【書評】『習近平と中国の終焉』(富坂聰)

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 お薦めの本の紹介です。
 富坂聰さんの『習近平と中国の終焉』です。



 富坂聰(とみさか・さとし)さんは、ジャーナリストです。
 現在、フリーで活躍中ですが、抜群の取材力と北京留学経験などで培った豊富な人脈を活かした中国のインサイドレポートには定評があります。

「薄煕来事件」から見る、中国の今


 2012年11月に中国共産党第18回全国代表大会(十八大)が行われ、そこで新しい共産党の指導部が選出されました。
 共産党の最高指導部である政治局常務委員(常委)に、次期共産党書記長の習近平を筆頭に7名が選出されています。
 しかし、そのメンバーはまったく新鮮味のないもので、党営メディアのベテラン記者も「勢力均衡型の記念人事」と吐き捨てるほどの予定調和の人事となりました。

 胡錦濤や温家宝ら旧指導部が「党と国家を滅ぼしかねない」とまで述べて、中国共産党の置かれた現状の危機感を煽ったにもかからず、有望な若手の抜擢もない、形ばかりの「見せかけの民主化」しか示せなかったのには、それなりの理由があります。

 本書は、その理由を解明すべく、矛盾した考え方が複雑に絡み合う中国共産党の内情を解説し、習近平政権の可能性や共産党一党支配の行方などについて詳細に考察した一冊です。
 ここでは、「薄煕来」という一人の人間に焦点を当てて、「中国の今」を読み解きます。

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「薄煕来事件」の与えた影響について


「十八大」の直前、2012年の春から秋にかけて、中国のみならず世界中で話題となる事件が起こります。
 いわゆる、「薄煕来事件」です。
 薄煕来は前重慶市書記で、「未来の総書記候補」とまでもてはやされた大物政治家です。
 その薄が、夫人の殺人事件への関与や不正蓄財などの容疑で、重慶市のトップの座を追われ、政治生命を絶たれてしまった。
 それが、この事件の概略です。

 この「薄煕来事件」は、その裏側に中国共産党による一党支配を覆しかねない重大な意味を含んでいました。
 それは、新たに政権を担う習近平の中国にとっても、看過できないリスクでした。

 共産党幹部だった父親の影響下で順風満帆な政治家人生を歩んできた薄煕来。
 しかし、2007年の前回党代表大会(十七大)で、習近平や李克強など自分よりも若いライバル達が先に「常委」入りするのを指をくわえて見届けるという屈辱を味わいます。
 薄はこの時、「このままでは一生ライバルたちの後塵を拝し続けることになる」という大きな焦りを感じます。
 以後、一発逆転を狙って全国規模で話題になる政策を次々と打ち出すことになります。

「打黒」のもたらしたリスク


 薄煕来は、就任した重慶の地で、「黒」と「赤」にたとえられるふたつの代表的な政策(「打黒唱紅」)を行ないます。
 そのうちのひとつ、「打黒(ダーヘイ)」とは、警察によるマフィア取り締まり作戦のことです。
 こうした取り締まりは、公安を中心に行われ、一定の成果を上げたところで終わらせるのが通常です。
 しかし、薄煕来は自ら陣頭に立ち、政治的に打黒を仕掛けます。

 2009年6月に始まったこのキャンペーンでは、捜査対象を政・官・財にまで広げ、本当の親玉と考えられる人物(重慶市の公安局副局長)を捕えるという前代未聞の大成果を生み出しました。
 これにより、重慶市民の絶大な支持を得て、さらに中国全土が政治家としての薄煕来を称賛し、その存在感と期待値を一気に高めることになりました。

 薄煕来の人民への人気の高まりは、共産党指導部にとって脅威以外のなにものでもありません。
 格差と不公平が広がる一方の中国では、共産党指導部への不満はマグマのように溜まっています。
 それに火を付ける事態になったら、自らの存亡に関わる問題となります。

 一連のスキャンダル事件における薄煕来への処分の厳しさは、彼らの危機感の裏返しだったといえます。

 党中央がこれほどまでに警戒したのは、やはり薄煕来に対する全国的な支持の高さにある。薄が重慶で行った打黒は、この時点でまだ十分な余韻を残していた。マフィアの本丸である現職の公安副局長を逮捕し、極刑にまで処した徹底ぶりはあまりにも強烈である。この時点で公安局副局長の逮捕から2年が経過していたが、その後もちろん薄のような打黒を行った政治家は現れていない。
 薄煕来は満たされない人民の心の中に生きていた。日ごろ社会のなかで虐げられてきた圧倒的多数の人々は、薄の政策を忘れなかった。薄は開いてはいけない扉を開き、人民に進むべき道を見せてしまったのである。
 これが、今後の国家運営にどのように影響するのか。下手をすれば共産党自体が政権から転落しかねないほどの破壊力を秘めていることを、党中央は敏感に感じ取っていた。だからこそ、国家機関、党組織、そして軍部に至るまで一様に危機感を共有させたのである。

  『習近平と中国の終焉』 第1章 より   富坂聰:著   角川マガジンズ:刊

 薄煕来の失脚が、自分の側近であり、重慶市のマフィア撲滅作戦成功の立役者である王立軍の亡命事件がきっかけになったことは何とも言えない皮肉です。

 薄煕来の政治生命はすでに絶たれましたが、人民の心の中には彼は英雄として生き続けています。
 人民から人気を自らの政治力として利用しようとする、「第二の薄煕来」が現れる可能性は十分にありますね。

「唱紅」運動の拡大がもたらしたリスク


 薄煕来が重慶で行ったもうひとつの政策、「唱紅(チャンホン)」とは、かつての革命ソングを歌う運動のことです。
 重慶市内の公園などで朝から自発的に集まった人々が青空合唱のように歌ったりして、「古きよき共産党の伝統を思い出す」ことを目的としています。

 「唱紅」という運動が最初に始まったのは、山西省でした。
 老人を中心に瞬く間にブームになって省内全域に広まります。

 この人気に目をつけたのが薄煕来である。唱紅は毛沢東の礼賛ソングとなった。つまり、文革期を思いおこす歌である。かつて数千万人の犠牲者を出した文革の悲惨な記憶も、晩年を迎えた老人たちにとっては懐かしさのほうが勝るようで、重慶でもブームとなり抵抗もなく社会に浸透していった。
 そして、もともと打黒で全国から注目を浴びていた重慶での唱紅の流行は、そのまま全国区へと拡大していったのである。
 問題は、この重慶から全国へとブームが拡大する過程で、唱紅にひとつの重大な変化が起きたことだ。それは、老人が中心であった唱紅が世代を超えて若者へと広がるなかで起きた。文革期に流行った革命ソングを歌うことは、拝金主義にまみれ、モラルや人情が薄れてしまった現代社会のありようを嘆くものと位置づけられ、社会への否定の要素を色濃く帯びるようになったのだ。
 こうして単なる懐古ブームでしかなかった唱紅は、危険な存在となった。小さな変化ではあったが、鄧小平が打ち立てた「改革開放」という価値観を背負い、格差をつくってきた指導部にしてみれば、強い危機感を覚えるものだったに違いない。

  『習近平と中国の終焉』 第3章 より   富坂聰:著   角川マガジンズ:刊

 指導部にとっては、自分達の政策を否定してしまいかねない「唱紅」運動の拡大は、足元の水がひたひたと上昇していくような不気味な脅威を感じたことでしょう。

「群体事件」の急増がもたらしたリスク


 リーマンショックの影響で中国の最大の輸出先である欧州市場と米国市場の消費が落ち込んだとき、中国は総額4兆元(約48兆円)もの財政出動に踏み切り、世界の成長エンジンとしての役割を果たします。
 しかし、この巨額の財政出動が、問題視され続けてきた格差をさらに広げる役割も果たしてしまいます。
 国内経済の変調は、社会のきしみとして現れます。

 「群体事件」と呼ばれるデモや暴動などの発生件数が、北京オリンピックが行われた2008年の12万件から、2009年以降は20万~30万件にまで急激に増加しているとのことです。

 危機感を募らせた中国共産党は2009年7月に党幹部に向けた「問責制」を発表した。これは、群体事件に対して不適切な対応をした場合、幹部が問責の対象になることを明示したもので、慎重な対応を強く促したものである。
 だが幸いにして、件数が増えたり、暴動が少しずつ激しさを増したりしたとはいえ、中国で「持たざる者たち」が起こす騒ぎはなぜか政治的な行動には発展しないという特徴がある。それゆえ暴動は一過性で、自分たちの不満に対して何らかのリアクションがあれば収まり、根本的な原因の排除に向けて国に要求をぶつけて闘うところまでには発展していない。怒りが長続きしない理由は、群衆を指揮するリーダーがいないからである。
 これは逆から考えれば、彼らにもし政治性を与えることができるリーダーが出現して先頭に立つような事態に至れば、党中央にとっては非常に厄介な状況が生まれることを意味している。

  『習近平と中国の終焉』 第3章 より   富坂聰:著   角川マガジンズ:刊

 富坂さんは、実際にリーダーとして先頭に立とうとした人物こそ薄煕来であり、彼の行った「唱紅」こそが人民に政治性を与え扇動するものだった、と指摘します。
 共産党指導部が薄煕来を恐れ、遠ざけていた理由はここにもありました。

中国共産党は「民主化の道」を望んでいる


 富坂さんは、中国において権力に触れたものがいったい何を一番に恐れるのかといえば、それは「大衆」なのだ、と述べています。
 中国史上の古代の王朝から現在の中国共産党に至るまで、民衆に「ノー」を突きつけられる瞬間を権力者がもっと恐れるという事実には変わりありません。 

 では、迫り来る恐怖から解放されたいと望んだとき、共産党指導部はどうすればよいのだろうか。
 答えはひとつしかない。民主化である。
 (中略)
 共産党の一党支配には、選挙による民意の反映が含まれていない。それは、民主的な手続きを経ることなく政策を決定できるという強みがある反面、すべての責任を党が負わなければならないというリスクも背負っている。西側諸国の政権では、意思決定のメカニズムに民主的なプロセスを必要とするためひとつの問題を解決するのにも時間を要するが、その反面、政治家を引退しても国民の中に入って安穏と暮らすことができる。
 共産党指導部が恐れているのは、我が身を襲うかもしれない責任追及である。今後、社会が抱え込んだ格差の問題が爆発して火を吹いたとき、その混乱のエネルギーが個人に向かってくることは恐怖以外の何物でもない。
 十八大で総書記となった習近平は、今後10年の政権運営を担うことが確定した。果たしてこれから10年を無事に乗り切れるのか? それを指導部が考えていないはずがないのである。
 彼らが権力からゆっくりと降りられる唯一の方法を探したとき、それは民主化しかない。つまり、共産党こそが民主化を望んでいることは間違いなく、これが共産党と民主化の実際の距離感といえるだろう。

  『習近平と中国の終焉』 第3章 より   富坂聰:著   角川マガジンズ:刊

 足場があるうちに民主化という最終目標に近づきたいけれど、肝心の足場が大きく揺れ出して動くに動けない。
 それが今の中国共産党の実態です。
 民主化への改革推進よりも、まずは、足元をしっかり固めたい。
 それが共産党指導部の本音なのでしょう。

 今回の「勢力均衡の記念型人事」と言われている「常委」の顔触れ。
 裏を返せば、政治力学的に微妙なバランスを保つための現時点でのベストメンバーだったといえるのかもしれません。

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 急激な経済大国化の陰で、多くの矛盾や問題を抱える中国。
 それらから生じる「社会のきしみ」は、民衆の怒りや恨みとして社会全体に充満し続けていて、すでにいつ臨界点に達してもおかしくない状況です。
 富坂さんは、その状況を「赤い時限爆弾」とも表現しています。
 そして、この「赤い時限爆弾」に点火してしまったのが、薄煕来です。

 点火してしまった「赤い時限爆弾」をどう取り除くのか。
 それが胡錦濤から政権を引き継いだ習近平にとって、真っ先に取り組まなければならない最大の難問となります。

 中国が共産党主導で平和裏に民主化を成し遂げるのか。
 それとも「赤い時限爆弾」が爆発するのが先か。
 習近平政権は、際どい舵取りを迫られるのは間違いありません。

 この先、共産党一党支配の中国が、どのような形で終焉を迎えるのか。
 これからも注目していきたいですね。



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