【書評】『アマゾンが描く2022年の世界』(田中道昭)
お薦めの本の紹介です。
田中道昭さんの『アマゾンが描く2022年の世界 すべての業界を震撼させる「ベゾスの大戦略」』です。
田中道昭(たなか・みちあき)さんは、大学教授・上場企業取締役・経営コンサルタントです。
なぜ、今、「アマゾン」に注目が集まるのか?
最近、「アマゾン効果」(Amazon Effect)という言葉が、注目を集めています。
元々は、アマゾンがECや小売業界に影響を与えていることを意味していた
ものです。
田中さんは、最近ではさまざまな産業や国の金融・経済政策にまで影響を及ぼしていることを意味するまでになった
と指摘します。
日本でもヤマト運輸とアマゾンとの宅配料金を巡る交渉の状況が注目を集めていますが、「宅配危機」の主因の1社とも指摘されるほどアマゾンは影響力を増してきています。
EC、物流、クラウドコンピューティング、リアル店舗への展開、ビッグデータ×AI、そして宇宙事業。「世界一の書店」から、「エブリシング・ストア」、さらには「エブリシング・カンパニー」へと、そしてEC企業、小売企業、物流企業、テクノロジー企業へと変貌を遂げてきたアマゾン。本書では、「流通の王者」アマゾンがさらに何を目論んでいるのかを「アマゾンの大戦略」という視点から読み解いていきます。『アマゾンが描く2022年の世界』 序章 より 田中道昭:著 PHP研究所:刊
本書は、アマゾンが描く2022年の世界と、創業者であるジェフ・ベゾスの戦略をわかりやすく解説した一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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「ユーザー・エクスペリエンス」こそが、最優先される
アマゾンを語るうえで、忘れてはいけないこと。
それは、徹底した「顧客第一主義」です。
ベゾスが、アマゾンを起こすときに、ナプキンに書いたビジネスモデルを示します(下図を参照)。
図表8.アマゾンのビジネスモデル
(『アマゾンが描く2022年の世界』 第1章より抜粋)
改めて、ベゾスがナプキンに書いたビジネスモデルを詳しく見てみましょう。
簡単にいうと、「セレクション(品揃え)を増やす」、すなわち、多くの商品を取り扱い、お客様にとっての選択肢が増えると「お客様の満足度が上がる」。
満足度が上がると「トラフィックが増える」、つまり、Amazon.com(アマゾンドットコム)に人が集まってくる。
すると、「そこで物を売りたい」という販売者が集まる。これによりますます「選択肢が増え」「お客様の満足度が上がる」。これをアマゾンの成長サイクルとして回していく、というのが彼らのビジネスモデルです。
このビジネスモデルの前提になるものは、低コスト体質です。カスター・エクスペリエンスのひとつ手前に、低価格と品揃えが置かれており、「顧客は第一に低価格と品揃え」を求めているというベゾスの認識が示されています。低価格のひとつ前に低コストストラクチャーが置かれているのは、低コスト体質を構築することで初めて低価格な商品を継続的に提供できるためです。
それから、セレクションのひとつ前にセラーが入っています。アマゾンが自社で商品を集めるだけに終わらず、販売者が増え、彼らの力を借りながら品揃えを充実させていく、というイメージが表現されています。カスタマー・エクスペリエンスが向上すると今度はトラフィックが増加します。ここでいうトラフィックとは「来店客数」よりも広い概念です。アマゾンドットコムにやってくる消費者、出品するショップのみならず、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)を利用している企業、アレクサに関わるデベロッパーなども含めた、アマゾンというエコシステム全体をめぐる交通量といったイメージです。
改めて驚くべきは、ベゾスが最初にこの絵を描いたときから、低コストストラクチャーの構築、さらにいえばコストリーダーシップの確立が目標になっていたということです。今なお、アマゾンのビジネスにおいては低コストストラクチャーが徹底されています。
コストリーダーシップが構築されたあとでコストリーダーがもつ選択肢には2つあります。
ひとつは、コストリーダーになると低価格で商品やサービスを提供できること、もうひとつは、ほかの競合と同じ価格にして大きなマージンをとること。アマゾンがとった戦略は前者です。マージンをとらず、低コストストラクチャーで得られた利益は低価格という形で顧客に還元しています。
ここには顧客第一の考えとともに、徹底した価格戦略によって競合を排除しようという思惑も感じられます。『アマゾンが描く2022年の世界』 第1章 より 田中道昭:著 PHP研究所:刊
アマゾンのビジネスモデルは、極めてわかりやすく、シンプルです。
誰にも理解できるけれど、誰にもまねできない。
アマゾンの仕組みは、圧倒的な強さですね。
ストロングポイントを徹底的に磨き、自分のやり方を徹底する。
そこに、ベゾスの凄さがあります。
「ただ話しかけるだけ」の衝撃
最近、「アマゾン・アレクサ」と「アマゾン・エコー」が世間の話題となっています。
アマゾン・アレクサは、AIによる音声認識のシステム
のことです。
アマゾン・エコーは、アレクサを搭載した人工知能スピーカー
のことです。
アマゾンのビジネスにおいては、アマゾン・エコーがプラットフォームとなり、アマゾン・アレクサがさまざまな商品・サービス・コンテンツを外部からも取り込んで大きな生態系を形成
します。
アマゾン・エコーは2015年、米国で発売が始まりました。価格は約180ドル、すでに1000万台を出荷、一時は生産が追いつかなかったほど急速に普及しています。直径8.4cm、高さ23.5cm、一見すると単なる筒型のスピーカーですが、実体はスピーカー搭載の人工知能アシスタント。「今日の天気は?」「ビートルズについて調べて」「スタバでコーヒーを注文しておいて」「ニュースを読み上げて」などと、ただ話しかけるだけで音声を認識し、音楽を再生するほかにもさまざまな仕事を実行してくれます。エコーから操作できるIoT家電も、テレビ、照明、エアコン、トイレなど多岐にわたります。
それだけではありません。「スキル」という機能によって外部サービスとも連携しており、銀行の残高を調べたり、ピザを注文したり、ウーバーを呼んだりといったサービスが利用できます。「スキル」を追加することで、あたかもスマホアプリのように、機能を拡張することができるのです。
そして、アマゾン・アレクサはアマゾン・エコーに搭載された音声認識技術。ベゾスも「エコーはアレクサ搭載商品の第一弾に過ぎない」と明言していますが、アレクサはオープンソース化されていることから、すでに多くの企業がアマゾン・アレクサ搭載の家電や車、サービスを開発しており、その数は700以上にのぼります。アマゾン・エコーを中心としてさまざまな企業の商品やサービスが連携する。これが「生活サービスのプラットフォーム」である所以です。
(中略)
AIアシスタント、音声認識端末、というだけなら目新しい存在ではないかもしれません。驚くべきは、エコーのユーザー・エクスペリエンス。ただ話しかけるだけで操作が完了する、ただ話しかけるだけで質問に答えてくれるのです。
音声認識技術はこれまでもスマホに搭載されてきましたが、エコーは「タッチ操作が不要」というところまで進化しています。その使い勝手のよさから「もう手放せない」という意見も多く、リビングに、キッチンに、寝室にと、複数台を家におくユーザーもいるほど。エコーは、アマゾンが何より重視するユーザー・エクスペリエンスの、ひとつの到達点であるように思います。
スマホメーカーは本来、こんなふうにスマホをスマートホームのプラットフォームにしたかったに違いありません。しかし、自宅で休んでいる時間はいちいちスマホを持ち歩きませんし、「ただ話しかけるだけですべてが済んでしまう」以上のユーザー・エクスペリエンスはありません(科学技術がさらに進化すれば、思考する、念じるだけですべてが済む世界が実現するかもしれませんが)。それこそが、アマゾン・エコーがもたらす最大の価値である私は考えています。『アマゾンが描く2022年の世界』 第2章 より 田中道昭:著 PHP研究所:刊
モノにAIが内蔵され、それ自体が、インターネットに組み込まれる。
いわゆるIoT(Internet of Things、モノのインターネット化)の代表といえます。
アマゾン・エコーや、アマゾン・アレクサを搭載した電気機器。
それらが、世界中の家庭に普及する。
アマゾンのエコシステム(生態系)は、ますます生活に深く浸透し、不可欠になりますね。
「ロケット少年」ベゾスの夢
ベゾスは、2000年に個人事業として航空宇宙企業「ブルー・オリジン」を創業しています。
ベゾスを宇宙に駆り立てるものは、何でしょうか。
これまで謎が多いとされていたブルー・オリジンですが、ベゾス自身の口から、ブルー・オリジンのビジョンや、事業の進捗状況が誇らしげに語られました。2017年4月5日、米国コロラド州で開催された宇宙カンファレンス「スペース・シンポジウム」でのことです。ベゾスは自らの宇宙船の内部、そしてその前に立ち、さまざまな思いを聴衆に直接伝えました。これも公開動画で視聴できるもののひとつです。
「多くの人が宇宙に住めるようにしたい」
「宇宙ビジネスのプラットフォームを構築したい」
これまでにブルー・オリジンは、ベゾスの500億円もの自己資金を投入し、再利用可能な有人宇宙船「ニュー・シェパード」などのロケットを開発。数度にわたって宇宙空間に到達、地上着陸に成功させています。また2018年には顧客を乗せて10分間の宇宙旅行を提供することを目指すとベゾスは語っており、2017年9月現在、すでに「ニュー・シェパード」内部のカプセルのデザインが公開されています。世界初となる民間による宇宙旅行が、いよいよ現実のものになろうとしています。
しかし、ベゾスが目指すものは宇宙旅行だけではありません。ベゾスはしばしば、アマゾン創業当時、郵送サービスや電話回線、クレジット決済などのプラットフォームが整っており、そのおかげで少ない資金でアマゾンを始められたことを引き合いに出しながら、「大切なのはより低コストで宇宙に行けるようになること」だと語っています。
ならば自分が宇宙事業のプラットフォームをつくることで他社も宇宙事業に参入しやすくなり、彼らが競いあうことでさらに低コスト化が進み、また産業全体が発展する――。よくテスラのイーロン・マスクCEOが率いる宇宙ベンチャー、SpaceXとのロケット開発競争が話題になりますが、それもウェルカム、というわけです。
こうした発言をもとに、ベゾスの宇宙事業の「道」を整理するならば図表24(下図を参照)のようになるでしょう。
ミッションは「多くの人達が宇宙に住めるようにすること」。ここには「顧客」を超えて広く人類に貢献しようという大きな使命感を見ることができます。ビジョンは「宇宙ビジネスのプラットフォームを構築すること」。そしてバリューはアマゾン本体と変わらず、顧客第一主義、超長期思考、イノベーションへの情熱で間違いありません。低料金で安全な宇宙旅行、それはベゾスのみならず、人類みなが実現を待ちわびている夢であるはずです。『アマゾンが描く2022年の世界』 第4章 より 田中道昭:著 PHP研究所:刊
図表24.ベゾスの宇宙事業のミッション・ビジョン・バリュー
(『アマゾンが描く2022年の世界』 第4章より抜粋)
とてつもなく大きなビジョンを掲げる。
そして、目標達成へ、ゆっくりだが、一歩一歩、果敢に前進する。
これまで、ベゾスが成し遂げてきた、すべてのプロジェクトのやり方。
宇宙事業についても、それを踏襲しているわけです。
今後、ますますホットになる、宇宙事業。
その中で、「ブルー・オリジン」は、どのように発展していくのか。
とても、興味がありますね。
ジェフ・ベゾスの人物像は、「火星人」?
ジェフ・ベゾスとは、いかなる人物か。
これまで出版されてきた、多くのアマゾン関連書。
田中さんは、それらの中から、ベゾスを形容する言葉を選び出し、その人物像を解説しています。
「賢明かつ猛烈に長時間働く」
「冷たい目を持つ聡明な男」
「異常なまでに頭がよく、異常なまでに物知りで、ほとんどエイリアン」
「いつも同じような言葉をくり返すので、それをジェフィズムと呼ぶ人もいるほどだ。10年以上くり返されている言葉もある」
「社員にはプレッシャー、社外には規模を武器に交渉」(以上、『ジェフ・ベゾス 果てしなき野望』より)
「おかしな笑い方をするクールな男」
「彼を『いい人だ』と思ったことはありません。心は惹かれますが、温かい人だとは思わないのです。非難するつもりは毛頭ありません。私にとって彼は火星人のような存在なのです。善意の火星人、いい火星人です」
「うまくおだててやる気を引き出すかと思えば、いらついてがみがみ叱ったりもする。全体像を見るかと思えば、あまりに細かな点にまで口を挟んでじゃまをする。奇矯(ききょう)であり、すばらしく頭がよく、要求が厳しい。彼のもとで働いた人のなかには、彼のことを尊敬している人がいる。粗がひどすぎると思う人もいる。ただ、長続きする会社が作れるすごいビジョナリーだという点では、全員の意見が一致しているようだ」
「一歩ずつ、果敢に」(以上、『ワンクリック』より)ここから浮かび上がってくるのは、ひとつには両極端な人間性です。大きなビジョンを追い続ける「超長期」の視点と、現場においてはPDCAを超高速回転させる「超短期」の視点。あるいは陰と陽。フレンドリーだったかと思えば怒り狂い、その様子は、「エイリアン」「火星人」と評されるほど人間離れしているようです。
もうひとつは、きわめて優秀であると同時に、ビジョナリーであるという点。ひとつのビジョンのもと、とことん働き、それゆえ尊敬される反面、時にはやりすぎるあまり周囲に疎まれながらも、構わずやり切ってしまう。
「長続きする会社が作れるすごいビジョナリーだという点では、全員の意見が一致している」という言葉は象徴的です。いくつもの上場オーナー企業のコンサルティングをしてきた私の経験則からも、これは時価総額1兆円以上の規模にまで育て上げるような経営者の共通点であると思うからです。どんな苦難も乗り越えて最後まで「やり切る」。ひとたび顧客第一主義をミッション&ビジョンに掲げたら決して曲げず、あらゆる事業において貫徹する――。これは並の人間にできることではありません。
ベゾスに代表されているように、多くの成功したビジネスパーソンや経営者に共通しているのは、足元の仕事(ルーティン)を大切にし、ミッションやビジョンを重要だと思っていることです。そして、大きな実績を上げている優れた経営者ほど100年など超長期のスパンで自分のミッションを考えています。
自分一人では描ききれないような大きな円を考え、自分はその一部の弧しか担えなくても、後に続く人に残りを託してみんなで円を完成させていく。そうした発想やミッションを持てるからこそ、大きな事業を成功させてきているのです。人生100年時代といわれているいまこそ、より重要な視点となるでしょう。『アマゾンが描く2022年の世界』 第5章 より 田中道昭:著 PHP研究所:刊
「大局で判断しながら、小さな一手を繰り返す」
「心(ハート)は熱く、頭(ブレイン)は冷たく」
一流のリーダー像として、多くの人が語る言葉です。
ベゾスは、それを地で行く、理想的な人物だといえますね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
人間が、軽く跳び越えられるほどの、小さな流れ。
それが、下っていくうちに、他の小さな川や雨水などを吸収し、巨大な流れとなる。
アマゾンの成長ストーリーは、まさに、大河の形成過程と重なるものがあります。
「名は体を表す」
これからも、アマゾンは、私たちの生活に浸透し、静かに、その生態系を広げていくことでしょう。
その巨大な流れに、日本は、個人として、企業として、どう対処するべきか。
残されている時間は、多くはありません。
稀代の経営者、ベゾスの描く、空絵ごととも思える、現実的な近未来。
皆さんも、ぜひ、触れてみてください。
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