本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『指揮官の流儀』(曹貴裁)

 お薦めの本の紹介です。
 曹貴裁さんの『指揮官の流儀』です。

 曹貴裁(チョウ・キジェ)さんは、プロサッカーチームの監督です。
 97年に選手引退後、川崎フロンターレのアシスタントコーチなどを経て、05年に湘南ジュニアユース監督に就任されます。
 その後、ユース監督、トップチームコーチを経て、12年トップチーム監督に就任されています。

チームを躍進させた「湘南スタイル」とは?

 2014年、J2リーグで圧倒的な強さで勝ち進み、史上最速でJ1昇格を決めたチーム。
 それが、曹さん率いる湘南ベルマーレでした。

 守備から攻撃に素早く切り替え、相手よりも圧倒的に多い人数でゴールに迫る。
 ダイナミックな湘南のサッカーは、多くの観客を魅了しました。

 特定の親会社を持たない市民クラブである湘南ベルマーレ。
 彼らが、このような驚異的な結果を残すことができたのはなぜか。

 その秘密を解くカギは、彼らの合言葉「湘南スタイル」にあります。

「湘南スタイル」はピッチ上における独特の戦術やフォーメーションだけを表しているわけではない。そこにはサッカーの戦術や技術論だけにとどまらない、ベルマーレというチーム、サポーターやファン、そしてホームタウンとしている7市3町が共有し理想とすべき普遍的なテーマが込められている。
「見ている人もやっている選手も、心の底から楽しいと思えるようなサッカーをしたい」
 2012年の1月下旬、宮崎県日南市でのキャンプ中、間もなく始まるシーズンへの抱負を聞かれた新人監督の僕は、こう答えていた。
 このきわめてシンプルな表現のなかに「湘南スタイル」の真髄があり、僕の思いが集約されている。たとえ試合に勝っても、情熱が伝わらないアクションや相手をかわすプレーに終始していたら、スタジアムに足を運んでくれたサポーターやファンを心から満足させることはできない。当然、選手たちにも躍動感は生まれない。
 攻める姿勢をとことん貫くことでお客さんに楽しんでもらい、プレーしている選手たちも充実感を覚える――スタンドとピッチが同じ気持ちを共有しながら、スタジアム全体に「これがベルマーレのサッカーなんだ」と胸を張れる空間をつくり出すことが「湘南スタイル」の原点であり、定義であるといまでは思っている。

 『指揮官の流儀』 はじめに  より  曹貴裁:著  KADOKAWA:刊

「見ている人もやっている選手も、心の底から楽しいと思えるようなサッカー」

 監督・選手だけでなく、サポーターやスタッフなどチーム全体が同じイメージを共有している。
 それが、湘南ベルマーレの強みです。

 本書は、選手の個性を最大限に発揮させ、「湘南スタイル」をチームに根付かせた、曹さん流の指導論をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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育成年代の指導で大切なこと

 引退した後に渡ったドイツで、指導者という仕事にやりがいを見出した曹さん。
 帰国後の01年、川崎フロンターレのジュニアユースチームの監督に就任します。

 純粋にサッカーに打ち込む教え子たちと接する日々は、とにかく楽しかったとのこと。

 練習を指導しながら、育成のトップから言われた「一生で一番大事」という言葉の意味がわかった。言われたことに対する吸収力がその年代ならではだったからだ。
 同時に子どもたちの将来に対して責任も感じた。サッカー選手としてだけではなく、一人の人間としてしっかり育ってほしいと思ったからだ。チャレンジした限りは、結果として失敗して試合に負けても笑顔で彼らを迎えた。それとは対照的にスパイクを忘れたとか磨いてこなかったなど、準備を怠った子どもに対しては真剣に叱った。
 スパイクの値段を聞いた上で、こんな質問をしたこともある。
「そのスパイクを買うために、お前のご両親は何時間働いたと思っているんだ」
 合宿などで集合時間に遅れてきた子どもに対して、お金を渡した上でこう言ったこともある。
「5000円あればここから帰れる。試合に出なくていい。早く帰れ」
 実際に帰った子どもはいないし、本当に帰る選手がいるとも思っていなかった。すみませんでしたと本人が謝ることもあれば、周りの子どもたちが「アイツに一回だけチャンスを与えてください」と言ってくることもあった。普段からのやりとりのなかでそのような反応を示すことを見越して、チームと個人を成長させるために厳しい態度で接し続けた。
 こんな調子だったから、子どもたちは僕のことを心底怖がっていたと思う。最初のころは、親御さんからの抗議がクラブ側に届いていたかもしれない。僕のことを否定的に見ている人も少なくなかったと思う。それでも、準備やマナーをさしおいて、結果が出ればいい、試合に勝ったからいいと考えることはできなかった。中学生になったばかりの多感な時期だからこそ、理解してほしいことがあると考えていたのだ。
 そうした思いが、親御さんたちにも伝わったからか、永木たちが中学3年生になるころには「なんでもやってください」「曹さんにまかせます」といった雰囲気が生まれていたように思う。2003年12月に行われたこの年代の最後の試合には、まだ小さい長女を連れて会場にきていた妻を介して、子どもたちからの手紙に加えて、親御さんたちからもたくさんの温かい言葉をいただいた。
 2015年で27歳になる最初の教え子たちとは、結婚の報告などをふくめて、いまでも連絡を取り合っている。指導者としての第一歩をしるさせてもらった彼らからは、僕自身も数多くのことを学んだ。心の底から彼らにはありがとうと言いたいし、幸せになってほしいと願っている。

 『指揮官の流儀』 第Ⅰ部  より  曹貴裁:著  KADOKAWA:刊

 相手と真正面からぶつかってこそ、選手たちは「この人についていこう」という気持ちになれるのでしょう。
 中学生という多感な時期の指導では、なおさら必要とされます。

 当時の教え子たちから、10年以上経った今でも慕われていることからも、曹さんの人柄が偲ばれます。

「ミーティング」こそ監督の仕事

 曹さんが監督の仕事のなかで、もっとも大切にしていることのひとつが、「ミーティング」です。

 曹さんは、個の力を最大限に引き出し、組織としての力を何倍にもできるかどうかはミーティング次第だといっても過言ではないと述べています。

 選手たちとスタッフが共有する雰囲気をベストの方向に導き、キックオフへ向けてモチベーションを極限まで高めていく。キックオフに臨む前の最後にしてもっとも重要なプロセスが、試合前のミーティングだと僕は考えている。
(中略)
 話す内容は本当にばらばらだ。ヨーロッパなど海外のサッカーの話をする一方で、サッカーとはまったく関係のない話をすることも少なくない。
「今日の日経平均株価が年初来の最高値を更新したけど、その理由がわかるか」
 こんなふうに経済の話題を取り上げたこともあれば、全日本女子バレーボールチームが採用した新戦術「ハイブリッド・シックス」を話題にあげたこともある。
 支離滅裂(しりめつれつ)なようだけれど、これらは話を聞いてもらうためにあえて言っていることだ。ルーティーンが繰り返されれば、どうしてもあきる。どんな話が出るのかがわからなければ、選手たちは耳を傾けてくれる。
 日経平均株価の話はともすれば目の前のことで精一杯になってしまう選手たちに、余裕を持ってもらうには・・・・と考えて話題にした。サッカーだけで世の中が回っているのではなく、政治や経済とリンクしているんだよ、新聞を読むくらいの余裕を持とう、プレーを楽しもう、と伝えたかった。女子バレーの話題はベルマーレが掲げる全員攻撃、全員守備をあらためて考えてほしいと取り上げた。

 こういったミーティングのテーマを、どのようにして探すのか。
 特別なことはしないが、普通に日々生きていく中で、頭のなかにパッと飛び込んでくる文字や映像、現象を大切にするようにしている。
 ミーティングこそ重要との思いがあるからか、アンテナの感度も高くなっているのだと思う。だから、インターネットなどで、いま話題のキーワードをチェックすることもないし、新聞を読むことがルーティーンというわけでもない。
 好奇心を抱いていれば、気になることは無数にある。偶然に見聞きしたことが気になるということは、そこになんらかのヒントがあると無意識のうちに察しているからだと思う。
 気になったことを紙などに書き留めて、ストックしているわけでもない。自分の引き出しの中にしまい、必要に応じてパッと引っ張りだす。それを考えに考える。しっくりこなければまたしまう。また引っ張り出したり、ほかのものと組み合わせたりして、自分の言葉になるまで昇華させる。自分の言葉で話さなけれは選手たちには伝わらないからだ。だれかがこのように言っていたと、自分の思いを入れることなく伝聞しても同じように伝わらないだろう。

 『指揮官の流儀』 第Ⅱ部 1 より  曹貴裁:著  KADOKAWA:刊

「どうしたら、興味をもって聞いてもらえるか」
 それをつねに念頭に置いてミーティングをしているから、曹さんの意図が選手たちの心に着実に伝わるのでしょう。

 ミーティングで毎回違う話題を取り上げるのは、大変です。
 曹さんの向上心と情熱の大きさを物語るエピソードですね。

「本音で向き合う」こと

 曹さんは、ミーティング中に選手たちを前にして泣いたこともある、典型的な「感情人間」である半面、「理屈人間」という側面もあると自己分析しています。

 選手たちを厳しく叱るときも、決して怒りから声を荒げることはありません。

 言い方は「怒っている」ように聞こえるけれど、実際は「叱っている」。自分のネガティブな感情を基準にして相手の行為をとがめるのではなく、その瞬間に僕の中で高まったテンションやパッションを言葉に添えている、というイメージだ。
 怒ると叱る。似ているようで、言葉の伝わり方は180度異なる。
 怒っているわけではないから、感情を引きずって相手を無視したりすることはない。ものの10分も経たないうちに「言っていること、わかるよな」と話しかけるのも珍しいことではない。
 選手も人間である以上、積み重ねてきた努力を褒められればうれしい。対照的に自分の中でダメだと感じていることを他人から指摘されれば腹も立つ。それでも、思ったことは面と向かって言う。指導者になってから実践してきたポリシーだ。
 僕の言葉に反発してふて腐れた選手に対して、その態度が気に入らないから試合で使わなかったことは一度もない。ふて腐れるのはごく自然な感情なので、むしろふて腐れているのに「ふて腐れていません」とごまかす態度のほうをとがめてきた。
 思いをストレートにぶつけてきた中で、ミーティングの場でこんな発言をしたこともある。
「今日はお前のせいで負けたんだ」
 発した瞬間に「選手の気持ちが離れてしまう」という理由で、日本ではある意味でタブーとされてきた言葉だ。ドライな外国人監督ならば口にできる、とも言われてきた。僕の考え方は正反対で、相手を信頼しているからこそ言える言葉だと思う。その選手が厳しい言葉を消化できるという確信があって、初めて発することのできる言葉だ。だから、相手の目を見すえ、はっきり言葉にするようにしている。
 相手が言われたことを受け入れることができなければ、そうした選手を育てた監督の責任だ。自分の言葉が原因で指揮官としてリスペクトされなくなり、チームがバラバラになるのならば、監督という仕事を潔く辞めたほうがいい。
 試合でミスを犯してしまったと、その選手はだれよりも責任を感じている。ミスをお互いに許せないような組織であるなら、厳しい言い方をすれば、解散したほうがいいのかもしれない。それでは右肩上がりのチームには決してならないだろう。

 『指揮官の流儀』 第Ⅱ部 2 より  曹貴裁:著  KADOKAWA:刊

「怒る」は自分本位であり、「叱る」は相手本位。

 同じ感情を相手にぶつける行為でも、その本質はまったく違います。
 当然、言葉の伝わり方も、180度異なりますね。

 多少厳しい言葉でも、本当に相手のことを思って言っているのなら、しっかり伝わるものです。
 本音で言い合えてこそ、求心力のある強いチームが生まれるのですね。

サポーターとも真正面からぶつかる

 曹さんの、逃げずに真正面からぶつかる姿勢は、サポーターに対しても同じです。
 試合に勝った時はもちろん、負けた時にも、サポーターと直接顔を合わせて話し合うこともあります。

 僕はときとしてサポーターたちと、フェンス越しに対話をすることがある。怒声やブーイングが渦巻く中で、すすんで彼らとの距離を縮めようとつとめてきた。
 たとえば2013年8月。ホームで行われたヴァンフォーレ甲府戦で負けた直後にも、ゴール裏に集まっていたサポーターたちのもとへ向かった。J1残留を争っていた直後のライバルとき勝ち点差は、キックオフ前の「1」から「4」に広がっていた。
「何をしてんだ、結果がすべてだろう」
 サポーターたちの批判を甘んじて受け入れた上で、僕の思いをうったえた。
「負けようと思ってプレーしている選手が一人もいないということを、どうかわかってほしい。僕に対しては『辞めろ』とか『ちょっとこっちまで来い』といくら言ってもらってかまわない。でも、一生懸命プレーしている選手たちにブーイングを浴びせることだけはやめてほしい」
 監督として、言い訳をしたいわけではない。ブーイングされても仕方のない試合であれば、甘んじて受け入れる度量を持つのがプロというものだろう。降格してしまったが、その試合はもちろん、シーズンをとおして選手たちは全力を尽くしていた。
 2014年シーズンにおいても、リーグ戦で負けた直後に「勘違いしているからだ」といった声が聞こえてきた。もちろん選手たちは勘違いなどしていないし、驕(おご)りたかぶってもいない。どんなに強いチームでも負けることはあるし、年間42試合のうち三度しか負けなかったとむしろ胸を張りたいところだが、それも大きな声で主張することではない。
 ベルマーレは若さがあり、成長途上のチームだ。勝ち点101をマークしてJ2を制した2014年シーズンを戦ったチームの陣容を見ても、日本代表を経験した選手はもちろんのこと、J1で成功を収めた選手もいない。
 それでも、チーム全員が同じベクトルの下、謙虚な姿勢で日々の練習に取り組み、ピッチの上で自分たちのよさを表現することに集中して結果につなげてきた。
 彼らの最大値を引き出しながら、成長曲線を描かせ続ける。課せられた責任をまっとうした結果として、ベルマーレというチームの素晴らしさを一人でも多くのサッカーファンに知ってもらえたらと思う。

 『指揮官の流儀』 第Ⅱ部 3 より  曹貴裁:著  KADOKAWA:刊

 試合に負けていらだっているサポーターの前に姿を現すのは、勇気のいることです。
 直接話しかけるのは、なおさらですね。

 相手に近づかなければ、自分の気持ちは伝えることはできません。
 曹さんのチームや選手たちへの強い愛情が伝わったからこそ、サポーターとの固い信頼関係が築けたのでしょう。

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 どんなときも全力プレー。
 攻撃も守備も全員で。
 攻めるときは相手ゴールに向かって一直線。

 相手チームから見ても、爽快感を感じる「湘南スタイル」のサッカー。
 今の湘南ベルマーレは、指揮官である曹さんのお人柄がそのまま乗り移ったかのようなチームです。

 J1でも彼らのサッカーは湘南の海を吹き渡る風のように、清々しい驚きを与えてくれます。
 曹さんと、湘南ベルマーレのこれからのご活躍に期待したいです。

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