【書評】『あの人の声は、なぜ伝わるのか』(中村明一)

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 お薦めの本の紹介です。
 中村明一さんの『あの人の声は、なぜ伝わるのか』です。

 中村明一(なかむら・あきかず)さんは、作曲家・尺八演奏家です。
 虚無僧に伝わる尺八古典曲採集・分析・演奏をライフワークとしつつ、ロック、ジャズ、現代音楽など幅広い分野でご活躍中です。

日本人が失った「伝わる声」


 声の「響き」は、コミュニケーションに広がりを持たせ、人間関係を円滑にします。

 声に、さまざまな陰影をもたらす「響き」。
 それをつくっているのが、「倍音」です。

 人の声も、自然の音も、私たちが耳にするほとんどの音。
 それらは、「基音」「倍音」の組み合わせでできています。

 一つの音に含まれている成分のなかで、周波数(音の振動数)がもっとも小さい音を「基音」、そのほかの音を「倍音」と呼びます。

 基音は、音の高さを決めます。
 倍音は、主に音色を決めます。

 基音が一緒、つまり同じ高さの音でも、ギターの音とピアノの音は、聞き分けられます。
 それは、含まれている倍音が異なるからです。

 人間の声が一人ひとり異なるのも、この倍音の違いによります。

 もともと、日本人は、この「倍音を発する/受けとる身体」と、「倍音からさまざまなメッセージを読みとる鋭敏な感性」をあわせ持っています。

 中村さんは、発声が西洋化してきたことにより、日本人の声から豊かな倍音が失われつつある、と警鐘を鳴らします。

 本書は、「倍音」とコミュニケーションの関係を説明し、倍音の響き豊かな「伝わる声」を出すための方法をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「ギラギラした音」と「ザラザラ、カサカサした音」


 倍音には、「整数次倍音」「非整数次倍音」の2種類あります。

 私たちは無意識のうちに使い分けています。
 これを意識的にコントロールすることで、気持ちやメッセージをより相手に伝えやすくなります。

 整数次倍音は「ギラギラした音」をつくるのが特徴です。硬くハリがあって、弦楽器や管楽器の音に多く含まれています。とくにわかりやすいのは、チャルメラや、スコットランドの伝統楽器であるバグパイプ、日本の雅楽で使われる篳篥(ひちりき)などの音です。民謡、謡曲、声明(しょうみょう)、長唄といった、日本に古来から伝わる伝統的な歌唱法もこの整数次倍音を強調しています。
 よく知られた歌手では、美空ひばり、郷ひろみ、浜崎あゆみ、松任谷由実、それから黒柳徹子、タモリの声などは、整数次倍音を多く含んでいます。
(中略)
 一方、非整数次倍音は「ザラザラ、カサカサした音」をつくります。
 硬くハリのある整数次倍音に比べると、非整数次倍音はソフトな優しい印象になります。自然のなかで聞くことができる音は、非整数次倍音をたっぷり含んでいます。例えば、風がそよぐ音、枯葉を踏む音、雨が降るときのザアザアという音。ギターの弦をこすったときに出るビリビリとした音も、非整数次倍音を多く含んでいます。話し声では、いわゆるウィスパーボイス、ハスキーボイスが非整数次倍音が強調された声の特徴になります。
 歌手でいうと、森進一、桑田佳祐、宇多田ヒカル。そのほか、明石家さんま、ビートたけし、堺正章などが非整数次倍音の強い声です。

 『あの人の声は、なぜ伝わるのか』 第2章 より 中村明一:著 幻冬舎:刊

 整数次倍音が多い声からは、カリスマ性、頼もしさ、荘厳さなどを感じます。
 非整数次倍音が多い声からは、親しみやすさ、重要性、優しさといった印象を受けます。

 普段の会話でも意識して使い分けられるようにしたいところですね。

日本語に「オノマトペ」が多いわけ


 言葉以外でのコミュニケーションを、「非言語的コミュニケーション」といいます。

 五感で感知できるすべては「情報」です。

 そのうち、言葉が占める割合は意外なほど少なく、コミュニケーションにおけるメッセージ量の65〜70%は言葉以外の「非言語コミュニケーション」が占めています。

 その意味では、日本語にオノマトペ(擬音語、擬態語、擬声語)や、かけ声、合図などが多いのは、非常に示唆的です。実際、英語の3〜5倍もの擬音語・擬態語があると言われています。
 オノマトペは現実にある音をそのまま模倣(もほう)したような語であり、きわめて音響に近い性格を持っています。そのような語が日本語に多いのは、同時に日本人が音響そのものからメッセージを読みとる力が強いという証拠です。事実、オノマトペは論理的な言葉ほど明確なメッセージを持ちませんが、私たちの心に強い印象を残します。それはオノマトペが伝える情報量の多さのためなのです。
 日本人は非言語コミュニケーションにとても慣れ親しんでいる。それ故、日本語に多くの擬音語・擬態語があるのです。

 『あの人の声は、なぜ伝わるのか』 第3章 より 中村明一:著 幻冬舎:刊

 非言語的コミュニケーションは瞬時に、しかも大量の情報をやりとりすることができます。

 時として、言葉以上にメッセージを伝えてくれる「声の表情」を大事にしたいですね。

倍音を使いこなせる身体は「密息」から生まれた


 日本人のコミュニケーションが倍音と密接に関わっている。
 その理由のひとつに、「密息」という、日本古来の呼吸法を挙げています。

 中村さんは、密息という特殊な身体の使い方により、倍音を豊かに含んだ「伝わる声」を手に入れることができたと述べています。

 密息の特徴は、以下の通りです。

  • 「骨盤を後ろに倒して」
  • 「お腹を膨らませたまま」
  • 「横隔膜だけを上下させて」
 息をする呼吸法であることです。

 密息は、いくつかの点で優れた効能を持っています。
 ひと言でいえば、密息はとても深い呼吸ができます。一度に吸える・吐ける息の量が、胸式や腹式よりもはるかに大きくなるのです。これを尺八のような管楽器の演奏に応用すれば、長いフレーズをいつまでも途切れなく吹き続けることができます。ですが何より、密息は私たちの日常生活を変えるものです。
 例えば、密息はメンタル面によい影響を及ぼします。呼吸量が増えると取り込まれる酸素の量も増えるため、脳が活性化し、集中やリラックスも簡単にできるようになります。また、密息は静かでゆるやかな呼吸です。肩が上下に揺れることがないため、身体は常に安定していてブレない。身体が安定すると心も安定する。仕事やプライベートでストレスを感じるような状況に追い込まれることがあっても、密息を取り入れることでいつもリラックスしていられます。

 『あの人の声は、なぜ伝わるのか』 第4章 より 中村明一:著 幻冬舎:刊

 密息と腹式呼吸との違いは、吐くときにお腹をへこませるかどうかです。

 密息は、お腹を張ったまま息を吐きます。
 一方、腹式呼吸はお腹をへこませます(下図を参照)。

密息と腹式呼吸
(『あの人の声は、なぜ伝わるのか』 P183 より抜粋)

倍音を増幅する「発信機」としての身体


 密息によって骨盤を倒した身体は、倍音を増幅する「発信機」にもなります。

 中村さんは、密息の姿勢と倍音の関係をわかりやすく示す例として、「落語家」の声を挙げています。
 彼らの声は、「倍音の宝庫」です。

 落語家といえば、座布団の上にちょこんと座って、腰を落とし、首をちょっと突き出したような独特の姿勢が思い浮かびます。「背筋をぴんと伸ばして、胸を張る」いわゆるよい姿勢とはだいぶ違います。声もそれほど大きくない。テレビで落語を聞いているとそうは思いませんが、実際に寄席(よせ)に行くと、思ったよりも音量がないことに気づきます。
 かといって、彼らの声が聞こえないわけではない。むしろ、落語家の声は不思議と聞こえやすく、耳に残ります。彼らの声には豊かな倍音が含まれているからです。腰を落とし、首を突き出した落語家の呼吸は密息そのもの。男性から女性へ、子どもから老人へと声をダイナミックに変えて、さまざまなキャラクターを演じ分けられるのはそのためです。
 身振り手振り、表情の変化もさることながら、彼らは声の変化が大きい。心情やあら筋の説明は少ないのに、なぜか話の内容が伝わってくる。「おーい、八っつあんや」という言葉のイントネーションだけで、登場人物たちの関係や、彼らが置かれている状況、二人の気持ちをすべて表現してしまう。それは、倍音を含んだ声ならではの多層的なコミュニケーションにほかなりません。
 よく知られているように、落語は話の筋以上に語り方の芸を楽しむもの。それを可能にするのが彼らの声であり、密息なのです。

 『あの人の声は、なぜ伝わるのか』 第5章 より 中村明一:著 幻冬舎:刊

 日本人が本来持っている「伝わる身体」が、落語家の名人芸を陰から支えているんですね。

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 中村さんは、現代の日本人が抱えるコミュニケーションの悩みは、日本人本来の呼吸を取り戻すことで解決できるとおっしゃっています。

 話している内容より、話している「声」そのものが説得力を持つ。
 そんなケースは、数限りなくあります。

 日本人の体型、風土に合った独自の発声法。
 表情豊かな響きの声による「倍音コミュニケーション」を身につけたいですね。


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