【書評】『ゲーミフィケーション』(井上明人)
お薦めの本の紹介です。
井上明人さんの『ゲーミフィケーション <ゲーム>がビジネスを変える』です。
井上明人(いのうえ・あきと)さんは、大学在学時より個人でのゲーム研究/評論サイト”Critique of Games”を運営し、好評を博しています。
現在は、国際大学GLOCOM研究員として、「ゲーム性」「自由度」などのゲームの概念をめぐる言説史を専門に、ご活躍されています。
「ゲーム」がビジネスを変える!
井上さんの名前が、世間に知れ渡ったのは、東日本大震災直後のことでした。
ツイッター上で「#denkimeter」という節電ゲームを始めて、新聞やテレビで大きな話題となりました。
スマートフォンのアプリケーションにもなって、大きな効果をあげたこの節電ゲーム。
「節電をゲームとして遊ぶ」
その発想に、賛同の声は大きかったですが、批判の声も少なくありませんでした。
井上さんは、当時を以下のように振り返ります。
「#denkimeter」で節電をゲームにしたとき。こんなことは当然、誰かが言い出すだろうと私は思っていた。
例えば、10年前に「手紙を送るのが面倒なんだよね」と言う人がいたら、「電子メールを使ってみたら」とアドバイスしてメールアカウントをつくってあげたらいい。私にとってはそれぐらいの気分だった。
しかし、私の気持ちとはうらはらに「#denkimeter」を「斜め上の発想」と呼ぶ人や「悪ふざけ」と言う人もいた。私は、そのことに少し驚いた。節電をゲームにすることは「斜め上」でもないし「悪ふざけ」でもない。ゲームを知る人間が、震災直後に必要とされるであろうことを、当たり前にしただけだ。
もちろん、私のしたことが「意外」に見えた理由は、頭ではわかっている。多くの人が「ゲーム」の力が機能する世界を見ていないからだろう。『ゲーミフィケーション』 まえがき より 井上明人:著 NHK出版:刊
井上さんは、「ゲーム」がこれからの世界にとって重要なものであるということも変わらない
と述べています。
現実の社会活動で「ゲーム」が必要とされる状況は、今後も増え続けるでしょう。
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「ゲーミフィケーション」とは?
「ゲーミフィケーション」の定義は、「ゲームの要素をゲーム以外のものに使う」ことです。
では、「ゲーム」の要素とは、どんなものでしょうか。
井上さんは、「小説」と「物語」の関係を例に出して、以下のように説明します。
たしかに、ゲームは娯楽でもある。
しかし、本書で扱う「ゲーム」という概念は、ゲームソフトのことではない。『スーパーマリオブラザーズ』というゲームソフト自体のことを話すわけではない。たとえば、「小説」を考えてほしい。「小説」は娯楽である。「小説」が「ただの娯楽」であるかどうかについては色々な見解があると思うが、少なくとも、「小説」は娯楽としての側面を持っている。これは多くの人が認めるだろう。
では「物語」というのは、どうだろうか。「物語」はただの娯楽だろうか。
「物語」は娯楽であることもあるが、社会のありとあらゆるところに存在している。昨年、他界したスティーヴ・ジョブズは、その偉業を達成する過程でいくつもの「物語」を語ったし、裁判所では検察と弁護士が異なる「物語」をめぐって議論を戦わせる。ビジネスのなかに、裁判のなかに、政治のなかに、組織経営のなかに、多くの人の人生設計のなかに、ありとあらゆる場所に「物語」は存在する。
「小説」はその「物語」を載せるメディアだ。そして、「物語」は社会のあらゆる面において大きなインパクトを持った現象である。『ゲーミフィケーション』 PART1 より 井上明人:著 NHK出版:刊
本書でいう「ゲーム」という現象も、これに似ていて、私たちの日常に偏在している
と、井上さんは指摘します。
「ゲーミフィケーション」が進展した理由
井上さんは、「ゲーム」を立ち上げるための条件は、この10年で大きく変わった
と述べています。
「ゲーミフィケーション」が社会に進展した背景は、大きく以下の3つです。
第一は「測るテクノロジー」の進歩だ。ゲームを成立させるための指標となる数値を、生活のさまざまな「空間」に取り入れることができるようになったことだった。これは数多くのセンサー、ライフログによってもたらされた。曖昧な結果しか返すことができずゲームになりにくかった多様な領域が、これによってゲームの対象となり得るようになってきた。
第二は、インターネットにおける「時間」のあり方が劇的に変わったことだ。インターネットを介したさまざまなフィードバックの速度が高速になり、またスマートフォンによりどこでも「ゲーム」をプレイすることができるようになることで、フィードバックの速度が速まり、ゲームはたのしくなった。また、プレイヤーがゲーム上で何かをすれば、ソーシャルネットワーク越しに、誰かがすぐに何かを返してくれる。そして、もし人がいなかったとしても、コンピュータは「相手をしてくれるメディア」である。ユーザーを定着させる仕組みが整ったのだ。
第三は言うまでもなく、ゲーム世代が成熟したことだ。ゲームを遊ぶ「人」が増え、その世代が社会において責任ある地位に増えれば増えるほど、「ゲーム」が求められる機会は増えるだろう。ゲーム世代は時が経つにつれて、やがてマジョリティになっていく。『ゲーミフィケーション』 CHAPTER1 PART4 より 井上明人:著 NHK出版:刊
「空間」と「時間」と「人」。
ゲーミフィケーションが大きく進展する、3つの条件。
それがようやく整い始めたのが、今、2010年代だということです。
「レベルデザイン」の重要性
「ゲーミフィケーション」を実際のビジネスに応用する、具体的なアイデア。
井上さんは、その中のひとつとして、「レベルデザイン」を挙げています。
通常のゲームでは、プレーを続けていくうちに、自然と、そのゲームを楽しむための技術を身に付けていくようにデザインされています。
最初のハードルは、とても低くし、徐々に上げていきます。
しかし、最後は、ものすごく高度なテクニックを要求されるようになります。
井上さんは、『スーパーマリオブラザーズ』の「ジャンプ」を例にとり、以下のように説明しています
このように「覚え」「遊び」「応用し」「極める」というマリオをジャンプさせることを学ぶプロセスは、プレイヤーに意識させることなく、マップの中に周到に順序立てて配置されている。これこそが「レベルデザイン」という手法そのものだ。
プレイヤーはマップの中を走り回っているだけで、知らず知らずのうちにゲームを遊び方を身につけていく。プレイヤーは、もし、一度目に死んでしまったとしても、二度目、三度目にプレイしたときには同じ場所をクリアし、それにより自分の腕の上達を実感する。プレイヤーがゲームに対してより能動的にプレイしてゆくときの「上達の実感」や「適度な手応え」は、「レベルデザイン」という方法論によって実装されるのだ。『ゲーミフィケーション』 CHAPTER1 PART5 より 井上明人:著 NHK出版:刊
ゲーミフィケーションで人々を引き付けるには、この「レベルデザイン」が重要です。
いかに最初のハードルを低く設定して、利用者を呼び込むか。
いかに技術の習熟による達成感を与え続けて、能動的に参加してもらうことができるか。
知恵の出しどころですね。
「ゲーミフィケーション」の将来性について
井上さんは、これまでのIT技術の進歩の歴史を顧みて、将来の「ゲーミフィケーション」の可能性について述べています。
すでに見てきたように、ソーシャルメディアやマスメディアにおいて大きくスケールすることができた製品やサービスは、多くの認知を得てユーザーを引き寄せた。
しかし、一度引き寄せたユーザーを継続的にサービスの中にとどめておくための方法はまだ、十分に解決されていなかった。
2010年代に入り、「ゲーム」という手法はその解決策として、まずは大きなインパクトをもって迎え入れられた。いまや、SNSのなかでゲームの仕組みを導入していない大手SNSはほとんどない。ソーシャルメディアは、ユーザーに継続して利用してもうためにゲームの仕組みを導入することを選んだ。
「物語」から「ソーシャル」へ。そして、「ゲーム」へ。これは短期的な流行としてではなく、長期的な傾向として、これからの社会を変えるさまざまなインフラへと浸透していくようになるだろう。『ゲーミフィケーション』 CHAPTER2 PART7 より 井上明人:著 NHK出版:刊
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「自分から参加して、楽しんでしまおう!」
そんな「ゲーム」の特長を活かした、さまざまな仕組み。
これから世の中に、どんどん飛び出してくるのでしょう。
なんだかワクワクします。
楽しみですね。
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