本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

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【書評】『沈みゆく大国アメリカ 〈逃げ切れ! 日本の医療〉 』(堤未果)

 お薦めの本の紹介です。
 堤未果さんの『沈みゆく大国アメリカ 〈逃げ切れ! 日本の医療〉』です。

 堤未果さん(@TsutsumiMika)は、米国を中心に活躍されている国際派ジャーナリストです。
 米国野村證券に勤務中、「9.11」の同時多発テロに遭遇し、以後、ジャーナリストとして各種メディアで発言・執筆・講演活動を続けられています。

ビジネス化が進む、米国の「医療」と「介護」

 米国では、医療・介護の民営化が進んでいます。
 多くの企業が参入して莫大な投資マネーが流入、たくさんのサービスが生まれています。

 富裕層は、それらのサービスから、自分に合ったものを選択し、質の高い医療・介護を受けることができます。
 一方、低所得者向けの医療・介護サービスの質の低下は、ますます深刻となっています。

 例えば、カリフォルニアでは、老人ホームの三分の一で死亡・致死レベルの事件が起きているとのこと。

「一番の大きな原因は人件費の削減です。
 B社のような投資家所有型の大型チェーン老人ホームの最大の特徴は、介護スタッフの数がぎりぎりかそれ以下に抑えられていることです。しかも時給は平均5.5ドル(550円)で、最低賃金以下で膨大な業務量をあてがわれている。一晩で50人の高齢者をたった一人の介護スタッフがみるなど日常茶飯事ですよ。物理的に目が行き届かず、しょっちゅう不幸な事故が起きる。投資家ファンドが所有する老人ホームは、非営利や個人経営施設と比べてこうしたクレームが群を抜いているんです。
 その一方で、収益と成長率もすごいですよ。
 株主たちは政府から入ってくるメディケイドやメディケアの交付金と利用者からの利用料で、がっぽりと儲(もう)けていますからね」
「そんな実態が暴露された後も、営業停止にならないのでしょうか?」
「それが、行政もこの業界には甘いのです。ジャクソンビルのようなケースが、それこそこの国のあちこちで起きているのに。まあ訴えるのは一握りで、ほとんどは泣き寝入りしますけどね。役人たちもそれをわかっているから、注意勧告はしても実質野放しですよ」
「なぜこの業界がそんなに優遇されているのですか?」
「金ですよ」
 エリックは吐き捨てるように言う。
「老人医療と介護産業は、恐ろしく儲かるビジネスです。この国の納税者の金を吸い上げながら、モンスターのように急成長している。それで儲けた金で、地域の政治家を買収する。この地域ではビル・クリントン元大統領が州知事時代に10ドル(1000万円)の献金を受け取って、老人ホームに無担保融資する法律を通したことで有名です。
 もちろん民主党だけじゃない、共和党にもたっぷりと握らせるんです。なにせ現場は介護スタッフの人数からして、違法ぎりぎりかそれ以下ですからね。
 さらに投資家所有の場合、所有形態が複雑で、遺族が訴えても組織全体に勝訴することが非常に難しい。公的な介護施設の場合は、安全性関連の書類や他の行政書類をみれば一発でわかるんですがね。誰が施設を管理しているか公開する義務がありますから。
 まさにこの業界は、70年代の石油、80年代の製薬と同じで、コーポラティズム(政治と業界の癒着)のさきがけといえるでしょう」
「寡占化で巨大化し、政治を支配してしまった?」
「そのとおりです。老人介護業界は、営利企業が公的サービスを飲みこんでしまうとどうなるかを、半世紀にわたって証明したといえるでしょう。“肥大した欲”が一つの社会を破壊してゆくモデルケースなのです」

 『沈みゆく大国 アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』  序章 より 堤未果:著 集英社:刊

 世界で最も速いスピードで高齢化が進む日本も、決して人ごとではないですね。
 日本の質の高い医療や介護の公的サービスを守るためには、手遅れにならないうちに対策をとる必要があります。

 本書は、米国の医療・介護分野の現状を解説し、日本の質の高い社会保障制度を守るためにどうすればいいか、その処方箋をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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世界が嫉妬する「高額療養費制度」

 健康保険証一枚で、いつでもどこでも平等に医療を受けられる。
 日本人には当たり前すぎて、そのありがたみが実感しにくい「国民皆保険制度」。

 米国など他の国から見ると、羨望のまなざしが注がれるほどの素晴らしい制度とのことです。

 日本の医療制度が世界から嫉妬される最大の理由を知っているだろうか?
 実は私たち日本人も、自分か家族が病気になるまでほとんどの人がその存在すら知らない制度がある。あまりに素晴らしすぎて、医療費抑制にせっせと努力する厚生労働省は積極的に国民に宣伝してくれないという。
 その名も「高額療養費制度」。
 これは、例えば私たちがけがや病気で病院にかかっても、自分で毎月負担する医療費の上限が決まっていて、その差額が後から保険者が払い戻してくれるという制度だ。
 盲腸一回200万円などという医療費が異常に高いアメリカ人たちは、まずこの制度について聞くと、信じられないと言って絶句する。
 毎月の負担額は収入によって変わる(下表を参照)。
 つまり、日本ではどんなに大病をしても、日々この上限額以上の医療費はかからないのだ。医療保険に入っていても医療破綻するのが日常茶飯事のアメリカ人からすれば、まさに「恐るべき制度」と言えるだろう。
 介護の場合も同じ制度がある。
 アメリカには公的な介護保険などというもの自体が存在しない。年を取ってからの死に方は、事実上自己責任だ。
 日本は違う。65歳以上の人が介護を必要とした時に、食事や入浴の介助、機能訓練などのサービスを受けられる国の制度がちゃんとある(末期がんや関節リウマチなど老化に起因する病気が原因で介護が必要になった場合は40歳〜64歳の人も利用可)。
 介護サービスは要支援1と2、要介護1から5までの合計7段階に別れており、在宅でサービスを受ける場合、介護レベルに応じて5万30円〜36万650円まで利用が可能。自己負担は介護費用の1割だ(2015年8月から一定以上の所得がある利用者は2割)。
 そしてここにも、低所得高齢者であっても必要な介護が受けられるように、自己負担額には所得別の限度額が設定されており、介護費用の合計が高額になった場合は「高額介護サービス費」から、保険者が差額分を払い戻してくれる。万が一、医療と介護が同時期にかかった場合でも、心配は無用だ。医療と介護両方の自己負担額を合計して申請すれば、ちゃんと差額を払い戻してくれる。
 訪問看護師のベッツィーにこの制度について説明すると、感心したようにこういった。
「日本で老後を過ごせる高齢者は恵まれていますね。医療・介護が贅沢品のアメリカでは、よっぽどお金がない限り、天国に行く前にまずは地獄を通過しなくちゃなりませんから」
 どんなに大病をしても、先進医療を除けば月々の自己負担には上限がある。それに加えて窓口では3割負担。保険証一枚で全国どこでも好きな病院に行け、一定レベルの治療を受けられる日本。
 だがどんなに価値ある制度でも、多くの人にとってそれが当たり前になり、無関心に空気のごとく扱われるようになれば、外から奪うのはずっとたやすくなる。

 『沈みゆく大国 アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』  第一章 より 堤未果:著 集英社:刊

高額療養費制度 70歳未満の場合
  表.日本の高額療養費制度
 (『沈みゆく大国アメリカ 〈逃げ切れ! 日本の医療〉』 第一章 より抜粋)

 欠かすことのできないものほど、普段その存在を意識することはありません。

 貴重な財産は、一度なくさないと気づかないもの。
「国民皆保険制度」も、そのひとつですね。

「国家戦略特区法」に秘められた“罠”

 1985年に始まった日米間のMOSS協議(市場志向型分野別協議)以降、米国は、日本に対して「医療の市場開放」を要求し続けてきました。

 目的は、日本に自国の医薬品と医療機器を大量に送り込むこと。
 膨れ続ける国の医療費負担を減らしたい日本政府も、米国に同調し、医療分野の規制緩和に力を注ぎます。

 しかし両政府の思惑は、日本の医師会や厚生労働省などの抵抗にあい、なかなか思うように進みませんでした。

 そこで登場したのが、まずは日本国内のあちこちに、規制なしの企業天国を作る「国家戦略特区」だ。
 2013年4月17日。
 産業競争力会議の席で、民間議員の竹中平蔵氏、東京・大阪・愛知の三大都市圏を中心に、国内外のヒト・モノ・カネを参入させて経済成長をさせる「特区構想」を提案。
 この手法は大成功だった。
 有限実行の安倍総理は、海外投資家の期待を裏切らないリーダーだ。
 2013年12月。
 国民やジャーナリスト、憲法学者や、その他多くの団体が束になって反対し大騒ぎした「特定秘密保護法」採決の陰で、国家戦略特区法はひっそりと国会を通過した。日本国民の大半は、そんな法律の存在も、それがいつの間にか成立したことも、さっぱりわかっていなかった。
 だが国家戦略特区は、安倍総理がダボス会議で示唆したとおり、「岩盤規制を貫通する最強のドリル」になるだろう。今後特区内ではありとあらゆる規制がどんどん取り払われ、外資系企業に大きなビジネスチャンスを与えてくれる。
 さらに安倍政権は、今後これを全国に広げるための法整備をしてゆくという。
 戦略特区が全国に広がり、日本全体で外資系企業がしっかり稼げるよう十分に規制が取り払われたところで、TPPを締結させる。そうすれば、一度広げた規制は元に戻せないという〈ラチェット条項〉が、総仕上げとして規制緩和を永久に固定化してくれるという寸法だ。
 アメリカの財界にとって何よりも都合がいいことは、TPPと国家戦略特区が双子の兄弟ということに、日本国民がまったく気づいていないことだった。
「TPPで外資が参入してくるという条件は、参加国のアメリカだって同じじゃないか」と反論する声もあるが、そんなに事態は甘くない。あちら側絶対に不利な交渉はしないのだ。
 アメリカには国家に危機的状況をもたらすような外国企業の参入に対しては、大統領権限で阻止できる〈エクソン・フロリオ条項〉がある。
 こうした歯止めを持たない日本が、「国家戦略特区って何?」という状態で放置してしまえば、あっという間に韓国と同じ運命を辿(たど)ることになるだろう。30年もの間、アメリカの財界はなんと辛抱強く、さまざまな方向から種をまいてきたことか。その長い道のりを知らされていないのは、当事者である私たち国民だけなのだ。

 『沈みゆく大国 アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』  第一章 より 堤未果:著 集英社:刊

 どんなに硬い壁も、一度ヒビが入るとそこから亀裂が進み、外部からの圧力で一気に決壊します。
 国家戦略特区は、まさに、「岩盤規制を貫通する最強のドリル」。

 もちろん、時代に合わない不必要な規制は、取り除く必要があります。
 しかし、必要な規制は残さなければなりません。

 とくに、国民の生活を左右するような規制については、十分な検討が必要です。
 私たちには、政府のこうした動きをしっかり監視することが求められます。

欠陥法「オバマケア」が国会を通過できた理由

 病気のあるなしにかかわらず手ごろな値段の保険を提供し、年間保険料を平均2500ドルも下げる。

 そのように約束し、鳴り物入りで導入された米国の新しい保険制度、通称「オバマケア」。
 ふたを開けてみると、国民の医療費負担は逆に増え、医療における貧富の差はますます広がりました。

 約束がすべてひっくり返る、欠陥だらけの法案に、なぜ民主党の国会議員たちは疑問を持たずに賛成票を投じたのでしょうか。

「愛国者法と同じパターン、いやそれよりはるかにひどかったからでしょう」
 共和党のミッチ・マコーネル上院議員は、3000ページの内容に関連規制を追加して天井までつみあがった合計2万ページの紙の束を「オバマケア法案2万ページ」のキャプションつきでインターネットにアップした。
 600ページの愛国者法がスピード可決された時は、「テロとの戦い」という緊急事態下で議会全体がぴりぴりしていた。だが今回は何と言っても医療保険会社が書いた法案で、ちゃんと読むとどう考えても、国民に受け入れられない内容だ。
 そこで法案設計チームはどうしたか。
 とにかくやらたにページ数を増やしたのだ。そして医療保険会社が書いた骨子にさまざまな利益団体の要望をふんだんにつめこんだために、できあがってみたら切り貼りされたパッチワークのような、整合性のないシロモノになったという。
 だが3000ページという前代未聞の法案の束は、採決する側の議員たちには確実に大きなインパクトを与えた。
 公設秘書が3人しかいない日本の国会議員と比べ、アメリカの国会議員には公費で雇える秘書がたくさんいる。下院議員1人につき、常勤秘書18人と非常勤秘書4人(秘書雇用手当は公費で1億円近く認められている)、上院議員は無制限に雇えるようになっており、平均44人、中には70人以上の秘書を抱える議員もいるほどだ。彼らの多くは単なる秘書業務だけではなく、さまざまな専門性を持った優秀な人材が選ばれる。
 法律は一度成立してしまうと、社会に大きな影響を与える。それだけに、アメリカでは法案を精査する過程が重要視されているのだ。
 だがさすがに、3000ページの法案には歯が立たなかった。
 ワシントンの元医療ロビイストのネイサン・ジンバーグ氏はこの手法の効果を、こう指摘する。
「政敵の共和党議員たちが全員反対したことはともかく、民主党議員たちはあとで『話が違う』と支援者に説明を求められ、皆しどろもどろでした。これは法案設計チームの作戦勝ちでしょう。ただでさえ難解な法律用語の羅列なのに、採決直前に3000ページときたら、誰も読み切れないですよ。シンプルですが、実に効果的なやり方です」
 下院のナンシー・ペロシ議長が、記者会見の席で思わず吐いた次の台詞(せりふ)が、あとで共和党の激しい攻撃の的になったことは言うまでもない。
「とにかく早く法案を通過させましょうよ、そしたら中に何が書いてあるかわかるんだから」

 『沈みゆく大国 アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』  第二章 より 堤未果:著 集英社:刊

 中身を水増しして大事な部分をぼかし、国民や議員の目をあざむき、法案を成立させる。
 こんな方法で、国民の大事な生活が切り崩されていくとは、恐ろしいことですね。

 日本も他人事ではありません。
 一人ひとりが、自分たちの権利を自ら守り、不公平な制度には断固として反対する強い意志を持つことが求められています。

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 今後、どの国も体験したことのない、「超高齢化社会」を迎える日本。
 ますます膨れ上がるであろう、国の医療費・介護費の負担を減らすことは、避けては通れない道です。

 かつて、鉄道、電話など、民営化により市場の競争原理を働かせることでサービスが向上した例はあります。
 しかしながら、医療や介護の分野で、規制緩和による民間企業の参入が同じような効果をもたらすかは、慎重に検討した方がいいでしょう。

 これまでの医療・介護システムを継続するか、否か。
 日本は、重要な分岐点に差し掛かっているといえますね。

 米国の医療・介護の悲惨な現状は、私たち日本人への警告。
「他山の石」として、私たち自身の生活や未来を守りたいですね。

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