【書評】『趣味力』(秋元康)

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 お薦めの本の紹介です。
 秋元康さんの『趣味力』です。

 秋元康(あきもと・やすし)さんは、高校在学中に放送作家としてデビューされましたが、その後、作詞家や映画監督、エッセイストなど次々と活躍の場を広げて、長く芸能界で活躍されています。
 最近では、国民的アイドルグループ「AKB48」の生みの親として注目されている方です。

大人になってから始める「趣味」の意義は?


 つねに電源は「オン」。
 アンテナを立てて新しい情報を探し続ける秋元さん。

 本人も述べているとおり、「趣味は仕事」という人生を歩み続けてきました。
 しかし、40代に入ってそんな自分の人生にふと疑問を覚えます。

 自分には、この仕事しかできないのか。
 他に自分にできることはないのか。

 そんな思いを抱えていた中、あるテレビ番組がきっかけで、陶芸に出会い、その面白さにのめり込みます。

 今では、「仕事と陶芸が趣味」と公言していますから、そのハマり具合は相当です。

 本書は、これまで仕事一筋の充実した人生を歩んできた秋元さんが感じた、大人になってから趣味を始めること意義と、40代以降の人生の楽しみ方を語った一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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初めてのことを始めてみないか


 年を重ねていくということは経験を重ねていくということ。
 裏を返せば、「初めてのこと」がなくなっていくということでもあります。

 特に40代以降の人生は、「初めて」をどれだけ捕まえられるかが、充実した人生を過ごすうえでの課題となります。

 秋元さんは、初めてのことを始めるということは包丁を研ぐようなものだと述べています。
 ずっと同じ包丁をを使っていると、必ず同じ部分が摩耗して、切れ味が悪くなります。

 摩耗して鈍った感性を研ぎ澄ます。
 そのために効果的なのが、「趣味」になります。

 人は年をとると、仕事でも何でもそうだが、思い通りにできることを選ぶようになるのであるはないだろうか。
 僕ぐらいの年齢になると、勝算があることしかやりたがらないし、楽なほうへと流れていきがちになる。たとえば、僕より上の年代の男性は、会社にパソコンが導入されても、いきなりパソコンに向かおうとは思わないのではないか。
 しかし、そうやって思い通りになることしか選択しないようになると、感覚が麻痺して、刺激がなくなっていく。年をとるごとに、自分が楽にできることばかり選ぶようになると、確実に心も頭も錆びついていく。
 この年になって、思い通りにならない事に出会うのは、むしろすごく新鮮なのである。陶芸をやっているときは、うまくできなければ先生が的確に教えてくれる。粘土が思い通りにならなくても、教わることによって、少しずつ形になっていく。「教わるということは、なんて楽しいのだろう!」となんだか得した気分になる。
 だから、日常に追われて「毎日、同じ繰り返しだな」と感じている人がいたら、趣味を始めることをぜひおすすめしたい。「だんだんドキドキワクワクすることがなくなってきたな」という人にこそ「初めてのことを始めてはいかがですか」と言いたい。

  『趣味力』  第一章 より   秋元康:著   NHK出版:刊

 まったく無関係の世界に足を踏み入れるということは、とても刺激的なことです。
 また、仕事を忘れて没頭する貴重な時間になります。

 仕事一筋に生きてきた、いわゆる「仕事人間」には、特に効き目がありそうですね。

こだわりのない大人はつまらない


 秋元さんは、仕事柄、さまざまな年代のさまざまなタイプの人間に接しています。
 人間として面白くて価値がある男性とは、「こだわりのある男」ということに尽きるとして、以下のように述べています。

 人間はデコボコがあるほうが面白い。デコボコがある人間とはどういうことかというと、外見でも、中身でも、どこかが突出していたり、どこかに偏りがあったり、どこかその人なりのこだわりが見えるということである。
 大人になったら、子どもの頃にバランスよく栄養をとりなさいというのとは違って、もう好き嫌いがあってもいい。まわりに合わせる必要はないし、自分の顔というものがはっきりしていて然るべき。大人の男だったら、自分はこれに絶対こだわるというものを持っている人が、僕はかっこいいと思っている。
 だから、大人になって、なにか趣味を持っているということは、その人のデコボコさがはっきり見えているということでもある。
(中略)
 そもそも趣味とは何かと考えてみると、ちょっとおおげさにいえば、その人の人生観や価値観をあらわすものでもある。
 趣味という言葉には、ホビーとしての趣味だけでなく、「物事の味わいを感じ取る能力」という意味合いもある。着る物の趣味とか、食べ物の趣味とか、車の趣味とか、それらについて「あの人は趣味がいいね」という。要するにその人の趣味を通して、美意識から判断力から選択能力までが見えてくる。
 だから、広い意味での趣味ということでいえば、趣味というのは軸足であって、軸足がぶれていないことが、男を強くするといえるのではないか。
 自分は誰が何と言おうが、絵を描くことが大好きだ。自分は誰にどう見られようと、こういう服が着たい。自分はみんながどう言おうと、この車を気に入っている。
 そういう、自分だけのこだわりがあることが、人生観や価値観の確立した大人の男である証しなのだ。

  『趣味力』  第二章 より   秋元康:著   NHK出版:刊

 趣味の世界は、「こだわり」の世界です。
 趣味を持つということは、自分の世界を持つということです。

 趣味は、その人の人生観や価値観をあらわすもの。
 たしかにそうした一面はありますね。

自分ひとりだけの成功体験が感動を引き起こす


 趣味というものは、誰かにやらされてやるものではありません。
 報酬ももらえないものがほとんどです。

 それでも続けたい、と思うのは、趣味に没頭すると上達していく自分を目の当たりにできるからです。

 秋元さんは、それを「階段を登る楽しさ」と表現しています。

 これまでの人生、常にノルマがつきまとってきた。学校の勉強も仕事も、ある程度の成績をあげ、結果を出すことを求められてきた。ところが、趣味はなんの制約もない。義務ではないところで、上達していく自分を見ることは新鮮な驚きであるし、上達することでますますやる気がわいてくるのだ。
 それは、成功体験によって、さらにうまくなりたい、もっとできるようになりたいという意欲が増すからだろう。
(中略)
 僕も陶芸を始めて、階段を登る楽しさを存分に味わっている。
 ロクロを回すのも、菊もみも、はじめは苦労していたのが、毎回、行くごとにできるようになっていく。この楽しさは何なのかというと、子どもの頃に泳げるようになったとか、逆上がりができるようになったときの感動と似ているのだ。
 人間はみなわがままだから、楽をしたいと願いつつ、簡単にできることはつまらない。趣味は義務ではないからこそ、たとえうまくできなくても苦しさが楽しさになり、上達したときの喜びは倍になるのだ。

  『趣味力』  第四章 より   秋元康:著   NHK出版:刊

 趣味を楽しんで続けるコツ。
 それは、結果ではなく、過程を楽しむことです。

 上達具合を他の人と比べずに、あくまで自分のペースで続けること。
 そして、自分自身の成長に楽しみを見出すということが大切です。

なぜ趣味の場で友達の輪が広がるのか


 趣味を持つことのメリットに、友人関係が広がるということあります。

 仕事以外での友人関係は、とても貴重なものです。
 社会人の方なら誰でも感じていることでしょう。

 趣味を持つことで、友達の輪ができやすくなる。
 秋元さんは、その理由を、以下のように説明しています。

 大企業の社長が囲碁をやっているときは、意のままに会社を動かす自分になりきれるだろう。実直な職人さんが将棋を趣味にしているとしたら、オレは勝負にかける棋士になれるのではないかと思いを馳せることもあるだろう。そうやって人生の帳尻を合わせる夢をかけられるのが、趣味の面白さでもあるのだ。
 だから、趣味の教室に集まる人は、自然と親しい輪ができるのではないだろうか。要は、同じ趣味で同じような人生の帳尻合わせをしようとしている同類の人が集まっているから、話も弾み、おのずと親しくなれるのではないかと思う。
 趣味の場で輪が広がり、誰が誘うでもなく、みんなでお茶を飲んだり、お酒を飲んで、語り合う。それぞれ職業も違えば、年齢も違えば、性別も違う。それでも仲良くなれるのは、おそらく人生観にどこかしら共通項があるのである。
 逆にいえば、時間つぶしや人脈を広げるために、趣味の教室に通ってもつまらないのは、まわりの人と話が合わないからだ。どうしてもこの趣味をやりたいという動機がなく、まわりに話を合わせていても、心が通い合う会話にはならないだろう。
 趣味の話というのは、いわば合わせ鏡のようなものなのだ。

  『趣味力』  第五章 より   秋元康:著   NHK出版:刊

 生まれや育ちや生活環境がまったく違う人でも、同じ趣味を持つ者同士というのは、何か通じ合うものがあります。
 一生続く友人関係が得られる可能性が広がるのも、趣味を始める魅力の一つですね。

一生をかけて一生モノの趣味を探す


 秋元さんは、自分が趣味を始めてみて、趣味は人生にかかわってくるものだと強く感じています。

 趣味がなくても、人は生きていけます。
 しかし、趣味があったほうが、生活は格段に楽しいものになります。

 秋元さんは、趣味のあるかないかで、後半生が充実できるかどうかが決定づけられるといってもいいとも述べています。

 僕は自分の最期が、楽しく幸せなものでありたい。
 年をとった人はよく、「いい人生だったな。いつ死んでもいい」という。だが、「いい人生だった」ということは、まだ命はあるのに、過去のために生きているようなもの。僕は70歳になっても80歳になっても、「まだやりたいことがある」と思っていたい。どんな境遇であれ、死の間際まで「まだこれがやりたい」と思いながら、今がいちばん楽しいという状態で最期を迎えたいのである。
 最近、僕は部屋の明かりをつけたまま、バタンと寝てしまう。意識のどこかで、寝るギリギリまで何かをしていたいのかもしれない。人生も、灯かりをこうこうとつけたまま、眠るように終わりたいと願っている。
 だからこそ、いつでも今このとき、この瞬間を大切にして生きていきたい。

  『趣味力』  第五章 より   秋元康:著   NHK出版:刊

 最高に夢中になれることしながら、人生の最期を迎えられる。
 それはそれで、最高の人生だと思えるかもしれませんね。

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 趣味を始めるのに、遅すぎるということはありません。

 食わず嫌いをせずに、いろいろな趣味を試してみる。
 一生モノの趣味を見つけて、充実した人生を歩んでいきたいですね。


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