本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

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【書評】『沈みゆく大国アメリカ』(堤未果)

 お薦めの本の紹介です。
 堤未果さんの『沈みゆく大国アメリカ』です。

 堤未果(つつみ・みか)さん(@TsutsumiMika)は、米国を中心に活躍されている国際派ジャーナリストです。
 米国野村證券に勤務中、「9.11」の同時多発テロに遭遇し、以後、ジャーナリストとして各種メディアで発言・執筆・講演活動を続けられています。

「オバマケア」導入が米国にもたらしたものは?

 2010年3月、アメリカである画期的な法律が成立しました。
 その法律とは「医療保険制度改革法」、通称「オバマケア」です。

 日本では、当たり前のように行われている「国民皆保険制度」。
 アメリカでは、これまで何度も業界団体の圧力に屈して導入を断念してきました。
「オバマケア」は、それらを押し切って成立させた保険制度です。

「私たちも、そうでない人と同様の医療が受けられるようになる」
 この法律は、アメリカの多くを占める無保険者にそのように思わせ、大きな希望をもたらしました。

 大きな転機を迎えたアメリカの医療は、今後どのような方向へ進んでいくのか。
 堤さんは取材を重ね、この「オバマケア」の実態を調査します。
 すると、「医療」という、人間にとってもっとも根源的なものがマネーゲーム化されつつある現状が浮き彫りになってきました。

 本書は、「オバマケア」がアメリカの医療にどのような影響を与え、どのような変化をもたらしたのか、その実態に鋭く迫った一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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自己破産のトップは「医療費」

 アメリカは、リーマンショック以降、貧富の格差がさらに広がっています。
 上位0.1パーセントの資産家が国全体の富の20パーセントを保有しているともいわれています。

 一方、全体の八割を占める中流以下の国民の富はわずか17パーセントで、六人に一人が貧困ライン以下の生活を強いられているとのこと。

 アメリカの自己破産者の数は、年間150万人で、その理由のトップは「医療費」です。
 そんな状況を打破すべく作られたのが、「オバマケア」です。

 アメリカには日本のような「国民皆保険制度」がなく、市場原理が支配するため薬も医療費もどんどん値上がりし、一度の病気で多額の借金を抱えたり破産するケースが珍しくない。国民の三人に一人は、医療費の請求が払えないでいるという。
 民間保険は高いため、多くの人は安いが適用範囲が限定された「低保険」を買うか、約5000万人いる無保険者の一人となり、病気が重症化してからER(救急治療室)にかけこむ羽目になる。世界最先端の医療技術を誇りながら、アメリカでは、毎年4万5000人が、適切な治療を受けられずに亡くなってゆく。
 大半の労働者は雇用主を通じた民間保険に加入するが、保険を持っていても油断はできない。利益をあげたい保険会社があれこれ難癖をつけ、保険金給付をしぶったり、必要な治療を拒否するケースが多いからだ。驚くべきことに、医療破産者の八割は、保険加入者が占めている。
 この状況のなか、オバマ大統領は、国民に向かってこう宣言した。
「もう誰も、無保険や低保険によって死亡することがあってはならない」
 アメリカに〈皆保険制度〉を入れること。かつてヒラリー・クリントンが試みて、業界の圧力でつぶされた大改革は、オバマ大統領の公約の一つだった。
 2010年3月、共和党をはじめとする強い反対勢力を押し切って、オバマ大統領は「医療保険制度改革法」に署名した。
 反対派がつけた「オバマケア」という呼び方には批判がこめられていたが、2012年10月にオバマ大統領が「意外といい」などと発言して以降、「オバマケア」は定着しつつある。何よりもこの法律によって、今後アメリカでは医療保険加入が、全国民の「義務」になるのだ。
 保険会社が既往歴を理由に加入拒否したり、病気を理由に一方的に解約することも今後はできなくなる。加入者に支払われる保険金総額の上限を撤廃する一方で、医療破産を防ぐために患者側の自己負担額には上限がつけられた。収入が低ければ一定額の補助金が政府から支給され、従業員50人以上の企業には社員への保険提供を義務化、公的医療の「メディケイド」枠は拡大される。こうした政府発表はどれも、高額な医療費や保険で苦しむ国民にとって、いいことずくめだった。
 加入義務化を違憲だとする数々の訴訟や、オンライン加入システムの不備など、紆余曲折(うよきょくせつ)はあったものの、オバマケアは少しずつ、だが確実にアメリカ国内に浸透しつつある。

 『沈みゆく大国 アメリカ』 第一章 より  堤未果:著  集英社:刊

 アメリカには、もともと65歳以上の高齢者と障害者・末期腎疾患患者のための「メディケア」、最低所得層のための「メディケイド」という、二つの公的医療保険があります。
 メディケイドの受給条件は、所得が貧困ライン以下の人が対象です。
「オバマケア」は、メディケイドを受給するほどではないけれど、所得が低くて民間保険に入れない人が保険に加入できる、画期的なシステムです。

皆保険制度で「パートタイム国家」に?

「オバマケア」の導入は、多く企業にとって大きな負担となります。
 すべての従業員を保険に加入させなければならず、巨額な保険料の支払が収益を圧迫するからです。

 企業は社員の地位に関係なく同レベルの保険を提供する義務があります。
 それに反すると罰金を支払わなければなりません。

 企業の財務幹部たちは、オバマケアによる人件費上昇についていくつかのシミュレーションを行った。
 オバマケアに従い社員に保険を提供すれば、人件費は一人につき時給1.79ドルアップする。提供せず罰金を支払う場合の上昇は98セント(約100円)だ。
 いったい保険を提供した場合とそうでない場合とで、売り上げにはどの程度差が生じるだろう?
 これが1000人規模の大企業なら、医療保険と引きかえに社員の給料を下げられるうえに、企業負担分は税控除の対象になり、大口購入交渉で割引もさせられる。だが飲食業で得られるメリット自体が薄いのだ。
 マッキンゼー社の調査によると、全米企業の約半数が罰金を払って企業保険を廃止するほうを選んだ。リストラで社員を49人減らす企業もあったが、もっとも多かったのは、今いるフルタイム社員の勤務時間を減らし、大半をパートタイムに降格するパターンだ。オバマケア成立翌年の2011年末の時点で、450万人が雇用保険を失っている。
 ある企業の社長は、これを雇用創出への貢献だとさえ言った。
「一人フルタイムを減らせば、二人がパートタイムの職に就ける」
 これが企業側のロジックだった。
 政府は〈雇用者数改善〉を大々的に政権の実績として強調し、大手マスコミも景気回復の兆しをヘッドラインで報道した。だが実はその内訳をみると、突出して多いのはパートタイム労働者なのがよくわかる。
 もっとも打撃を受けたのは、ワーキングプア人口の四人に一人を占める「八大低賃金サービス業」、ウェイトレスやウェイター、調理人、販売員、用務員、介護士、レジ係、メイドといった人々だ。彼らは賃金が安いうえに、勤務時間を減らされてますます生活が苦しくなる。
(中略)
 現在アメリカで、雇用主を通じて保険に加入している人口は1億7000万人だ。前述したマッキンゼー社の試算によると、保険提供を継続する予定の半数の企業群も、オバマケア規定を満たす保険は以前より高額になくという。そのため、たとえ企業が提供したとしても社員側が毎月の保険料を払えなくなり、結局企業保険をあきらめてオバマケア保険に入ることにパターンが増えている。マリアのように企業保険もなくオバマケア保険の自己負担も払えないという「穴」に入りこんでしまい、ついに無保険を選んでしまう国民は、2016年までに約3000万人出る見込みだ。

 『沈みゆく大国 アメリカ』 第一章 より  堤未果:著  集英社:刊

「オバマケア」の導入で、誰もが保険に入れることが義務づけられました。
 しかしその一方で、低所得者の雇用が失われたり、パートタイム化によってさらに所得を減らされてしまうという皮肉な事態を引き起こしているのですね。

医師がオバマケア保険を扱わない理由

 人々は、「オバマケア」で新しい保険を手にいれましたが、必ずしもすぐに病院で診てもらえるわけではありません。
 彼らに、「オバマケア保険を扱う医師が少ない」という大きな壁が立ちふさがります。

 通常の民間保険の支払い率が100パーセントだとしたら、メディケアは七、八割、メディケイドは六割弱と、医師への報酬は民間保険に比べて極端に悪くなる。
 ではオバマケア保険の支払率はどうだろう?
「残念ながら同じですね」
 そういうのは、ニューヨークのハーレム地区で開業するドン・ダイソン医師だ。
「オバマケア保険は病歴があっても加入拒否できなかったり、保険金の生涯支払額に上限がないなど、保険会社にとって不利な条件がたくさん付けられています。ですから保険会社は株主のために、儲けが減る分のしわ寄せを別のところにかぶせる。オバマケア保険加入者を診る指定医療機関リストを大幅に縮小し、治療費の支払い率をさげたのです」
 ハーレム地区には貧困層や麻薬中毒者がたくさん住んでいる。
 彼らのほとんどはメディケイド受給者か無保険者で、病気が悪化してから病院のERに駆けこんだり、二回目以降は治療を拒否されドンのところにやってくるという。無保険者の治療費は100パーセント、ドンの持ち出しになる。
 国から支払われるわずかなメディケイド報酬と、数は少ないが支払い率の悪い安価な民間保険を持つ患者の治療費が、ドンのクリニックを回す財源だ。

 『沈みゆく大国 アメリカ』 第二章 より  堤未果:著  集英社:刊

 オバマケア保険には、新しい規制がたくさん加えられていて、それを一つ一つ電子式報告書に入力する事務作業が膨大なります。
 さらに、支払い率もメディケアより悪いため、医師がオバマケアのネットワークに入りたがらないとのこと。

「オバマケア」で最も恩恵を受けるのは製薬業界

「オバマケア」の施行で、最もメリットを受ける業界のひとつが製薬業界です。
 大手製薬企業10社は、2億3600万ドル(236億円)という巨額をロビイング費用として投じました。

 その結果、彼らはオバマケア成立で3200万人の無保険者を新顧客として得たうえに、向こう10年で約1150億ドル(11兆5000億円)の収益を約束されたとのこと。

 オバマケアによって、どれだけ値上げしても薬は税金で買ってくれる仕組みができたことで、製薬会社はほくほくしていた。薬は一度開発すれば特許で当分は独占できるので、価格が下がる心配もない。利益は取り放題なのだ。株価はあがり、株主は上機嫌で、どんどん活用するよう激励してくる。〈ところで、メディケアのほうも、うまくいってるんだろうね?〉
 メディケイド患者は高齢になると、自動的にメディケア・メディケイドの両方に入れられる。製薬会社にとって、これはまさに高齢化社会がもたらした贈り物だ。通常のメディケイドが値引きされてしまうのに対し、この二重加入者の処方薬だけは政府が通常の三倍の値で購入してくれるからだ。
 国民が年をとるほどに使う薬の数も増え、その額もあがってゆく。オバマケアがメディケイドの受給条件をゆるめ、メディケアから処方薬保険オプションを外してくれたおかげで、今後二重加入者は一気に増えるだろう。メディケアから大きな収益を得ている製薬企業10社が、法案成立前年から投じた2億3600万ドルのロビー費用は、確実に大きなリターンとして戻ってくるのだ。
 これはちょうど、日本の電力会社とよく似ている。
 経営上のマイナスは、電気料金に上乗せして消費者である国民に負担を回し、電力料金をあげる際は、日ごろからたっぷり献金している政権与党が承認をくれる。電気料金を値上げする一方で、株式配当と役員報酬はどんどんあげられるため、国民の生活は苦しくても大企業の株価は上昇する一方だ。

 『沈みゆく大国 アメリカ』 第三章 より  堤未果:著  集英社:刊

 本来、経済的に貧しく、弱い立場の人々のための法律が、骨抜きにされて、特定の企業や業界に優位なものに作り替えられてしまう。
 アメリカでは、それだけ大企業の政治への影響力が大きいということですね。

 多くの大企業は、内部の人間を、政府と業界の間で頻繁に出入りさせ、影響力を保っています。
 堤さんは、この目に見えない「回転ドア」の存在により、特定の業界と政府が一体化してしまっていると指摘してます。

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 私たち日本人は、保険証を使って少ない負担で医療を受けられることを当たり前と感じています。
 しかし、世界的にみると当たり前ではありません。
 アメリカの現状を知るほどに、極めて恵まれた環境だということがよくわかります。

 堤さんは、日本が国民皆保険制度を守るためには、まず日本の医療制度を知ることだとおっしゃっています。
 医療保険でどれだけ自分たちが守られているのかを知ることで、今の制度に感謝の念が起こります。
 グローバル化の流れは止められませんが、日本がなくしてはならないものもたくさんあります。
 国民皆保険制度もそのうちのひとつですね。

 大切なものほど、なくしてからそのありがたみに気づくもの。
 アメリカの医療の現状は、日本に対する大きな警鐘です。
 大きな教訓として活かしていいかなければなりません。

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