【書評】『世界一清潔な空港の清掃人』(新津春子)

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 お薦めの本の紹介です。
 新津春子さんの『世界一清潔な空港の清掃人』です。

 新津春子(にいつ・はるこ)さんは、日本テクノ株式会社社員で、環境マイスターです。
 現在、羽田空港の各ターミナル清掃の実技指導者をされています。

目標を持って、日々努力し、どんな仕事でも心を込める


 “日本一のビル清掃員”、新津さんを一躍全国区にしたのが、NHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル仕事の流儀』への出演でした。
 同番組のディレクター・築山さんは、新津さんのことをとにかく生き生きとして、清掃を心底楽しんでいる、まるで少女のようだったと語っています。

 新津さんが清掃で使う洗剤は80種類以上、自ら清掃道具の開発までします。
 ときには、乾燥機などの機器を分解して、中まで清掃する徹底ぶりです。

 どうしてそこまでするのか。新津さんは笑って答えました。
「仕事をしている以上プロですよね。プロである以上そこまでやんないと。気持ち。気持ち。別に誰に言われているわけでもないけど。でもこうすると全体がきれいに見えるでしょ。やっぱり、全体をきれいにすると気持ちいいじゃないですか」

 そして自らの“仕事の流儀”を、こう表現しました。
「心を込(こ)める、ということです。心とは、自分の優しい気持ちですね。清掃をするものや、それを使う人を思いやる気持ちです。心を込めないと本当の意味で、きれいにできないんですね。そのものや使う人のためにどこまでできるかを、常に考えて清掃しています。心を込めればいろんなことも思いつくし、自分の気持ちのやすらぎができると、人にも幸せを与えられると思うのね」

 衝撃(しょうげき)を受けました。掃除は誰もが常日頃(つねひごろ)していると思いますが、少なくとも私は水回りや汚れた所を掃除する時、面倒くさがってしまいます。嫌な気持ちになり、汚れを見て見ぬふりをしてしまうこともあります。汚れたものを思いやることや、優(やさ)しさを持つなんてできないかもしれない。それを新津さんは自分のためではなく、自然と、そこを使う誰かのためにしている。

「人に評価されるからやってるわけではないんですよね。そこまで私は思ってないんです。自分がどこまでやれるか、自分を清掃の職人(しょくにん)だと思っているんです。あくまでそれをやった上で、人がこう感じました、喜ばれたというのが人の評価ですから。すべてが人に褒(ほ)められるということを目的にしていないんです」

 『世界一清潔な空港の清掃人』 新山さんのこと より 新津春子:著 朝日新聞出版:刊

 新津さんは、目標を持って、日々努力し、どんな仕事でも心を込めることができる人が、プロフェッショナルだと述べています。

 いわゆる「3K」と言われる、清掃の仕事。
 新津さんは、それを心から愛し、情熱のすべてを注ぎ込みます。

 本書は、そんな新津さんの「清掃」という仕事への思いをまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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社会の価値観そのものを変えたい


 清掃員は、まるで召し使いか、透明人間。
 そんなふうに扱う人は、少なくないそうです。
 それでも、新津さんは、清掃の仕事にプライドを持ち、黙ってゴミを拾い、清掃を続けます。

 今も若い人によく言うのですが、私は、空港に一歩入ったら、自分の家だと思って仕事をします。そして、誰でも自分の家に来たお客さまにそうするように、今日のお客さまはどうかな、この人は何か困っているのかな、何を聞こうとしたのかなって、ひとりひとりのお客様をちゃんと見るようにしています。
 だから、清掃員を透明人間だと思っている人に出会うと、すごく悲しくなってしまうんです。私たちも人間なんですよ、って。
 でも、その人個人を責めても仕方(しかた)がない。そういう環境で育った人だと思うから。たとえば、「勉強をしないと掃除夫(そうじふ)にしかなれませんよ」というような親に育てられた子どもは、清掃の仕事は尊敬(そんけい)しなくていいと思うようになってしまうでしょう?そういうふうに大人になってしまった人たちを一人ずつつかまえて説得しても、考えを変えることはできないと思います。そうしたいとも思いません。
 それよりも、社会の価値観そのものを変えていきたいと思うのです。
 そのためには、私たち清掃員がいい仕事をするしかありません。自分の仕事に誇りを持って、納得できるまできちんとやり遂げること。それを続けていれば、気づいてくれる人は必ず現れます。
「ここのトイレはいつもきれいですね。ありがとう。きれいに使わなくちゃね」
 羽田空港でトイレ清掃の現場に入っていたときに、利用者の男性から言われた言葉ですが、こういう言葉を聞くと、本当にうれしい。自分がほめられたからうれしいのではなく、清掃の仕事をきちんと認めてくださっているのがうれしいのです。
 今、羽田空港(第1・第2旅客ターミナル)には一日約500人の清掃員が働いていますが、みんながそういう気持ちで仕事をしてくれているからこそ、「世界で最も清潔な空港」に二年連続で選ばれることができたのだと思います。
 清掃の仕事は面白いです。毎日違うお客様が来て、そこでひとときを過ごす。どうしたら気持ちよく過ごしてもらえるか、考えて、工夫して、それがお客様に伝わったときは本当にやりがいを感じます。技術を磨いていく喜びもあります。清掃員は「職人」。そういう誇りを持って仕事をしています。

 『世界一清潔な空港の清掃人』 第1章 より 新津春子:著 朝日新聞出版:刊

 どんな職業でも、それが仕事として成り立っている以上、世の中から必要とされています。
 周りの人がどう思うかではなく、自分自身がどう思うか。それが何よりも大事。

 自分の仕事に誇りを持って、納得できるまできちんとやり遂げること。
 すべての仕事に通じる、プロフェッショナルになるための秘訣です。

人と比べるのではなく、自分と自分を比べる


 周りの人から、「負けず嫌いだ」と言われる新津さん。
 それは「自分自身に負けたくない」という強い気持ちの表れとのこと。

 でも、誰かに勝ちたいとか、誰かのようになりたいと思ったことはありません。
 私は、自分は頭がよくないと思っています。そんなことないですよと言ってくれる人もいるかもしれませんが、もともと持って生まれた資質(ししつ)もあるし、育った環境もあるから、がんばって勉強しても追いつけない部分がある。冷静に判断して自分は頭が悪いと思っているのですが、人と比べて落ち込むことはしないようにしています。
 人と比べるのがなぜいけないかというと、みじめさが残ってしまうんですね。これはいちばんよくないことだと思います。心のなかにみじめさがしのびこむと、心が元気でなくなってしまう気がする。
 だったら、自分と自分を比べようとと思うんです。そうすれば、今日より明日、明日よりあさってという考えかたで、毎日少しずつ成長していける。そうやって前に進んでいく方がずっと楽しいと思うんですね。
 私は文章を読むのがすごく苦手で、学科試験の勉強はとても苦労しました。基本的な理論はわかっているのですが、試験となると別なんです。なぜかというと、普通に日本語の文章を読むのに、ものすごく時間がかかってしまうから。問題文をその場で読んで理解していると間に合わないから、独特(どくとく)なやり方で対策(たいさく)しました。過去問(かこもん)を大量にやるんです。1000問以上はやったでしょうか。過去問集を頭から答えていって、途中で間違えたら最初に戻って、最後まで通して正解するまでやるんです。その繰り返し。問題文の意味がわからなくてもそのまま丸ごと覚えてしまいます。何度かやっていくうちに意味がわかって体に染み込んでくるので、そういう問題を除外していくと、どうしてもわからない問題が残ります。最後はそれに集中して暗記。変わった勉強法だと思いますが、私にとっては、達成感があって、楽しんでできるやりかたでした。
 人間はひとりひとり、顔も違えば性格も違います。私は私のやりかたで前に進んでいくだけ。何かができなかった自分から、何かができる自分になることが重要で、それが喜びなんです。

 『世界一清潔な空港の清掃人』 第2章 より 新津春子:著 朝日新聞出版:刊

 人には、それぞれ個性があり、誰にも得意・不得意があります。

 勉強のペースも人それぞれ。
 兎のように、一気に突っ走る人もいれば、亀のように、一歩一歩着実に進む人もいます。

 周りのペースに惑わされないこと。
 自分で決めたペースを、最後まで貫き通すことが何よりも大切です。

清掃員も、きちんと自分を示すことが大切


 新津さんの職場の清掃員は、赤いつなぎを着て仕事をしています。
 制服のリニューアルのとき、新津さんが提案しました。

 私が赤がいいと思ったのは、清掃の仕事で、みんなと生き生き明るいイメージで働きたかったからです。
 清掃員は目立たないようにとか、控(ひか)えめにという考えが一般的かもしれません。実際、控えめな方が多くて、特に女性は、あまり目立ちたくないと思っている人が多いように思います。でも、私は、清掃員も、自分をちゃんと示すことが大切だと思うんです。他のさまざまな仕事と同じように。
 それから私の場合、赤を着ると自分がきりっとできます。燃(も)える色、やる気の出る色ですから。それに、人目につきやすいと思うと身が引き締(し)まるし、サボることもできません。
 自分を示すことが大事なのは、会社以外のときでも同じです。
 たとえば、社外の研修などに参加するときは、席が決められていなければ、最前列(さいぜんれつ)の真ん中に陣取(じんど)ります。日本人はけっこう、うしろや端の方から座る人が多くて、前の方や真ん中がぽっかり空いていることが多いですよね。そういうときはどんどん前に行きます。清掃員だから控えめに、隅の方に座ろうという考えは私にはありません。たとえ誰かに、端に行ってくださいと言われたとしても、私は譲(ゆず)りません。清掃員だからこそここに座るんです、と思っています。指されても答えられないときが多いんですけどね。でも、わからないことは恥ずかしいことではないし、そのために勉強しに来ているんですから。
 もともと私の性格は、決して積極的に前に出るタイプではありません。だけど、清掃の仕事が下に見られることには、すごくプレッシャーを感じるのです。
 そういう扱いを受けるたびに、「だから何!?」と思って、かえって堂々(どうどう)とした態度をとるようになりました。むしろ目立つぐらいでちょうどいいんじゃないでしょうか。きちんと働いている姿を見てもらう方が、自分の言動(げんどう)に責任感が出ます。それに、ひとりひとりの清掃員はみんな名前のある個人なんですから、「◯◯さん、今日もがんばっていますね」と、個人として認識されたら、経験上、絶対にその方が何倍もうれしいし、やりがいが増すと思うんです。
「私はここにいます」とはっきり示すことは、とても大事なことなんです。

 『世界一清潔な空港の清掃人』 第3章 より 新津春子:著 朝日新聞出版:刊

 周りから見られている。
 そう思うだけで、気持ちが引き締まります。

 ビルの清掃は、どちらかというと目立たない裏方のお仕事。
 だからこそ、あえて目立つ服装でやりたい。
 新津さんの、この仕事に対する誇りを感じますね。

みんながうれしいことが、とてもうれしい


 最近、ターミナルビルにあるお店で30万円分の買い物をしたという新津さん。
 おせんべいや洋菓子、合わせて数十箱分。
 その目的は、何だったのでしょうか。

 私が働く日本空港テクノは、羽田空港を運営する日本空港ビルデングのグループ会社です。その親会社から社長賞をいただいたのです。30万円はその副賞です。受賞はとてもうれしかったんですが、気になることがありました。新津春子個人への受賞だったことです。うれしいけれどそれはちょっと違うんじゃないかな? と思いました。
 なぜかって、こんなに広い空港を清潔に保(たも)つなんて、私一人でできるわけないからです。全員の力を合わせて達成したことで、私は単に代表として名前があるだけ。この賞は本当はみんなにもらったもの。だからみんなで分かち合いたいと思いました。そうだ、空港のお店で何か買えば、賞をくれた親会社にも還元(かんげん)することになるんじゃないかな。そう思って、空港に入っているお店にお願いして、賞をいただいたその日に買いに行ったんです。
 それから、第1旅客ターミナル、第2旅客ターミナルを全部回って、各部署(ぶしょ)や関連会社、協力会社、みんなに配(くば)りました。そのときに在籍(ざいせき)していた人に「みんなで食べて」と渡したんですが、渡された方は最初びっくりしたみたいです。でも、「社長賞をいただいたんだけど、私個人ではなくみんなの力だと思うから、みんなで分けたいんです」と説明すると、喜んで受け取ってくれました。
 配り終わったあとも大変でした。それぞれの部署で、「新津さんにもらったおせんべいです」みたいな感じで配られたんでしょうね。顔見知りのあの人この人から、「これどうしたの? もらっていいの?」と、次々に電話がかかってきたんです。ひとりひとりに説明すると、やはりみんな喜んでくれて、「ありがとう」「こちらこそいつもありがとう。これかもよろしく」というようなやりとりが続きました。その日は一日中、なんだかにぎやかに過ぎて行きましたが、とても楽しかった。
 あの社長賞は、一緒に働く仲間と喜びを分かち合い、互いに感謝の気持ちを表す機会をいただいたのかなと思っています。

 『世界一清潔な空港の清掃人』 第4章 より 新津春子:著 朝日新聞出版:刊

 今の自分があるのは、周りの協力があったから。
 このエピソードは、つねに謙虚で、周囲への気づかいを忘れない、新津さんの人柄をよく表しています。

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 新津さんは、現在、「環境マイスター」として、後輩の育成にあたられています。
 環境マイスターになる条件は、清掃の技術すべてに習熟していること、心を込めた清掃ができ、それを人に教えられること。さらに、ビルクリーニング技能競技会で全国一位をとっていることです。

 自分の次に環境マイスターになる人材を育てること。
 それが新津さんのこれから10年の目標です。

 新津さんの清掃という仕事への情熱は、衰えを知りません。
 これからの更なるご活躍に期待したいです。


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