【書評】『ワンクリック』(リチャード・ブラント)
お薦めの本の紹介です。
リチャード・ブラントさんの『ワンクリック―ジェフ・ベゾス率いるAmazonの隆盛』です。
リチャード・ブラントさんは、シリコンバレーについて20年以上も取材を続けているジャーナリストです。
「ジェフ・ベゾス」とは、どんな人物か?
「アマゾン」といえば、今では知らない人のいないほど有名な、世界最大のオンライン通販会社です。
登録顧客数は全世界で1億5千万人を超え、従業員数も5万人強。
2012年9月時点で株式時価総額は9兆円を超える超巨大企業にまで成長しています。
「アマゾン」の前身である「アマゾン・ドット・コム」が立ち上がったのは、1995年の8月のこと。
20年足らずの短い期間で、これだけの規模の会社を作り上げたジェフ・ベゾスとは、どんな人物なのか。
その生い立ちから現在に至るまで、アマゾンの「光の部分」だけでなく「影の部分」も含めて、詳細に描いた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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「ワンクリック特許」論争について
「人々がオンラインで買いたいと思うモノがすべて見つけられる企業、顧客第一主義を世界で一番実現する企業になる」
それがアマゾンの社是です。
ベゾスは、アマゾン・ドット・コムを立ち上げた当時、「顧客サービス」をその礎にする、と決めていました。
ベゾスのいう顧客サービスとは、技術を活用してすばらしいサービスを利用者に提供すること
です。
できるだけシンプルに、利用者の使いやすいサービスを、とサイトの実用性を高めることに全力を注ぎます。
一度、商品を買ってもらった利用者の個人情報と支払い方法を取り出し、同じ利用者がまた本を探しに来たときには、ワンクリックで注文可能なボタンを提示する。
そのサービスを最初に開発し、実用化したのもアマゾンです。
ベゾスは、このサービスの基となるアイデアを「発明である」として特許申請し、世間で物議を醸しました。
この特許が認めらると、他のオンライン通販会社は、アマゾンに特許使用料を払わなければ、ワンクリックで購入する方法を提供できなくなります。
米国を主な舞台に、いわゆる「ワンクリック特許」論争が繰り広げられました。
ワンクリック特許は、1999年9月、米特許商標庁に認められた。その後、この特許は、インターネット上に小売りサイトを構築している者や特許制度の改革を推進しようとしている者からあざけりの対象となる。特許とは、本来、「自明ではない」発明に与えられるものである。注文プロセスをワンクリックで可能にするのに、どれほどのことを考えなければならないというのだろうか。法律の専門家も「悪名高い」特許と、ワンクリック特許を呼ぶようになる。法律の専門雑誌には、「独創性のないソフトウェア特許の例としておそらくはもっとも印象的なもの」だとする記事が載った。
『ワンクリック』 第1章 より リチャード・ブラント:著 井口耕二:訳 日経BP社:刊
2010年3月、特許庁がワンクリック特許を認める最終判断を示したため、この論争に終止符が打たれます。
ブラントさんは、ベゾスが特許取得にここまでの執念を見せたのは、鋭い知性に成功を求める意欲、不合理に見えるほど頑固という生まれながらの性格もプラスに働いてきた
からだと指摘します。
ベゾスは、この「ワンクリック特許」に限らず、次々と他人が驚くようなアイデアを取り入れて一歩先を行くサービスを提供し続けています。
「本」から始めた理由
今でこそ、ありとあらゆる商品を取り扱っているアマゾン。
しかし、オンライン通販サービスを始めた当初は、「本」のみを対象としていました。
ブラントさんはその理由について、ベゾスは地球最大の書店を作ろうとしたわけではなく、事業的・技術的な自分のスキルを活用してひと山あてたかっただけだった
と説明します。
可能性さえ大きければ、どのような事業でもよかった。今後インターネットには多くの人が集まる。人が集まる場所があったとき、その環境の特性を理解し、上手に利用する方法を発見できれば、集まった人たちになにかを売ることができる。こうしてベゾスは、世界最大のインターネット小売店を作りたいと考えるようになった。正しくは世界最大の小売店というべきかもしれない。
同時にベゾスは、スタート時はひとつの市場に集中すべきだとも考えていた。市場のニーズを把握し、それをインターネット側のニーズや能力とマッチングさせるためには範囲を絞るべきだと考えたのだ。ひとつの市場で成功できれば、その後、他の市場についても同じようにできるはずだ。ここで問題になるのが、どういう製品を販売するべきなのか、だ。この点を検討するため、ベゾスは、ディールフローチャートを作成することにした。候補として20種類の商品をリストアップ。どの商品がインターネットで存在感をすばやく得られるのかを考えるわけだ。
「オンラインでしかできないことはないのかを考えました。物理的な世界ではまねのできないことはないのか、と」
こうして選ばれたのが本だったのだ。『ワンクリック』 第4章 より リチャード・ブラント:著 井口耕二:訳 日経BP社:刊
市場の大きさ、仕入れの容易さ、種類の豊富さ、取り扱いやすさ。
ベゾスは、事前の調査の結果を考えると、電子商取引には「書籍」が最適なことに気づきます。
まず、やりやすいところから手をつけて、徐々にその手法を他の分野に広げていく。
ベゾスの慎重でしたたかさな一面が垣間みることができます。
立ち上げ当初から、「世界最大の小売店」を目指すという壮大な目標を描いていた、志の高さ。
起業家としてのベゾスの非凡さが表れているエピソードです。
「カスタマーレビュー」を始めた理由
今ではすっかりお馴染みとなった、ネットショッピングでの「カスタマーレビュー」。
そのサービスを最初に取り入れたのも、アマゾンです。
ベゾスにとって、カスタマーレビューは「世界一、顧客第一主義の会社を創る」ために必要な仕組みでした。
「善意からだと思いますが、あなたは自分がどういう事業をしているのかわかっていないのではないのかとのレターをもらうようになりました。モノが売れなければ儲からないのに、ネガティブなレビューをサイトに書けるようにするなど、なにを考えているのだと言われたのです。でも、我々としては、なにを買うべきか顧客が判断しやすくすればするほど多くが売れるはずだと考えています」
このようなやり方が功を奏したのは、普通ならやらない方法だったからという面もある。カスタマーレビューや顧客間のおすすめを見た人は、アマゾンはほかと違う、時間とお金の無駄になりそうな本も教えてくれるところだと感じたのだ。これがアマゾンの信用につながり、本当に顧客を大事にしているというベゾスのイメージが浸透してゆく。『ワンクリック』 第7章 より リチャード・ブラント:著 井口耕二:訳 日経BP社:刊
アマゾンにとっては、アマゾンのサイトを通じて商品を販売する店舗も、「お客」です。
その「お客」についてのネガティブなコメントが書き込まれることを承知で「カスタマーレビュー」サービスを導入しました。
ベゾスの「世界一、顧客第一主義の会社を創る」という熱意は、本物です。
この妥協を許さない熱意が、アマゾンを世界的な大企業に育て上げた原動力です。
ベゾスが「キンドル」に賭ける思い
『技術を活用してすばらしいサービスを利用者に提供すること』
このベゾスとアマゾンの「顧客第一主義」は止まることを知りません。
ついには、「本を読む」という行為そのものを根本的に変えるサービスを世に送り出しました。
最近、日本でも話題の「キンドル」と呼ばれる電子書籍リーダーです。
キンドルを使うと、インターネット環境さえあれば、どこでも書籍を購入し、その場で読むことができます。
しかも、何百冊という本を、その中に格納しておくこともできる優れものです。
古ぼけた本のかびくさい臭いが好きな人、紙に印刷された文字の鮮明さが好きな人、あるいは、しっかりした製本に旧友のような感情を抱く人もいるだろう。ベゾスは違う。新技術に道を譲るため、本など、喜んでリサイクルボックスに放り込むというのだ。
「紙の本を読まなければならないという状況はいらいらします。不便だからです。ページをめくらなければならないし・・・・閉じてほしくないときにかぎってパタンと閉じてしまいますし」
書籍としてはキンドルのほうが優れている――ベゾスはそう主張しているし、その考えに賛同する人も多い。このときも、ベゾスは、オンラインショップ開設と同じ戦略を用いた。物理版をまねるのではなく、ユニークな製品にしたのだ。
「本という面で本を超えることはできません。ですから、そのまま辞書が引けるとかフォントが変えられるとか、コンテンツの配信をワイヤレス接続で60秒以内に完了するとか、本ではできない何かができなければならないのです。物理的な本よりも優れたモノにしなければならないのです」
会社設立の基礎になった紙製品をこれほど簡単に捨てられるのも、ベゾスなら驚くにはあたらない。もともとが電子系の人間で、00、01、10、11、100、101・・・・・と2進法のコンピューターコードで書かれた製品が大好きだからだ。『ワンクリック』 第12章 より リチャード・ブラント:著 井口耕二:訳 日経BP社:刊
アマゾンでは、それまでウェブサービス以外では、物理的な商品のみを取り扱ってきました。
それに対して、必ずしも物理的な商品でなくてもよいことをベゾスに示したのが、アップルの創始者であるスティーブ・ジョブズです。
ブラントさんは、 ジョブズは、「itunesミュージックストア」をオンライン上に立ち上げることで、音楽CDとは本質的な商品、つまり、音楽そのものを提供する方法にすぎないことを示してくれた
と指摘します。
電子書籍を初めて実用化したのは、アマゾンではありません。
多くの企業が事業化にチャレンジしましたが、うまくいきませんでした。
ベゾスは、Wi-Fiを搭載し、コンピューターを経由せずにインターネットに直接つなぎ、さらに操作性をとことん追求したデザインにするなど様々な改良を加えます。
そのような努力により、キンドルを爆発的に広めることに成功します。
欧米では一般的となっている電子書籍の流通ですが、日本ではまだまだ認知されていません。
キンドルの上陸で、その流れが一気に押し寄せるのでしょうか。
注目したいところです。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ベゾスの成功とアマゾンの急成長は、インターネットが世界中に急激に普及していく過程で起こったビジネスチャンス拡大の波にうまく乗った格好のサンプルとして、さまざまなメディアが取り上げています。
もちろん、そのような一面もあります。
しかし、ベゾスを成功に導いた一番の要因は、「顧客第一主義を世界で一番実現する企業になる」という最終的な目標を変えることなく、そこに向かって全精力を注ぎ込むことができたことです。
インターネットは、たしかに便利な道具です。
しかし、道具は、あくまでも道具でしかありません。
インターネットという新しい道具を使うことで、利用者にもっと便利なサービスを供給できないか。
それを常に考え続けたことが、他を圧倒する「巨人」にまで成長できた秘訣でしょう。
日本の起業家・経営者も見習うべきところは多いですね。
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