【書評】『悩む力』( 姜尚中)
お薦めの本の紹介です。
姜尚中さんの「悩む力」です。
姜尚中(かん・さんじゅん)さんは、政治学者です。
在日韓国人の立場で、独自の鋭い視点から多くの著書を書かれるなど、多方面で活躍されています。
「悩む」ことの意味とは?
本書は、姜さんの代表作の一つでもありますが、テーマは政治ではなく「人生」そのものについてです。
姜さんは、最初に以下のように述べています。
少なくとも日本や韓国を見る限り、多くの人々がかつてないほどの孤立感にさいなまれているのではないでしょうか。そうでなければ、これほどの自殺者の増加はありえないはずです。
加えて、われわれにとってたいへんな重圧となっているのは、「変化」のスピードが猛烈に速いということです。
(中略)
それでいて、人間というのは「不動の価値」を求めようとします。
(中略)
変化を求めながら、変化しないものを求める。現代人は相反する欲求に精神を引き裂かれていると言えます。
「悩む力」 序章「いまを生きる」悩み から 姜尚中:著 集英社:刊
姜さんは、現在の世界は、技術が発達して便利になった反面、周囲との繋がりを感じにくく精神の安定を保ちにくい時代
だと述べています。
過酷な現代社会を生き抜くカギ。
それを、明治維新という同じく激動の時代の荒波を生き抜いた文豪、夏目漱石と同時代のドイツの社会学者、マックス・ウェーバーの生き方に見出します。
本書は、夏目漱石の数々の作品の引用などを交えながら、「仕事」「愛」そして「死」など、多岐に渡り論じた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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「自分は何者なのか」を問い続ける
姜さんは、10代の頃から、「自分は何者なのか、自分が存在する意味は何なのか」という自我の悩みに苦しめられます。
在日韓国人という自らの出生も、大きく関係しているのでしょう。
最初は、その問題から目を背けることでやり過ごそうとします。
しかし、それでは問題は解決できないと観念し、真正面から取り組むことを決意します。
姜さんが20歳の時でした。
姜さんは、悩み抜いた挙げ句に、「自我」つまり自分の存在というのは他者の存在なしにはあり得ない
ことに気付きます。
そして、そこから自分なりの答えを導き出しました。
結局、私にとって何が耐えがたかったのかと言うと、自分が家族以外の誰からも承認されていないという事実だったのです。自分を守ってくれていた父母の懐から出て、自分を眺めてみたら、社会の誰からも承認されていなかった。私にとっては、それがたいへんな不条理だったのです。
(中略)
この経験も踏まえて、私は、自我というものは他者との「相互承認」の産物だと言いたいのです。そして、もっと重要なことは承認してもらうためには、自分を他者に対して投げ出す必要があるということです。
他者と相互に承認しあわない一方的な自我はありえないというのが、私のいまの実感です。もっと言えば、他者を排除した自我というものもありえないのです。
「悩む力」 第一章 「私」とは何者か から 姜尚中:著 集英社:刊
姜さんは、この時悩み苦しんだ経験を乗り越えたことが自信になり、後の人生の指針ともなった
と述べています。
悩みに正解はない
姜さんは、幾多の悩みを経験し、一つの結論を得ます。
それは、「悩みに正解はない」ということです。
人間が「成長する」ということは「老成」することだと思いますが、その場合、極端に言うと二つの形があると思います。ぎこちない表現ですが、「表層的に老成する」か、「青春的に老成する」か、そのどちらかです。
(中略)
私は青春のころから自分への問いかけを続けてきて、「結局、解は見つからない」とわかりました。と言うより、「解は見つからないけれども、自分が行けるところまで行くしかないのだ」という解が見つかりました。そして、気が楽になりました。何が何だかわからなくても、行けるところまで行くしかない。いまも相変わらずそう思っています。
氷の上を滑るようにものごとの表面を滑っていたら、結局、豊かなものは何も得られないと思います。青春は挫折があるからいいのです。
年齢を重ねても、どこかで青春の香を忘れたくないですね。
「悩む力」 第四章 「青春」は美しいか から 姜尚中:著 集英社:刊
若者に近い感性を持ち続けていることが、姜さんの若さの秘訣です。
どんな問題にせよ、自分なりの確証を得ることが必要です。
そのような過程を多く経ることで、初めて「自分はこういう人間だ」という、自分の中の芯になる部分が出来上がります。
「悩む」ということ、つまり、自分自身で考え抜くという行為。
それは絶対に、避けては通れないということですね。
「悩む」ことのすすめ
姜さんは、自らの経験も踏まえて、読者にも「悩む」ことを強く勧めます。
私も長く悩みました。器用ではないので、ずいぶん時間がかかったと思います。子供のときに「自分は社会の中で誰にも承認されていない」という不条理に気づいて以来、遅々とした歩みの中で、少しずつ、人との間に相互承認の関係を作ってきたような気がします。ときには自己矛盾に陥り、投げ出したくなりました。ときには全力で当たっていかないで、ぬらぬらした宙ぶらりん状態に甘んじていたこともありました。他者を認めると、自分が折れることになるような気がして納得できなかったこともあります。
しかし、その積み重ねによって、いまの私があると思うのです。他者を承認することは、自分を曲げることではありません。自分が相手を承認して、自分も相手に承認される。そこからもらった力で、私は私として生きていけるようになったと思います。私が私であることの意味が確信できたと思います。
そして、私が私として生きていく意味を確信したら、心が開けてきました。
(中略)
だから、悩むこと大いにけっこうで、確信できるまで大いに悩んだらいいのです。
中途半端にしないで、まじめに悩みぬく。そこに、その人なりの何らかの回答があると私は信じています。
「悩む力」 第八章 なぜ死んではいけないか から 姜尚中:著 集英社:刊
「人間的に」悩むこと。
それは、生きていることの証。
たしかにその通りです。
そして、まじめに悩むことは、成長している証でもあります。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「どうしたらこの苦境を乗り越えられるか・・・」
「自分の出来ることは何か・・・」
そのような前向きな視点から必死に悩んでこそ、道が開けてきます。
姜さんは、それを身を持って示してくれています。
私たちも、前向きに、おおいに悩みましょう。
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