【書評】『天才! 成功する人々の法則』(マルコム・グラッドウェル)
お薦めの本の紹介です。
マルコム・グラッドウェルさんの『天才! 成功する人々の法則』です。
マルコム・グラッドウェルさんは、イギリス生まれのビジネス書作家です。
寡作で知られ、これまで数冊しか著書を書かれていません。
しかし、そのどれもが世界的なベストセラーとなっています。
「アウトライアー」が生まれるための条件とは?
「天才は、生まれ持った資質とそれを磨き上げる本人の努力によってのみ生まれる」
世間では、そのような考え方が主流です。
しかし、グラッドウェルさんは、その考え方に異論を唱えます。
独力で偉業を成し遂げたように見える人たちでも、自分ではどうにもできない部分、出身や支援者などの周囲の環境が必要不可欠だった
と強調します。
「高く育った木」が、なぜ高く育ったか。
その理由を知るためには、木を育てた「森」全体について考える必要があります。
グラッドウェルさんは、成功者たちの出自を訊ねてこそ、成功者とそうでない者の背後に潜む本当の理由が見えてくる
と指摘します。
本書は、並外れた成功を収めた人々について考察し、アウトライアーが生まれるための条件をまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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成功は社会やシステムによって決められる
カナダのプロアイスホッケー選手の生まれた月は、1月から3月の選手の数が圧倒的に多いです。
カナダでは、同じ年齢の少年を集めてクラスをつくる場合、区切る期日を「1月1日」に設定します。
そのため、1月から3月に生まれた子供は、それ以降の月に生まれた子供と比べて体格的なアドバンテージがあるからです。
私たちは、苦もなく登りつめるのは才能ある精鋭たちだと考える。だがホッケー選手の話は、そのような考えが単純すぎることを教えてくれる。もちろん、プロになる選手は、私たちよりもずっと才能に恵まれている。だが、同時に早く生まれた選手は、同じ年齢の仲間たちよりもはるかに有利なスタートを切ってもいる。それは与えられて当然なわけでも、みずから勝ち取ったわけでもない「好機」だ。そしてその好機こそが、選手たちの成功に重大な役割を果たした。
社会学者のロバート・マートンは、これを“マタイ効果”と呼んだ。新約聖書のマタイによる福音書の一節を借用したものだ。
〈誰でも、持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる〉
言い換えれば、成功している人は特別な機会を与えられる可能性がもっとも高く、さらに成功する。金持ちがもっとも減税の恩恵を受ける。できのいい生徒ほどよい教育を受け、注目を集める。体格のいい9歳と10歳の少年がもっともたくさんの指導を受け、練習する機会を与えられる。
成功とは、社会学者が好んで呼ぶ「累積するアドバンテージ」の結果である。プロのアイスホッケー選手は最初、同じ年齢の仲間よりほんのちょっとだけホッケーが上手だった。そして小さな差が好機を招き、その差が少し広がる。さらに、その有利な立場が次の好機を招く。こうして、最初の小さな差がますます大きくなり、延々と広がって、少年は本物のアウトライアーになる。だが、この少年はもともとアウトライアーだったわけではない。ほんのちょっとホッケーがうまかっただけだ。『天才!成功する人々の法則』 第一部 第一章 より マルコム・グラッドウェル:著 勝間和代:訳 講談社:刊
生まれた時期がたった数ヶ月違う。
それだけでも、積もり積もって大きな実力の差として現れるのですね。
制度やシステムによって多くの才能が摘まれてしまう。
そんな例は、日本でも、いくらでも挙げることができます。
教育や育成の方法について、考え直す必要がありそうですね。
「生まれつきの天才」は存在しない!
心理学者のK・アンダース・エリクソンは、音楽学校で学ぶバイオリニスト全員に対して練習時間に関する調査を行ないました。
その結果、「将来ソリストとして活躍できるほどのトップクラスの学生グループは誰もが、バイオリンを始めてからの総練習時間は1万時間に達していた」というものでした。
“優れた”学生グループの場合は8000時間、将来の音楽教師グループの場合は4000時間を少し上回る程度でした。
エリクソンたちは、プロとアマチュアのピアニストについても調べたところ、同じ傾向が見られた。アマチュアは子供のころ、週に3時間以上は練習しなかったし、20歳時点の練習時間の合計は2000時間だった。プロの場合は、毎年、練習時間がだんだん増えていき、20歳のころにはバイオリニスト同じく、合計が1万時間に達していた。
ここで注目すべきなのは、エリクソンが“生まれつきの天才”を見つけられなかったことだ。仲間が黙々と練習に励む、その何分の一かの時間で、楽々とトップの座を楽しむような音楽家はいなかった。その反対に、他の誰よりも練習するが、トップランクに入る力がないタイプである“ガリ勉屋”も見つからなかった。調査は、一流の音楽学校に入る実力を持つ学生がトップになれるかなれないかを分けるのは、「熱心に努力をするか」どうかによることを示していた。彼らを分けるのは、ただそれだけ。さらに重要なことに、頂点に立つ人物は他の人より少しか、ときどき熱心に取り組んできたのではない。圧倒的にたくさんの努力を重ねている。
複雑な仕事をうまくこなすためには最低限の練習量が必要だという考えは、専門家の調査に繰り返し現れる。それどころか専門家たちは、世界に通用する人間に共通する“魔法の数字(マジカルナンバー)”があるという意見で一致している。つまり1万時間である。
「調査から浮かびあがるのは、世界レベルの技術に達するにはどんな分野でも、1万時間の練習が必要だということだ」『天才!成功する人々の法則』 第一部 第二章 より マルコム・グラッドウェル:著 勝間和代:訳 講談社:刊
「1万時間」は、途方もなく膨大な量の時間です。
プロスポーツの分野では、10代からスカウトの目にとまる突出した実績を残す必要があります。
それまでに1万時間の練習をクリアするには、自分の素質だけではなく、両親や周りの人のサポートがなくては無理ですね。
「稲作文化」が育んだ数学の力
生まれた土地の歴史的背景や民族性によって形成された文化。
それらも、個人の資質や能力に大きな影響を与えています。
例えば、稲作文化が育んだ勤勉さや粘り強さは、数学の能力と大きな関係があることが示唆されています。
IEA(国際教育到達度評価学会)が世界中の小中学生を対象に数学と理科のテストを実施したときのこと。
同時に120項目にも及ぶアンケートも行いましたが、その結果を見ていたペンシルバニア大学の教育研究員アーリング・ボーは、偶然にも、「アンケートに答えた数」のランキングと「数学のテスト」のランキングの順位がまったく同じであるということに気づきます。
ボーは、「アンケートに最後まで答える能力」と、「数学のテストでよい成績を取ること」に関係がある、とは言っていない。ボーが言いたいのは、両者の国が一致しており、ふたつの上位国を較べればまったく結果が同じだった、という事実である。
別の方法で考えてみよう。ふたつの上位国を1000人ずつ参加させる。ボーの発見の示唆するところは、数学オリンピックの国別成績ランキングを、数学の問題を1問も出さずに正確に予測できる、というものだ。いや、それすら必要ないかもしれない。努力と勤勉をもっとも重視している文化を持つ国を調べればいいだけだからだ。
というわけで、その両方=数学の成績とアンケートの回答数の上位ランキング国(地域)はどこだろう? 驚くこともない。シンガポール、韓国、台湾、香港(中国)、日本である。
この5カ国の共通点は? もちろん、稲作という、伝統と意義のある仕事によって形成された文化である点だ。これらの国では、過去数百年にわたり、裕福とは言えない農民が、年に3000時間こつこつ働きながら、こんな言葉を言い合ってきたのだ。
「1年360日、夜明け前に起きた者で、家族を豊かにできなかった者はいない」『天才!成功する人々の法則』 第二部 第八章 より マルコム・グラッドウェル:著 勝間和代:訳 講談社:刊
「稲作」と「数学」。
接点がないように見えますが、じつは大いに関係がありました。
稲作文化で育まれる、忍耐力や粘り強さ。
それは、数学の問題を解く場合にも、大きな力になるということですね。
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本書を読むと、その人の持つ才能が大きく花開くか、ツボミのまましぼんでしまうかは、本人の努力でどうにもならない部分で決まってしまうことが多いのがよく分かります。
世界的に見ても、多様性を認め、長所を伸ばすチャンスを多く与えてくれる国や企業ほど、多くのアウトライアーを輩出していることは事実です。
天才は、環境次第で“つくる”ことができるということ。
『すべての人により多くの好機を与えよう』
本書をきっかけに、そんな考え方が日本社会全体にも広がると嬉しいですね。
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