【書評】『あきらめない』( 村木厚子)

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 お薦めの本の紹介です。
 村木厚子さんの『あきらめない』です。

 村木厚子(むらき・あつこ)さんは、厚生労働省のキャリア官僚です。

「あきらめない」を貫けた理由は?


 村木さんは、エッセイストでも、作家でもありません。

 彼女の職業は、正真正銘の「国家公務員」。
 本を書こうという気すら起こらなかったでしょう、「あの事件」が起こるまでは。

「あの事件」とは、2009年に発覚した「『凛の会』郵便不正事件」と、その事件を巡る裁判の過程で起こった「大阪地検の証拠改ざん事件」のことです。
 
 村木さんは、「郵便不正事件」に関与したという容疑で、大阪地検に逮捕、起訴されます。
 しかし、村木さんの事件への関与は認められず、無罪が確定。

 逆に、大阪地検の主任検事が、証拠となるフロッピーディスクの中身を改ざんしていたことが発覚。
 証拠隠滅容疑などで最高検察庁に逮捕されるという、衝撃的な結末となりました。

 村木さんの書く文章は、温かく優しさに溢れ、それでいて芯の強さも感じさせます。
 まさに、村木さんの人柄そのものです。

 村木さんは最初に以下のように述べています。

 52歳で厚生労働省の雇用均等・児童家庭局長になったときに感じたことは、「普通の私でもここまで歩いてこられたんだ」ということでした。もしかしたら、特別な能力や条件がなくても普通に仕事ができて、何かのお役に立てるということを見てもらうには、自分はいいケースなのかもしれない。平々凡々な私でも、「ほら、仕事も子育てもなんとかやってこられたでしょう?大丈夫だよ」と職場の後輩に言ってあげあられるかもしれない。「村木さんになりたい」ではなく、「村木さんでもできた」というロールモデルになることができれば、仕事も結婚も子育ても深刻に考えることなく、もっと普通にできることだと思ってもらえるかもしれない。
 普通の女性のロールモデルになることを自分の役割としよう―。いつしかそう思うようになっていました。
 
   「あきらめない」 はじめに より  村木厚子 著  日経WOMAN:刊

 この高い志があったからこそ、30年にも渡り、中央官庁の第一線で働くことができたのでしょう。

 村木さんの入省した70年代は、女性が男性と同じように働くことが許されない風土がありました。

「女性はお茶汲み当番」

そんな考えが堂々とまかり通っている時代でした。

 彼女の役所での仕事の履歴は、まさに「働く女性の権利」獲得のための闘いの歴史そのものであった、と言っても過言ではありません。
 そこらへんの苦労話も色々散りばめられているので、興味深く読まさせて頂きました。

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誤認逮捕の真相


 クライマックスは、もちろん、「あの事件」についてです。

 テレビや新聞などのメディアで突如、大々的に取り上げられるようになって、パニックになりそうになった時の心境や厳しい検察からの取り調べの様子。
 それらが赤裸々に描かれています。

 例えば、

「これからあなたを逮捕します」

 夕方近くになって遠藤検事に言われました。一瞬びっくりしましたが、あり得る中の最悪のことが起こったのだな、と思いました。
 すぐに考えたことは、「家族に知らせないと」ということでした。その日、夫はスイスに出張中。長女は仕事で、当時受験生だった次女は家で一人で留守番をしていました。
 娘たちが母親の逮捕を報道で知るという事態だけは避けたかった。「家族への連絡はどうなりますか」と聞くと、「こちらから連絡します。ご家族の連絡先を教えてください」と言われました。
 バッグから携帯電話を取り出し、長女の携帯番号を探すふりをして、夫に「たいほ」と3文字だけ打って送信ボタンを押しました。漢字に変換する時間はありませんでした。
 
   「あきらめない」 第三章 より  村木厚子 著  日経WOMAN:刊

 逮捕の瞬間の、生々しい、緊迫した様子が伝わってきます。

供述調書を巡る駆け引き


 検察との供述調書を巡るやり取りも、またすごいです。

 検事たちは、村木さんに対し、まったく身に覚えのない内容の調書に、しつこく同意を求めます。 

 一度だけ、弘中弁護士が接見に来られたときに、「なんで皆、嘘をつくんでしょう」とこぼしたことがあります。すると弘中弁護士は、強い口調でこう言いました。
「誰も嘘なんかついていないんです。検事が勝手に“作文”をして、そこからバーゲニング(交渉)が始まるんです。調書とはそういうものです」
 
   「あきらめない」 第三章 より  村木厚子 著  日経WOMAN:刊

 恐ろしいですね、言葉も出ません。
 自分たちの筋書き通りに進めるためには、手段を選ばない検察。
 その強引な手法には、戦慄を覚えます。

 被疑者が、本当に、罪を犯したのかどうか。
 彼らにとって、それはあまり重要ではないのでしょう。

「やりました」という言質さえ、取れればいい。
 そう思われても仕方がない、強引さです。

「相手は国家公務員のキャリア。しかも女性。ちょっと脅せば簡単に落とせる」

 村木さんの逮捕も、そうタカをくくって、たいした物証もないまま踏み込んだのでしょう。
 
 しかし、大阪地検は、喧嘩をふっかけた相手が悪すぎました。
 
 毎日のように続く、検察の厳しい取り調べ。
 村木さんは、それを、精神的に折れそうになりながらも、なんとか切り抜けます。

 そして、164日にも及んだ拘留生活を、見事耐え抜きました。

 村木さんの人並み外れた意志の強さ、粘り強さ。
 それが、検事の焦りを生み出します。
 そして、最終的に、「証拠改ざん」という自滅に追い込みました。

 この事件以降、検察の取り調べに対する意識は、大きく変わったと思います。
 少なくとも、確たる証拠もなく立件するような強引なやり方はなくなったでしょう。

 この事件は、検察の中の大きな精神的な歯止めとして、今後も生かされると思います。

 極度の不安と孤独が強いられた、拘置所生活。
 それを支えたのは、大好きな読書と彼女の職場の友人の応援、そしてご家族でした。

 村木さんの、真面目な人柄と仕事ぶりで築いてきた、公私両面での信頼関係。
 それが、この一大事に、大いに生かされました。

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 最後に、村木さんが、最近の心境について述べられた文章からです。

  若い時は、年をとれば成熟して欠点も克服でき、完成した大人に近づけるのだろうと思っていました。今は年をとっても、そう簡単に欠点などがなくならないものだと知りました。相変わらずダメな私、弱い私がいる。それでもちょっとはいろいろなことが進歩して、少しは大人になっている。そんなふうに思います。欠点がたくさんあってもいい。無理をせず、これからも自然体で、自分に合ったやり方で一日一日を積み上げていくことができたらいいなと思います。
 
   「あきらめない」 第四章 より  村木厚子 著  日経WOMAN:刊

 普段から、余計な力が入らず、飾らないで自然体でいる。
 そんなところが、いざという時に持ちこたえられる、芯の強さなのでしょう。

 私たちも、見習いたいですね。

 村木さんは、無罪判決が出たあとすぐに、めでたく職場復帰を果たされています。
 現在は、内閣府で、共生社会政策担当の政策統括官をお務めです。
 村木さんの、さらなるご活躍を願っています。

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