【書評】『「超」集中法』(野口悠紀雄)

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 お薦めの本の紹介です。
 野口悠紀雄先生の『「超」集中法 成功するのは2割を制する人』です。

 野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)先生は、ファイナンス理論や日本経済論がご専門の経済学者です。

「コア」に努力を集中せよ!


 野口先生は、さまざまなことに『コア』と呼びうるものがあり、努力をそこに集中すべきだと強調しています。

「コア」とは、「核」という意味です。コア機能、コア商品、コアメンバーなどというように使われます。
 全体の中でコアが占める比率は量的には2割程度であることが多く、他方で、「コア」によって全体の成果や価値の8割程度が生み出される場合が多いのです。このことは、「2:8法則」と呼ばれます。
 したがって、努力をコアに集中させれば、仕事の効率は飛躍的に高まります。これを意識するかどうかで、結果に大きな違いが生じるのです。
(中略)
 ところで、以上のことは、昔から知られていました。実際、「2:8法則」という言葉を知らなくても、多くの商店は、店舗に売れ筋の商品を置こうとします。また、ダイレクトメールを出すなら、コアの顧客を中心に出します。「重要なものを重点的に扱う」というのは、いわば当然のことなのてす。
 では、なぜいま2:8法則についての本が必要なのでしょうか?
 それは、これまで2:8法則について述べた本は、つぎの2つの問題に対して答えを提供していないからです。

 (1)コアは、どうすれば見出すことができるか?
 (2)コアが変化したとき、どのように対応したらよいのか?

「コアに集中せよ」というアドバイスを実行するために、これらの問題に対する答えが必要なことは明らかです。したがって、これらに対して意味のある答えを提示しなければ、有効なノウハウにはなりません。世の中には、ノウハウになっていない「擬似ノウハウ」が多いのですが、右の問いに答えを与えずに「2:8法則に従え」とだけいうのも、その例です。

『「超」集中法』 はじめに より 野口悠紀雄:著 講談社:刊

 本書は、「2:8法則」をさまざまな分野で有効に活用するためのノウハウをまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「コアな2割」を制すれば、残りの8割も制する


「2割を制すれば8割を制する」。
 その実例が、古代ローマでの、カエサルとポインペイウスのファルサロスにおける決戦です。

 カエサルとポンペイウスは、クラッススとともに三頭政治体制を作ってローマ共和国を牛耳っていたのですが、寡頭支配を嫌う元老院派の策略によって2人は対立することとなり、ローマは内戦状態に陥りました
 数回の会戦の後に、両雄はファルサロスの野で対峙します。この会戦では、ポンペイウス軍が歩兵4万7000と騎兵7000で計5万4000の大兵力を擁して優勢。それに対するカエサル軍は歩兵2万2000と騎兵1000で計2万3000の兵力でしかなく、劣勢でした。
 塩野七生『ローマ人の物語11』(新潮文庫)によれば、戦闘は次のように展開しました。戦況展開の鍵を握ったのは、両軍の騎兵の動きです。ポンペイウスは騎兵をカエサル軍の歩兵の背後に回り込ませ、これを全滅させる戦法を取ろうとします。これは、かつての名将アレクサンダーやハンニバルが取った作戦でした。
 騎兵の数で言えば7000ですから、全体の兵力の13%ということになります。2割よりはやや少ない比率ですが、歩兵と騎兵の強さを考慮すれば、2割くらいと考えてよいでしょう。つまり、全体の約2割の兵力で戦線の帰趨(きすう)を決めようとしたのです。
 ところがカエサルはそれを予期し、対抗策を準備しました。それは、騎兵1000と歩兵400の集団が、ポンペイウスの騎兵に当たると見せかけてかわし、ポンペイウスの騎兵が突入した前面に、2000の最強兵士が立ちふさがるという戦法です。
 カエサルは、2000の兵士たちに、「どんなことがあっても絶対に後退するな」と厳命していました。そして、実際に、ポンペイウスの騎兵は、ここで阻まれたのです。
 そこに、一度は退いた騎兵1000と歩兵400が後ろから回り込む。こうして、合計3400(カエサル軍全体の15%)の兵力が、ポンペイウスの騎兵7000を挟む隊形になりました。
 騎兵というのは、広い空間においてこそ、威力を発揮できる兵力です。前後から挟まれて空間を狭められると、持ち前の機動力を発揮できなくなります。そのため、ポンペイウスの虎の子の7000の騎兵は非戦力化されてしまったのです。
 そして、ここで戦況の大勢が決しました。もちろん、その他の局面での戦いもありますから、全体の戦況の8割程度が決まったと言ってよいでしょう。
 結果は、カエサルの大勝利に終わりました。ポンペイウス側は、戦死6000、捕虜2400。それに対して、カエサル側は、戦死0。ポンペイウスは小さな船で家族とともにエジプトに逃亡を試みたのですが、上陸しようとしたところをかつての部下の手で殺されました。
 その後の戦闘でポンペイウスの残党を一掃したカエサルは、ローマに戻って終身執政官につきます。これは、事実上の独裁者です。そして、カエサル暗殺と内戦を経て、アウグストゥス初代皇帝によってローマ帝国が建設されることとなります。
 そうした歴史の大きな流れの帰趨を決める会戦が2:8法則に支配されていたというのは、興味深いことではありませんか。これは歴史上の一コマの出来事にすぎませんが、似たような会戦の例は、他にもたくさんあるはずです。

『「超」集中法』 第1章 より 野口悠紀雄:著 講談社:刊

「勝負は時の運」といいます。
 兵力の大小だけで勝敗が決まるわけではありません。

 大きな戦いでも、命運を左右するのは、ある限られた局面での戦いです。
 そのコアな部分にいかに戦力を集中できるか。
 それが勝負運を引き寄せる重要なポイントになります。

「押し出しファイリング」でコアな書類を見出す


 書類や資料の場合、「コア」に当たるのは、「ワーキングファイル」です。
 ワーキングファイルとは、至近で利用しているファイルのことです。

 野口先生は、内容によって分類せず時間順に並べるという「押し出しファイリング」の方法を取れば、これを自動的に見出すことができると述べています。

 では、「新しいもの」と「繰り返し使用するもの」を取り出しやすくするには、どうしたらよいでしょうか?
 その答えは実に簡単です。「新しく入ってきた書類は、左端に置く」「使った書類は、(元の場所に戻すのではなく)左端に置く」という方法を取ればよいのです。そうすれば、自動的に実現されます(左端ではなく右端でも構いません。どの順に並べるかは、趣味の問題です。要は、使った書類を元の位置に戻さないことです)。
 図書館では、書籍を内容によって分類して置き場所を変えますが、そうしたことを一切行わないのです。
 具体的な導入手順を述べましょう。
(1)書類を、最低限のひとまとまりごとに、角2封筒に収納します。このまとまりを、「ファイル」と呼ぶことにします。日付とタイトルを封筒の右肩に書き、内容のいかんにかかわらず、本棚の左から順に並べます。
(2)以後、新たに到着した資料や書類は、同じように封筒に入れて、本棚の左端に入れます。そして、取り出して使ったものは、左端に戻します。
(3)このような操作を続けていくと、使わないファイルは、次第に右に「押し出されて」いきます(このために「押し出し式」と呼んでいるのです)。右端に来たものは一定期間使わなかったので、不要である確率が高いものです。そこで、不要と確かめた上で捨てます。以上のことを実行するのに必要なものは、封筒、筆記用具、そしてスペースのみです。
 ただし、本当に重要なのは、「分類しない勇気」です。人間は分類したいという本能を持っているようで、「内容いかんにかかわらず並べる」という方法を取ることには、最初のうちは心理的抵抗が働きます。後で捜すときに分からなくなってしまうような恐怖心を覚えるのです。そうした本能を排し、「分類するな、ひたすら並べよ」というのが、「超」整理法のモットーです。

『「超」集中法』 第3章 より 野口悠紀雄:著 講談社:刊

「自分がコアだと考えている物」と「実際にコアな物」が違うことはしばしばあること。
 この「押し出しファイリング」は、書類や資料だけではなく、さまざまな物の整理に応用できます。

 分類せずに、ひたすら使った時間順に並べる。
 本当に必要な物がひと目で分かる野口式「超・整理法」。
 ぜひ試してみたいですね。

「パラシュート勉強法」でコアを把握する


 勉強において、コアを見出すための方法は、「全体を俯瞰すること」です。

 全体を俯瞰するうえで重要なのは、できるだけ高いところまでのぼることです。とにかく進む。途中でわからないところがあっても、とにかく行けるところまでのぼってしまうのです。
 この方法がなぜ有効かと言えば、「狭い範囲でコアを見出しても、それがより広い範囲ではコアではない」というケースがしばしばあるからです。
(中略)
 ところで、「高いところに行け」といっても、「ではどうやって高いところに行けるのか? それこそが問題だ」という意見があるでしょう。
 それに対して私は、基礎から一歩一歩のぼるのではなく、飛行機に乗って頂上まで行き、「そこから落下傘で降下すればよい」と提案します。このような方法を、「パラシュート勉強法」と呼ぶことにしましょう。
 例えば、ファイナンス理論の論文を読んでいたら、「ボラティリティ」という言葉が出てきたとしましょう。これは統計学の基本概念の一つなのですが、統計学を勉強したことがない人は、この言葉を見て、「私は統計学を知らない。その勉強には大変な努力が必要だ。だから、私はこの論文は読めない」と諦めてしまうでしょう。
 しかし、時間がなければ、必要事項を調べるだけで読み進んでもよいのです。
 この目的のために、昔であれば、百科事典を用いました。いまなら、ウェブで調べるのが便利です。「ボラティリティ」についての簡単な説明は、すぐに見つかります。それを読めば、「おおよそどのようなことか」は、理解できます。学生時代に数学をきちんと勉強しなかったビジネスマンでも、理解できるでしょう(ただし、ウェブにある解説は誤っている場合も多いので、注意が必要です)。
 専門家では、このような方法を取ることに反対の人がいると思います。「麓(ふもと)から一歩一歩のぼってこそ、頂上をきわめる歓びがある。飛行機で頂上に行っても意味がない」という意見です。
 だから、百科事典やウェブで答えを見てしまうというのは、ルール違反だと感じて、うしろめたく思う人が多いでしょう(実は、私自身もそうです)。しかし、この意見はサディズムでしかありません。高山のすばらしい空気や眺望が目的なら、飛行機で望む高さまで連れていってもらって、パラシュートで降下してもよいのです。
 実際、われわれは、日常生活でこうした方法を多用しています。自動車を運転するのに、内燃機関の原理について正確な知識を持つ必要はありません。それより、アクセルの踏み加減を体得するほうが重要です。あるいは、テレビを見るのに、半導体の知識は必要ありません。スイッチの操作を知っていれば十分です。勉強についてこれと同じことをやるのが、「パラシュート勉強法」です。

『「超」集中法』 第4章 より 野口悠紀雄:著 講談社:刊

 勉強はスポーツではありません。
 方法について、共通の決まりごとや規則はないです。

 まず、正解を知り、そこにたどり着くまでのプロセスを理解する。
 上るより下るほうが楽なのは、坂や階段と一緒です。

 現代は、インターネットの普及で“正解”が得やすくなっています。
「パラシュート勉強法」は、今後ますます威力を発揮しそうですね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 日本人は小さい頃から、「平等である」ことが美徳だと教えられてきました。

 すべての人を平等に扱う。
 すべての業務を平等にこなす。
 すべての教科を平等に勉強する。

 そのような考え方が、日本の高度成長を支えてきました。
 しかし、そのようなやり方は、こなすべき仕事が激増し、また、価値観が多様化して変化が激しい現代社会では通用しなくなっているのも事実です。

 限りある資源(時間やお金など)をいかに効率よく活用できるか。
 それが問われる時代になっています。

「2:8法則」は、私たちの生活のさまざまな分野で応用できるノウハウです。
 ぜひ、身につけて、最小限の努力で最大限の成果を手にしたいですね。


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