【書評】『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』(出雲充)
お薦めの本の紹介です。
出雲充さんの『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。――東大発バイオベンチャー「ユーグレナ」のとてつもない挑戦』です。
出雲充(いづも・みつる)さん(@izumomitsuru)は、株式会社「ユーグレナ」というベンチャー企業の社長です。
「ユーグレナ」という名前は聞き慣れない言葉ですが、実は「ミドリムシ」のことです。
「ユーグレナ」は、「世界初のミドリムシの屋外大量培養技術」を成し遂げた会社です。
そしてこの事業の発起人が出雲さんです。
「ミドリムシ」が世界を救う
「ミドリムシ」は、およそ5億年前に生まれた単細胞生物です。
エネルギー枯渇、地球温暖化、食料・栄養不足・・・・。
人口増加に伴い、深刻化する世界の大問題を一気に解決してくれる生物、それがミドリムシです。
植物と動物の間の生き物で、藻の一種でもあるミドリムシは植物と動物の栄養素の両方を作ることができる。その数は、なんと59種類に及ぶ。
しかも体内に葉緑素を持つため、二酸化炭素を取り入れ、太陽のエネルギーから光合成を行なうことができる。すなわち、CO2削減という意味でも、救世主となりうる。
さらにそれだけではなく、ミドリムシが光合成により作り出し、体内に蓄えた油を石油と同じように精製すれば、ロケットやジェット機の燃料として使えるバイオ燃料が得られる。
食料、栄養、地球温暖化、エネルギー。これら途方もない問題は、ミドリムシが解決するのだ。
当初はなかなか理解してもらえなかったが、この数年でミドリムシに対する世の中の認識も大きく変わり始め、ようやく僕たちが思い描いていた「ミドリムシが地球を救う」プロセスが、始まりつつある。
この10年、僕は仲間とともに、ミドリムシの可能性を追求し、世の中に知ってもらおうと奮闘してきた。経営者としてはいまでも未熟だし、いつも自分以外の誰かに助けられて、どうにかここまでやってくることができた。
何度も「自分には無理だ」と諦めかけたし、ときには日本中からいわれなきバッシングを受けて、絶望しかけたこともあった。
でもそんなとき、まるでミドリムシに語りかけられているかのように、いつもこう思った。
「この世、くだらないものなんて、ないんだ」と。『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』 はじめに より 出雲充:著 ダイヤモンド社:刊
まさに、夢のような生物といえる「ミドリムシ」。
本書は、出雲さんが、「ミドリムシの屋外大量培養」に成功するまでの10年間の奮闘をまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップして、ご紹介します。
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「ミドリムシ」の培養はなぜ難しいのか
出雲さんは、ミドリムシの培養が難しい理由を、以下のように説明しています。
簡単にいえば、ミドリムシは「美味しすぎる」のだ。生物学では「バイオロジカリー・コンタミネーション」(生物的な汚染)と呼ぶが、培養している間に、他の微生物が侵入してきて、あっという間にミドリムシを食い尽くしてしまうのである。
それほどに、微生物の培養というのは、常にこの生物学的な汚染との戦いなのである。「世界初のミドリムシの屋外大量培養技術」を確立した僕らにとって最後までハードルとなったのも、この問題にほかならない。
乳酸菌なども、培養槽で増産している最中に、ちょっとでも別の菌が侵入すれば、もとの菌が喰われてしまう危険性がある。
そのために乳製品を造る食品メーカーは、自分たちのヨーグルトをはじめとする商品を作り出す大事な乳酸菌を、徹底的に守るようにしている。その菌がそこらのバクテリアに食べられてしまったら、たいへんな損失になってしまうからだ。
(中略)
発酵や培養というのは、目的とする菌以外の増殖をいかに防ぐか、その研究の歴史である。そしてミドリムシの培養は、その研究のラストに位置する生き物だというのだ。当時の鈴木はよくこう言っていた。
「ミドリムシが培養できたら、もうほかに培養できないものはないと思います」
なぜかといえば、ミドリムシの栄養価があらゆる微生物の中でもトップレベルにあるからだ。栄養があればあるほど、他の微生物に狙われやすい。だから培養は極めて難しく、ちょっとの汚染で全滅してしまう。『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』 第2章 より 出雲充:著 ダイヤモンド社:刊
当時の技術では、研究室内で「月産、耳かき1杯」、月にほんの数グラムしか産出できません。
ビジネスとして成り立つ目処など、夢のまた夢、という状況でした。
出雲さんは、そんな中、大学の後輩である鈴木健吾さんとともに、この難関に取り組もうと決意を固め、実行に移します。
カギは「蚊取り線香」
「どうすればミドリムシを食べてしまう外敵から、ミドリムシを守るか」
これまでのミドリムシ培養研究のアプローチは、それがテーマでした。
そのため、大規模なクリーンルームを作り、無菌状態で、ミドリムシのみを純粋に培養しようと試みていました。
このアプローチは、バクテリアや昆虫を「蚊」に例えると、部屋を「蚊帳」で覆って防ごうとする考え方です。
この方法では、ミドリムシの天敵であるバクテリアや昆虫が、一匹でもプールに入っただけでアウトです。
一夜にしてミドリムシが全滅し、培養液がそのバクテリアの持つ色に染まってしまいます。
手詰まりになっていたミドリムシ培養の突破口になったのは、「蚊取り線香」でした。
我々はそうではなくて、「蚊取り線香」を焚くことにした。部屋の中で蚊取り線香を焚けば、血を吸う蚊の侵入を阻止することができる。そこで寝る人は、多少の煙さと臭さを感じるが、健康には影響がない。
それと同じように、ミドリムシにはほとんど何も影響を与えないが、ミドリムシ以外の生き物は侵入できないような培養液を人為的に作り出すことができれば、別にクリーンルームでなくても問題がないんじゃないか。そうすれば、屋外で大量に培養することが可能になる。当然、高価な投資の費用もかからないから、安く大量にミドリムシを増やすことができる。
「ミドリムシを天敵から守る環境をセッティングする」という発想から、「ミドリムシ以外はいきられない環境をセッティングする」という発想へ切り替え。これが鈴木と僕が生み出したミドリムシ培養の切り札となるアイデアだった。『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』 第4章 より 出雲充:著 ダイヤモンド社:刊
これまでの常識とまったく逆の考え方、まさに「コロンブスの卵」的な発想ですね。
微細生物、発酵や培養などの素人だった彼らが、必死に考え抜いた。
だからこそ、たどりつくことができたアイデアだったといえます。
「科学的な正しさ」と「感情的な共感」
ミドリムシ大量培養の事業に、当時、ライブドア社長だった堀江貴文さんが大きな興味を持ちます。
それきっかけに、「ユーグレナ」は、ライブドアからも出資を受けました。
2006年1月に起こったライブドアへの電撃的な強制捜査、いわゆる「ライブドア事件」に巻き込まれます。
出雲さんが、ライブドア事件以降の3年間を通じて学んだこと。
それは、人類の進歩に資するテクノロジーには、「サイエンティフィカリーコレクト」(科学的な正しさ)と、「エモーショナリーアグリーメント」(感情的な共感)の両方が必要だということです。
「科学的な予測」をもとに、本当はまったく予想もつかない事態が起こる可能性だって存在するのに、「そんな可能性はゼロだ」と見なす。ゼロじゃないものをゼロだと言って、人が抱く当たり前の感情である不安や恐れを見落としてしまう。その結果起こったことこそ、あの津波による被害、そして福島第一原発事故であり、サブプライム危機なのだ。
しかし、その逆に、科学的な思考を軽視して、「感情的な側面」だけに重きを置くのも問題だ。それは、まさに僕らがミドリムシで味わったことにほかならない。「ミドリムシ? なにそれイモムシなんでしょう?」と拒絶され、ライブドアと関わっているというだけでまた拒絶される。感情的な壁の前に、科学的な正しさ、すなわち実証されたはずのミドリムシのポテンシャルには見向きすらしてもらえなかった。
僕たちがミドリムシの大量培養に成功したのは2005年末、だがそれから事業が本格的に軌道に乗り始めるまでには、3年以上の歳月がかかった。たとえミドリムシが社会にもたらすメリットが科学的には正しくても、人々に感情的な共感を持って受け入れられるためには、それだけの時間が必要だったということなのだ。『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』 第6章 より 出雲充:著 ダイヤモンド社:刊
出雲さんは、今の時代に必要な思考は、「ハイブリッド」であるといいます。
ハイブリッドは、もともと生物学の「雑種」を意味する言葉で、生物的に異質な種の動物や植物同士が交配し、新たに生まれた生命のことを呼びます。
ハイブリッドの生物は、多くの場合、個体としても、群体としても、純血種に比べて病気に強く、環境変化への対応が早いです。
「科学的な思考」と「感情的な共感」。
その両方があって、初めて人は安心してその技術を受け入れ、使いこなすことができます。
ミドリムシは、まさに、そんな出雲さんの考えを体現する存在です。
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本書は、ミドリムシ大量培養の事業化の意義や将来性、それを成功させるまで経緯をまとめたドキュメンタリーです。
同時に「不可能」といわれていた事業を起業して、ついには成功させるに至った一人の若者の挑戦の貴重な体験記でもあります。
『「ミドリムシ」で世界を救いたい』
すべては出雲さんの、そんな熱い気持ちと揺るがない信念から始まります。
「ミドリムシ」に懸ける、出雲さんの一生懸命さ。
それが多くの仲間や共感者を引き寄せ、彼らと協力することで、立ち塞がる数々の難関を乗り越える力となりました。
本書では、そのあたりについても詳しく述べられています。
出雲さんと同様に、これから起業して「世界を変えるビジネスを創っていきたい!」と望んでいる人たちにとっては、大いに励まされるし、勇気づけられる一冊です。
日本発のベンチャー技術が地球を救う、同じ日本人として、エンジニアとして誇らしい気持ちになります。
出雲さんと「ユーグレナ」の今後のご活躍にも、期待したいですね。
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