【書評】『解任』(マイケル・ウッドフォード)
お薦めの本の紹介です。
マイケル・ウッドフォードさんの『解任』です。
マイケル・ウッドフォードさんは、英国生まれの企業経営者です。
21歳でオリンパス傘下の子会社に入社して、以来30年に渡ってオリンパスに歳月を捧げてきた「生え抜き」の「サラリーマン」です。
私が「解任」された理由
外国人社長というと、日産自動車のカルロス・ゴーン社長など、立て直しのため外部から招へいされた人を想像しがちですが、ウッドフォードさんは違います。
2011年4月に同社の社長に就任し、同年10月に最高経営責任者(CEO)になります。
しかし、CEOに就任してからわずか2週間後、ウッドフォードさんは取締役会でその任を解かれて、代表取締役の地位も失います。
オリンパスは、その解任理由を「ウッドフォード氏の独断専横な経営」のためだと説明しました。
しかし、実際はそうではなく、オリンパス内部に眠っていた「大きな不正」に光を当てようとしたために、旧経営陣を中心とした抵抗勢力の力で引きずり降ろされたというのが事実のようです。
ウッドフォードさんは、この本を書いた理由について、以下のように述べています。
私はここに、私が知りうる限りのオリンパス事件の経緯を開示します。なぜならそれが日本の未来にとって非常に重要だと思うからです。オリンパスの事件は、単に一企業のコンプライアンスやガバナンスだけの問題ではありません。そこには、日本の資本主義、ジャーナリズム、不況に苦しみ停滞する社会の今後について多くの示唆が含まれていると私は信じています。
「解任」 はじめに より マイケル・ウッドフォード:著 早川書房:刊
なぜ、ウッドフォードさんは自らの地位を投げ打ってまで、自らの会社を告発するようなことをしなければならなかったのでしょうか。
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「オリンパス不正会計」事件の経緯
ことの発端は、「FACTA」という規模の大きくない会員制のビジネス雑誌に、オリンパスの過去のM&Aに関する不明朗な損失についての告発記事が載ったことでした。
その内容は、菊川前社長時代に、オリンパスが、買い取った相手の純資産の時価評価を大きく超える額を支払い、会社に多額の損失を与えたというもの。
実際の買収金額と時価評価額の差(いわゆる「のれん代」)が大きくなること自体は、M&Aではよくあることです。
しかし、ウッドフォードさんは、中身のあまりのリアルさと、このような重要な事実を社長である自分が知らなかったことと、前経営陣が「FACTA」の記事を完全に無視して、弁明も申し開きもしようとしないことに、違和感を抱きます。
そして「裏に何かあるのでは?」と、自ら調査を実施します。
調査結果をまとめたウッドフォードさんは、菊川前社長を含めた当事者に6通のメールと郵送で正式文書として送り、事実関係の説明を迫りました。
しかし、納得の得られるような回答はなく、それどころか、社長とCEOの役職をはく奪されてしまいます。
普通の人なら、ここで諦めて泣き寝入りするところですが、ウッドフォードさんは違いました。
その翌日、ロンドンに戻った彼は「フィナンシャル・タイムス」に不正事実の暴露記事を書かせて、反撃に出ました。
この記事は、「世界的企業の一大スキャンダル」と欧米で大きな話題となり、欧米の大手メディアがこぞって追いかけるようなります。
それまで、ほとんど無関心だった日本のメディアも、ようやく重い腰を上げて、この問題を取り上げるようなりました。
11月、とうとうオリンパスは、不正の存在を自ら認め、「第三者委員会」を立ち上げ、詳細な調査に乗り出します。
そこで1000億円にも上る「飛ばし」と呼ばれる損失金隠しが行われていたことが明らかになります。
85年以降、金融資産の積極運用に乗り出しましたが、バブル崩壊のあおりで大きな損失を出しました。その損失を取り戻そうとその後もハイリスクな運用を続けた結果、、90年代後半には含み損が1000億円近くまで膨らんだのです。その損失の計上は何年にもわたり先送りされてきたものの、97年から98年にかけて、金融資産の会計処理が取得原価主義から時価総額主義に転換する動きが本格化した状況を踏まえ、巨額の含み損が表面化するのを防ぐために、アクシーズ・ジャパン証券の中川やAXAMインベストメント/AXESアメリカの佐川、グローバル・カンパニーの横尾らコンサルタントの協力を得て、オリンパスの連結決算の対象とならない複数のファンドを作って、そこに含み損を抱える金融商品を簿価で買わせて「飛ばし」ていました。
「解任」 第14章 より マイケル・ウッドフォード:著 早川書房:刊
「FACTA」の報じた不正な金額での企業買収は、「飛ばし」によって切り離した損失解消手段の一つとして行われていました。
その後、社長に返り咲いていた菊川前社長が辞任し、新しい経営陣が選ばれます。
しかし、ウッドフォードさんが再任されることはありませんでした。
結局、古い体制を維持したいメインバンクの意向が反映され、旧経営陣に近い人たちが選ばれることになります。
メインバンクが事前にオリンパスの「飛ばし」の事実を知っていたのでは、と疑いの目を向けていますが、それも十分に考え得ることです。
ウッドフォードさんは、それでも諦めずに株主の委任状争い(プロキシーファイト)に活路を見出そうとします。
しかし、最終的には、抵抗勢力であるメインバンクなどの大手株主の壁に阻まれて撤退せざるを得なくなりました。
コンプライアンスについての考え方
最も印象に残ったのは、ウッドフォードさんが菊川前社長にCEOの座を迫った場面でのやりとりの部分です。
「マイケル、私のことが憎いか?」
何を言われたのか、私は一瞬理解できませんでした。ドゥー・ユー・ヘイト・ミー? 菊川は英語でたしかにそう聞いてきたのです。驚いた私はこう答えました。
「いいえ、なぜそんなことを聞くんですか」
いま思い返せば、その質問は彼に反抗する人間が長い間いなかった証なのでしょう。菊川は反攻に慣れていなかったのです。私は、会社を正しく経営するための権限がほしいだけです。と繰り返しました。そもそも私はそのために雇われたのではありませんか?と。「解任」 第6章 より マイケル・ウッドフォード:著 早川書房:刊
日本は、「臭いものにはフタ」という経営スタイルから、まだまだ抜け切りません。
「バレなければ法律を破ってもOK」
そういう意識が、まだまだ強いです。
しかし、国際社会では、コンプライアンス(法令遵守)考え方が根付いています。
欧米社会は、宗教観的に「正・悪」、「黒・白」をはっきり付ける文化ということもあります。
一方、日本社会は結論を断定せず、出来るだけあい昧なものにして、意見を統合しようとする傾向があります。
その文化の違いが、ウッドフォードさんと菊川前社長の「溝」となって、お互いが理解できない一番の原因となりました。
どちらが良いか悪いは別としても、世界市場が欧米の価値観中心の秩序で成立しているのは間違いない事実です。
その秩序の中でやっていくのなら、欧米流のコンプライアンスは絶対必要です。
オリンパスの例は、業績が順調な一流企業でも、たった一つのコンプライアンス違反で存亡の危機に立たされるという良い見本です。
見逃せないのは、「FACTA」に載った告発記事の流出元が、オリンパスの社員、つまり身内であったことです。
いくら隠そうと思ってもムダだと思っていたほうがいいということですね。
他にも、社内の人間が匿名で情報提供した結果、違法行為が明るみに出たという事件はいくらでもあります。
今回の事件も、日本企業のトップはコンプライアンスに対してもっと意識を高くしておかないと足元をすくわれますよ、という警告とも受け止めなければいけないでしょう。
日本企業へのメッセージ
ウッドフォードさんは、不合理と不可解の壁に跳ね返された悔しさを表しつつも、自分を育ててくれた日本へ、以下のようなメッセージを残してくれています。
そして、一人のセールスマンとしては、日本企業の飛び抜けた商品開発力に魅力を感じずにはいられません。日本の技術者は実に素晴らしい製品を生み出しています。日本の方々は誇りに思うべきです。しかし技術は一流ながら、企業間のもたれあいやジャーナリズムの未熟さのせいで、低級なガバナンスや二流の経営がはびこり、世界で戦うための力が失われているのです。そこさえ改善でき、日本企業が復活を遂げれば、この国はふたたび活力を取り戻すはずです。高齢化や人口減少、GDPの200%以上の債務を抱えた日本の現状を考えれば、日本にとっては企業の復活こそが最重要課題なのではないでしょうか。
オリンパスに起きていたことは、もしかすると、日本全体に起きていることかもしれない、と私は危惧しています。
(中略)
しかし、日本は変わらなければなりません。さもなくば、長い緩慢な死を迎えることになるでしょう。私はオリンパスを変えられませんでしたが、みなさんにはまだ日本を変えるチャンスがあると思います。
方法は簡単です。目を逸らし、口をつぐむのではなく、勇気を持って立ち上がるのです。間違っていることは間違っていることは間違っていると声を上げるのです。
それだけのことで、日本の未来は拓けるのです。「解任」 第17章 より マイケル・ウッドフォード:著 早川書房:刊
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
日本は、これからグローバル化の波に晒されていくことになります。
組織内の風通しがよく、透明性の高い経営体制でないとやっていけない時代です。
オリンパスの不正会計の事実は、社長が外国人だから明るみに出たのだ、と簡単に考えていると、後で痛い目をみます。
ウッドフォードさんが自らの会社を告発したのは、彼が人よりも正義感が強く、実行力のある人間であり、会社への愛着が人一倍強かったというだけの話です。
ウッドフォードさんがおっしゃるように、この事件をきっかけにして、日本の組織がいい方向へ変わることに期待したいですね。
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