【書評】『空気のつくり方』(池田純)

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 お薦めの本の紹介です。
 池田純さんの『空気のつくり方』です。

 池田純(いけだ・じゅん)さんは、実業家です。

最下位争いでも「連日満員」の理由


 池田さんは、2011年にプロ野球「横浜DeNAベイスターズ」の経営者になります。
 それから4年間で観客動員数を65%アップ、売上を80%アップ、さらには、赤字を80%減らすことに成功しました。

 チームの結果が低迷し続けたにもかかわらず、これだけの実績を挙げられた理由。
 それは、四年半にわたるマーケティングの結果にあります。

 マーケティングとは何か――。
 業種によって、企業によって、時代によって、その定義は曖昧模糊(あいまいもこ)としています。
 最近は、その“正体不明”感が新しい世代に疎まれているような、「マーケティング」という言葉そのものが煙たがられているような印象すら感じることもあります。
 ただ、一つ言えるのは、データを集め、その数字分析に躍起になって、そこから顧客を魅了する何かが見つかるというものではない、ということです。
 データは、あくまでも確認作業です。確かめるためのものです。人間が数字にとらわれるようでは、人間が数字に操られるようではいけません。いずれ感情をロボットがコントロールする時代がやってくるのかもしれませんが、本当に魅力的なものは人間のハートが生み出すものです。
 顧客のハートを魅了する情緒的な何かを創造して、興奮し驚愕し感動するエンターテインメントやストーリーを提供する。
 それが究極のマーケティングです。
 そこには、センスが必要でしょう。センスとは、生まれながら持つものだけではありません。後天的に手に入れることもできます。
 きちんとしたマーケティングの土台の上に、センスをプラスして、世の中に提案する。
 おもしろいか? おもしろくないか?
 もちろん、おもしろいほうがいい。
 カッコいいか? カッコよくないか?
 もちろん、カッコいいほうがいい。
 楽しいか? 楽しくないか?
 もちろん、楽しいほうがいい。
 おもしろいもの、かっこいいもの、楽しいもの――。本物のそれらは、おもしろく、カッコよく、楽しませたい強い気持ちがあるところにしか生まれない「空気」なのです。

 『空気のつくり方』 はじめに より 池田純:著 幻冬舎:刊

「空気」をつくる。
 それが、企業や商品、自分の仕事を、世の中に「成功」と認識してもらうための秘訣です。

 本書は、マーケティングの原点である「空気をつくる」ための手法をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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コントロールできる領域は、完全にコントロールする


 池田さんがベイスターズの経営を担って以降、本拠地、横浜スタジアム(ハマスタ)の観客動員数は、右肩上がりで増え続けています(下図1を参照)。

2011 2015年の観客動員数 第1章P16
図1.ベイスターズの2011〜2015年の観客動員数
(『空気のつくり方』 第1章 より抜粋)


 その大きな理由のひとつは、経営への信頼感、そしてチームの成長への期待感がファンと地域の間醸成された――つまりは地元の球団という“空気”をつくれたことです。

 私がベイスターズの経営を始めた当初は、お客さまのことを知りたくても、そのために必要なデータが何もありませんでした。社員にも、そういった意識は芽生えていませんでした。
 それでも、経営に対する不信感があるときも、チームが弱いときも、いつも温かくベイスターズを愛してくれていたのはどんな人たちなのかを知り、逆にどういった方々が、チームが低迷し続けていることで来場しなくなっているのかを知る必要がありました。また、初年度の新球団誕生特需として足を運んでくださっている層はどんな方々なのか。ホームスタジアム周辺や横浜市のマーケットはどうなっているのか。そうしたことを調査・分析したうえで、今後どういった層にどうアプローチしていくべきかを、まず考えました。
 いわゆるマーケティングの始まりです。
 マーケティングというと、データを集め、数字を分析し、何がしかの戦略を構築するといったイメージをお持ちの方も多いと思います。それはそれで間違いではないでしょう。データや数字やその分析はマーケティングの基礎であり、どんなケースにおいても必要なことです。そして、そこから先の戦略・戦術とその実行とコミュニケーションの三つ巴がひじょうに重要になります。
 ただ、数字を分析して、数字をいじくりまわすことに多くの時間を使い何かすごいものが見つかるんじゃないかとひたすら数字を眺めても、それらのデータは決して、生(なま)のビジネスがドライヴするような戦略や戦術を教えてはくれません。経営者やそこに関わる人材の経験から生まれる勘やひらめき、実績に裏打ちされたセンスや感性など、プラスαが必要だと、私は考えています。
 データをひたすら分析するだけでなく、世の中に漂う空気を嗅ぎ取り、その先の空気をつくり出すことが重要なのです。
「今、ハマスタへ行くと、ワクワクドキドキする何かに必ず出会えるはず!」
 大袈裟な表現かもしれませんが、ファンとお客さまのこうした気持ちをつくり出すことが理想です。コントロールできる領域は完全にコントロールし、勝敗や天気にすら左右されない“空気”をどれだけつくれるかが、スタジアムが連日連夜満員になる鍵なのです。

 『空気のつくり方』 第1章 より 池田純:著 幻冬舎:刊

 マーケティングの結果は、すべて「数字」という結果で表れます。
 だからといって、数字ばかりを見ていてはいけません。

 多くの人を引きつける何か、「来たい!」と思わせる何かを探し、導き出す。
 データは、そのための手段として使われるべきだということです。

感性・直感・ひらめき・創造力の前提としての「データ分析」


 空気をつくるには、「顧客」の心理パターン、また「今、何を求めているのか」といった本質的な欲求などを知る必要があります。
 その礎となるのは、「データ」です。

 池田さんは、感性、直感、ひらめき、創造力ともいえる、人間の持つアナログ的な力を最大限活用させるには、徹底したデジタルの分析がまずは必要だと指摘します。

 では、どんな分析が必要か――。
 地道なアンケート調査で収集したデータ、インターネットで商品購入した顧客データ、スマートフォンからのHPの閲覧データなどなど、とにかく思いつく限り、すべてのデータをストックしまくっていきます。
 収集したすべての情報をデジタルにし、そうしたデータが可能な限り自動的に蓄積されていくようなシステムを構築し、さらには膨大なデータベースをつくります。それさえ整備できれば、いつでも必要なときに、データを取り出し分析することが可能になります。
 どんなデータをどう分析するか? 論理的に考えれば、基本的な分析作業は決して難しいことではありません。ビッグデータを対象にした分析作業は、やろうと思えばいつまででも続けることができます。効率よく、かつ的確に分析できるかどうかは、これもまたセンス次第です。
 日々、さまざまなデータに触れ続けていると、「今もっとも重要視するべきデータは何か」「それさえ見ていれば方向性を見出すことができる」という数字に気づけるようになっていきます。こうした経営上もっとも重要な指標は、マーケティング用語では「KPI(Key Performance Indicators=重要業績評価指標)」と呼ばれています。
 たとえばベイスターズにおいては、私はある時期、球団HPのDAU(Daily Active Users=1日にHPにアクセスしたユニークユーザー数)をもっとも重要な指標としていました。あらゆるデータを見続けた結果、その数字に軸を置いてモノゴトを見渡していけば、ファンの空気が感じ取れ、チケットの売れ行きもおおよその予測がつくということを確信できたからです。
 一年前の同じ時期に比べてDAUが下がっているとしたら、ファンの空気が冷えてきた証拠であり、イベントや緊急補強の発表をしてファンの心に再度火を灯(とも)す必要があるというサインです。もっとも参考にすべきデータを理解するということは、すなわち、状況に応じた適切な戦略や戦術の実行に直結します。
 言い換えれば、KPIは会社の空気を元気にし続けるためにもっとも重要な数値でもあります。その見極めを誤ると、会社を間違った方向へ誘(いざな)い、社員に間違った作業をさせてしまうことになります。また、数字だけに目を奪われた上司が、思ったような数字が出ないことに焦りを感じ、その原因の分析報告を求める→部下はその対応に追われる、といった悪循環に陥ることもしばしばです。いくら分析しても、数字だけではわからないことは必ずあります。KPIの見定めを誤ったり、数字にとらわれたりすると、仕事を不毛なものにしてしまい、新しい価値を生み出し顧客に提供するという本質から遠のいてしまいます。

 『空気のつくり方』 第2章 より 池田純:著 幻冬舎:刊

 近年、IT(情報技術)の進歩で、膨大な量のデータを瞬時で処理できるようになりました。
 ただ、目的を持った分析を行わないと、情報の洪水に飲み込まれて、方向を見失う危険が増えたのも事実です。

 分析のための分析をしないこと。
 今最も重要視すべきデータは何か、を見失わず、冷静に向き合うことが重要です。

「世の中の空気」を敏感に察知する


 これまでさまざまなアイデアを考え出し、新しい空気をつくり出してきた池田さん。
 世の中の空気を敏感に察知する感性は、どのように育まれるのでしょうか。

 私の朝は、自分で淹(い)れたコーヒーを飲みながらニュースを見聞きすることから始まります。
 各テレビの報道番組をザッピングし、コメンテーターなどがどう発言するかを見聞きし、どんなトピックスに世間の関心が集まっているのか、どういった論調が存在するのかをざっと流し見します。まずはこれだけて、世間の今日という一日がどんな空気とともに始まろうとしているのかがなんとなくわかってきます。
 新聞の社説や名物コーナーなどにも目を通しますし、『めざましテレビ』も好きですし、インターネットのニュースサイトや、個人が自由に書き込んでいる掲示板サイト、球団公式Facebookのコメント欄などを次から次へとチェックしていきます。Facebookのコメント欄への書き込みを見れば、前日の試合結果を受けて、ファンの方々がどんな思いを抱きながら眠りについたのかを感じることができますし、どんな期待や不満がファンの心に渦巻いているのかを知ることもできます。
 当たり前の話ですが、人間は見たもの、耳にしたことに影響を受けます。ニュース番組も、新聞も、インターネットも、多くの人が朝のうちに見たり聞いたりするものです。それによって、大なり小なり、世の中の空気はつくられていきます。
 そうした「今日の空気」や「今日の論調」を敏感に察知しておくことは、一日を過ごすうえで、人との会話においても、ビジネスにおける細かい判断の指針としても役に立ちます。
 あなたの会社がその日、何らかのサプライズ発表を控えているとします。朝のニュースなどを通して感じた世間の空気は、その発表を肯定的に受け入れてくれる状態にあるのかどうなのか。その前提となる空気を正しく認識しておくことはひじょうに重要です。場合によっては発表を延期するという判断をすべきかもしれません。そこまで大きな変更ではなくとも、発表に用いる言葉の使い方や表現方法に見直すべき箇所があるかもしれません。言葉は重要です。言葉の選び方はちょっとした空気をつくったり、悪くしたり、人の感じ方を少しずつ変化させます。ニュースやそれに連なる論調が人々のこころと脳みその根底に影響を与え、その結果として醸し出された空気を知っておけば、より適切で、効果的なコミュニケーションが可能になるはずです。

 『空気のつくり方』 第3章 より 池田純:著 幻冬舎:刊

 新聞やメディアなどで取り上げられる話題はもちろん、掲示板サイトやFacebookの書き込みもチェックしているのですね。
 新しい空気をつくるためには、「今、どんな空気が流れているか」を知る必要があります。

 空気は「生もの」です。
 新鮮な話題や多様な意見につねに触れていること。
 それが、高感度のアンテナを維持する秘訣ですね。

トップは「結果」で束ねるしかない


 リーダーにとっては、組織の中の「空気づくり」も重要な仕事です。
 池田さんは、組織の中にいい空気が満ち溢れ、全社一丸となった戦う組織ができてはじめて、外に向けてホンモノの空気をつくり出していくことができると指摘します。

 いつも組織の空気はトップがつくります。「最後は、社長の判断を信じれば大丈夫」。
 社員全員にそう思ってもらえるようになれば、社内に変な空気が流れにくくなり、会社の空気をコントロールできるようになります。会社全体が顧客にまっすぐ向いて仕事に邁進(まいしん)できる健全な組織になる、と私は思います。
 どんな言葉を重ねるよりも、結果を出すことのほうが効果的です。
 ベイスターズのトップになったときの私は、まさに多勢に無勢でした。約200人の世帯(選手を除く)の旧体制の中に、自分を含めてわずか三人で乗り込みました。
「コレが社長をやるつもりか?」
「本気で再建するつもりか?」
「素人が何をどう変えるつもりだ?」
 そんな視線を随所から感じました。ベイスターズの社長になる前、仕事柄私がラフな服装をしていることが多かったために、「ジーパン社長」という『太陽にほえろ!』のような呼び名もあったようです。
「プロ野球業界は特殊だ。あなた、本当に社長をやれると思ってるんですか?」
 正面から言ってきた幹部候補もいました。
「きっちり結果を出して、納得させるしかない」
 そのとき、そう再認識しました。
 ただし、プランが10あったとして、そのすべてを全員にわかりやすい形で成功させることは決して簡単ではありません。もっとも重要なプランを見定めて、それだけは絶対に結果を出すことを考えるべきです。
 組織のその後を左右しないような小さな案件は、うまくいかないことがあったとしても大した問題ではありません。時間とともに人は忘れます。しかし、重要な案件は全力で成功させることです。全精力をつぎ込んででも絶対に成功させることです。そのために私は、自分の意識と時間をその案件に集中投下します。会社の進むべき方向と同じ方向を向いているすぐれた人材を、必要な役割が見えたところから惜しみなくどんどん投入します。
 組織内の人心と空気を掌握することによって、組織の外側、つまり世の中に対するマーケティングに、より一層集中できるようになります。また、会社の空気はステークホルダーや世の中にも伝わるものです。会社が一丸になっているという空気をつくることは、世の中から、企業も商品も成功していると認識されていくための地固めになります。
 完全な人など世の中にはいないと思います。辞書には「人格者」という言葉が載っていますが、見る角度によって人は誰しもどこかにイビツな部分を持つものだと私は思います。なまっちょろい言葉で人心をつかもうとしても、表層的で、刹那的だ、そこに偽りが含まれていれば、すぐに見抜かれてしまいます。世の中から見た大義がなく、逆に個人的な好き嫌いを感じさせるような言葉には誰も見向きもしません。実績がなくトップを務め、中途半端な結果しか出せないようでは組織内に不満の種がくすぶり続けるでしょう。それでは、世の中を相手に戦うことは無理です。「結果」を見せる、勝つ力を示すのが、本物のリーダーだと私は思います。

 『空気のつくり方』 第4章 より 池田純:著 幻冬舎:刊

 組織の中の空気は、長い年月をかけて醸成されてきたもの。
 それを変えるのは、想像以上に大きな力が必要です。
「結果を出す」ことは、そんな空気を吹き飛ばすほどの大きな破壊力を持っています。

 言葉だけではなく、行動(結果)で示す。
 真のリーダーは、「空気をつくる」力を持ち合わせているということです。

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「空気は読むもの」
 周囲に協調することが重要視される日本では、そのような考え方が主流です。
 社会全体に閉塞感が漂う今、「空気を読む」ことで窮屈で息苦しい思いをしている方も多いでしょう。

 その場の「空気」は、人間がつくったものです。
 人間がつくったものならば、人間が変えることができます。

「空気」は読むものではなく、つくるものです。
 重苦しい「空気」を振り払い、新しい「空気」を呼び込む。
 本書には、そのための斬新なアイデアが随所にちりばめられています。


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