【書評】『他人を攻撃せずにはいられない人』(片田珠美)

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 お薦めの本の紹介です。
 片田珠美先生の『他人を攻撃せずにはいられない人』です。

 片田珠美(かただ・たまみ)先生は、人間環境学がご専門の精神科医です。
 犯罪心理や心の病の構造など、社会問題にも造詣(ぞうし)が深く、その方面の著書を数多くお書きになっています。

身の回りにいる「攻撃欲の強い人」とは?


 片田先生は、自らの精神科医としての臨床経験から他人を攻撃せずには人が世の中には随分いると警鐘を鳴らします。
 彼らの攻撃は、あからさまな暴力や虐待よりも、むしろ言葉で痛めつけるものが多いです。

 片田先生は、攻撃欲の根底にあるのは、たいていは、支配欲であると指摘しています。
 彼らは、相手を思い通りに支配したいとか、操作したいという欲望を抱いているのが、こうした欲望を当の本人が意識しているとは限らないのが厄介なところです。
 彼らのターゲットにされると、くたくたに疲れ果てたり、ぼろぼろに壊されたり、大変な目に遭います。

「攻撃欲の強い人」は、職場の上司や同僚、それに家族や友人の中にも潜んでいます。
 私たちは、身の回りにいる攻撃欲の強い人を見分け、身を守る防御策を身につける必要がありますね。

 本書は、他人を攻撃せずにはいられない、攻撃欲の強い人の心理メカニズムを分析しその対処法をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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相手をけなして「無価値化」する


 攻撃欲の強い人というのは、暴力を振るったり、面と向かって暴言を吐いたりと、怒りや敵意をむき出しにする人ばかりではありません。
 片田先生は、こそこそと陰湿に相手を痛めつけることで、自らの攻撃欲を満たそうとする人たちもいると指摘しています。
 やり方が巧妙に計算されているため、周りからはその攻撃性が見えにくく、攻撃されている当事者ですら、自分がターゲットであることに気づいていない場合もあるとのこと。

 攻撃欲の強い人から身を守るには、まず彼らを知ることです。
 片田先生は、彼らの特徴のひとつとして、とにかく「相手をけなして無価値化しようとする」ことを挙げています。

 何であれ、とにかくけちをつける。常に「完璧ではない」と言うための口実を見つけるために、あら探しをする。自分が誰よりもよく知っていて、誰よりもうまくやれるということを誇示(こじ)したいかのようである。
 こんなふうに、障子の桟(さん)を指でなぞってほこりを見せつける姑(しゅうとめ)のようなことをするのは、自分が全てを支配していたいからである。もっとも、現実にはそれはできないので、他人のちょっとした弱点や過失などを指摘して、自分の力を見せつけようとするわけである。
 あなたが、うまくやれたとしても、ちょっぴり誇らしい気持ちになっていたら、ささいなことで難癖をつけて、気持ちをくじくようなことをする。たとえば、大きな契約が取れて、意気揚々と上司に報告したら、一切ほめずに、「いくら契約が取れても、接待で経費をたくさん使っていたら、会社の利益にはならないんだぞ。コストパフォマンスを考えないと。お前の給料まで考えたら今の倍の契約取ってこないと話にならんな」などと言うような上司だったらどうだろうか。一見まともなことを言っているようにも聞こえるが、ねぎらいも何もなければ、あなたは落ち込み、仕事への意欲を失ってしまうはずだ。
 こういう上司は結構多いらしく、広告デザイン会社に勤務しているある男性デザイナーは、とにかく全てを否定する上司のせいで、すっかり自信を失ってしまったという。ひどいのは、かつて自分が出した命令も否定することで、「この構成には、◯◯を入れろ」と命令したはずなのに、二週間後には「なんで、◯◯が入ってるんだ」と怒り出す。こうしたことが日常茶飯事(さはんじ)なので、彼は、本気で転職を考えているところである。
 このような上司がいる職場では、雰囲気が重苦しくなってしまい、社員がみな、自分の過ちを認めるのを極力避けるようなことになりがちである。自分の過ちを認めて謝ると、上司から厳しく叱責(しっせき)されるうえ、「できない奴」という烙印(らくいん)を押されて、社内で軽視されたり、蔑視(べっし)されたりするからである。

 『他人を攻撃せずにはいられない人』 第1章 より  片田珠美:著  PHP研究所:刊

 攻撃欲の強い人は、「相手を支配したい」という欲の強い人でもあります。
 自分が一番上にいないと気が済まないので、周りの人を引きずり落とそうとするのでしょう。
 このような人は、身近なところにも数多く隠れています。
 “危険”を早めに察知して、なるべく近づかないようにしたいものです。

自信がない人ほど自分のせいだと思い込む


 攻撃欲の強い人の標的にされやすいのが、「自信がない人」です。
 自信のない人ほど、自分が本当に悪いことをしたわけではないのに、何かうまくいかないことがあると「自分のせいではないか」と罪悪感を覚えやすいです。

 一方、攻撃欲の強い人は、相手の心の中に巧妙に罪悪感をかき立てるのがうまいです。
 そのため、双方が共鳴し合って、罪悪感が何倍にも増幅されることになりやすいとのこと。

 この罪悪感は、さまざまな影響を及ぼすが、何よりも深刻なのは、自己主張を妨げ、自己懲罰を引き起こすことである。その結果、能力を充分に発揮できなくなることさえある。自分の能力を悪い方向に使って、また誰かを傷つけたり、大切なものを壊したりするようなことになったら困るという心理メカニズムが働くせいで、知らず知らずのうちに自らを抑制するからである。
 当然、何をやってもうまくいかなくなるが、これは、攻撃欲の強い人にとっては思うつぼである。そっと忍び寄り、罪悪感を一層刺激しながら、劣等感をチクチクとつついて、支配しようとする。
 もっとも、罪悪感は、誰でも抱く感情である。われわれは、子供の頃から、親や教師にやってはいけないことを教えられてきており、その教えに反するようなことをすると、罰を受けたり、高い代価を払ったりしなければならないことを、苦い経験を通して知っているのだから。
 また、罪悪感は、至極まっとうな感情でもある。殺人のような凶悪犯罪を繰り返しても、反省も後悔もせず、同情も憐憫(れんびん)の情も抱かないのは、連続殺人犯のような「情性欠如者」であり、むしろ、まともな人は多かれ少なかれ罪悪感を覚えるものである。
 問題は、攻撃欲の強い人によって巧妙にかき立てられる罪悪感にさいなまれるあまり、埋め合わせをしなければならないという思いにとらわれて、支配されてしまうことである。場合によっては、そのために、自発的な選択や行動ができなくなることさえある。
 もし、あなたに心当たりがあるなら、誰かに植えつけられた罪悪感がいかにあなたの自信をむしばみ、あなたの成功を妨げているか、そして、いかにあなたの抵抗を封じ込めているか、振り返ってみるべきだろう。

 『他人を攻撃せずにはいられない人』 第3章 より  片田珠美:著  PHP研究所:刊

 攻撃欲の強い人のターゲットにされないためには、彼らが付け入る“スキ”を与えないことが大事。
 強い罪悪感や劣等感は、彼らをおびき寄せる格好の“エサ”です。
「自信を持つこと」は、トラブルを未然に防ぐという意味でも、とても大切なことです。

他人のせいにして、万能感を維持する親


 攻撃欲の強い人の代表ともいえるのが、「モンスターペアレント」といわれる人たちです。
 学校側に無理難題を突きつけ、ちょっとのことで猛抗議する彼らの攻撃欲はどこからきているのか。

 彼らに認められるのは、「他責」という傾向です。
 他責とは、自分や自分の周りに起きていることを、他人や周囲の環境のせいにするということです。

 なぜ他責に走るのか。それは「すごい自分」という自己愛的イメージと現実とのギャップを、自分では埋められないために、他人のせいにすることで万能感を維持しようとするからである。
 モンスターペアレントというのはまさに、こうした他責的な特徴が認められる人たちの代表格である。学校で成績が伸びない、いじめられている。このあたりまでは学校の責任を問うても何らおかしくない。しかしモンスターペアレントというのは、自分の子供がいじめる側に立っていたために先生に注意されたとしても、「うちの子は悪くない、絶対そんなことしない」と、やはり他に責任を求めようとする。さらに、「修学旅行の記念写真でうちの子が真ん中にいないから撮り直してきて」だとか、「学芸会ではうちの子を絶対に主役にしてください」だとか、無理な要求を押しつけようとする。
 こういう場合、親たちの万能感は自分の子供を対象としている。「自分はすごい」を「うちの子はすごい」と置き換えているのだ。
「うちの子は勉強も運動もできて、明るく活発で友達も多く、先生の言うこともしっかり聞く」
 そんな完璧な子供、「パーフェクトチャイルド」の幻想を抱いているため、自分の意に沿わない指導を受けると、「それは学校や担任が悪いのでは?」と他責の観点で自分の子供の万能感を保とうとするのである。

 『他人を攻撃せずにはいられない人』 第4章 より  片田珠美:著  PHP研究所:刊

 モンスターペアレントの攻撃性は、その根本に「自分の子は悪くない」、つまり「自分は悪くない」という身勝手な意識があります。
 彼らの暴力的な要求に、日夜を問わず対処しなければならない学校の先生たちのストレスは測り知らないものがあります。
 個人の問題ではなく、社会や地域の問題として対応していかなければならない大きな問題です。

「理解してくれるかもしれない」なんて甘い幻想


「攻撃欲の強い人が、自分の痛みを理解してくれる」
 片田先生は、そんな幻想は捨てたほうが身のためだと指摘しています。
 相手の痛みや苦しみを理解しようとしない“傲慢(ごうまん)さ”は、強い自己愛ゆえに、自分には何の問題もないと思い込んでいることに起因します。

 たとえば、虐待で告発された親が、子供を叩くようなことは一切していないと頑(がん)として否認し、少々「行きすぎ」の行為があったにせよ、あくまでもしつけのためであり、愛情からやったことだと自己正当化するような場合が典型である。こういう親に限って、わが子を「恩知らず」とののしり、罪悪感を抱かせるようにするものである。
 あるいは、DV夫が、家事が嫌いで料理もろくに作らない妻を朝叩き起こすために仕方なくやったことだと弁明するような場合もある。会社でパワハラまがいのことを繰り返している上司が、「会社に害毒をたれ流し、損害を与えるような社員は、根性を叩き直す必要がある」という信念にもとづいて行動していることもある。
 要するに、自分は正しいと確信しているので、自分がやったことや言ったことを振り返らない。他人から過ちや間違いを指摘されても、それを認めると自分の弱さを周囲に知られてしまうことになるのではないかという恐怖ゆえに、決して認めようとしない。当然、責任を取ろうともしないし、反省もしない。
 それにいちいち憤慨していたら、こちらの身が持たないので、そういう人なのだとあきらめるしかない。「あきらめる」とは「明らかに見る」ことでもある。攻撃欲の強い人をじっくり観察していると、善意にもとづいて行動する誠実な人を相手にする場合とは全然違って、話し合うことすら難しいという印象を抱くこともあるが、それは、それで受け入れなければならない。
「どうせ、あきらめるのなら、観察したって何の役にも立たないじゃないか。そんなの、時間のムダ」とおっしゃる方もいるかもしれない。そんことはない。攻撃欲の強い人を観察して、そのメカニズムを把握すれば、なぜそんなふうにふるまうのか理解できるようになるし、次に何をしようとしているのかも、ある程度予測できるようになるので、不安や恐怖が多少なりとも収まるはずである。
 何よりも重要なのは、攻撃欲の強い人は罪悪感をかき立てる達人なので、そのために、こちらに責任があるのだと思い込まされてしまいやすいという構造を見ぬくことである。このような責任転嫁は、攻撃欲の強い人が自分の問題や弱点を突かれるのをどうしても避けたいからこそやっているのだということに気づけば、投影された罪悪感にさいなまれて悩む必要もなくなるだろう。
 もちろん、観察して理解するだけで、全てを解決できるわけではない。それでも、攻撃欲の強い人に背負わされた不安、恐怖、罪悪感などがやわらげば、重圧が軽くなるので、何となく開放感を味わえるのはたしかである。

 『他人を攻撃せずにはいられない人』 第6章 より  片田珠美:著  PHP研究所:刊

 攻撃欲の強い人が相手を攻撃するのは、自分の弱点や問題が明らかになるのを避けるためです。
 彼らの心理状況を見透かせば、相手を上から見ることができます。
 こちらの感情も落ちつかせることができますね。
 まずは、彼らをじっくりと観察して、彼らがそのようにふるまう理由を突き止めましょう。

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「攻撃欲の強い人」といっても、見た目はごく普通の人です。
 こちらの弱みやスキにつけ込んで近づいて、いつの間にか思い通りに支配されていた・・・・
 そのようなことも起こり得ます。
 
 彼らを見抜くには、まず、「じっくり観察すること」です。
 発する言葉と行動が一致しているか。
 相手によって話の中身が変わっていないか。
 相手によって態度が変わっていないか。
 注意深く観察して、「この人、危ないな」と感じたら、なるべく近づかないように気をつける。
 それが、最大の自衛手段となります。

 自分の身は自分で守るしかありません。
 身近に隠れている“災難”を避けるためにも、ぜひ一読頂きたいです。

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