池上さんは、その理由について、各地の自然条件によって、いろいろなタイプの宗教が生まれてきた
からだとの述べています。
それと同時に、ある宗教は、それが広がっていく過程でさまざまに変化
していきます。
池上さんは、「イスラム教」を例に、以下のように説明しています。
イスラム教は、大きくスンニ派とシーア派に分かれています。
スンニ派は、お墓を重視しません。人間は死んでも、地面の中でこの世の終りが来るのを待っているに過ぎないと考えるからです。それに対してイランのようなシーア派は、アジア的な色彩が濃く、立派なお墓を立てます。聖人君子の場合は、亡くなった後に聖者廟(びょう)というお墓を立て、そこには大勢の人がお参りに来るのです。
イランには、イラン・イスラム革命を指導したホメイニ師のお墓があります。ここには大勢の信者がやって来て、お祈りや願いごとをします。その中には願いごとを書いた紙を金網のところに縛りつけていく人たちがいます。
この様子、日本のおみくじとそっくりです。日本の神社などでおみくじを引くと、吉なら持って帰りますが、今日の場合は近くの木などに縛っておいていきます。この様子の外見が、シーア派の振る舞いととてもよく似ているのです。
またシーア派の信者は願いごとがかなうとお札参りに来て、お金を出します。これもお賽銭(さいせん)とどこか似ています。イスラム教なのにアジア的な性格の強いシーア派になると、日本人のお参りに近くなってくるというのは興味深いことです。
さらに、現在内戦状態が続いているシリアでは、アラウィー派という一派があります。アサド大統領もアラウィー派に属しています。このアラウィー派も広い意味ではシーア派ということになるのですが、アラウィー派にはイスラム教なのに輪廻転生(りんねてんしょう)の考え方があるのです。
さきほど説明したように、イスラム教では、死後は世界の終わりが来るまで地面の下で待っているはずなのに、アラウィー派の考えでは、悪いことをしていると動物などに生まれ変わってしまうのです。仏教と同じですね。
こうした例を見ると、同じ宗教でも、それぞれの気候風土や文化によって中身が大きく変わってくるということがわかると思います。『大人の教養』 第一章 より 池上彰:著 NHK出版:刊
同じ神様を信仰している宗教の中でも、教義の解釈によってさまざまな会派があるのですね。
ちなみに、今注目を集めている「イスラム国(イラク・シリア・イスラム国、ISIS)」は、スンニ派が中心となって組織されている過激派組織のことです。
イスラム国は、スンニ派が多数を占めるイラク北西部などで勢力を急拡大、中東の秩序に混乱を与えて周辺国の大きな脅威となっています。
ハッブルの発見
「宇宙」について。
宇宙に関して大きな発見をした人物のひとりに、米国の天文学者・エドウィン・ハッブルがいます。
ハッブルは、1929年に巨大な望遠鏡を使って、「宇宙が膨張している」ことを発見しました。
池上さんは、ハッブルが「宇宙が膨張している」ことを発見した方法について、以下のように説明しています。
では、ハッブルはどうやって宇宙が広がっているということを発見したのでしょうか。
そのことを理解するために、音に関する「ドップラー効果」というものを説明しましょう。
たとえば救急車のサイレンは近づいてくるときと遠ざかるときとで、音の高さが違って聞こえます。近づいているときは高い音で、遠ざかると低く聞こえますね。このように、音波を出しているものが動いていたり、あるいは音を聞く側が動いていたりする場合に、音波の振動数が異なって聞こえることを「ドップラー効果」といいます。
このドップラー効果は光に関しても同じです。つまり宇宙のさまざまな星が動いているときに、近づいてくる星から出る光は青みがかって見えるのに対して、遠ざかっていく星から出る光は赤みがかって見えるのです。
ハッブルが巨大な望遠鏡で宇宙を調べてみると、銀河系の外にある星はどれも赤みがかっていることがわかりました。赤みがかっているということは、どの星も地球から遠ざかっているということです。あらゆる方向にある星が、地球から遠ざかりつつある。ということは、宇宙は広がっているのではないだろうか。ハッブルはこのように考えて、「宇宙膨張説」を提唱したのです。
このハッブルの大発見によって、宇宙は静止しているのではなく、どんどん膨張していることがわかりました。今、宇宙に打ち上げられている「ハッブル望遠鏡」も、このハッブルにちなんで名づけられたものですね。それくらい、現代の宇宙論に対して大きな功績を残した人物だということです。『大人の教養』 第二章 より 池上彰:著 NHK出版:刊
今でこそ、ハッブルが唱えた「宇宙膨張説」は常識ですが、当時としては画期的アイデアでした。
ある一点から大膨張が起こり、宇宙が生まれて、ずっと広がっていった。
この「ビッグバン仮説」は、ハッブルの大発見がなければ生まれていませんでした。
天文学に限らず、全ての学問は、過去の偉大な発見に新たな発見を積み重ねることで進歩します。
人類は「アフリカ」から始まった
「人類の旅路」について。
地球が誕生したのは約46億年前、その地球に生命が誕生したのは約40億年前と言われています。
以降、突然変異を繰り返しながら、さまざまな植物や動物が共存する現在の姿に変化しました。
私たち「人間(ホモ・サピエンス)」という種も、その進化の過程の中から生まれてきました。
池上さんは、人類の起源について以下のように説明しています。
さあ、それでは私たちの祖先であるホモ・サピエンスの旅路を追っていきましょう。
ネアンデルタール人は30万年前に誕生し、ホモ・サピエンスは20万年前にアフリカ東部のタンザニア、ケニア、エチオピアあたりで誕生したことがわかっています(ネアンデルタール人、ホモ・サピエンスともに年代については諸説あります)。どうしてこの地で生まれたのかという原因については、確定的な説はありません。
ただ、次のような説を唱える研究者がいます。
アフリカ東部には南北に貫く「大地溝帯(だいちこうたい)」というものがあります。大きな地面の溝が帯状に連なっている地帯ということですね。この大地溝帯からマグマが噴き出し山脈をつくったことで、大西洋から吹く湿った偏西風(へんせいふう)が大地溝帯の山脈にぶつかって西側に雨を降らせ、東側では乾燥化が進んだ。乾燥して森はなくなり、現在のような草原地帯になっていったわけです。
すると、それまで森の木の上で暮らしていたサルたちが、もう森にはいられなくなってしまったために、草原に下りてきて、やがて二足歩行するようになった。
これはアフリカの東側で人類が生まれたことにちなんで「イーストサイドストーリー」と呼ばれています。どこかで聞いたような呼び名ですね。そう、ミュージカルの名作「ウエストサイドストーリー」のもじりです。しかし、あくまで仮説にとどまっています。
いま説明したように「なぜ人類はアフリカで生まれたのか」については、まだはっきりとしたことはわかっていません。でも人類がアフリカで生まれたということ自体は、かなり説得力のある説が示されています。
どのようにして、人類の起源がアフリカにあることがわかったのでしょうか。その鍵は、人間の細胞の中にあるミトコンドリアにあります。
ミトコンドリアのDNAは母親からしか伝わりません。だから私たちの細胞のミトコンドリアDNAを調べると、母親、母親の母親・・・・というふうにずっと遡(さかのぼ)ってたどっていくことができます。
そこで、今から二十数年前、アメリカの遺伝学者が、無作為に選んだ多くの民族からなる147人の人たちのミトコンドリアを調べてみました。調べた結果、なんとこの147人のミトコンドリアDNAは、20万年前のアフリカにいた一人の女性に由来するということがわかったのです(正確には16万年プラスマイナス4万年)。この女性は「ミトコンドリア・イブ」と呼ばれています。旧約聖書のアダムとイブの「イブ」ですね。女性たちの祖先というわけです。
そうすると、人類はアフリカで誕生し、アフリカから世界中に広がっていったと考えることができるわけです。『大人の教養』 第三章 より 池上彰:著 NHK出版:刊
地球上のすべての人類の起源をたどると、たった一人の女性にたどり着くというのは驚きです。
アフリカ東部で生まれた人類が、食料を求めて長い年月をかけながら、世界中に散らばっていった軌跡は、「グレート・ジャーニー(大いなる旅路)」とも呼ばれています。
人類が歩んできた道を振り返ると、多くの奇跡が折り重なって、今、私たちが存在しているということを実感できますね。
[ad#kiji-shita-1]
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
リベラルアーツは、他の専門的な知識のように、すぐに役立つものではありません。
しかし、身につければつけるほど、その後の生き方が大きく変わってくる大事な学問です。
自分の進む方向を示してくれる“羅針盤”のようなもの。
「すぐに役立つことは、すぐに役に立たなくなる」
本当の教養とは、どんな時代でも、どんなに時が経っても色褪(あ)せません。
本書には、どんな人でも知っておきたい“おとなの教養”がぎっしり詰まっています。
リベラルアーツを本格的に身につけるための導入書としても最適な一冊です。
【書評】『他人を攻撃せずにはいられない人』(片田珠美) 【書評】『ANAの口ぐせ』(ANAビジネスソリューション)