【書評】『勝負論 ウメハラの流儀』(梅原大吾)

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 お薦めの本の紹介です。
 梅原大吾さんの『勝負論 ウメハラの流儀』です。

 梅原大吾(うめはら・だいご)さんは、プロ格闘ゲーマーです。
 2010年から日本人で初めてプロ契約を締結し、「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー」としてギネスに認定されるなど、現在もご活躍されています。

遠回りして気づいた「勝ち続けること」の意味


「誰もが格闘ゲームの魅力を認めるまで完璧になってやる」

 梅原さんは、その強い思いを胸に練習を重ね、17歳の若さで世界一の称号を手に入れます。
 しかし、その後の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。

「世界最強」と呼ばれるのは、あくまで限られた格闘ゲームの世界だけ。
 梅原さんは一度、23歳でゲームの世界を諦めます。

 その後、麻雀や、勝ち負けの関係ない介護の仕事に関わりもします。
 しかし、ゲームへの情熱を諦めきれずに、ゲームセンターに戻ってきます。

 自分の本当にやりたいことから離れ、再びチャレンジする幸せ。
 それを味わった梅原さんは、以前には見えなかったものが見えてきます。

 勝ち負けにこだわらない勝負の形があること、勝つことへの執着から解放されるようになって、かえって勝てるようになることを悟りました。
 そして、「勝ち続けること」の意味を以前より深く理解します。
 
 本書は、梅原流の勝負哲学、「勝ち続ける自分の作り方」をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「勝ち続ける」ことと、「100戦100勝」であることは違う


 勝負ごとには、「勝ち」と「負け」があり、白黒がはっきりつくものです。
 とはいっても、単に「勝つ」ことと「勝ち続けていること」では意味がまったく違います。

 梅原さんにとっての「勝ち続けていること」の基準。
 それは、自分が変化しているかどうか、つまり、成長しているかどうかです。

 表面的に勝つか負けるかは、より高いレベルの勝負になればなるほど、運に左右されることが多くなる。
 だから、僕が言う「勝ち続ける」とは、決して表面上の連勝、あるいは「100戦100勝」のような状況では絶対にないことをまず知ってほしい。
 むしろ、連戦連勝、100%勝ちたいなどと望むのは、病気に近い危険な発想だと思う。あるいは、魔法や超能力が使えるようになりたいというような、無邪気で無茶な希望に近い。
 ある時点での結果、短期的な勝敗と、僕の言う成長の関係性を図にしてみると、例えばこんなイメージになる(図①、下図参照)。
 白星は勝ち、黒星は負けを意味する。
 ある勝負では、白星が付いたり黒星が付いたりする。しかし、白星だからといって成長が得られないこともあるし、黒星でも大きく成長できることもある。
 勝負である以上白星であるに越したことはないが、本当の問題は、それらが連続的に自分の成長につながっているかどうかだ。大きな矢印が右肩上がりでいるかどうかである。僕は、この状態を「勝ち続けている」と考える。
 成長してより高いレベルで勝負できるようになっても、対戦相手の実力もより強くなっているから、必ずしも単純に白星が増えるわけではない。実力はついているのに、単に白黒の並びだけを見れば、むしろ変わらないこともある。一般の人は星の色しか見ないから、なかなか「あの人は勝ち続けている」とは直感的に理解してもらえない。得てして自分で見ていくしかないものだ。
 僕は、自分自身の現状をこうした形で把握しているかどうか、そして、誰になんと言われようと自分が成長し続けていて、右肩上がりでいることを信じられるかどうかもまた、大切な能力だと考えている。

  『勝負論 ウメハラの流儀』 第1章 より  梅原大吾:著  小学館:刊

勝敗の結果 と 勝ち続けること の関係
図① 「勝敗の結果」と「勝ち続けること」の関係
(『勝負論 ウメハラの流儀』 P37 より抜粋)

 目先の勝ち負けにこだわり過ぎないこと。
 長期的に見て、自分の成長につながっているかどうか。

 それが最も重要だということですね。

『「勝ち」「負け」は相手との戦い。「勝ち続けること」は自分との戦い。』

 勝敗の基準を自分の外ではなく、中に持つことができる。
 そのような人が最終的に「勝ち続ける」ことができるということです。

「効率」を追求しすぎない


 勝ち続けるためには、「効率を最優先しないこと」です。
 梅原さんは、とくに、基礎固めの段階にしっかり時間をかけるべきだと強調します。

 基礎固めの段階こそ、たとえ最初のうちはボロボロに負けようと、人から笑われようと、納得できるまでじっくり時間をかけて回り道して考え、あえて定石やセオリーとされるものを疑い、時には崩してみる。自分で体験し、体験を通して学んでみる。そして、セオリーの意味を自分で再発見する。
 誤解しないでほしいのだが、わざとふざけようとか、遊び半分でやれ、ということはない。たとえセオリーとされていること、常識とされている知識があっても、いちいち疑い、気の済むまで考え、壁に当たりながら進んでいこうということだ。その結果であればセオリーを受け入れてもいいし、場合によっては否定してもいい。ただ、教科書を暗記するようにセオリーを学ぶことと比べれば、長い時間と手間が必要になる。
 ニュートラルな、先入観のない状態をどこまで保てるか。それが、高みに上るための絶対的な強さになることを、まずは覚えておいてほしい。僕のような不器用な人間はもともとこうするしかなかったけれど、なまじ才能を持っていたばかりに基礎をあっという間にスルーしてしまい、後で自分を見失っていった人を、僕はたくさん見てきた。
 格闘ゲームに限らず、どんな分野、どんな仕事であっても、最終的に目指しているのは、「誰にもできない、自分にしかできないこと」のはずだ。その表面的な結果が、ある勝負における「勝ち」であったり、ある大会での優勝だったりする。
 でも僕は、「あんなこと、ウメハラにしかできない」と思われることが一番嬉しい。自分にしかできないことで、誰も知らなかったゲームの魅力を引き出し、人の心を動かす。それはプロとしてもっとも嬉しい瞬間だからだ。

 『勝負論 ウメハラの流儀』 第3章 より 梅原大吾:著 小学館:刊

 苦しんで苦しんで、ようやく手に入れた知識やスキルは本物です。
 不器用でのみ込みの遅い人ほど、いったんコツを掴むと大きく伸びるものです。

 大切なのは、参考書や他の人の言うことを鵜呑みにしないこと。
 そして、自分自身で納得がいくまで体験してみること。

 基本的な部分ほど、無意識でできるくらい体にしみ込ませることが大事です。

成長していれば、どんな変化にも対応できる


 格闘ゲームの世界は変化が激しいです。
 年中、ヴァージョンアップされ、新しいゲームが開発されます。

 その中で、梅原さんが最後まで勝ち残れる理由は、「このレースに、終わりがないから」です。

 他の人は最初から猛スピードで飛び出します。
 しかし、大半は、途中でコースアウトやクラッシュを起こして退場します。

 梅原さんは、そんな状況でも、自分のペースでアクセルを踏み続けます。
 そのため大きなトラブルもなく、必然的に自分だけが残る状況になります。

 成長の持続は、終わりのないレースだと思ってほしい。最後まで走っていること、最後まで成長し続けていることが大切なのであって、途中のスピードや順位には固執しない。大切なのは、焦らないことだ。
 そして、成長し続けることができれば、実はどんなレースにも対応できるようになる。クルマはやめてバイクにしても、自転車で走ってみてもいい。種目は変わっても、相変わらずゴールはないのだから、結局は成長し続けられる人が、どんな変化が起ころうと、勝てる仕組みになっている。
 レベルが高くなってくれば来るほど、最短距離を走ったことによる「不合理さ」が目立ってくる。最短距離なのに合理的でないとはおかしいと思うだろう。しかしそこは矛盾しない。高いレベルの勝負は、結局まだどの人間も見たことのない世界である。そんなところで何が合理的かなんて、人間にはわからないのだ。
 その程度に、人間社会は不完全で、複雑だ。見えないことがあるから面白い。知らない知識、発見されていない価値がたくさんある。
 それを汲み取ることができるのは、思考を続けた人だけなのだ。

 『勝負論 ウメハラの流儀』 第4章 より 梅原大吾:著 小学館:刊

 ここでも最後は「自分との戦い」ということになります。

 周りのペースに惑わされず、自分のやるべきことを着実に継続できるか。
 それががすべてです。

 重要なのは、「速さ」より「強さ」。
 どんな状況でも、立ち止まらずに前に進むことができる「馬力」を身につけたいですね。

安心を得るために孤独を避けない


 勝ち続けるメンタルを考える時、絶対に避けて通れない道があります。
 それは、「孤独に耐えること」です。

 成長を続け、勝ち続けている人は、少なくとも一時的には、必然的に孤独になる。だから、トータルで見れば良い変化のひとつの過程でもある。正しいステップといえる。
 しかし、多くの人は孤独そのものに耐えられなくなる。確かにひとりぼっちはさみしい。人とつながりたくなる。
 でも、踏ん張りどころは、そこにある。
 僕は、他人を尊重することと同時に、人と一緒にいることで安心していけないと強く自戒している。
 群れていることそのものには、成長の持続、勝ち続けることに対しての価値がない。その場の安心はむしろ成長を鈍化させ、しまいには成長することをためらわせる。
 仲間の中でひとりだけ成長すれば、もう仲間ではいられないからだ。その恐怖を感じるからこそ、孤独を恐れると自分で成長することをやめてしまうのだ。
 その場の孤独を埋めるために群れるか、自分の成長の持続を大切にするか。この二つの選択肢は、同時には満たせない。だから孤独と感じていることは、成長している限り正しい。同時に、ある集団で仲間で居続けることを優先し、成長をやめることは、結局全員揃ってゆるやかに自分たちの価値を落とし続けていることにほかならない。
 一見群れている方が安心なようでいて、実は中長期的にはまったく安心が得られないのだ。

 『勝負論 ウメハラの流儀』 第5章 より 梅原大吾:著 小学館:刊

 成長し続けると、いつか周りの人から抜け出て、一人孤立した状態となります。

 孤立を怖れずに、さらに成長し続ける努力ができるかどうか。
 それが一流になれるか、なれないかの分かれ道になります。

 “一流”と呼ばれる人々は、他の追随を許さないからこそ、“一流”なのです。

 孤独は、一流の人になるための通過儀礼です。
 たとえ独りになっても、構わずに突き進める強い精神力を養いたいですね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 梅原さんは、「プロ格闘ゲーム」という一般的にはあまり認知されていない、マニアックな分野でトップランナーとして活躍を続けています。
 ただ、その勝負論は、すべてに通用するほど普遍的で根本的なものです。

「勝ち続ける方法」を身につけた人は、敵は相手ではなく、自分自身であることを理解しています。

「この道を究めることで、自分自身をより成長させていきたい」

 トップレベルの人々は、その強い欲求で自分を駆り立てているのでしょう。

 勝ち負けを超えた、本当の意味での「勝者のメンタリティ」。
 私たちもそれを手に入れ、成長し続けることに幸せを感じる生き方を目指したいですね。


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