本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

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【書評】『チャイニーズ・パズル』(富坂聰)

 お薦めの本の紹介です。
 富坂聰さんの『チャイニーズ・パズル』です。

 富坂聰(とみさか・さとし)さんは、ジャーナリスト、ノンフィクション作家です。
 現在、フリーでご活躍中で、抜群の取材力と北京留学経験などで培った豊富な人脈を活かした中国のインサイドレポートには定評があります。

複雑な権力構造、「チャイニーズ・パスル」を読み解く

 2012年は、中国にとってとても重要な年です。
 それは、5年に一度の党大会(中国共産党全国代表大会)が開催される年だからです。

 今回で18回目を迎えるこの党大会(“十八大”と呼ばれています)、10年に一度の権力交代期に当たり、胡錦濤総書記や温家宝首相などの最高指導部の多くが第一線を退き、メンバーが大幅に入れ替わります。

 最高意思決定機関である、中国共産党中央政治局常務委員会(=常委)の9人のメンバー(トップナイン)に誰が選ばれるのか。
 それは、今後の中国を占う上でとても重要なファクターとなります。

 地位は権力の象徴というのは、日本でも中国でも変わりません。
 中国は事実上、中国共産党の一党独裁であるため、その傾向はより顕著であるといえます。

 表向きは平静を保って、粛々とトップダウンの政治が行われているように見える中国。
 しかし、その分厚い「赤いカーテン」の裏側では、熾烈な権力闘争が繰り広げられています。

 本書は、中国の複雑な権力構造、「チャイニーズ・パスル」のパーツを一つ一つ丹念に追って、より複雑な中国という方程式を解こうと試みた一冊です。
 ここでは、一つの「事件」にスポットを当ててご紹介します。

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「地方」は中国というパズルを解くピース

 中国の政治は、「地方」を抜きに語ることはできません。

 広大な国土をもつ中国は、23の行政単位に分かれています。
 それぞれが一つの国家と呼べるほど大きな規模で、風土や個性もまったく違います。

 各行政単位のパワーバランスが、中国の政治の土台と言っても過言ではありません。
 加えて、それらを率いている書記の個性が大きな影響力を与えることになります。 

 こうした各省の個性に加え、もう一つの変数として絡むのが、各省を率いる書記の個性だ。中央での出世を望むポジションにある書記か否かは、党の政策に従順か否かの指標となるケースもある。
 地方から中国を見るメリットは、その個性に対する理解を深めることだけではない。中国いう巨艦がその未来に目指そうとしている先を読み取るのに、一つの重要な役割を果たしている地域もあるからだ。中国を巨艦に例えて違和感を覚える者は少ないはずだが、この言葉に象徴されるように、中国は小回りのきく国ではない。それゆえに大きく舵を切る前に、慎重に試行錯誤繰り返すのである。その代表的なやり方が“試点(テストモデル)”の設定である。
 たとえば、特区を設けて試してみることだ。これは地方政府から企業——転換点では、“試点企業”が設けられる——まで幅広く行われているものだが、日本でもおなじみのところでは、改革開放政策のスタートとともに生まれた経済特区だろう。この経済特区の成功が、広東省で顕著であったのは、ただの偶然ではない。非常に大ざっぱな言い方をすれば、広東省で起きた最先端の変化は、おおよそ五年後に中国全体の変化になり、広東省がいま直面する問題も、五年後に中国全体の問題となると考えられるからである。

  『チャイニーズ・パズル』  序章 より  富坂聰:著   ウェッジ:刊

 現在の最高指導部のメンバーも、地方で実績を残して中央に引っ張られた実力派ばかりです。
 もちろん、次代の指導者たちも各省を束ねる書記から生まれてくるのは間違いありません。

薄煕来の「重慶モデル」

 権力抗争という意味でも、「中央」と「地方」の対立は熾烈です。
 ときには、世界を驚かせる大きな「事件」をもたらすことがあります。

 至近の例でいえば、薄煕来前重慶市長の解任事件がありました。

 薄煕来は、次期首相候補として名前が挙がったこともある有力な幹部候補です。
 重慶市長として、次々と強烈な施策を行い、大きな成果を挙げていました。

 彼の政治スタイルは、“重慶モデル”として、中国内でも大きな称賛を浴びます。

 重慶の成功とは何か。実はそれは「唱紅打黒」「五個重慶」建設の8つの文字に集約される。「唱紅打黒」は「唱紅」と「打黒」に分けられ、「唱紅」が意味するのは革命歌を歌う政治運動だ。その目的は古き良き共産党アピールだが、これが思わぬ懐古ブームを巻き起こし人々から好評を得たのである。そして「打黒」は、2009年に行われたマフィア掃討作戦だ。闇社会のドンが現役の公安局副局長(後に司法局長)という俗にいう“警匪一家”(警察とヤクザの区別がない)の典型だったが、摘発された地下組織は26団体、身柄を拘束された者は計4000人を超える「大掃除」で、50名を超える地方政府の幹部も逮捕された。
(中略)
 一方、「五個重慶」建設は経済の立て直しだ。人口3200万人を抱える重慶は世界最大の都市で、1997年に「西部開発の拠点」とするため4番目の中央直轄地に格上げされたのだが、薄が書記に就任するまでの10年間は目立った成果もなく常に「成都の影」に甘んじてきた。事実、重慶が力を入れた外資誘致も不発で、2003年までの投資総額は5億ドルに届かず、2003年から2007年の合計も、わずが10億ドルだった。
 だが、薄が書記になって以降、2008年の外資投資額は対前年比170パーセント増の27億ドルとなり、西部12省のなかでも第6位から2位へと順位を上げ、翌2009年には39億ドルを達成し、第1位の座を射止めたのだ。
 現状、薄のこの挑戦に対し、中央の反応も概ね好意的だ。

  『チャイニーズ・パズル』  第三章 より  富坂聰:著   ウェッジ:刊

 指導者として申し分のない成果を挙げた薄煕来が突然、その任を解かれ、失脚します。
 その引き金となったのは、彼の腹心であった、王立軍元重慶副市長のアメリカ総領事館への亡命事件でした。

王立軍の米国総領事館亡命事件について

 王立軍は、重慶の公安部長も務めた人物です。
「打黒」、つまりマフィア掃討作戦の総指揮をとっていました。

 薄と王の間に亀裂が入ったきっかけは、薄の妻・谷開来が関わったとされる、英国人実業家・ヘイウッド氏殺害事件です。

 その薄と王の関係を一気に暗転させたきっかけが、中国の旧正月である春節で挨拶に訪れた王と薄との会話のなかで、ヘイウッド氏殺害に関する問題を持ち出したことだとされているのだ。このとき王は、ヘイウッド氏殺害の問題の処理——酒を飲まない氏を急性アルコール中毒として処理してしまったこと——に関わった重刑の警察官が数名「辞表を提出した」ということを薄に次げ、「どう対処したらよいのか」と薄に意見を求めたと伝えられている。この王の行動が、薄には婉曲的に自分を脅迫していると映ったのである。
(中略)
 この数日後、重慶の公安部長の職を解かれることを告げられた王は、自らの命が危険にさらされたことを知って、重要情報をまとめた3枚のDVDを携えてアメリカ総領事館に駆け込んだのである。
 追いつめられた王がとった一か八かの行動は、やがて重慶で起きていた驚愕の事件を世界にさらす結果をもたらし、このことをきっかけに北京も世界中から集まる好奇の視線に背中を押されるように重い腰を上げざるを得なくなったのである。ここに「党中央VS薄煕来」の対立は決定的になっていくのだ。

  『チャイニーズ・パズル』  第三章 より  富坂聰:著   ウェッジ:刊

 結局、王立軍がアメリカ総領事館に持ち込んだ3枚のDVDの中の1枚、ヘイウッド氏殺害事件に関するデータ資料が明るみに出ます。
 そして、この事件が世界の注目を浴びる結果となりました。

薄煕来失脚の真相について

 中央政府は、事件の真相を徹底的に追及し、薄の逮捕に踏み切ります。

 もともと薄の派手なパフォーマンスで周りの目を引く政治手法は、多くの批判を集めていました。
 とくに、毛沢東時代を賛美する「唱紅」は、一歩間違うと、現在の「改革開放路線」を否定しかねない、危険な政策です。

 だが、薄と親しかった北京の共産党の幹部によれば、「薄は『唱紅』が文化大革命につながることを知りながら、逆にそれを利用しようとしていた」とこう断じる。
「薄煕来は自ら仕掛けた『唱紅』運動が“極左”の思想と結びついていくことをある程度知っていた。だが、彼はその危険性を顧みることなく推し進めた。その根底にあったのは、『その問題は権力をつかんだあとに考えればよい』という発想です。これは、自らの権力奪取のためには中国を大混乱に陥れてもよいという危険な考え方です。これには『打黒』で彼を支持した党内幹部の多くが離反していったのです」
 これこそ、党中央と薄は構造的に見ても衝突は避けられないと考えられる二番目の理由である。
 党中央にとって重慶は、いつのまにか極度に警戒を要する対象となっていった。だが、そうであっても表向きの薄の行いは「古き良き共産党の伝統を思い出す」という目的の「唱紅」を推進しているにすぎないのである。党中央にとってこれを罪に問う理由はない。さらに、集団指導によって決断できない体制になっている現最高指導部には、強い権力を思い切って発動するパワーも不足していた。
 薄の腹心王立軍がアメリカ総領事館に駆け込むという驚愕の事件が中南海に降ってきたのは、実にこうしたタイミングだったのである。

  『チャイニーズ・パズル』  第三章 より  富坂聰:著   ウェッジ:刊

 将来の禍根を断ち、共産党内部での自らの影響力を保持しよう。
 現指導部がそう考えたとすれば、「十八大」が行われる直前での薄煕来の失脚は、必然的なものだったと言えます。

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 5年ごとに大きなドラマが展開する中国の政治の舞台。

 次は、どんなドラマが演じられるのか。
 そのドラマの結末は、世界中に大きな影響を与えることになります。

 もちろん、日本にとっても、大きな関心ごとになります。
 私たちも、複雑な「赤いパズル」を読み解きながら、「新しい中国」の向かう先を注視していきたいですね。

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