【書評】『増補版 アメリカから〈自由〉が消える』(堤未果)

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 お薦めの本の紹介です。
 堤未果さんの『増補版 アメリカから〈自由〉が消える』です。

 堤未果(つつみ・みか)さんは、国際ジャーナリストです。
 日米を行き来しながら、各種メディアで発言・執筆・講演をされるなどご活躍中です。

アメリカから〈自由〉が消える


 英国生まれの作家、ジョージ・オーウェルが書いた小説『1874年』。

〈ビッグブラザー〉と呼ばれる絶対君主の下、党がすべての権力を握る。
 そんな近未来の徹底した監視社会の恐ろしさを描いたSF小説です。

 今、米国では、この『1984年』の暗黒世界〈ディストピア〉が現実のものになるのでは、と危機感を抱く人が急増しています。

 果たして『1984年』は、これから来るファシズムの預言書なのだろうか?
 トランプ大統領によって自由と民主主義を失うことにおびえる人々の話を聞くたびに、私のなかでフラッシュバックする恐怖が、過去と現在をつなぐ扉を開けるよう促してくる。

 目の前の現実に飲まれそうになったとき、時計の針を巻き戻し、歴史をひも解いてみるよう教えてくれたのは、アメリカ航空博物館のマーティン・ハーウィット館長だ。
 小説『1984年』のなかで、党は都合の悪い過去の記録を〈メモリーホール〉と呼ばれる穴に廃棄する。人間は過去の事実に手が出せなくなれば、改ざんされた現在を見分けることができなくなるからだ
 コラムニストのマーガレット・サリバンは、トランプ政権の〈もうひとつの事実〉が問題にされたとき、『ワシントンポスト』紙にこう書いた。
〈私たちは完全に、オーウェルの世界にやってきてしまったようだ〉
 彼女は正しい。
 それが2016年の大統領選よりも、ずっと前に始まっていたということを除いては。
 トランプ後のファシズム社会が不安視されるいまだからこそ、私たちはそのきっかけとなった、15年前のあの事件に目を向けるべきだろう。
『合衆国憲法』が保証するはずのプライバシーや自由、公正な選挙や適正手続き、人身保護令状や、権力に対し異議を唱える権利を、米国民はいつどうやって失ったのか。
 軍隊化された警察に、非武装市民に装甲車や催涙ガスを使用する許可が与えられ、エリートマスコミが〈報道しない自由〉を謳歌し、犯罪の計画すらしていなくとも、人種や宗教、政治信条を理由に勾留・起訴されてしまう社会。自由の国アメリカが、音をたてて崩れていったその背景に、一体何があったのか。
 ブッシュ政権では人が消え、オバマ政権では言論が消えた。
 これから始まるトランプ政権下で、次にアメリカは何を失うのだろう?
 そしてこの流れのなか、アメリカの後を追う日本が次々に導入した、『特定秘密保護法』や『改正刑事訴訟法』『マイナンバー法』に『テロ等準備罪』など、一連の法律を線でつないでいったとき、その先に差し出される未来図は、何が起きているかを多面的に解くための、ひとつの鍵になるはずだ。
 猛スピードで進化する技術によってモンスターと化した、アメリカ発のこの〈ディストピア〉は、もはや一国の枠を超えて世界各地に触手を伸ばし、私たちの日常もまた、じわじわと包囲されつつある。
 1999年のニューヨークで、上司だったマイケルに言われた言葉がよみがえる。
「おかしいと思ったら、声を挙げる自由。
 これを失ったとき、本当の意味で国は滅びへのカウントダウンを始めるんだ。
 だから僕たちは、何が真実で何が虚偽なのかを見極めるために戦わなくてはならない。
 敵は次々につくりだされる〈恐怖〉より、〈恐怖〉に気をとられ(真実〉が見えなくなっているうちに、本当の自由が消えてしまうことのほうだからだ」

『増補版 アメリカから〈自由〉が消える』 増補版はじめに より 堤未果:著 扶桑社:刊

 トランプ政権下で、国家の統制の度合いが強まり、言論の自由が狭まりつつある米国。
 その行く末は、『1984年』のような恐怖の監視社会なのでしょうか。

 本書は、米国のナショナリズムの強まりを、「9.11」から現在にいたる経緯までわかりやすくまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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9・11は、〈戦争〉から時間と国境を消した


 世界を震撼させたイスラム教過激派による米国同時多発テロ事件、いわゆる「9.11」。
 その「9.11」の後、米国で〈二十一世紀最大の悪法〉と呼ばれる法律が誕生しました。

 米国民のテロへの不安と恐怖のなか、議会で超スピードで可決された『愛国者法』です。
 この法律によって、政府は国内でやりとりされる電話、Eメール、ファクス、インターネットなど全通信をチェックして、テロリスト予備軍をそれが実行に移される前段階で捕まえることができるようになりました。

 堤さんは、『愛国者法』は自分たちの生活とアメリカという国のあり方を、世界の流れまでも、根底から変えてしまうと警鐘を鳴らします。

 サンフランシスコのコミュニティ・カレッジで歴史を教えるバーバラ・シュミットは『愛国者法』を別の角度から検証し、この状況に警鐘を鳴らす教員だ。
「9・11以降のアメリカの立法プロセスと、自分がいま授業で教えている南北戦争時代とは、ある部分でぴったりと重なるのです。
 テレビが〈テロの危機〉を煽るなかで『愛国者法』がスピード可決したと知った際、『ああ、これはリンカーン大統領が、〈国の緊急事態〉だと言って戒厳令を出したときと同じパターンだ!』と思いました。
 この法律が成立してから5年が経ちましたが、この国の状況は、私がいままで生きてきたどの歴史にもない、取り返しのつかない方向にいっているような気がしてなりません」
「何故そう思うのでしょう?」
「今回アメリカが世界に向けて宣言した〈テロとの戦い〉というものが、人間が二十世紀まで続けてきた戦争の定義をすっかり変えてしまったからです。ふたつの点でね」
「ふたつの点とは?」
「ひとつは、〈時間の概念〉をなくしてしまったこと。
〈テロとの戦い〉には終わりがありません。
 テロリストは毎日世界中で生まれているし、最後のひとりまで撲滅するのは難しい。脅威という意味でいえば、この先いつでも存在するでしょう。
 南北戦争やベトナム戦争のように、終わりがはっきり見えない。
 つまり、アメリカ政府は永遠に、自国を〈緊急事態下〉に置いておくことができるということです」
 終わりのない戦争は〈緊急事態〉の名の下に、平時には持てないレベルの権力を政府に与えることになる。
 たとえ憲法や議会機能、人権や民主主義といったものが、最優先事項である〈安全保障〉と引きかえに、後回しにされたとしても。
「ふたつ目は、〈国境〉を消してしまったこと。
 国同士が戦う代わりに、テロリストという個人や集団を相手にするわけですから、たったひとりでもその場所に潜伏しているだろうとなれば、政府にはその地域を攻撃する理由ができてしまう。
 たとえそこを爆撃する、まったく違う目的があったとしてもね。
〈テロとの戦い〉を前面に出せば、戦線はいくらでも広げられるでしょう」
「成立してからこの間、『愛国者法』への批判の声も高まったのでは?」
「確かに、民主党のファインゴールド上院議員が〈プライバシー保護措置〉を入れる改正案を出したり、人権団体や議会内の反対も年々大きくなってはいましたが、政府はそんなものどこ吹く風です。
 むしろ監視範囲をどんどん広げ、次々に関連法案を通し、そのたびにテロ対策の予算が増しているのです」
 歴史を専門とするバーバラは、最後にこう言ってため息をついた。
「アメリカの歴史を振り返れば、異常なスピードで通過する法案というのは必ず政府による緊急事態の際につくられてきたことがわかります。
 どれも後になってから、国民にとって危険なものだったとわかるんですが、多くの人々が気づいたときには、もう遅いのです」

『増補版 アメリカから〈自由〉が消える』 第一章 より 堤未果:著 扶桑社:刊

 姿の見えない敵と戦い続けること。
 それが「テロとの戦い」の本当の怖さです。

 予測がつかない以上、「これだけやればいい」という目安もありません。
 予算もやり方もエスカレートするばかりです。

 この状況に誰も歯止めをかけられないのが、いまの米国の実態です。

理由なき逮捕拷問


『愛国者法』が施行された後の米国では、どのようなことが行われたのでしょうか。

 堤さんは、以下のように述べています。

〈テロとの戦い〉で軍事費が一気に5000億ドル(50兆円)まで跳ね上がったアメリカで、政府は国民の安全を守るために最新式の武器を購入し、国内には最新式の警備体制を敷いていった。
『愛国者法』に沿って、国の隅々まで責任を持って監視する。
 そして当局がテロ関係者と判断する人間がいたら、直ちに捕まえて適切な処分を行うのだ。
「まずはそうした容疑者たちをどこかできるだけ離れたところに連れていってほしいですね。少なくとも私たちに危害を加えられないほど遠い場所に」
 ニュージャージー州ウエスト・ニューヨークに小学生の息子と住む、ミランダ・ベイツは言う。
「その場所で政府がしかるべき尋問を行って処罰すべきです。私たちの安全のために」
 ミランダの望みは現実になった。
 9・11以降、アメリカでは政府が監視網に引っかかり疑いをかけられた人々が、逮捕されていったのだ。
 あるときは空港で。
 またあるときは自宅の前で。
 アメリカ以外の土地で拘束され、中央情報局(CIA)に引き渡された人もいる。
 彼らはある日突然消えるのだ。
 家族にも会社の同僚にも、その理由は知らされない。
 そしてその多くがそのまま何か月も、ときには何年も帰ってこなくなる。
 ブッシュ大統領(当時)は、テロ容疑者は戦争捕虜(ほりょ)に関するジュネーブ条約の保護対象外で、無期限に拘束を続けることも可能だと主張した。
 国防総省が何度か発表した拷問(ごうもん)に関する規定も〈国際法順守〉を掲げながら、ジュネーブ条約とは決して特定せず、睡眠妨害などの過激な尋問については一切触れていない。
 だが人権大国を自称するアメリカでは、過度の尋問や拷問に対し、それらを監視する人権団体が、常に目を光らせている。
 そこで政府はどうしたか?
 アムネスティ・インターナショナルのメンバーのひとりであるアービー・シュトレーゼマンはこう言った。
「政府は捕まえた容疑者のほとんどを、アメリカ以外の国に移送しています。
 キューバのグアンタナモ米軍基地に拘束されている容疑者は約500人、アフガニスタンには500人、イラク国内では1万3000人以上ですね。
 つまり国内で拷問せず、外国にアウトソーシングするってわけです」

『増補版 アメリカから〈自由〉が消える』 第三章 より 堤未果:著 扶桑社:刊

「すべての人に門戸を開く、自由の国」

 私たちが米国に対して一般的にイメージしている姿は、過去のものとなりました。

 ナショナリズムが暴走し始めた米国は、行き着く先はどこでしょうか。

市民運動潰しマニュアル


 過剰反応ともいえる米国政府のテロへの警戒心は、とどまるところを知りません。
 その矛先は、ついにテロとはまったく無関係の一般市民に向けられるようになりました。

「それはまるで、映画に出てくる警察国家の光景でした」
 2009年9月24日。
 ペンシルバニア州ピッツバーグで行われたG20首脳会議会場での体験を、反戦運動家のシンディ・シーハンは自らのブログでこう表現した。
 その日、会場近くの公園で、「真の医療改革を」「銀行でなく市民を救って」などのメッセージを手に集まっていた約2000人の市民を、武器を持った警察が襲ったのだ。
 参加した地元の学生のひとり、マシュー・ロペスは、G20の数日前から町に軍がたくさん配備されていた様子をこう語る。
「なんだか町全体が異常な雰囲気に包まれていましたね。
 空軍のジェット機が飛び、ヘリコプターが頭上を旋回しているんです。
 川には小型砲艦が配置されていて、学校は休校、商店も休業、バスや電車は動いておらず、道には数十メートルごとに警察官が立っていて、威嚇(いかく)するようにこっちをにらみついているのです。
 あれはどう考えても、外国の要人訪問に備えた特別警備の域を、はるかに超えていました。
 当日の警察の動きもおかしかった。
 まるで最初から僕らを標的にすることが決まっていたとしか思えません。
 確かに以降、デモに関する規定は急激にきびしくなっている。
 だから僕らは今回何度も連邦裁判所に足を運んで、事前にちゃんと正式なデモの許可を取ったんです。
 でもあの日、彼らはまっすぐにこちらのほうに向かってきて、僕たちに音響兵器や催涙弾を使った。
 僕らひとりにつき、あっちは2、3人で向かってきました。
 催涙弾を使われて、目や体中の粘膜が焼けるように痛み、地面に倒れこんだのを覚えています。
 あとでわかったのですが、警官の数は約4000人、そのほかにも沿岸警備隊や国家警備隊など、全部で2500人も配置されていたそうです」
 警察が使ったのは催涙弾だけではなかった。
 音響手榴弾、発煙筒、さらには国内で使用されたことのない、不快音によって相手を動けなくさせる長距離音響装置も使われている。

『増補版 アメリカから〈自由〉が消える』 第四章 より 堤未果:著 扶桑社:刊

 体制に歯向かうものは、誰であろうと、容赦なく排除する。
 オーウェルが描いた〈ビッグブラザー〉そのものですね。

 市民を守るための政府が、市民を弾圧する。
 今の米国では、こんな本末転倒な事態が起こっています。

 やはり、国が滅びるカウントダウンは始まっているのでしょうか。

まともなジャーナリズムは命がけ


 政府の〈自由〉に対する圧力は、ジャーナリズムに対しても容赦はありません。

 米国内のジャーナリストたちは、「9.11」以降、「かつてないほどの危機」をひんぱんに口にするようになります。

 ロサンジェルス在住で独立系雑誌の編集をするゲイリー・トンプソンは、それについてこう答える。
「確かにローレンス記者のようなケースもありましたが、全体としてはアメリカのジャーナリズムがほかの多くの国のように完全に腐敗しなかったのは、そこにまだ自浄作用が機能する余地があったからです」
「たとえばどんな自浄作用ですか?」
「アメリカ人が憲法のなかで最も敏感に反応する箇所のひとつに、修正第一条の〈言論の自由〉があります。
 それはいままで『公開文書法』と対になり、アメリカのジャーナリズムにとっての重要なチェック・アンド・バランスになっていました。
 政府もそれを意識して、直接的な介入は避けてきた。
 ですが〈テロとの戦い〉によって、この大切な自浄装置そのものが、〈安全保障〉という優先事項によって上書きされ始めたのです」
「どんな風にでしょう?」
「ジャーナリストに対する圧力が、前のように国民の目を意識してオブラートに包まれることなく、あからさまになってきているのです。
 連邦裁判所がニュースの出所に関する守秘義務を否定する判決を下したり、記事や番組に対する当局の検閲、介入が明らかに強くなっている。
 記者やキャスターが次々に失職しているのは、メディア全般の経営難だけが理由ではありません。
 アメリカ国内で逮捕されるジャーナリストの数は過去最高を記録しているのをご存じですか?
 まともなジャーナリズムは文字通り命がけになってしまいました」
 1985年に言論および報道の自由を守ることを目的としてパリで設立されたNGO「国境なき記者団」のロバート・メナール事務局長は、〈テロとの戦い〉の名の下に報道の自由に対する危機的状況が拡大していることや、表向きは民主主義国家であっても、監視社会化が進んでいる状況が世界中に広がっていると指摘した。
「たとえばロシアで、プーチン大統領の敵や彼を批判する者はみな〈テロリスト〉というラベルを張られることは、多くの人が知っている事実だ。
 だが9・11後の世界はどうだろう?
 たとえばイラク戦争のときの報道を思い出してほしい。
 マスコミ報道というものが、アメリカ国内だけでなく、多くの欧米諸国で〈戦争プロパガンダ〉と化してしまったことがわかるはずだ」

『増補版 アメリカから〈自由〉が消える』 第五章 より 堤未果:著 扶桑社:刊

「テロリストの撲滅」を口実に、自分の意に沿わない人たちを弾圧する。

 安全保障の名のもと、権力の暴走は、とどまるところ知りません。
 欧米のマスコミ報道が、完全に政府の宣伝機関となり、〈戦争プロパガンダ〉となったら・・・・・。
 そう思うと、背筋が寒くなりますね。

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 本書は、7年前に書かれた文章に、加筆修正を加えて再出版されたものですが、この7年で私たちをとり巻く環境は、ますます悪化しています。

 法律の整備に加え、IT(情報技術)の進歩。
 政府による国民監視が、今後も強化されるのは間違いありません。

 恐怖に支配された、「ネオ監視社会」の到来。
 それに歯止めをかけられるのは、まぎれもなく、私たち国民自身だけです。

 政府の行動を厳しく監視し、国民に危害を加える恐れのある法律に「No!」を突きつける。
 それしか道はありません。

 大事なものほど、失ってから、その真価を理解するものです。
 自由やプライバシーも、その中のひとつです。

 今からでも遅くはありません。
 日本の未来を守るために、私たち国民一人ひとりが、真剣に考えるべき問題です。


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