【書評】『日本経済「円」の真実』(榊原英資)
お薦めの本の紹介です。
榊原英資さんの『日本経済「円」の真実』です。
榊原英資(さかきばら・えいすけ)さんは、経済学者です。
大蔵省(現財務省)の元官僚として、大蔵省国際金融局長や同財務官などを歴任、為替・金融制度改革に尽力。
「ミスター円」と呼ばれるほどの経済通として、世界的にその名が認知されています。
名目為替レートだけでは、「真実」が見えない
東日本大震災直後の2011年に1ドル80円を割り込み、市場最高値を更新した「円」。
その後も高止まって、マスコミ等では「過去最悪の円高水準である」と叫ばれています。
しかし、榊原さんは「今の1ドル80円割れは円高ではない」と言い切ります。
テレビや新聞で報じられるのは、市場で取引されている実際のレート「名目為替レート」です。
円高水準の見極めには、「実質実効為替レート」が重要です。
実質実効為替レートは、「実質為替レート」と「実効為替レート」という2つのレートを加味して計算されています。
「実質為替レート」は、消費者物価指数を考慮して計算されるレートで、基点を決め、その時点からの2つの国の消費者物価の上昇率の差を加味して算出される。たとえばアメリカの物価の上昇率が2%で日本がゼロだとすれば、実質為替レートは円高になるなど、インフレ率が高い方が実質為替レートが安くなる。「実効為替レート」は、貿易などの実態に即して複数の通貨の重みづけを考慮したレートで、貿易のシェアの変化が加味される。日本は貿易の主要な相手国がアメリカから中国に移っているが、このような変化が反映される。 そして物価上昇率を考慮した実質為替レート、貿易のシェアを考慮した実効為替レートの両方を勘案したのが、「実質実効為替レート」である。 国際決済銀行(BIS)や国際通貨基金(IMF)、日銀などが計算している。 実質実効為替レートが名目レートよりも高いということは、円高がより進んでいるということである。現在は名目を下回っており、この事実からもそれほど深刻な円高ではないということができる。 1ドル80円を切った2011年より、1995年のほうがよほど深刻な円高であり、95年当時の名目80円割れは現在の50円台とか60円台に匹敵する水準である。
『日本経済「円」の真実』 Chapter1 より 榊原英資:著 中経出版:刊
数字が下がったから円高だ。
単純にそう決めつけるのは、間違いだということですね。
冷静に状況を見極めたいところです。
榊原さんの見立てでは、現在の名目レートでの円高は当分続く、とのこと。
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世界は「19世紀初めの経済」に戻る
「世界同時不況」と呼ばれる、現在の世界的な不景気。
それでも何とか破綻しないでいるのは、新興国の経済成長が続いているからです。
その中でも、中国とインドの存在感が、日ごとに増しています。
40年後には、中国とインドが世界の大国となる、と予測されています。
中国とインドが世界経済を引っ張ることは、歴史的に初めてのことではありません。
アンガス・マディソンという人がつくった1820年の統計によると、当時、世界のGDPの29%を中国、16%をインドが占めていました。
つまり、19世紀の初めまでは、中国とインドが世界のGDPの半分近くを稼いでいたということです。
そしていま、そういう時代にまた戻りつつあるという見方もできます。
歴史的に見ると、今は構造変化の時代、ある意味では、欧米からアジアに、経済の重心が緩やかにシフトしている。「リ・オリエント」である。 アンドレ・グンダー・フランクという人が2000年に『リオリエント』という本を書いているが、それによると、20世紀の終わりごろから、アジア回帰の傾向が出てきたという。 中国が改革・開放政策を実施したのが1978年、鄧小平の南巡講話が1992年はじめだ。また、インドが新経済政策をはじめたのが1991年である。 90年代にインドも中国も社会主義体制から脱却し、市場経済に移った。そこから高成長を遂げ、「リ・オリエント」の波動が起きはじめたということである。 2012年、中国とインドの人口は計26億人弱で、世界人口の4割弱を占めている。 この2つの国が、いずれ世界の4割弱のGDPを占めるようになっても、何ら不思議はない。
『日本経済「円」の真実』 Chapter2 より 榊原英資:著 中経出版:刊
日本の将来を考える上で、両国との関係は、今後ますます重要となっていきます。
日本にとって、両国と地理的に近いということは、大きなメリットです。
それをうまく生かして、歴史の大きな流れに乗りたいところです。
円が高くなると、「日本の価値」が高くなる
榊原さんは、この円高基調が変わる兆しがない以上、無駄な為替介入などの円高対策をせずに円高を生かす政策に舵を切るべき
と強調します。
円高は、マイナス面ばかり強調されがちです。
通貨が高くなる(強くなる)ということは、国の価値が上がるということです。
強い円は、まさに日本の国益に通じるものです。
円高メリットを生かす方法には、海外の活動を強化する、という具体策がある。 企業は円高対策として海外生産の比率を増やしているし、海外の企業を買収するにも、円高は追い風になる。 今後、海外生産を増やすという企業も多いが、効率だけを考えれば海外で生産したほうがよく、技術もある程度は持って行ける。 その一方で、国内には雇用の問題があり、そう簡単には拠点を移せないというジレンマも抱えている。生産拠点が海外移転すれば、国内には非正規雇用や派遣社員、契約社員が増加する。企業としては、生き残りのために成長性の高い市場に出ていくことは不可欠であり、やむを得ず国内の雇用を調整しているのである。 しかし、海外生産で収益を増やし、それで国内業務を拡大すれば空洞化は避けられる。雇用の流動化や空洞化が起きているのは、国内業務の拡大が十分できていないからだ。 賃金が減ったり、雇用が安定しないのであれば、それは国が社会保障のあり方を考えるべきだ。高成長時代の社会保障と、成熟時代の社会保障が同じでいいはずがなく、企業が全社員を必ずしも支えられないということになれば、国全体で支える仕組みをつくらなければならない。
『日本経済「円」の真実』 Chapter4 より 榊原英資:著 中経出版:刊
戦後から現在に至るまで、右肩上がりの経済成長することを前提に築いてきた日本社会。
そのシステム全体を、低位安定の今の日本経済の実態に合わせた仕組みに変えるべきときだということです。
増税は必要。ただし、いまは景気回復が先決だ!
民主党の野田政権は、2014年からの消費税増税を決定しました。
これについて、榊原さんはマイナスのアナウンス効果を生む
として、疑問を投げかけています。
少なくとも今後5年程度は、毎年50~60兆円の国債を発行しても、日本の財政に問題はない。 40兆円の税収で90兆円の歳出を抱えているのだから、どこかで財政再建をしなければならないが、5年から10年のスパンで考えればいいことであり、待ったなしという状況ではない。 まずは景気回復を優先させるべきであり、消費税率アップを先に決めてしまう野田氏のやり方は間違いだったと思う。 現状は増税せずに国債発行で歳出を増やして景気を回復させ、ある程度景気がよくなったときに消費税を上げるのが筋であり、野田政権は生きた経済をわかっていない。(中略) 未来永劫、消費税増税に反対ということでは困るが、世界不況の中で先々の景気は不透明であり、いまは増税のタイミングではない。 経済の循環から言っても、今が増税の時期ではないことは間違いないし、むしろ当面は国債を発行して景気回復を図るべきである。
『日本経済「円」の真実』 Chapter4 より 榊原英資:著 中経出版:刊
いくら増税しても、経済が停滞して税収自体がそれ以上に落ち込んだら、まったく意味がありません。
逆に、減税しても経済活動が活発になり、それを補うくらいの税収増が見込めるのなら、効果があります。
関係当局には、今後の世界経済の見通し等も考慮して、日本にとってベストな財政政策を打ち出してもらいたいです。
借金をせず、モノより心の充実を!
不確実なことが多く、不安定な状況が続く日本。
榊原さんは、この先行きの見えない慢性不況を乗り切るために、意識して心がけるべきことを以下のように述べています。
個人として何かできることがあるかというと非常に難しいが、やはり、日本は成熟社会になったのだと意識することが大切である。 そういう意味では、恐慌の危険が潜んでいる時代には、借金をするのはよくない。高度成長期であれば、ある程度のインフレになるため、借金の実質額が減っていく。 そのようなときには借金をしてもいいが、今後は非常に低いインフレ率が続くため、借金すればその実質額は上がっていく。恐慌になれば収入にも影響して返済負担が重くなるので、できるだけ借金をしないことが重要である。(中略) 今後は、家は「買う」より「借りる」という方向に変わっていくべきだろう。 家族構成や家族の年齢に応じて有効に賃貸を住み替えていくのが、これからの時代に合う考え方だと思う。 消費自体も量より質の時代だ。 モノはある程度は飽和状態にあるので、モノを増やすというのではなくて、個人としては成熟社会をどうやってエンジョイするか、そこに意識を向けるといい。 楽しみながら運動をすれば金をかけずとも健康を維持することができるし、本を読んだり、音楽を聴いたり、といった趣味を楽しむ分には、あまりお金はかからない。 そういう文化的な方向に自分の生活を変え、モノではなく、心の充実を図る。それが成熟社会での生き方である。
『日本経済「円」の真実』 総論 より 榊原英資:著 中経出版:刊
中国の住宅バブルの動向次第で、世界恐慌が再び起こる可能性もあります。
もしそうなった場合、日本でも米国でリーマンショックの引き金になった住宅価格の下落による住宅ローンの焦げ付き(いわゆる、サブプライムローン問題)が起こる可能性もあります。
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もしものときの命綱だと思われてきた、「お金」などの金融資産。
その価値も、もはや絶対的なものとは言えない時代となりました。
これまでの「常識」や「通説」が通用しなくなっているのは、経済も一緒だということです。
となると、最終的に頼れるのは、やはり自分自身です。
現在の収入に関係なく、自分自身の社会的価値をあげること。
すなわち、「資金」と「時間」の投資先に自分自身を含める。
その感覚をつねにもち続けていたいですね。
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