本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(エマニュエル・トッド)

 お薦めの本の紹介です。
 エマニュエル・トッドさんの『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』です。

 エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)さんは、フランスの歴史人口学者・家族人類学者です。

ロシアの「クリミア併合」で見えてきたもの

 東部のウクライナ語系住民と西部のロシア語系住民との間の内戦が続いているウクライナ。
 両者の対立は激化の一途をたどります。
 2015年3月、ついにロシアが、ウクライナの領土であるクリミア半島を武力で併合する事態にまで発展しました。

 この事件でクローズアップされ、メディアでも多く取り上げられた、アメリカと西欧諸国を中心とした陣営とロシアの対立という構図。

 しかし、トッドさんは、そのような一般的な見方に対して異論を唱え、「問題の本質は別のところにある」と強調します。

 擡頭(たいとう)してきた正真正銘の強国、それはロシアである前にドイツだ。ドイツが擡頭してきたプロセスは驚異的だ。東西再統一の頃の経済的困難を克服し、そしてここ五年間でヨーロッパ大陸のコントロール権を握った。
 こうした推移の全体を解釈すべきである。金融危機のときに証明されたのはドイツの堅固さだけではない。あれでもって、ドイツには債務危機を利用してヨーロッパ大陸全体を牛耳る能力があることも明らかになった。
 もし人びとが冷戦時代の古風なレトリックから自由になれば、自由主義的デモクラシーとその諸価値というイデオロギー的な赤子のおもちゃを打ち振ることをやめるならば、ヨーロッパ統合優先主義者の陳腐な決まり文句に耳を傾けるのをやめて、現在進行中の歴史的シークエンスをずばりと、そしてほとんど子供のような目で直視すれば、要するに、王様は裸だということを看て取ることを受け入れるならば、次のことを確認するにちがいない。

 ①ここ五年の間に、ドイツが経済的な面で、ヨーロッパ大陸のコントロール権を握った。
 ②その五年を経た今、ヨーロッパはすでにロシアと潜在的戦争状態に入っている。

 この単純な現象が二重の否認、つまり現実を現実として認めない態度によって見えにくくなっている。これから述べる二つの国のあり方がかんぬきのような機能を果たして障害物となり、実際に何が起こっているのかを人々が理解していないのである。

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 1 ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る より エマニュエル・トッド:著 堀茂樹:訳 文藝春秋:刊

 世界地図の上では、ヨーロッパの中にひしめく国々の一つにすぎないドイツ。
 そのドイツが、ヨーロッパ大陸全体を牛耳っているというのは、どういうことなのか。

 本書は、見えざる「ドイツ帝国」の存在を明らかにし、その存在がヨーロッパや世界に与える影響について解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

スポンサーリンク           
[ad#kiji-naka-1]

地図が示す「ドイツ圏」という領域

 トッドさんが、ドイツの力が及ぶ範囲、「ドイツ帝国」の勢力図を示したのが以下の図です。

ドイツ帝国の勢力図 巻頭
図.「ドイツ帝国」の勢力図(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 巻頭 より抜粋)

――この地図(上図を参照)はあなたが見るところのドイツ帝国の現状ですね。ドイツが中心にあり、さまざまな衛星国や(あなたがうまく言ってのけている)自主的隷属状態の国が、まわりに位置している。あなたの観点から見て、この地図は何を表しているのですか?

 この地図が助けになって、ヨーロッパの性質が変わったことが意識されるといいなと思う。この地図は現在のみならず、かなり近い将来の可能性も表している。
 EUが提示する一般的な地図は各国の平等性を示そうとした地図であって、もはや現実を語っていない。それに対してこの地図は、いわば、ヨーロッパの新たな現実を可視化する初めての試みだ。ドイツの中心的性格を確認し、ドイツがどのようにヨーロッパ大陸を掌握しているかを意識化するのに役立つ。
 この地図が言おうとする第一の事柄、それはドイツ自体よりも大きな非公式の空間、「ドイツ圏」が存在するということだね。そのドイツ圏は、ドイツに対する経済的依存度がほとんど絶対的といえるほどのレベルにある国々で構成されている。
(中略)
――およそ1億3000万人の住民のゾーンですね。

 そうだね。しかしこの空間はドイツの影響力にだけ依存しているわけではない。ドイツは、フランスの協力なしにはけっして大陸の支配権を握ることはできなかっただろうと思う。それが、この地図の示すもう一つの要素だ。
 フランスとフランスの経済システムの自主的隷属、そしてフランスのエリートたちがおそらく彼らにとって――しかしフランスの民衆にとってではない――ユーロという金ピカの監獄を受け入れたという事実。フランスの銀行は、この金ピカの監獄の中でなんとか生き延びている。フランスは6500万人の住民をドイツ圏に付け加える。ドイツ圏に、大陸のスケールの中でひとつの限界を越える人口の塊を提供しているわけだ。

――ほとんど2億人の規模・・・・・。

 ということは、われわれはすでにロシアや日本の規模を越えているということだね。

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 1 ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る より エマニュエル・トッド:著 堀茂樹:訳 文藝春秋:刊

「ドイツ帝国」の勢力範囲は、現在、「ヨーロッパ」と呼ばれている地域のほとんどを占めるほど、広大なものとなっているのですね。

 経済規模、人口において、ロシアや日本をはるかに凌駕(りょうが)し、アメリカに比肩するほどの強大な力を持っている国。
 それが、現在のドイツです。

ロシアを見くびってはならない

 トッドさんは、グローバル化されたわれわれの経済世界の中で、二つの大きなシステムの真正面対立の出現を予感することができると指摘しています。
 二つの大きなシステムとは、現在の覇権国家「アメリカ」と、新たに出現した「ドイツ帝国」です。

 この二つの勢力の争いの大きなカギを握る国が、「ロシア」です。

 ロシアは、西側社会では「非民主的な敵対国家」と叩かれてきましたが、一時期の混乱を乗り越え、驚くべき成長を遂げています。
 それを裏付けるのが、「乳児死亡率の低下」(下の図表20を参照)と「出生率の上昇」(下の図表21を参照)です。

 2009年以来、ロシアの人口は増加に転じて、すべてのコメンテーターや専門家を驚かせています(下の図表21を参照)。
 これは、ロシア社会が、ソビエトシステム崩壊による激しい動揺と、1990年代のエリツィン統治を経て、今、再生の真っ最中だということを示しています。
 ロシアのこの状況は、数多くの点で、中央ヨーロッパの国々や、底知れない実存的危機に沈んだウクライナに比べればいうまでもないですが、西欧の多くの国々と比べても、より良好な状況だといえます。
(中略)
――しかし、それらの統計はどの程度信頼できるでしょうか?

 最高度の信頼です。人口学的なデータはきわめて捏造しにくいのです。内的な整合性を持っていますからね。
 ある日、誕生を登録された個々人は、死亡証明書に辿り着くまで、彼らの人生の節目節目で統計に現れてこなければなりません。だからこそソビエト政府は、かつて乳児死亡率が芳しくなくなった時、それを発表するのをやめたのです。
 経済や会計のデータの場合とは、全然違うのです。経済や会計のデータは易々と捏造できます。
 何十年もの間、ソビエト政府がやったように、あるいは、ゴールドマン・サックスのエキスパートたちが、ギリシャがユーロ圏に入れるようにその政府会計の証明書作らなければならなかったときにやったようにね・・・・・。
(中略)
――すると、ロシアが活力を取り戻したのは驚くべきことだと仰るのですね?

 そうです。まさに驚きです。私の著書『帝国以後』はアメリカをテーマとして2002年に上梓(じょうし)した試論ですが、私はあの中に「ロシアの回復」と題する章を設け、その可能性を検討はしたのです。
 しかし、それを裏付け得る統計的データはいっさい持っていませんでした。当時は、ロシア社会とその家族構造、および国家の構造についての自分の捉え方に、信を置いていただけでした。
 このたびの驚きは、ごく控え目にいっても、我が同胞たちにはまったく共有されていません。近年私は、西側のメディア、特にフランスのメディアによる烈しいロシア叩きに苛立っています。中でも『ル・モンド』紙が中心でね、その錯乱たるや!
――そりゃ、誇張でしょう!

 いや、全然誇張ではない。あれらのメディアは、ヨーロッパ大陸随一の軍事大国の驚異的な立ち直りについて、世論をまんまと目隠し状態にしたのです。そのようにして、私は遠慮なく言わせてもらうが、西側メディアはわれわれを危険な状態に置いたのですよ。
 CIAにしてからが、もともと持っている偏見に欺かれてしまいました。20世紀の終わりの数十年における人口の激減に目を奪われて、CIAはロシアが早晩消滅するだろうと踏んだのです。
 EUも同じです。EUはロシアとその隣国との新たな力関係の評価を見誤りました。
 こんなふうにして、ヘマとしくじりを繰り返し、われわれはクリミアの併合とウクライナにおける市民戦争に行き着いたのです。

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 2 ロシアを見くびってはならない より エマニュエル・トッド:著 堀茂樹:訳 文藝春秋:刊

ロシア ウクライナ フランス他の乳児死亡率の比較 P83
図表20.ロシア、ウクライナ、フランス他の乳児死亡率
(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 P83 より抜粋)

コウノトリがロシアに戻ってきた 各国の出生率 P84
図表21.コウノトリがロシアに戻ってきた(各国の出生率)
(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 P84 より抜粋)

 私たち日本人が抱く、一般的なロシアのイメージも、メディアに作られたものである可能性が高いですね。

「財政規律の重視」はドイツの病理

 ギリシャの債務不履行(デフォルト)問題に端を発したユーロ危機は、世界経済を揺るがしかねない大問題です。
 そこには、ユーロ圏最大の経済大国であり、債権大国であるドイツの民族性が、大きく関わっています。

 ドイツ人は、日本人と同様に権威主義的、厳しい縦社会であり、規律を守ることを重視します。
 その厳格さのおかげで、良好な財務体質を維持し、ヨーロッパ経済を支配しています。

 ドイツには、「財政のゴールデン・ルール」が存在します。
「国債発行は、発行額を規定した連邦基本法(ドイツの憲法)による裏付けを必要とし、その額は予算において見積もられている投資支出総額を超えてはならない」というもの。

「財政のゴールデン・ルール」と呼ばれている概念は、人間活動のうちの一つの要素をいわば「歴史の外/問題の外」に置いてしまおうとするもので、本質的に病的だといわなければなりません。それなのに、フランスの指導者たちはこの病理を助長し、励まし、ドイツの権威主義的文化をそれがもともと持っている危険な傾斜の方へと後押ししたのです。

――そういうビジョンは少し古くないですか? 国民性をそうやってタイプに分ける見方は、現代では相当に覆されてしまっているのでは?

 あのね、よく聴いてください。私の説をよく理解してもらうために、唐突と思われるかもしれない例を引きます。
 われわれは今、フランスの道路を走行しているとします。憲兵たちが道路脇に隠れて、スピード違反を摘発しようとしている。すると大抵、フランス人の軽犯罪者コミュニティともいうべきものが自然発生し、対向車線でヘッドライトを点滅させ、気をつけろよと教えてくれますね。
 今度は、ドイツにいると仮定しましょう。誰かが違法駐車をしている。と、近所の人が警察を呼びますよ。フランス人にとっては、これこそショッキングな話でしょ。
 ある国や地域で経済が具体的にどう動くかというところに注目すると、権威との基本的関係を明らかにするこうした社会的行動の標準型と関係があるのだと分かります。ですから、良し悪しの判断は抜きにして、その代わりここでキッパリと、フランスとドイツは一つではなく二つであって、異なる世界なのだということを認めましょう。
「財政のゴールデン・ルール」は、この二つの世界のうちの一つにおいてはひとつの意味を、病的な意味ではあるけれども、とにかく意味を持っているのに対し、もう一つの世界ではどんな意味も持ちません。
 もしそうでないというならば、日頃ドイツを模範にせよと言っているフランスの政治家たちは勇気を振り絞り、われわれに対して、近所の人が違法駐車したときにはその隣人のことを警察に告げ口せよと求めなければ筋が通りません。第一、未来のヨーロッパ条約に書き込まれる「財政のゴールデン・ルール」は、各国に完全に取り入れられる規律だけではなく、隣国の予算を監視することまでも前提にしているのですよ。

 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 6 ドイツとは何か? より エマニュエル・トッド:著 堀茂樹:訳 文藝春秋:刊

「財政のゴールデン・ルール」は、ドイツ独自の、ドイツ人ならではのルールです。
 それを、その他の国々に押し付けようとしていることが、この問題を深刻化させている大きな一因だということですね。

スポンサーリンク           
[ad#kiji-shita-1]

☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 ヨーロッパは、日本から地理的に遠く、経済的にも大きな影響力を持ちません。
 そのせいか、日本人は、世界を騒がせているユーロ危機やウクライナ問題などへの関心が薄いです。

 世の中が変わるスピードが、ますます速くなる現代社会。
「古い世界」と思われがちなヨーロッパでも、ここ数年で私たちが想像もしていないような変化が起こっています。
 アメリカをしのぐほどの大国、「ドイツ帝国」が生まれたとなれば、日本も大きな影響を受けることは避けられません。
 日本の隣国、ロシアの今後の動きにも注視する必要がありますね。
 ヨーロッパの勢力関係、各国の思惑を理解し、ヨーロッパに横たわる問題の背景を理解するための手引として最適な一冊です。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ(←気に入ってもらえたら、左のボタンを押して頂けると嬉しいです)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です