【書評】『ノマド化する時代』(大石哲之)

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 お薦めの本の紹介です。
 大石哲之さんの『ノマド化する時代』です。

 大石哲之(おおいし・てつゆき)さん(@tyk97)は、コンサルタントです。
 自ら会員制のサロンを主催されたり、著作活動もされるなど、幅広くご活躍されています。

「国」ではなく「企業・個人」が主役の世界へ


 大石さんは、21世紀の組織や活動は、地域、特定の場所から離れて、中心がなくなり、世界中にネットワークされて、離散するだろうと述べています。

 世界全体の〈ノマド化〉が、急速に進んでいくということです。

 大石さんは、〈ノマド化〉の概念として、以下の二つを挙げています。

  1. 近代国家ではなく、グローバル企業・個人が主役となる新しい中世の到来
  2. 中心がなくなり、世界中に離散する組織や個人の形態
 国という場所に固定されたものから、私企業や個人という、よりフレキシブルなものが、主役になるノマド化。
 中心がなくなり世界中に離散して、随時動きまわっていく、組織や個人の活動というノマド化。

 この二つが急速に進んでいくとのこと。

 大石さんは、そのような社会に日本人も、いやがおうでも巻き込まれ、国という枠組みにしがみつきたくてもしがみつけない時代が徐々にやってくる、と警鐘を鳴らします。

 本書は、来るべきノマドの時代を生き抜くための方法やヒントを、具体的な事例を織り交ぜながら解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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国境を超えて移動する遊牧民〈ノマド〉


〈ノマド〉は、インターネットという〈リゾーム〉(地下茎)を自由に行き来し、活動する個人や組織です。

 大石さんは〈ノマド〉を、国家と個人の関係、会社と個人の関係と対比させ、以下のように述べています。

 これに対して〈ノマド〉は、インターネットを渡り歩くように、国家や会社といった固定化された構造から逸脱し、逃げ、飛び越え、横串して、自由に行ったり来たりしながら、もともとの国家や会社といったものを新しくつくり替えてしまうようなイメージである。
 みなさんも、昔ながらの国のシステムや会社といったシステムが、なんとなく古くなり、崩れかかっているような印象を薄々持っていることだろう。とくに、ここ十年、インターネットが加速的に普及して、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアが広まるにつれ、それらのノマド的なものが、既存の固定化したものに外部から新しい刺激を加えているのを実感していることだろう。

 転職や独立が当たり前となった現在、必ずしも会社の中で生きるという人生設計でなくとも生きることはできるようになってきた。本書で紹介しているように、国境も簡単に超えられるようになってきて、さまざまな国に住み、さまざまな国を移動しながら活躍する人も出てきている。定住、固定から時は移り、自由に動き複雑につながったダイナミックなもの、横串・横断するものから、新しいものが生まれる、そんな肌感覚を得ているのはないか。

  『ノマド化する時代』 第1章 より  大石哲之:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 経済学者であり、思想家のジャック・アタリ。
 彼は、著書の中で、人々は、すべてつぎの三つのうちのどれかの〈ノマド〉になっていく、という未来図を描いています。

  • 21世紀の新しい支配階級〈ハイパーノマド〉
  • 住民として国の枠組み住みながら、ネットやガジェットを使って世界の境界を超える〈ヴァーチャルノマド〉
  • 仕事を求め世界中に出稼ぎに行かねば食っていけない〈下層ノマド〉
〈ハイパーノマド〉とは、新しいクリエイター階級で、資産家や起業家、ソフトウェア設計者やデザイナーなど、場所にとらわれずに世界中で事業を展開したり、自分のスキルや発明品を売り込むことができる人々のことです。

 アタリによると、2050年ごろには日本とか米国などの国民国家は、ゆるやかに解体されて役目を終えます。
 そして、人々は必然的に〈ノマド〉を強制されるとのこと。

中心を持たない〈ノマド企業〉


 個人だけではなく、企業も、〈ノマド〉化が進んでいます。
 大石さんは、世界的なコンサルタント会社である「アクセンチュア」を例に説明します。

 アクセンチュアは、もともと米国に本拠地を置く企業でした。

「世界の最適な土地で最適な業務をおこなうべし」

 その経営コンセプトを自ら実践し、経理や労務管理などの定形業務をコストの安い中国などに移管します。
 さらには、本社所在地まで、バミューダ諸島に変更し、中心のない〈ノマド企業〉に変貌を遂げます。

「アメリカの企業は、アメリカで法人税を収めなくてはならない」しかし、アクセンチュアはアメリカの企業ではない。無国籍のグローバル企業だ。2013年現在のCEOはフランス人であるし、世界の54ヶ国にオフィスがある。中心が存在しないのだ。中心が存在しない、つまりノマドだ。
 中心の代わりにあるのは“最適地”という概念だ。
 簡単にいうと、機能ごとに、最適なところで業務をおこなう。ペーパー上の本社所在地はダブリンが最適、経理は大連、ITはインドで実行、研修(トレーニング)はまた別のところで・・・・という具合だ。
 ひとつの中心、つまりかつて「〇〇国の会社」と呼ばれていたものの代わりに、グローバル企業では、世界中に散らばる複数の“最適地”がネットワークをつくって会社を形成している。
 これが、いわゆる究極のグローバル化を成し遂げた企業、中心のないノマド企業の姿である。

  『ノマド化する時代』 第3章 より  大石哲之:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 世界的な大企業が、“最適地”を求めてさまよう時代。
 大石さんは、都市や地域が、国や地域からひっぺがされて浮遊するノマド企業やノマド業務を呼びこもうと競いあう時代が来ていると述べています。

 つまり、国ではなく、都市や地域による仕事の奪い合いが、世界規模で起こるということです。

〈起業家ノマド〉という生き方


 大石さんは、これからの時代の〈起業家ノマド〉と呼ばれる人たちを紹介しています。

 起業家ノマドとは、自分たちが一番起業しやすいところ、一番チャンスがあると思うところを、世界中をまわるなかで探す人たちです。

 大石さんは、起業家ノマドは、世界がどんどん融合していくなかでのひとつの解になると指摘します。 

 エリート型のノマドが世界で雇用される能力を磨き、プロフェッショナリティを極める方向でサバイブしているのとはまた別の方向で、かれらは世界中どこでも、そのときどきにチャンスがある国に移動して、その国でビジネスを始めることで、ノマド化する時代をサバイブしていこうとしている。
 彼らに共通する特徴は、世界をフラットな目で見ていることだ。日本も、ベトナムも、カンボジアも同じ市場としてとらえている。市場としての日本にはこだわりをもたない。世界中を見渡して、そのなかで、よりチャンスのあるところでビジネスをすればいい。
 チャンスがある国、事業がやりやすい国、経済が発展している国に、起業家のキャラバン隊はやってきて、その土地で事業を興す間、滞在する。そして、またつぎのチャンスを求めて、キャラバン隊は世界を移動する。

  『ノマド化する時代』 第1章 より  大石哲之:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 大石さんは、中国やインド、東南アジアの国々などのアジア圏だけではなく、アフリカや中東、中南米といった地域にもチャンスを見出し、そこで事業を始める日本人も今後は増えていくのでは、と述べています。

〈ノマド化する時代〉を生き残るには?


 ノマド化する時代を生き残っていく。
 そのために必要なことは、どのようなことでなのでしょうか。

 エリートノマドとして世界中の会社を渡り歩いている人。
 彼らにとって、会社は、たんに雇用契約をする間だけ籍を置く、一時的な「箱モノ」にすぎません。

 大石さんは、日本でもこれからは、終身雇用で守られて新卒で大企業に滑り込めば一生その身分が保証されるという身分社会はもう続かないと指摘します。

 個人がなにができるのか、あなたという個人は何者なのか。

 ノマド化する社会では、それがシビアに問われます。
 雇用形態は、そのバリエーションにすぎません。

 ノマドは独立した個人。そして自分の武器をもとに、ときには所属先を変えて、場所も変えて、世界中の最適な場所で仕事ができる。在籍期間とか、在籍する企業の大小とか国籍は、ノマドとはなんの関係もない。
 国境という枠組みや、会社の組織いう枠組みに閉じ込められることなく、自由に世界を行き来できる人。国とか会社に寄りかかるのではなく、個人として、国や会社と対峙(たいじ)できる人。これがノマドの本質だと思う。
 そして、日本の社会では、そのようなことができるのは、ごく一部の人だけであったし、その代表としてフリーランスの人がとりあげられていたが、恐るべきことにこれからは、それらのごく一部の人だけではなく、いやがおうでも、すべての人が、国や会社におんぶにだっこではなくて、むき出しの裸の社会と向き合って、個人として一対一で勝負していくことが求められる社会になる。
(中略)
 それがいやな人が、なんとかしようと、自分を埋没させることのできる、なにか強固な枠組みにしがみつこうとする。それが、正社員神話だったり、公務員になれば一生安泰といったことである。
 もちろん公務員はいまのところ解雇されることはめったにないから、そこにしがみつけば安泰かもしれない。ただ、いつなんどきハシゴを外され、ノマドの大海原に放り出されるとも限らない。しかたなく、低賃金労働の出稼ぎノマドとしてドバイの建設現場で働かなくてはいけなくなる人も出てくるだろう。
 私は、そうした沈みゆく船のマストにしがみつくよりも、どうやって海を渡っていくのかを真剣に考えて学んだほうがいいと考えている。 

  『ノマド化する時代』 第7章 より  大石哲之:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 大石さんは、日本にはまだ時間の猶予が残っているとも述べています。
 少なくとも、日本国債がもちこたえられるまでの間は、いまのような体制が続けられるとのこと。

 “そのとき”が、数年後になるのか、数十年後になるのか。
 まったく予想がつきませんが、準備するに越したことはないですね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 さまざまな規制や言葉の壁に守られてきた日本人。
 そんな私たちには、想像もつかないことが、世界を舞台に、急速に進行しています。

「ノマドの出現」と「近代国家の解体」という時代の流れ。
 それは、逆らうことができないほど大きなものです。

 はたして、日本だけがその流れから取り残されたままでいることができるのか。
 そう考えると、やはり難しいのではないでしょうか。

 ノマド化という“嵐”がやって来る。
 その前に、個人としてできる限りの”備え“をしておきたいところです。


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