【書評】『「孤独力」で“ひとりがつらい”が楽になる』(水島広子)

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 お薦めの本の紹介です。
 水島広子先生の『「孤独力」で“ひとりがつらい”が楽になる』です。

 水島広子(みずしま・ひろこ)先生は、精神科医です。
 5年間、衆議院議員を務められた経験もお持ちです。

「孤独力」は人生の質を高める!


 集団行動に慣れている日本人。
「ひとりでいること」を苦手としている人は多いでしょう。

「ひとりでいると、寂しい人だと思われるのではないか」
「性格的に問題がある人だと思われるのではないか」

 そんな不安から、つい、一緒にいたくもない人と一緒に行動したり、行きたくもないところについていったりしてしまいますね。
 インターネットやソーシャルネットワーキングサイト(SNS)の普及により、人との「つながり」が目に見えるようになったことも、そんな風潮に拍車をかけています。

「ひとりにならないこと」を中心に生きると、いろいろな犠牲を払わなければなりません。
 水島先生は、「目に見える『つながり』(一緒に行動できる相手がいる、つながっている人の数が多い)にとらわれることは、人生を豊かにするどころか空虚で不安定なものにすると警鐘を鳴らします。

「孤独力」とは、目に見える『つながり』を必要としないで生きていける力のこと。
 この力は、「ありのままの自分と一緒にいられる力」といってもよいものです。

 本書は、人生の質を向上させる「孤独力」を身につけるため方法を解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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寂しさや孤独が教えてくれること


 本書では、物理的にひとりいることをカッコ付きの「孤独」、感情としての孤独(寂しさ)はカッコなしの孤独と使い分けています。

 カッコ付きの「孤独」でいても孤独を感じない、という「力」が「孤独力」です。
 
 水島先生は、感情は、「この状況は自分の心、あるいは自分という存在にとってどういう意味をもつものか」を知らせてくれるものだ、と指摘しています。

 では、孤独(寂しさ)が教えてくれる感情とは、どのようなものでしょうか。

 多くの人が、孤独は「孤独」と関連した感情だと思っています。ひとりでいると寂しい、寂しいときはとにかく人恋しくなる、ということは確かにありますね。

 しかし、よくよく考えてみると、「孤独」=孤独ではないのです。

 例えば、人と一緒にいても、心が通じ合っていないと思うとき。
 グループの中にいても、自分だけがなじんでいない、浮いていると思うとき。
 あるいは、「目に見える『つながり』」を作りたくて、「いい人」を演じてしまうとき。
 そんなときには、「孤独」ではないけれども、孤独を感じますね。
 つまり、「作られた自分」ではなく、「ありのままの自分」が「つながっている」という感覚を持てない人と、人と一緒にいても孤独を感じてしまうのです。
 一方、人と一緒にいて満たされていると感じるときは、ありのままの自分を受け入れてもらえるときです。
 例えば、ありのままの自分の気持ちに共感してもらえると、とても心が温かくなって、孤独など溶けてしまいますね。「気が合う」と感じる相手とは、ありのままの自分で波長が合うものです。

 ここに、「孤独力」を考えるためのポイントがあります。
 孤独という感じ方は、物理的な「孤独」に伴うものではなく、ありのままの自分が「つながっている」という感覚を持てていないことを示すものなのです。
 ですから、物理的には「孤独」であっても、ありのままの自分が何かと「つながっている」という感覚を持てるのであれば、孤独を感じないですむ(つまり「孤独力」がある)ということになります。

 『「孤独力」で“ひとりがつらい”が楽になる』 第1章 より 水島広子:著 さくら舎:刊

 孤独感を持たないためのポイントは、ありのままの自分が何かと「つながっている」という感覚を持てるかどうか。

 ありのままの自分を受け入れている人ほど、「孤独力」が高いということです。

「孤独」なときも、そうでないときも、自分を飾らずにいることができる。
 そんな人が、本当の意味で孤独に強い人ということですね。

「何を得られるか」ではなく「何を与えられるか」


 何かと「つながっている」という感覚を持つときは、自分の心が開いているときです。
 逆に、孤独を感じているとき、僕らの心は「閉じている」ということです。

 水島先生は、心を開いてつながりを得るためのコツは、何かをするときに、「自分はここから何を得られるか」に目を向けるのではなく、「自分は何を与えることができるか」に目を向けることだと指摘します。

 実際に、与える姿勢は、「今」にいるための強力な方法です。見返りを求めずにただ「与える」というときだけ、心は完全に「今」にいることができるのです。

 例えば、買い物をするときには、お店の人に「このお店、すてきなものが多いですよね」「お忙しそうで大変ですね」などと一言かけてみます。
この瞬間、お店の人との間に「つながっている感じ」が生じ、自分の心がぽかぽかと温かくなりますし、「ひとりで買い物をしていると寂しい人に見えるのではないか」という懸念など、どこかに吹き飛んでしまうことがわかると思います。
口べたな人、ただにっこりとほほえむだけでも同じような効果が得られると思います。
 このときは相手に「ほほえみ」、つまり、温かい肯定(こうてい)的な心を与えているのです。
「与える」姿勢になれば、自分の心は開き、「つながっている感じ」が生じる、ということになります。

 そもそも、「自分はどう見られているのだろうか」という思いそのものが、「自分は何を得られるか」ですね。それよりも、発想を逆転して、「自分は何を与えることができるか」を考えてみると、孤独が減じ、「孤独力」が高まるのです。

 『「孤独力」で“ひとりがつらい”が楽になる』 第2章 より 水島広子:著 さくら舎:刊

 孤独を「何か」で満たそうとしても「もっと、もっと」となるばかりで、かえって孤独になります。
 その症状が強くなりすぎると、アルコール依存症や買い物依存症などに陥いる危険性があります。

 孤独を感じたときほど、「得ること」より「与えること」に目を向けること。
 忘れないようにしたいですね。

変わらない性質は、知っておくと役に立つ


 水島先生は、「人恋しさ」は、かなり先天的に決められている性質の一つだと指摘します。

 生れつき人恋しさが強い人もいれば、他人にあまり関心がないタイプの人もいますね。
 これは基本的には変えることができないものなので、自分の性質として知っておくと役に立ちます。

 とても「人恋しさ」が強いタイプの人が、自分基準で人を誘ったりしてしまうと「しつこい」と思われることもありますので、ほどほどのところで寂しさを引き受ける覚悟が必要となる場合もあるでしょう。
 また、「人恋しさ」の程度が低い人は、その淡白(たんぱく)さゆえに相手から「嫌われているのではないか」と誤解される可能性がありますから、決して相手のことが嫌いなわけではなく、ただ自分はひとりでいるのが好きなタイプなのだということを、何かの形で示しておいたほうがよいと思います。

 パーティのような場が天国のように楽しい人もいれば、「おもしろくもない、うるさいだけの場」と感じる人もいるのです。
 後者のタイプの人にとって、仕事の必要上参加しなければならないパーティは、本当に苦痛でしょう。
 そんな人がパーティでつまらなそうにぽつんと立っているからといって、無理に話の輪に入れ込んだりすると、むしろ迷惑になる場合があります(そういう人は、「ここで皆さんを見ているほうが楽しいですから、お気遣いなく」と言って身を守る必要があります)。
 逆に、本当は「人恋しい」タイプなのだけれど内気であるためひとりで立っている人の場合は、誘ってあげるとほっとして喜ぶでしょう。
 感じ方は、本当に人それぞれなのです。

 『「孤独力」で“ひとりがつらい”が楽になる』 第3章 より 水島広子:著 さくら舎:刊

「人恋しさ」が強いか弱いかは、アルコールと同様に、体質的なものです。

 アルコールが飲めないのに、無理して付き合って飲んでもいいことはひとつありませんね。
 それと同じように「独り」でいるのが好きなのに、人のたくさんいる場所に無理していっても、ストレスが溜まるだけです。

 自分の「人恋しさ」の度合いをしっかり把握し、周りの人にそれを理解してもらう。
 精神衛生上、とても大事なことですね。

自分の身体を「感じる」と、孤独が消える


 孤独力のカギは、「つながっている」という感覚です。

 水島先生は、孤独を感じるときは、「今」とつながっていないときだと述べています。
 今やるべきことに集中しているときには孤独を感じないものですが、それは、「今」とのつながっているからです。

「今」を生きる方法のひとつが、「感じる」ことです。

「今」を感じるためにとても役立つのが、身体です。
 例えば、身体を動かすのはよい方法です。
 特に、ランニングやヨガなど、「今」に集中せざるを得ないタイプの身体の使い方をすると、余計な思考から解放され、「今、感じている」ことがよくわかるはずです。
 走っているときの呼吸の変化、筋肉の状態、大地を踏む感触など、「感じる」ということがよくわかると思います。
 このときに重要なことは、特に目的意識を持たずに身体の感覚に集中すること。
「タイムを上げなければ」「このランニングでどのくらいのカロリーが消費されているのだろうか」「ヨガのポーズはこれで合っているだろうか」などと「自分」について考えてしまうと、せっかくの感じる機会を損ねてしまいます。
 あくまでもポイントは「考える」ではなく「感じる」ことなのです。

 身体を動かすことに困難がある人は、呼吸に集中するだけでもよいのです。細く長い呼吸に意識を向けると、やはり「今、感じている」ことがわかります。
 それ以外にも、おいしいものを味わって食べる、アロマでよい香りをかぐなど、自分の好みに合わせて、「身体で感じる」ことをしてみてください。
「おいしい!」と心から感動しているときには、やはり「自分」が消えているものなのです。ある意味では、瞑想的な時間になっているとも言えます。
 孤独に押しつぶされそうになったときには、あるいは、「自分」のことが不安でたまらなくなったときには、身体が「今」とのつながりを感じるための味方になってくれます。身体を動かすだけでも「孤独力」を感じるはずです。また、身体で「今」とのつながりを感じたら、本書でお話しているような内容も、少しずつ心に入ってくると思います。

 『「孤独力」で“ひとりがつらい”が楽になる』 第6章 より 水島広子:著 さくら舎:刊

「感じる」ことは「今」しかできないことですね。

「考える」ではなく、「感じる」こと。
 普段何気なく過ごしているときは、過去や未来にとらわれ、「今」を生きていません。

 五感をフルに発揮して、「今」この瞬間を「感じる」時間をつくる習慣を身につけること。
 それが、孤独力を身につける秘訣です。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 水島先生がおっしゃる通り、孤独力を高めるには、何かと「つながっている」という感覚を持つことが最も大切です。

 人が心を閉ざして、自ら「つながり」を断ち切ってしまう理由。
 それは、過去の体験などで受けた痛みが原因であることがほとんどです。
 
「これ以上つらい思い、苦しい体験をしたくない」と心を閉ざすことでは、苦しみから解放されることはありません。
 逆に、「つながり」を絶つことで、さらに孤独感を強めるというジレンマに陥ってしまいます。

 孤独に負けないためには、何より、「心を開く勇気」をもつこと。
 どんなときでも「ありのままの自分」でいられる、しなやかな強さを身につけたいですね。

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