【書評】『ユナイテッドアローズ 日本一お客様に喜ばれる販売員の話』(富島公彦)
お薦めの本の紹介です。
富島公彦さんの『ユナイテッドアローズ 日本一お客様に喜ばれる販売員の話』です。
富島公彦(とみしま・きみひこ)さんは、2001年にユナイテッドアローズ入社され、同社のお客様相談室長や人事副部長を歴任されています。
「日本一お客様に喜ばれる」秘訣とは?
長引く不況や消費マインドの変化の影響などで、「モノが売れなくなった」といわれる今の世の中。
なかでもアパレル業界は、とくに流行に敏感で、浮き沈みが激しいです。
そのなかでユナイテッドアローズは、創業以来30年近く、一度も前年売上を下回ることなく成長しています。
ユナイテッドアローズがお客様から支持される理由は、徹底した「お客様第一主義」です。
販売員の一人ひとりに、「相手の身になって考える」意識が根づいています。
ファッションはその人の人生を彩り、生活を彩り、幸せを与えてくれます。
お店にいる間の切り取った時間だけではなく、お客様の人生の節々にご一緒させていただくこともあるのです。そのお客様と初めて出会ったのは、初めてのデートで着る洋服をどうしようかと悩まれているときに、お声掛けをしたのがきっかけでした。なるべく彼女に好印象を与えるべく意気込んでユナイテッドアローズにご来店くださいました。そのお客様との物語はその瞬間に始まりました。大切な節目「ハレ」の日の装いをユナイテッドアローズとともに過ごしてくださった物語。
そしてそのお客様はその彼女と結婚することになりました。結婚式の二次会の服はもちろん一緒にコーディネートさせていただきました。
そして、お子さんが生まれて初宮参り、入園式、卒園式、入学式・・・・。
二人が出会い、結婚をして、子どもが生まれて、とお客様の大切な節目のひとときはいつもご来店いただいてコーディネートを共に悩んで。
たった一瞬の出会いもあるでしょう。でも、このように長い期間を経てもずっと信頼関係を持ち続け、お客様の心に寄り添い、お客様の「人生」の彩りのお手伝いをする。販売員とは、そんな仕事でもあるのです。
ただモノを売っているのではない、お客様の人生に寄り添い、日常の生活に潤いを、そしてハレの場にふさわしいお手伝いをして幸せを与え続けている。
これがユナイテッドアローズ社の販売員たちです。『ユナイテッドアローズ 日本一お客様に喜ばれる販売員の話』 まえがき より 富島公彦:著 講談社:刊
本書は、「日本一お客様に喜ばれる」ユナイテッドアローズの販売員の魅力の秘密についてまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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「おもてなし」と「サービス」の違い
ユナイテッドアローズでは、創業当時から「おもてなし」という日本のすばらしい考え方が根付いています。
では、「おもてなし」と「サービス」の違いはどこにあるのでしょうか。
当初、ユナイテッドアローズ社では「おもてなし」と「サービス」について明確に定義はしていませんでした。しかし、いろいろ調べていくと元来、「おもてなし」と「サービス」には違いがありそうだということがわかりました。
まず、一番の違いは「サービス」は先の「サービスの原則」にもあるように、主従の関係にあることがあります。「サービス」の語源はラテン語の「servus(奴隷)」で、従者が主人に仕えることがそのはじまりと言われています。主人に何かして差し上げることで対価としてお金などをもらっていました。チップの習慣はその名残だと思われます。このことからも「サービス」とは主従の関係の上に成り立っていることがわかります。一方で「おもてなし」とは、茶道で言われている主客一体の上に成り立っており、相手と自分を分けて考えず、互いが互いのことを考え、一体となって「おもてなし」の場を創り上げることを意味します。「おもてなし」する側も「おもてなし」される側もお互いに配慮があり、上下関係はないように見受けられます。
また、「サービス」とは見返り、対価を求めるものであり、「おもてなし」は見返りを求めません。このようなことからも日本において「サービス」と呼ばれているものは本来の「サービス」とは違い、元来日本にあった「おもてなし」の文化と融合し、日本独特の進化を遂げていると言っていいと思われます。
今ではその日本独自の「サービス」が「おもてなし」として海外でも認知されつつあり、クールジャパンのひとつとして世界に認められる素晴らしいものになりつつあります。『ユナイテッドアローズ 日本一お客様に喜ばれる販売員の話』 第1章 より 富島公彦:著 講談社:刊
サービスは、「する側」から「される側」へ一方的に行なうもの。
一方、おもてなしは、お互いに気遣い、心のやりとりがあってはじめて成り立つもの。
空気を読むことに敏感で、茶道の精神が受け継がれる日本。
だからこそ生まれた考え方といえますね。
『理念ブック』というバイブル
ユナイテッドアローズには、『理念ブック』と呼ばれるバイブルがあります。
理念ブックは、創業の志を変わることなく受け継ぐべく明文化した理念をわかりやすく解説するもので、新入社員には社外秘の大切な本として、入社日に全員に渡されます。
富島さんは、『理念ブック』は理念を浸透させるだけではなく、社員の精神的支柱へと成熟して
いったと述べています。
2代目『理念ブック』には、当時の代表取締役社長に就任した岩城哲哉社長から、「商店宣言」というメッセージが寄せられました。
商店宣言優良企業(エクセレントカンパニー)であるよりも不滅の商店でありたい。
「正しきに依りて滅ぶる店あらば滅びてもよし断じて滅びず」(※花王石鹸の元常務取締役で『商業界』創刊に参画した新保民八氏の言葉)という標語が私は大好きです。商売とは、「ひたすらお客様の要望にお応えする」という正しい姿勢を貫いていれば、結果は必ずついてくるものだと信じていますし、UAグループはこの姿勢を貫く「商店」であるべきだと思っています。
私たちは今、次のような考えを、再度思い起こすべきではないかと改めて強く感じています。
「我々が作りたいのは優良企業ではない、不滅の商店である」
「我々が行っているのは事業ではない、正しい商売である」
「我々は会社員ではない、創造的な商人である」大企業になりつつあるユナイテッドアローズ社に警鐘を鳴らし、お客様のために正しい商売をし続ける一商店であり続けよう。私たちは会社員ではない。創造的な商人であり続けようというメッセージは社内外ともに大きな反響を呼びました。それは改めて社員全員が立ち戻って考えなければならなかったメッセージでした。
(中略)
当時の常務取締役の栗野宏文さんからのメッセージは、一見あまり商売っ気がなさそうで心配になるけれど、お客様に対する細やかな心遣いゆえに確実な顧客を得ている近所の八百屋さんや肉屋さんの話で、身近でとても納得する話でした。
「イヤー奥さん、この牛は、モノはよいんだけどちょっとアブラの部分が多いから、こっちの安い方にしといたほうがカラダにはいいよ」と言われた老夫婦の納得ぶりが面白かった。単なる日常の買い物が、これほど多彩な楽しさや教えに満ちたものであることに感動し、なんだか大袈裟でなく「生きていてよかったなぁ」と呟く自分がいる。こんな「ご近所のちゃんとした八百屋さんや肉屋さん」こそがユナイテッドアローズ社の目指す姿であり、これこそがリテールビジネスの根源であると信じています。『ユナイテッドアローズ 日本一お客様に喜ばれる販売員の話』 第2章 より 富島公彦:著 講談社:刊
企業は、成長して大きくなればなるほど、創業当時の志を忘れてしまいがちです。
全社員のベクトルを合わせ、会社が進むべき方向を指し示す。
理念ブックは、ユナイテッドアローズという船の「羅針盤」として、重要な役割を担っています。
必ず店舗に立って「販売員」として働く理由
ユナイテッドアローズ社では、新卒者は一部の専門職を除き、「販売員」として採用されます。
富島さんは、その理由を以下のように説明しています。
これはユナイテッドアローズ社が小売業であり、小売業界で働く者として店頭やお客様を知ることはあたりまえなことだというのと同時に、現在のアパレル業界において店頭、つまりお客様を知らずにビジネスをすることは難しくなってきているからです。
その昔はモノをつくれば売れる時代がありました。
私も営業時代の取引先から、「朝シャッターを開けると納品された山積みのパッキンで外に出られなかった」などという逸話を何度も聞かされました。しかもその商品はすぐに跡形もなく飛ぶように売れたものでした。
やがてデザイナーブランドブームが到来し、デザイナー発信で「その世界観をわかる人だけが買えばいい」という時代になりました。「ハウスマヌカン」という言葉がもてはやされて、販売員はあこがれの職業でもありました。
その後、POS(販売時点情報管理)からお客様がお求めになったデータを分析し、「売れ筋商品」を追いかける時代に。
そして今はお客様がお求めになった(顕在化している)データだけでなく、いかにお客様の潜在ニーズを販売員が吸い上げて、その情報を企画に活かしてモノづくりに反映できるかの時代になっています。
アパレル業界はプロダクトアウトからマーケットイン、そしてカスタマーセントリック(顧客中心主義)へと変化を遂げました。この流れについていけないアパレル企業は、残念ながら淘汰されていっています。
つまり、販売員はもちろん経営者からデザイナーなど企画者、管理スタッフまで、すべての社員がお客様のことを深く理解していないと生き残っていけない時代なのです。
以上のことから、新卒入社者は必ず販売員として店舗に配属しお客様に接してお客様を十分に理解することが現代のファッション業界で生きていくには大切なことだとユナイテッドアローズ社は考えています。『ユナイテッドアローズ 日本一お客様に喜ばれる販売員の話』 第3章 より 富島公彦:著 講談社:刊
ユナイテッドアローズの「お客様第一主義」が、社員の末端まで行き届いている証拠ですね。
今、自分たちに求められていることは何か。
それを感じるためには、現場で、お客様とじかに接するのが一番です。
変化の激しい業界で生き残るための知恵です。
「相手の立場に立つ」ためのゲーム
ユナイテッドアローズでは、新人研修から「おもてなし」の精神を徹底的に叩き込まれます。
「相手の立場に立つ」ことの大切さ、難しさを十分理解しているからでしょう。
新人の研修でこんなゲームを取り入れたことがありました。相手の立場に立つトレーニングです。
2名がペアになって、まずAさんに最近食べておいしかったものを思い浮かべてもらいます。次にAさんはBさんの立場に立って、Bさんが食べたいなぁと思えるように、1分間でその食べ物の話をしてもらいます。「あくまでBさんの立場に立って、Bさんが食べたいと思えるように」と念を押します。
「1分間ですよ!! 用意スタート!!」
すると皆さん、夢中で最近食べたおいしかったものを話し始めます。1分後、Bさんに聞きます。
「Aさんの話を聞いて、その食べ物を食べたくなった人!」
すると8割がたは手が上がります。
「じぁあ食べたいと思えなかった人は?」
少人数ながら手が上がります。何で食べたいと思えなかったのですか? と質問します。
「私の嫌いなものだったから・・・・」
「食べたばかりでおなか一杯なので、気分が乗らなかった・・・・」
そこでこう質問します。
「このなかで最初にBさんに、好き嫌いがありますか、と聞いた方はいらっしゃいますか。今おなかが空いていますか、ご飯は食べたばかりですか、と聞いた方はいらっしゃいますか」
ここで皆さん「はっ」と気づくのです。このゲームを私が初めてやった時のことでした。
私はBさんになり、Aさんの話を聞いたのです。Aさんはこう切り出します。
「私、先日神奈川県の三浦半島の三崎に行ったんですよ。そうしたら、おいしいマグロ丼のお店を紹介してもらって・・・・。活きがよくて大盛りで、口に広がるとろけるような味が最高でした!」
なんて話を息もつかせず、私に1分間、情熱的に話し続けました。
1分たって、Aさんは話し切って満足げな笑顔です。
しかし私にとっては、とてもつらい1分間でした。なぜなら私は生魚が大嫌いなのです。私は、フライフィッシングをするので釣りは大好きなのですが、生の魚を食べた時の口に広がる生臭い感じが耐えられないのです。もちろんAさんは私が生魚を嫌いなのは知りません。私に嫌がらせをしようと思ったわけでも、気分を悪くさせようと思ったわけでもないのです。自分が食べておいしかったものを親切で薦めてくれただけなのです。でも、結果は思いどおりにはいきません。
自分が食べておいしかったものが、相手もおいしいと感じるか。
自分がうれしいと思うことが、相手にもうれしいか。
この簡単なゲームで答えはおのずと見えてきたのではないでしょうか。『ユナイテッドアローズ 日本一お客様に喜ばれる販売員の話』 第4章 より 富島公彦:著 講談社:刊
相手の立場に立って話をする。
口で言うのは簡単ですが、実行するのはなかなか大変です。
無意識に、「自分はそう思うから、相手も同じように思うだろう」と判断しがちです。
私たちも、普段から心がけたいですね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
富島さんは、共通の理念(志)を目指して突き進む従業員ひとりひとりのあり方を「矢」にたとえたのが、「ユナイテッドアローズ」の社名の由来
だとおっしゃっています。
「お店はお客様のためにある」
この社是のもと、3000人の社員全員が同じ方向を向き、それぞれが自分に合ったやり方でベストを尽くす。
ユナイテッドアローズの強さの秘密は、ここにあります。
組織としても、個人としても、彼らから学べることは多い一冊です。
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