【書評】『私は負けない 』(村木厚子)

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 お薦めの本の紹介です。
 村木厚子さんと江川紹子さんの『私は負けない 「郵便不正事件」はこうして起きた』です。

 村木厚子(むらき・あつこ)さんは、労働官僚です。
 労働省(現・厚生労働省)に入省し、障害者支援、女性政策などに関わり、雇用期等・児童家庭局長などを歴任されています。
 09年、郵便不正事件で逮捕・起訴されるも10年9月に無罪が確定し、職場復帰。
 13年7月より、厚生労働事務次官に就任されています。

 江川紹子(えがわ・しょうこ)さん(@amneris84)は、フリージャーナリストです。
 新宗教・災害・冤罪のほか、若者の悩みや生き方の問題をテーマに取り組まれています。
 95年、一連のオウム真理教報道で脚光を浴び、菊池寛賞を受賞されています。

「誤認逮捕」「虚偽の自白」はなぜ起こるのか?


 村木さんは、「郵便不正事件」に関与したとして、逮捕・起訴されます。
 しかし、有罪率99パーセントの日本の司法では、異例の無罪判決を勝ち取りました。

 村木さんは、無罪を勝ち取ることができた理由について心身ともに健康であったこと、家族の支えがあったこと、素晴らしい弁護団に巡りあうことができたことなど、さまざまな幸運が重なったおかげだと述べています。
 別に言い方をすれば、幸運が重ならなければ、いったん逮捕され、起訴されれた後に無罪を勝ち取ることは難しいということです。

 村木さんは、相手の弱いところを執拗(しつよう)に狙って自分たちの思い通りの供述を引き出そうとする検察の取り調べの危険な実態を告発しています。
 今の警察、検察の取り調べを受ければ、半分の人は虚偽の自白、証言をしてしまうのが現実です。
 その虚偽の証言が書かれた供述調書は、裁判の有力な証拠として採用されます。

 誤認逮捕も虚偽の自白も、決して他人ごとではなく、誰にも振りかかる可能性があります。
 村木さんは、「だからこそ刑事司法の改革に多くの人が関心を持ってほしい」と強調します。

 本書は、「郵便不正事件」を自らの体験をもとにまとめ、日本の司法制度のあり方に問題提起をした一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「証拠」より「ストーリー」


 検察の取り調べは、まず、“ストーリー(筋書き)”ありき。
 検察の描いたストーリーに沿った供述を、被疑者から強引にでも引き出します。

 当初、村木さんが証明書の偽造を指示した動機として検察側が描いたストーリー。
 それは、村木さんが担当していた障害者自立支援法案を国会ですんなり通すため、野党・民主党の石井一議員からの要請に応じて違法な行為をした、というものでした。

 しかし、疑惑のもととなった証明書が作られた04年6月当時には、05年1月にでき上がった障害者自立支援法案の影も形もなかったという事実と大きく食い違いました。

 検察というところは、客観情報よりも調書を重んじる文化があるようで、この調書ができて初めて、「ああ自立支援法は違うのか」というのが分かってきたようです。そうすると、これまでの厚労省職員の調書が間違いになってしまいます。それで、彼らは慌てて関係者の調書を取り直しました。その結果、客観的事実と齟齬(そご)はなくなったのですが、今度は、私が違法な行為を敢えて行う動機がなくなってしまったのです。
 遠藤検事と國井検事も、手帳や業務日誌に書いてある私の行動について、一つひとつ聞いてきました。20日間の取り調べの中で、もっとも時間を費やしたのがこの点でした。特に、04年2月と3月については、休暇簿や出張の旅行命令なども付き合わせて、細かく調べたようで、「出勤簿なんかと照らし合わせたのですが、正解ですねえ」と言われました。最初は事実関係を確認していると思っていたのですが、途中から、いつなら倉沢氏と会う可能性があるのか、私にアリバイがない時間帯はいつかを探しているということに気づきました。
 手帳や日誌を見れば、議員からの依頼事項やそれをどのように処理したのかが全部書いてあります。それを見れば、石井議員や倉沢氏の名前が出ていないことも分かるし、与党の議員からの「ここに補助金をつけてくれ」という依頼を断ったことなども出ていきます。補助金がついたかどうかは、裏づけもとれるはずです。そういう対応を続けてきた私が、なぜ野党の議員からの無理な頼みを聞かなければならないのでしょうか。
 こういう証拠を見ても、検察は、もしかしたら被疑者の言っていることが本当かもしれない、と考え直すことがないのです。あらゆる証拠は、もっぱら検察のストーリーに合わないものは無視されていきました。

 『私は負けない』 第一部 第一章 より 村木厚子、江川紹子:著 中央公論新社:刊

 ストーリーが固まり、「この人が犯人だ」と決まる。
 すると、もうそこから逃れることはできません。

 自分たちの都合の悪い証拠は無視し、ストーリーに沿う証拠だけを手に入れる。
 検察という、負けが許されない組織の怖さが垣間見られますね。

どうしてみんな嘘をつくのか


 村木さんは、開示された検察の証拠(被疑者や参考人の供述調書など)のコピーを読みます。
 そして、厚労省の職員の中に、検察側のストーリーを認めている人が10人中5人もいたことにショックを受けます。

「みんなが自分を罪に陥れようと口裏を合わせたのではないか」

 そう疑心暗鬼になり、精神的にも耐えられない状況になります。

 接見に来た弘中弁護士に、思わず、「どうしてみんな嘘をつくんでしょう」と問いかけました。すると日頃は優しい弘中弁護士が、大きな声で、強い口調でこう言いました。
「誰も嘘なんかついてない。検事が勝手に作文して、そこからバーゲニング(交渉)が始まるんだ。供述調書とはそういうものなんだ」
 私の取り調べも、まさにバーゲニングの世界でしたが、逮捕されていない人の取り調べも、その点では同じだったのです。
 厚労省職員の中にも、記憶にないことはないと、最後まで述べている人もいました。こういうものは、性格の弱さなどの問題というより、バーゲニングの力や経験がどれだけあるか、なのだと思います。私も最初は、押し切られてしまいましたが、その後は嘘を書いた調書を作らせずに済んだのは、日ごろ仕事で交渉する場面が多く、鍛えられていたお陰でしょう。
 今になってみれば、事実と異なる供述調書を作られてしまった人たちの状況も察することができます。まず、役所を巻き込んだ事件であることは事実で、逮捕者も出てみんな動揺していたこと。5年前の出来事で、みんな記憶に自信がないこと。一方で省としては捜査に協力しなければならない、という大命題があります。報道もたくさん出ているし、報道や検察が言うこととまったく違うことを言えば、嘘つきと思われるんじゃないか、という警戒心も働きます。それで、いつの間にか、検事の話や報道で言われていることを前提に、それに合わせて話をしようとしてしまうのでしょう。
 また、検事は、「こういうことがあったら、どうして起きたと思いますか」などと聞いてきます。仮定の話として、一生懸命考えて答えます。すると、調書では、それが事実であるかのように「こういうことが起きた原因は・・・・だと思います」と書かれてしまう。そうやって巧妙に誘導されていきます。それに、職場の他の人の調書の内容も告げられて、「それを否定するのか」と聞かれれば、仲間を嘘つきにしたくない、という気持ちもある。だから、誰か一人が落ちると、芋づる式に供述が揃えられていくのです。

 『私は負けない』 第一部 第二章 より 村木厚子、江川紹子:著 中央公論新社:刊

 検事は、「取り調べのプロ」です。
 あらゆる手段を使って、自分たちの都合のいい供述調書を作ることができます。

 事実に反することを認めた参考人が10人のうち5人もいた。
 その事実が事の重大さを物語っていますね。

 検察による、このような強制的な取り調べが、冤罪事件がなくならない大きな理由のひとつです。

「可視化」と全面的な「証拠開示」を!


 現状の司法制度で最も改善しなければならない点。
 それは、「可視化」「証拠開示」です。

 可視化とは、取り調べの全過程を録音・録画などにより記録してあとで検証できるようにすること。
 証拠開示とは、捜査機関が押収した事件の証拠資料を弁護側の要求に応じてすべて開示すること。

 やはり録音・録画は、できるだけ広い範囲の事件で、取り調べの全過程について行う必要があると思います。「あるべき姿は、全事件、全過程」という考え方を出発点に議論を進めてほしいと切に願っています。
 冤罪は、警察官や検察官が作ろうとして作ってしまうわけではなく、正義感をもってまじめに役割を果たそうとした結果でもあります。そういうまじめな人たちですから、いったん制度ができれば、それに最適な取り調べ技術を習得するなど、捜査の能力はむしろ高まると、私は信じています。
 それから、証拠開示の問題があります。私の事件では、フロッピーのプロパティなど、いくつかの客観証拠が、無罪を裏付けてくれました。郵便不正事件は証明書の偽造事件ですから、その証明書を作った際のフロッピーはもっとも基本的な客観的証拠です。でも、今の刑事司法制度では、このフロッピーを検察がなかったものにしてしまうことができます。
 弁護団が、フロッピーが存在し、これを捜査機関が押収しているということを知るすべはありません。そして今回のように持ち主に返されてしまった場合は、仮に弁護団が証拠請求しても「存在しない」として開示されません。結局フロッピーは証拠として裁判に提出されませんでした。たまたま今回は、うっかり紛れ込んだ一通の捜査報告書が私を救ってくれたのです。検察は、被告人に有利な証拠を出さないことができるのです。
 口利き依頼を受けたとされる日に、石井一議員がゴルフに行っていたことを示す客観証拠も、検察は自ら開示しようとはせず、弁護団の追求にあって、しぶしぶ出してきました。証拠改竄(かいざん)にしても、前田元検事の証拠によれば、検察側のストーリーと矛盾する証拠を弁護側に渡したくない、ということが出発点でした。
 検察に都合の悪い証拠が隠されたりすることなく、そうした証拠が弁護側に公正に開示されるような仕組みが必要だと思います。

 『私は負けない』 第一部 終章 より 村木厚子、江川紹子:著 中央公論新社:刊

 密室での取り調べができる。不都合な証拠は弁護側に開示しなくてもいい。
 そのように、現状の司法制度は検察側に有利なものとなっていることが分かります。

 警察や検察の捜査や取り調べは、すべて正しく「被疑者はクロである」。
 そういう見解のもとで成り立っているように感じられますね。

 警察も検察も間違いを犯すことがある。
 その前提のもとに、もっと被疑者側に考慮した法改正が望まれます。

終わりの見えない絶望感


 江川さんと村木さん、それに「郵便不正事件」で公文書偽造の罪で有罪が確定した、村木さんの当時の部下にあたる上村さんの三人による対談集が掲載されています。

 上村さんは、村木さんに不利な、事実と異なる供述をした経緯を以下のように述べています。

上村 村木さんと私のやり取りが生々しく再現されている部分は、全部でっち上げ。検事の作文です。「上村さんは記憶が曖昧なんだから、私に任せなさい」って感じで、あたかも自分が見てきたように、僕に成り代わって、「私は・・・・」という一人称の調書を作るんです。
江川 なかなか抵抗できないものですか。
上村 いくら言っても、検事からは「いや、村木さんから指示はあったんだよ」ではねつけられる。なんで、その場にいないあんたが断言するんだって思うんですけど、僕は村木さんと違って、実際に罪を犯しているんです。そういう者と検事では力関係が圧倒的に違って、思ったことが率直に言えない。最初に洗いざらい話したのに、取り調べは終わらない。それで再逮捕される。再々逮捕なんていくらでもできるだろうから、こういう状況が永遠に続くんじゃないかって思っちゃう。人間って、終わりが見えていると頑張れるんですよ。でも、いざその目標がなくなってしまった時の絶望感・・・・。とにかく早くここから出たい、村木さんを犠牲にしてでも早く出て裁判所で訴えるようにしないと・・・・というふうに思ってしまった。本当にごめんなさい。
江川 ゴールがなくなる、という感覚は、村木さんも理解できますか。
村木 ええ。私も、取り調べ期間中は、毎日カレンダーばかり見つめて過ごしていたんです。勾留延長されるのは分かっていたので、ゴールまで20日間。カレンダーを見ては、「2日終わった。10分の1だ」「3日終わった。7分の1だ」って、ゴールに到達するまで、どれくらいの地点まで来たのかを確認していました。朝見て、昼見て、夜見て・・・・。それで日にちが変わるわけじゃないんだけど、とにかくカレンダーを見つめていて、穴が開くんじゃないかと思ったくらいです。私は再逮捕がなかったので20日間で(取り調べは)終わりましたけど、その後別件で再逮捕される、などということがあったら、がんばれる自信はないです。終わりがあるから、(真実を主張することを)やりきることができました。

 『私は負けない』 第二部 第二章 より 村木厚子、江川紹子:著 中央公論新社:刊

 人間は、自分が思っているほど強くはない生き物です。
 孤立無援の状態で、一日中いつ終わるとも分からない取り調べを受ける人の絶望感。
 それは、経験したことのない私たちには、想像することすらできません。

 もし、自分が村木さんや上村さんのような状況に置かれるようなことがあったら・・・。
 そう考えると本当に戦慄(せんりつ)を覚えます。

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 いったん逮捕・起訴されてしまうと、真相がどうであれ、ほぼ確実に有罪となる日本の司法制度。
 99%という驚異的な有罪率は、日本の警察や検察の有能さを示しています。
 その一方で、「冤罪」という黒い影の存在がちらつくのも否定できません。

 一度、捜査機関が描いた「ストーリー」の登場人物として配役させられたら最後。
 その役を最後まで演じきらなければならないのが司法裁判という舞台です。

 被疑者がシロかクロかは二の次。
 起訴した被疑者を有罪にすることが最優先。
 メンツを守るためには手段を選ばない、検察という組織の冷徹さをうかがい知ることができます。

 誤認逮捕や虚偽の自白は、村木さんがおっしゃっているように、誰にでも起こりえること。
 自分には関係がないと思っていると、痛い目を見ることがあるかもしません。
 もしものときに、冷静に対処できるように、ぜひとも一読しておきたい一冊です。


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