【書評】『かみさまのおはなし』(藤田ミツ、渡邉みどり)

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 お薦めの本の紹介です。
 藤田ミツさんと渡邉みどりさんの『かみさまのおはなし』です。

 藤田ミツ(ふじた・みつ)さんは、京都生まれで、結婚して4男2女の母となった後、市立赤橋幼稚園を創設され、初代園長を務められました。
『古事記』を研究され、昭和15年に『カミサマノオハナシ』を出版されています。

 渡邉みどり(わたなべ・みどり)さんは、皇室ジャーナリストです。
 大学卒業後、日本テレビ放送網に入社され、婦人ニュース、ワイドショーなど報道・情報系番組を担当されていました。

「日本の国は、いつ、だれが、つくったのか?」

「日本(にっぽん)の国(くに)は、いつ できたの?」
「日本(にっぽん)の国(くに)は、だれが つくったの?」

 それらが書(か)かれているのが「古事記(こじき)」という本(ほん)です。

この本(ほん)には たくさんの神(かみ)さまが とうじょうします。
空(そら)の上(うえ)の 神(かみ)さまたちは、
「地上(ちじょう)に よい国(くに)をつくろう。」と そうだんします。
そして、つぎつぎと 神(かみ)さまたちを 地上(ちじょう)に おくりだしました。
だけど、神(かみ)さまなのに・・・・・・あれあれ?
らんぼうで みんなをこまらせる 神(かみ)さま、
すねて かくれてしまう 神(かみ)さま、
きょうだいげんかを する 神(かみ)さま・・・・・。
なんだか みなさんのまわりにも いそうな神(かみ)さまですね。
「因幡(いなば)の白(しろ)うさぎ」や「浦島太郎(うらしまたろう)」のもとになったお話(はなし)など、
みなさんが よく知(し)っているお話(はなし)も たくさん出(で)てきます。
まずは、日本(にっぽん)が なにもない海(うみ)だったころから
お話(はなし)は はじまります。

『かみさまのおはなし』 はじめに より 藤田ミツ:原作 渡邉みどり:著 講談社:刊

 本書(ほんしょ)は、日本(にっぽん)の国(くに)の生(お)い立(た)ちを記(しる)した『古事記(こじき)』のはじめの部分(ぶぶん)をやさしく書(か)きなおした一冊(いっさつ)です。
 その中(なか)からいくつかピックアップしてご紹介(しょうかい)します。

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せかいのはじめ

 では、物語(ものがたり)の最初(さいしょ)の最初(さいしょ)、「なにもない海(うみ)」から、いまの世界(せかい)のおおもとがつくられた場面(ばめん)まで、さかのぼってみましょう。

 昔(むかし)昔(むかし)、それは それは 大昔(おおむかし)、広(ひろ)い、せかいは、どこもかも、海(うみ)と 雲(くも)とで ありました。りくも なければ 島(しま)もなく、深(ふか)い深(ふか)い はてもない あぶらのような 海(うみ)でした。
 海(うみ)は 大声(おおごえ)で、
「ざんぶ ざんぶ どんぶ どんぶ。」
と 歌(うた)を歌(うた)いながら ゆれて おりました。
 空(そら)は すっかり 雲(くも)で、いっぱいで ありました。けむりのような 黒(くろ)い雲(くも)と、おちちのような 白(しろ)い きりとが、
「もやもや むくむく
 ふわふわ ふわふわ」
 たえず おどって、おりました。海(うみ)と 雲(くも)とは なかよしで、いっしょに なって 遊(あそ)びました。
 波(なみ)の お山(やま)を つくったり 大(おお)きな うずまきの わを つくったりして、大(おお)さわぎをいたしました。こうして 海(うみ)と 雲(くも)と さわいで 遊(あそ)ぶものですから、せかいじゅうは ごちゃごちゃで、なにが なんだか 少(すこ)しも わかりません。ちょうど たまごの白身(しろみ)と 黄身(きみ)を かきまぜたようで ありました。
 ところが あるとき 雲(くも)は、 こう 言(い)いました。
「もしもし 海(うみ)さん、わたくしたちは、いつまでも あなたと いっしょに さわいでは いられません。これから もう 高(たか)い 高(たか)い 空(そら)へ (い)ってしまいますよ、さようなら。」
 そして 白(しろ)い雲(くも)は 鳥(とり)のように  速(はや)く、黒(くろ)い雲(くも)は りゅうのように、どんどん 空(そら)へ のぼって いきました。
 海(うみ)も いっしょに のぼりたくて たまりません。
「おーい、雲(くも)さん。まって くださいよ。」
と、たのみました。けれども 海(うみ)は、雲(くも)のように かるくは ありませんから、のぼることができません。とうとう 下(した)にのこされました。
 海(うみ)と わかれて 天(てん)へ のぼった 雲(くも)は、高(たか)い 空(そら)で 列(れつ)を つくって、きちんとならびました。
 下(した)に のこされた 海(うみ)は、しかたなく あちらこちらへ ただよって ひとりで 歌(うた)って おりました。
 せかいは はじめて 夜(よ)が 明(あ)けました。だんだん あたたかい、明(あか)るい 光(ひかり)が さして きました。

『かみさまのおはなし』 高天原のまき より 藤田ミツ:原作 渡邉みどり:著 講談社:刊

「海(うみ)」と「雲(くも)」が、一体(いったい)となって存在(そんざい)し、こんとんとしていた状態(じょうたい)。

 そこから「雲(くも)」だけが上(うえ)にのぼることで、「天(てん)」ができて、「光(ひかり)」がさした。

 四方(しほう)を海(うみ)に囲(かこ)まれ、海(うみ)の恵(めぐみ)によって育(はぐく)まれてきた日本(にっぽん)ならではの「せかいのはじめ」ですね。

国を生む

 この世界(せかい)をおつくりになったのは、あめのみなかぬしのかみ(天之御中主神)、たかみむすびのかみ(高御産巣日神)、かみむすびのかみ(神産巣日神)の三柱(みはしら)の神(かみ)さまです。

 神(かみ)さまがたは、高(たか)い、高(たか)い 雲(くも)の上(うえ)の、高天原(たかまがはら)というところにおいでになりました。

 あるとき、天(てん)の神(かみ)さまたちがお集(あつ)まりになってご相談(そうだん)しました。
 そして、いちばん わかい お元気(げんき)な お二人(ふたり)の 神(かみ)さま、それは いざなぎのみこと(伊邪那岐命)ともうしあげる 男(おとこ)の 神(かみ)さまと いざなみのみこと(伊邪那美命)ともうしあげる 女神(めがみ)さまとを、せかいへ お下(くだ)しに なることになりました。

 お二人の神(かみ)さまは、まだできたばかりのせかいを しっかりかためてよい国(くに)をつくるため、下(した)の世界(せかい)に降(お)りていきました。

 いよいよ、日本(にっぽん)という国(くに)が誕生(たんじょう)するときがきました。

 しずかな くらい 夜(よる)が、すっかり 広(ひろ)い 海(うみ)を つつんで しまいました。
 ざーあ ざーあと 波(なみ)の 音(おと)が、だんだん 大(おお)きく なりました。波(なみ)の お山(やま)も だんだん 高(たか)く なりました。
 その夜(よる)のこと、国(くに)は 生(う)まれました。大(おお)きい 島(しま)や、小(ちい)さい 島(しま)が、つぎつぎ 生(う)まれたので ありました。
 朝(あさ)に なりました。波(なみ)の お山(やま)の 間(あいだ)から、もえるような お日(ひ)さまが お上(あ)がりに なって、空(そら)も 波(なみ)も まっ赤(か)に かがやいて、きれいな 朝(あさ)で ありました。
 朝日(あさひ)の のぼる 海(うみ)べに 立(た)って ごらんになると、かがやく海(うみ)の まん中(なか)に、丸(まる)い 島(しま)が ぽっかりと、わらって ういておりました。かわいい 子(こ)どものような 島(しま)でした。
「おお、生(う)まれた 生(う)まれた 子(こ)どもが 見(み)える。 うれしい なんと りっぱな よい子(こ)だろう。」
 そう いざなぎのみことが おっしゃると、いざなみのみことも、
「ほんとうに うれしこと、おねがいもうした そのとおり、こんな大(おお)きな (こ)どもを 生(う)むことが できました。ああ、ありがたい ありがたい。」
と、たいへん およろこびに なって、間(ま)もなく その かわいい 島(しま)へ、行(い)ってごらんになりました。
 生(う)まれたてでも この島(しま)は、なかなか かたい 島(しま)でした。どんな大(おお)きな 波(なみ)が、ざんぶりと ぶつかっても 平気(へいき)です。それは、じょうぶな 動(うご)かない 島(しま)でした。
 お二人(ふたり)は よろこんで いちばん高(たか)いお山(やま)に のぼって、あちらこちら、ごらんになりました。晴(は)れた空(そら)と 海(うみ)とが、どこまでもつづいて、おしまいは 一つのすじになって 見(み)えました。
「小(ちい)さいものや 大(おお)きいものが、たくさん生(う)まれたのでございます。さあ これからどの島(しま)へも、のこらず 行(い)ってやりましょう。」
と、お二人(ふたり)は たいそう うれしそうでありました。そして、島(しま)から島(しま)へと わたられて、一(ひと)つ一(ひと)つに、名前(なまえ)を おつけに なりました。
 いちばんはじめに 生(う)まれたのを「淡路島(あわじしま)」、つぎに 生(う)まれた 頭(あたま)が四つ ならんでいたのに「伊予之島(いよのしま)」(いまの四国(しこく)」、小(ちい)さい三(み)つ子(ご)の島(しま)に「伊伎之島(いきのしま)」(いまの壱岐島(いきのしま)」、「隠岐之島(おきのしま)」(いまの隠岐島(おきのしま))、「津島(つしま)」(いまの対馬(つしま))、という名(な)を おつけになりました。それから その島(しま)じま まだ先(さき)に、うすくぼんやり見(み)えた 大(おお)きいのには「筑紫島(つくしじま)」(いまの九州(きゅうしゅう))、それから 遠(とお)いむこうの 小島(こじま)には「佐渡島(さどのしま)」(いまの佐渡島(さどがしま))、どれよりもいちばん 大(おお)きい島(しま)には「豊秋津島(とよあきつしま)」(いまの本州(ほんしゅう))と、みんなに よい名(な)が つきました。ことに いちばんあとから生(う)まれた 豊秋津島(とよあきつしま)は、ほんとうに大(おお)きくて りっぱなものでありました。
 神(かみ)さまから 生(う)まれた 島(しま)は 大島(おおしま) 小島(こじま)、あわせて 八つ ありました。そこでこの 八つの島(しま)じまを、「大八島(おおやしま)の国(くに)」ということに、なさいました。大八島(おおやしま)と いうのは わたくしたちの大(だい)すきな 日本(にっぽん)の、大昔(おおむかし)からの お名前(なまえ)なのであります。

『かみさまのおはなし』 高天原のまき より 藤田ミツ:原作 渡邉みどり:著 講談社:刊

 いざなぎのみこといざなみのみことのお二人(ふたり)の神(かみ)さまは、たくさんの神(かみ)さまをお生(う)みになります。
 そして、ご自分(じぶん)たちがつくった大八島(おおやしま)に、守(まも)り神(かみ)として住(す)まわせます。

 お二人(ふたり)の神(かみ)さまは、日本(にっぽん)の国(くに)をおつくりになっただけでなく、日本(にっぽん)に住(す)まわれている神(かみ)さまたちのルーツでもあるのですね。

みそぎはらい

 いざなみのみことは、火(ひ)の神(かみ)をお生(う)みになったことが原因(げんいん)で、お亡(な)くなりになってしまいます。

 悲(かな)しんだ、いざなぎのみことは、いざなみのみことを取(と)り戻(もど)しに、黄泉(よみ)の国(くに)まで追(おい)かけていきます。

 しかし、すでに黄泉(よみ)の国(くに)の住人(じゅうにん)になられてしまった、いざなみのみことのお姿(すがた)に驚(おど)かれ、一目散(いちもくさん)に黄泉(よみ)の国(くに)から逃(に)帰(かえ)ってきます。

 一人(ひとり)で帰(かえ)ってきた、いざなぎのみことは、筑紫(つくし)の国(くに)をお通(とお)りになりました。
 そこには、青(あお)あおとした草木(くさき)が一面(いちめん)にしげっていました。

 広(ひろ)い 野原(のはら)の まん中(なか)を、ひとすじの川(かわ)が うねうねと 流(なが)れて おりました。川(かわ)の 上(かみ)の ほうは、ざあざあと いきおいよく かけ足(あし)のように 流(なが)れて おりました。そして 川下(かわしも)の ほうは、だぶだぶと おひるねでも しているように、ゆっくり流(なが)れて いました。水(みず)の上(うえ)は、あかるい お日(ひ)さまの 光(ひかり)が、ぎらぎら かがやいて おりました。
 いざなぎのみことは 川上(かわかみ)と 川下(かわしも)の まん中(なか)に お立(た)ちになって、
「おお、きれいな 水(みず)だ。これで みそぎはらいを しよう。よみの国(くに)へ つけていったものは ぬぎすてて、体(からだ)を きれいに いたしましょう。」

と おっしゃって、まず つえを ぽんと お投(な)げに なりました。つぎに おびをといて、これも ぽいと お投(な)げに なりました。そのつぎには 着物(きもの)を ぬいで、これも ぽんと 投(な)げ、お体(からだ)に ついているものは、すっかり すてて おしまいに なりました。
 すると おすてに なった つえや おびや 着物(きもの)などは、すぐ 神(かみ)さまの すがたに かわりました。
 いざなぎのみことは 川(かわ)の 中(なか)の 深(ふか)い ところまで、ざぶざぶと お入(はい)りになって、すきとおる 水(みず)で、お体(からだ)を すっかり おあらいに なりました。こうしてみそぎはらいを おすませになりますと、きもちが せいせいして、くらい よみの国(くに)の ことなんか、もう みんな おわすれになりました。
 川(かわ)から おあがりに なるとき、いざなぎのみことは、
「おお、このきれいな水(みず)で このだいじな目(め)を あらいましょう。」
 まず はじめに 左(ひだり)の目(め)から、ぐるぐるぐると おあらいになりました。するとあたりが明(あか)るくなって かがやく 美(うつく)しいお一人(ひとり)のみ子(こ)が おあらわれになりました。
「なんとまあ ありがたいことだろう。こんな りっぱな子(こ)どもが 生(う)まれてくるとは。」
 たいそう およろこびに なりました。
「それでは、こんどは、こちらの目(め)も あらいましょう。」

 右(みぎ)のほうの目(め)を ぐるぐるぐると おあらいになりますと、また まえのようにりっぱな み子(こ)が 出(で)ていらっしゃいました。いざなぎのみことは ますますうれしくおなりになって、こんどは お鼻(はな)を おあらいになりました。すると また お一人(ひとり)の 元気(げんき)なみ子(こ)が お生(う)まれに なりました。
「おお よい子(こ)だ よい子(こ)だ。三人(にん)とも せかいに またとない りっぱな子(こ)どもであるぞ。」
と、たいそう およろこびに なりました。

『かみさまのおはなし』 高天原のまき より 藤田ミツ:原作 渡邉みどり:著 講談社:刊

 左(ひだり)の目(め)からおうまれになったのが、あまてらすおおみかみ(天照大御神)
 右(みぎ)の目(め)からおうまれになったのが、つきよみのみこと(月読命)
 鼻(はな)からおうまれになったのが、すさのおのみこと(須佐之男命)

 いざなぎのみことは、あまてらすおおみかみつきよみのみことには、高天原(たかまがはら)にのぼって、それぞれ光(ひかり)の世界(せかい)と夜(よる)の世界(せかい)を守(まも)るように命(めい)じます。
 いっぽう、すさのおのみことには、海(うみ)の神(かみ)となって、世界中(せかいじゅう)の海(うみ)を守(まも)ることを命(めい)じます。

「三貴子(さんきし)」とも呼(よ)ばれ、日本国(にほんこく)の中心(ちゅうしん)となる三柱(みはしら)の神さまが、男(おとこ)の神(かみ)さまからおうまれになった。
 しかも、黄泉(よみ)の国(くに)から帰(かえ)ってきた、みそぎはらいのときというのは、おもしろいですね。

やまたのおろち

 すさのおのみことは、お姉(ねえ)さんである、あまてらすおおみかみをたずねて、高天原(たかまがはら)にのぼります。
 しかし、あまりに乱暴(らんぼう)をはたらくため、高天原(たかまがはら)の神(かみ)さまたちから「早(はや)く出(で)ていってくれ」とたのまれてしまいます。

 そこで、すさのおのみことは、お出(で)かけになって、大八島(おおやしま)の出雲(いずも)というところにたどりつきます。

 すると ちょうどそのとき、川(かわ)の水(みず)の上(うえ)を、ゆらゆらと ういていく、一本(ぽん)の ほそい 木切(きぎ)れがありました。少(すこ)し あとから、また 一本(ぽん)、同(おな)じような木切(きぎ)れが 流(なが)れて きました。
「ああ あれは はしだ、だれかが 使(つか)って いたのだろう。こんな 山(やま)おくにも、人(ひと)が すんでいるのか。よしよし この 川上(かわかみ)へ 行(い)ってみよう。」
 そこで すさのおのみことは、川上(かわかみ)の ほうへ、のぼって いらっしゃいますと、大(おお)きな 杉(すぎ)の木(き)のかげに 家(いえ)が 一けん 見(み)えました。家(いえ)の 中(なか)から なんだか なき声(ごえ)が きこえます。よく ごらんに なると、おくのほうに 白(しろ)い おひげの じいさんと、せなかの丸(まる)い ばあさんと、そのまん中(なか)に 女(おんな)の子(こ)が すわって おりました。すさのおのみことは、おききになりました。
「これこれ どうしたのか。なにを ないているのか。」
 お声(こえ)を きいて、じいさんは びっくりして、顔(かお)を上(あ)げて、なみだを ふきながら、ぽつぽつ 話(はな)しだしました。
「わたくしは 昔(むかし)から、この山(やま)おくに 住(す)んでいる、山(やま)の神(かみ)の子(こ)の、あしなずち(足名椎)と もうす者(もの)でございます。もとは 広(ひろ)い 田(た)んぼやら、おおぜいの 子(こ)どもも ありました。ところが このおく山(やま)に 住(す)んでいる やまたのおろち(八岐大蛇)という 大(おお)きな へびが、たびたび ここへ やってきて、田(た)んぼを あらし 子(こ)どもまで、つぎつぎ とるので ございます。のこる 子(こ)どもは ただ一人(ひとり)、このくしなだひめ(櫛名田比売)だけに なりました。これさえ、またまた とられそうで ございます。あれあれ おききなさいませ、ごうごうと、山(やま)が あんなに 鳴(な)っています。今(いま)に また おろちが おりてくるので ございましょう。」
 すさのおのみことは かわいそうに お思(おも)いになって、
「それはほんとうに お気(き)のどく、やまたと いうのは、どんなおろちであるか。」
「それは それは長(なが)いもので 八つの山(やま)から 八つの谷(たに)まで、つづくほどで ございます。頭(あたま)が 八つに 尾(お)が八つ。その目(め)は まっ赤(か)な ほおずきのようで、せなかには こけが 生(は)えている、それは おそろしい ものでございます。」
 じいさんの 話(はなし)を、じっと おききになっていた すさのおのみことは、
「よし、わたしがおろちを たいじして、おまえたちを 助(たす)けてあげよう。」
と おっしゃいました。
「どうぞ お助(たす)けくださいませ。」
と 三人(にん)は 頭(あたま)を さげて、たのみました。
「さあ それでは、すぐ おろちたいじの したくに かかりなさい。これこれ じいさん ばあさんや、ああいう おそろしいものは みな、なにより 酒(さけ)が すきなものだ。かおりの 強(つよ)い うまい 酒(さけ)を、うんと たくさん つくりなさい。」
 じいさんと ばあさんは、さっそく ざぶざぶざぶと お米(こめ)をあらって、お水(みず)に つけました。ばあさんは ひきうすを ぐるぐる ぐるぐる ひきました。ひきうすの 中(なか)から 流(なが)れでた 白(しろ)いお水(みず)を、しばらく かもして おきますと、強(つよ)い 強(つよ)い お酒(さけ)になりました。
 さて 三人(にん)は大急(おおいそ)ぎ、できたお酒(さけ)を 八つの 大(おお)きな おけに入(い)れ、門(もん)の中(なか)に 一つ一つ おきました。
「おまえは、くしなだひめと いう名前(なまえ)のように、くしに、なって、わたしのかみの毛(け)の 中(なか)に、かくれなさい。ふーっ ふーっ。」
と 息(いき)を おふきに なりますと ひめは すぐに きれいな くしに なりました。
 すさのおのみことは、大(おお)きな 杉(すぎ)の木(き)の かげに、じっと かくれて いらっしゃいました。しばらくすると むこうの 山(やま)の上(うえ)の むら雲(くも)の間(あいだ)から、おろちが ものすごい いきおいで、ずるずるずると おりてきました。
 おろちは お酒(さけ)を みつけて、八つの 門(もん)から 八つの 頭(あたま)を 一つずつ つっこみ、八つの おけの お酒(さけ)を、のどを 鳴(な)らして のみました。強(つよ)い お酒(さけ)を たくさん のんだ おろちは、ぐったりと ねむって しまいました。
 すさのおのみことは、おこしの 刀(かたな)を するりと ぬいて、ばさり ばさりと おろちの 首(くび)を 八つとも 切(き)りおとし、八つの 尾(お)も、ずたずたに お切(き)りに なりました。すると、一つの 尾(お)から ぴかぴか 光(ひか)った よく 切(き)れそうな 刀(かたな)が 出(で)てきました。それは それは ほんとうに りっぱな、すみきった つるぎでありました。
「このような りっぱな つるぎは、姉上(あねうえ)の あまてらすおおみかみに さしあげたいものだ。」

と、すさのおのみことは、わざわざ 高天原(たかまがはら)へ、この つるぎを おおくりに なりました。
 それからのち すさのおのみことは、この 出雲(いずも)の国(くに)で くしなだひめと ごいっしょに おくらしになりました。

『かみさまのおはなし』 出雲のまき より 藤田ミツ:原作 渡邉みどり:著 講談社:刊

 やまたのおろちから出(で)てきた、「あめのむらくものつるぎ(天叢雲剣)」は、「やさかにのまがたま(八尺瓊勾玉)」「やたのかがみ(八咫鏡)」とともに、三種(さんしゅ)の神器(じんぎ)として、現在(げんざい)も伝(つた)わっています。

 すさのおのみことと、くしなだひめは、たくさんの子(こ)をおうみになり、出雲(いずも)の地(ち)で、大和(やまと)の国(くに)のおおもととなる国(くに)をつくります。

 出雲(いずも)の地(ち)が、「神話(しんわ)の国(くに)」と呼(よ)ばれていますが、その原点(げんてん)は、ここにあるのですね。

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 皇祖神(こうそしん)と呼(よ)ばれる、あまてらすおおみかみの系統(けいとう)が、初代(しょだい)天皇(てんのう)である神武天皇(じんむてんのう)につながっています。
  以来(いらい)、途切(とぎ)れることなく、天皇(てんのう)の血統(けっとう)はつづき、今(いま)にいたります。
 戦時中(せんじちゅう)、「天皇(てんのう)は、神(かみ)さまである」とされていたのも、この神話(しんわ)が根拠(こんきょ)となっているのですね。

「今(いま)」を知るには、「過去(かこ)」を知(し)る必要(ひつよう)があります。
「過去(かこ)」を知(し)るには、ルーツとなる「はじまり」を知(し)ることが、大切です。

 2019年5月、元号(げんごう)が「平成(へいせい)」から「令和(れいわ)」にかわりました。
 新(あたら)しい時代(じだい)の幕開(あくあ)けは、日本(にっぽん)という国(くに)をつくった、神(かみ)さまたちのお話(はなし)を学(まな)びなおすきっかけにもふさわしいですね。



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