本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『(株)貧困大国アメリカ』(堤未果)

 お薦めの本の紹介です。
 堤未果さんの『(株)貧困大国アメリカ』です。

 堤未果(つつみ・みか)さん(@TsutsumiMika)は、米国を中心に活躍されている国際派ジャーナリストです。
 米国野村證券に勤務中、「9.11」の同時多発テロに遭遇し、以後、ジャーナリストとして各種メディアで発言・執筆・講演活動を続けられています。

「貧困大国アメリカ」を影で支配する存在とは?

 近年、米国で「SNAP(スナップ、Suplemental Nutrition Assistance Program)」と呼ばれる制度が話題となっています。

 米国政府が低所得層や高齢者、障害者や失業者などに提供する食糧支援プログラムのことです。
 以前は「フードスタンプ」と呼ばれていました。

 増え続ける貧困率と失業者の数に連動してSNAP受給者は年々増加しています。
 今では、国民の7人に1人がSNAPに依存しているとのこと。

 2011年度のSNAP支出額は、750億ドル(約7兆5000億円)に達しました。
 それでも米国政府は、SNAPの広告予算を増やしています。
 USDA(米国農務省)の予算の半分以上を圧迫するSNAPをもっと受給するよう、国民に呼びかけています。
 
 膨れ上がる赤字を抱え、「財政の崖」から転落の危機にある米国。
 なぜ、雇用対策よりもこのような生活保護対策を優遇するのか。

 その理由を知るためには、今の米国政府を後ろにいる、もっとずっと大きな力をもった、顔の見えない集団の存在を理解する必要があります。
「顔の見えない集団」とは、世界を舞台に圧倒的な支配力をもつ「多国籍企業」たちです。

 堤さんは、それらの存在は、国境を越え、徐々にスピードを上げる高波のように、確実に勢力を伸ばしながら、世界をのみ込もうとしていると警鐘を鳴らしています。
 
 本書は、米国政府を陰で動かす、強大な多国籍企業たちが引き起こす社会問題にスポットを当てた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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復活した「農奴制」

 米国の食業界では、以前から、グローバル市場における競争力を強めることを目的に「より大規模に、より効率的に」という「規制緩和」が推し進められてきました。 
 その結果、各業界で一握りの大企業による寡占化が進みます。

 養鶏業界では、「インテグレーター(統合者)」と呼ばれる親会社が、飼料や種鳥の供給、生産、と畜・加工、流通といった一連の業者を傘下に収め、自らを頂点とした巨大なピラミッドを形成する産業構造ができあがりました。

 ピラミッドの底辺で働く契約養鶏農家は、食肉加工業者の指示通りのやり方で、「より短期間で、より大量の鶏」を飼育することを強制されます。

 今では当たり前のように成長促進剤を注射される養鶏工場の鶏は、牛や豚に比べ病気や死亡率が28%と高いのが特徴だ。「短期間に大量の肉が取れるこのやり方は、食肉業界の常識を変えました。今、成長剤のせいで工業式養鶏場の鶏は体重が25年前の8倍です。内蔵や骨の成長が追いつかず、大半が6週間目で足が折れたり肺疾患になってしまう。でも効率とビジネス利益という観点で見れば、これはすごい発明ですよね」
 だとすると、農家の収入にもそれだけの変化があったのだろうか。
 ジャックは首を振る。
「寡占化は株主至上主義です。その最大の特徴は、末端の農家の取り分をより少なく、客が払う分はより大きくなり、中間業者である大企業群にのみたっぷり利益が出るしくみです。
 たとえばケンタッキーフライドチキンで、12ピースのチキンを買うと、客がレジで払うのは26ドル。ここからケンタッキーフライドチキン社に21ドルが入り、その下にいる加工業者に4ドルが入る。うちのように実際鶏を育てている養鶏場には、30セントしか入りません」
 ジャックの実家の養鶏場に入る年収はわずか15000ドル(約150万円)。大手と契約するこの種の工場式養鶏場の中では、平均値だという。
 それでも、大手のブランドや食品加工業者と契約しなければ、採算が合わず廃業に追いこまれるため、農家は黙って続けるしかないのだ。

 『(株)貧困大国アメリカ』 第1章 より 堤未果:著 岩波書店:刊

「契約」という見えない鎖で繋ぎ止め、経済的に自立させずに搾取(さくしゅ)する。
 まさに、現代の奴隷制度ともいうべき産業構造が浮かび上がってきます。

 養鶏業界を牛耳るインテグレーターが、SNAP普及を影で推進している。
 それも容易に想像がつきますね。

止まらない業界と政府の「回転ドア人事」

 2008年の大統領選。
 民主党のバラク・オバマ候補は、過去数十年の歪んだ農業政策を変えてくれるリーダーとして、多くの有権者からの支持を得ました。

 しかし、その期待は裏切られます。

 選挙キャンペーン中に掲げられていた公約(巨大な農業ビジネス企業による農業補助金の独占禁止や、遺伝子組み換え作物へのラベル表示義務など)。
 それらが、ことごとく翻(ひるがえ)されます。

 アイオワ州のトム・ハーキン上院議員によると、1995年から2003年の間にUSDAから支払われた農作物助成金は約1000億ドル(約10兆円)、うち7割は上位10%の巨大アグリビジネスに流れたという。こうした助成金で自国の農業を保護する国は少なくないが、アメリカでは過去数十年で、その受給者が小規模農家からアグリビジネスに上書きされていった。
 シャーマン博士はこうした公的資金の無駄を撤廃するというオバマの公約が、就任後180度翻(ひるがえ)ったと批判する。
「オバマ大統領は選挙時の公約と真逆のことをやりました。食の安全に関わる要職に、業界関係者をずらりと任命したのです。
 FDA(食品医薬品局)の上級顧問には、遺伝子組み換え種子の最大手であるモンサント社の副社長、マイケル・テイラー。農務長官には、元アイオワ州知事で、自治体による〈遺伝子組み換え作物規制禁止法(Senate Bill633)〉の発案者であるトム・ビルサック。これでは規制される業界の人間を規制する側に入れているのと同じです。
 オバマ大統領の就任で、やっと食肉業界と政府の間の回転ドア人事(利害関係者が、政府と業界の間を行ったり来たりする現象)にメスが入るかと思ったが、これでは垂直統合と結局のところ、彼も歴代大統領と同じだったのです」

 『(株)貧困大国アメリカ』 第2章 より 堤未果:著 岩波書店:刊

 相手候補を徹底的に攻撃するネガティブキャンペーンなどで莫大な費用がかかる大統領選。

 どの候補者も、企業からの献金が大きな資金源となります。
 その金額の多さが、そのまま当選した大統領への影響力の大きさにつながります。

 政策運営を実際にしているのは、大統領であり政府です。
 しかし、それらを動かしているのは、スポンサーである多国籍企業の意向だということです。

イラクの「食」の運命を変えた〈命令81号〉

 

 潤沢な資金力を武器に有力政治家を動かし、都合の悪い政策を潰す。
 そして、自分たちに都合のいい法案を通し、さらに多くの利益を得る。

 そんな多国籍企業のやり方は、海を越えて世界各国に広まりつつあります。

 例えば、中東の国、イラク。
 イラクでは、米国や英国との戦争に破れた後、CPA(連合国暫定当局)が作成した100本の法律が施行されます。
 これらの法律は、米国政府が80年代から自国民に実行してきた政策と、方向性が一致します。

 その中でも、イラクの食の運命を大きく変えたのが、〈命令81号〉と呼ばれている法律です。

 イラク農業の近代化を名目に、あらゆる新製品や製造技術を特許で保護するこの法律。
 それにより、長い歴史を持つイラク農民の伝統には終止符が打たれました。

 何百年にもわたりイラクの農家が開発してきた小麦や大麦、豆類やナツメヤシといった重要作物の代わりに広がっていったのは、近代化され工業化された、輸出にぴったりな大規模生産者のGM作物だった。これ以降イラクの農家は、すべての種子を毎年必ずモンサントやシンジェンタ、ダウ・ケミカルのような大手アメリカ企業から買わなければならなくなった。
「イラクに民主主義の種を植えるというのは、壮大な茶番でした」
 そう語るのはニューデリー在住の金融ジャーナリスト、ラーザ・ジジェンヌだ。
「ブッシュ元大統領は、アメリカがイラクに民主主義の種を植えたと言い、オバマ大統領は米軍がイラクを主権国家にしたと言う。けれど実際は、合法的な略奪でした。イラク市民の食料安全保障における自立を支援すると言いながら、81令のような「非常に有害な新法」でイラクの農地をアグリビジネスの国外生産地にし、誇り高いイラク農民を現地の雇われ労働者にしてしまった。そこで大量生産される製品は、イラク国民の口には入りません。すべてグローバル市場に輸出されるのです」
「イラク農民に選択肢はありましたか」
「選択肢は実質ないも同然でした。経済制裁と干魃(かんばつ)、そして米軍のイラク侵攻によって離農寸前だったイラク農民に、CPAは再び農業を始めるよう呼びかけました。スローガンは「イラクに強い農業を」。やっと農業を再開できると期待したイラク農民が再開申請をUSDAに出すと、暫定政府は彼らに、途上国開発支援のUSAID(アメリカ国際開発庁)から送られてきた種子と農薬を、補助金つきで無料提供したのです。これは見事な連携でした。ご存知のようにGM種子は、一度使えば毎年使うことになるからです」
「イラク農民はそれがGM種子だと知っていたのでしょうか」
「いいえ。彼らには無償で提供される、「スターターキット」の中身を知る術はありませんでした。USAIDが判別データの公開を拒否したからです。後になってそれらがすべてGM種子だったと農民が気づいたときにはすでに遅く、彼らは毎年の特許使用料を永遠に支払わされるサイクルに呑み込まれていました」

 『(株)貧困大国アメリカ』 第3章 より 堤未果:著 岩波書店:刊

 GM種子とは、「遺伝子組み換え(genetically modified)した種子」のこと。
 GM種子から育った遺伝子組み換え作物は、人体への影響がまだ完全に解明されていません。
 そのため、日本ではほとんど栽培されていません。

 ただ、害虫や農薬への耐性が強く、収穫量も大きな遺伝子組み換え作物の栽培は、世界的に見ると主流です。

 経済的には大きなメリットがある遺伝子組み換え作物の栽培。
 本格的に日本に上陸するのも、時間の問題かもしれませんね。

 遺伝子組み換え作物が普及したとして、大きな利益を得るのは、特許に守られたGM種子を販売する一部の多国籍企業だけです。

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 米国では、リーマンショック以降、1%の「富める者」と99%の「持たざる者」という二極化が進む、急激な経済格差が進んでいます。
 政府は、その格差を縮めるべく、様々な手段を講じる必要があります。

 しかし実際には、それとまったく逆のこと。
 つまり、巨大多国籍企業が行なう“貧困ビジネス”を、政府が手助けする構図ができあがっています。

 まさに、企業における「経営者」と「株主」の関係。
 お互い「持ちつ持たれつ」です。

 政策や法律への無関心は、結局は自分たちの首を絞めることになります。
 日本も他人事ではありません。

 現在の米国の姿は、日本の10年後の姿。
「他山の石」として活かしたいですね。

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One thought on “【書評】『(株)貧困大国アメリカ』(堤未果)
  • kentaro より:

    このシリーズは日本人全員必読ですね。世界の構造がよくわかります。1%の浸食は一国だけでなく世界中に広がっていることがわかり驚愕でした。

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