本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『現代の地政学 』(佐藤優)

 お薦めの本の紹介です。
 佐藤優さんの『現代の地政学 (犀の教室)』です。

 佐藤優(さとう・まさる)さんは、作家で、元外務省主任分析官です。

なぜ、今、「地政学」なのか?

 2016年6月に英国で行われた、EU(欧州連合)離脱を問う、国民投票。
 大方の予想を覆して、離脱票が残留票を上回ります。

 この結果は、世界に大きな衝撃を与えました。

 英国民が、EUを離れて、独自の道を進むことを選択した背景。
 それを知るためには、「地政学的な見地から考察する」ことが重要となります。

 残留を訴えた保守党、労働党の政治家は、合理性を基準に考察している。データを提示し、離脱による国民の損失を実証的に訴え、合理的基準から国民が残留を選択すると想定した。この想定が外れたことの意味は大きい。なぜなら、多くの国民からこのような合理的主張が、エリート層の権益を擁護するための口実と受けとめられたからだ。EU離脱派が勝利したのは、英国における「大衆の反逆」なのである。そして、この「大衆の反逆」の底流に流れているのが「われわれは、ヨーロッパの大陸国家とは異なる海洋国家である」という地政学的な認識だ。
 離脱は、明確なデータを提示せずに、移民によって国民が犠牲になっている、英国の経済的停滞はEUに経済的主権の一部を奪われているからだという類の情念に訴える主張をした。このような主張が繰り返し有権者の耳に入るうちに英国の政治文化が変容した。
(中略)
 今後、政治的に懸念されるのは、スコットランドがEU残留を求めていることだ。
(中略)
 スコットランドの動静は、他の地域の分離独立運動にも無視できない影響を与える。EU加盟国内でも、スペインのカタルーニャ地方、オランダのフランデル地方でも分離独立の動きが強まる。そしてEUの権力基盤が急速に弱体化するリスクがある。
 さらにスコットランド情勢が、日本にも飛び火する可能性がある。米空軍嘉手納基地に勤務する米軍属(元海兵隊員)による沖縄の女性殺害事件と、米海兵隊普天間飛行場の移設を口実とする辺野古新基地建設の強行によって、沖縄県民の東京の中央政府に対する怒りと不信感は、限界に達しつつある。スコットランドの独立派に鼓舞されて、沖縄でも自己決定権を回復し、日本から分離独立する動きが高まる可能性は十分ある。もっとも、首相官邸も外務省も、英国とEUの関係だけに眼を奪われて、スコットランド情勢が沖縄に与える影響についてはまったく気づいていないようだ。少数派の意思を無視する多数派による決定は、どの国でも大きなトラブルを引き起こしかねない。英国とヨーロッパ大陸の地政学的緊張から生じた今回の騒動が、日本を含む全世界に影響を与えるような時代になった。もはや地政学に鈍感では、国際情勢から取り残されてしまう。

『現代の地政学』 まえがき より 佐藤優:著 晶文社:刊

 一つの国の出来事が、次々と飛び火して、多くの国を巻き込んだ大事件となる。
 歴史をひもとくと、そのようなことが、度々起こっています。

 国と国との関係の「なぜ?」を知る。
 その手がかりとなるものが、「地政学」です。

 地政学なしに、国際情勢を語ることは、できません。
 
 本書は、現代社会に必須な「地政学」を、多くの具体例を交えながら解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「地政学」とは何か?

 佐藤さんは、「地政学」について、以下のように述べています。

 地政学というのは基本的にはユーラシアの話なんです。もっと言うと、東欧の話。東欧を押さえることができればユーラシアを押さえることができて、ユーラシアを押さえることができれば世界を押さえることができるという、そういう作業仮説であって、一種の陰謀論的な要素が強いものなわけです。
 ところで、ユーラシアって何でしょう? 具体的にどこまでがユーラシアになるんでしょうか? ユーラシアのユーロというのはヨーロッパのことですよね。ヨーロッパとアジアを合わせた地域がユーラシアですが、それではアジアというのは、どこからどこまでを指すんでしょう? これは難しい。アジアというのは、そもそも今でいうところのトルコとか、シリアとか、ダーダネルス・ボスポラス海峡よりも東側の地域を指したわけで、一昔前まで言うところの「近東」です。でも最近は近東とか極東という言い方はあまりしない。外務省に、一昔前までは中近東・アフリカ局がありましたが、現在は中東・アフリカ局です。ところで、この言い方でいうと日本は極東だけど、これはなぜこういう言い方になっているんでしょうか。だってわれわれはアメリカから一番近いアジアじゃない。
 これと視座がどこにあるのかという問題です。つまりヨーロッパから見て遠いということ。ヨーロッパから見て世界のはずれということで「極東」になるんです。
 だからこんなふうに、いろんな言葉には必ず、その拠って立っているところ、認識を導くところの利害関心があるわけです。だからわれわれは、そこを理解しないといけない。かといって日本の大東亜共栄圏の思想みたいに、「だから西洋のものはダメなんだ」という考え方に立ってもダメなんです。というのは、残念ながら現代は西洋が世界を支配してしまっていて、その構造の中にわれわれも巻き込まれているから。
(中略)
 じゃあユーラシアと言った場合に、アジアとヨーロッパの境界線ってどこにあるんでしょう? チャップリンの娘、ジェラルディン・チャップリンが出ている『ドクトル・ジバゴ』というハリウッド映画を見たことがある人はいますか? あるいはパステルナークが書いた『ドクトル・ジバゴ』を読んだことがある人は? その中に、「あそこがウラル山脈だ」というシーンが出てきます――実際の映画は東西冷戦中に撮られているから、映っているのはウラル山脈じゃなくてピレネー山脈だけど――。要するにヨーロッパからシベリアのほうに渡っていくところにある山脈で、そのウラル山脈って実は全然高くないんです。900メートルぐらいのちょっとした丘みたいなものだから。

 『現代の地政学』 第一講 より 佐藤優:著 晶文社:刊

 地政学は、もともとヨーロッパが発祥の学問です。

 ヨーロッパの国々が世界を攻略するためには、どうすればいいか。
 その方法を論ずるという側面があります。

 19世紀後半から現代に至るまで、国と国の争いには、必ずといっていいほど、この地政学が関わってきました。

「ハートランド」を制する者が世界を制す

 では、「現代地政学の開祖」ともいわれる、英国の地理学者H・J・マッキンダーの仮説を詳しく見ていきましょう。

(前略)ハートランドという地政学上の要となる場所が世界には二つあるというのがマッキンダーのモデルです。一つはユーラシア。ロシアのあたりから、中国の内陸部に入ってくるところですね。それからサハラ砂漠の下の南アフリカ。この二ヶ所をマッキンダーはハートランドと呼んだ。住むのがとても難しいけれど、豊かな資源がある地域。このハートランドを押さえた国が世界覇権をにぎるというのが、マッキンダーの仮説です。
 そして、沿岸地帯。沿岸地位は、世界から大きく見ると二つしかないんです。中国からインドまで、あるいはカムチャッカ半島までの沿岸。モンスーン気候の影響を受ける、穀物がたくさんとれる、人口がたくさんいる地帯です。それからヨーロッパの沿岸。同じくヨーロッパの暖流の影響を受けて、比較的雨がよく降って、食物がよくとれる。こういったところに世界の中心がある。マッキンダーはこういうモデルで世界を見ていきます。
 サハラというのは、このアフリカとヨーロッパが断絶する部分です。このサハラ砂漠というのは通行が難しい。アラビア砂漠はそれと比べると比較的通行しやすい。そうすると二つのハートランドをつなぐ点のところにアラビア半島がある。だから石油が出るとか出ないとかいうことと関係なしに、アラビア半島というのは地政学的な要衝で、このアラビア半島をきちんと押さえれば、二つのハートランドに対する影響力を行使できるようになる。
 ざっというと、この地図一枚で表せることが、基本的にマッキンダーの考えている世界論です。
(中略)
 マッキンダーの理論は、「ハートランドを支配するためには東欧を支配しなきゃいけない。ハートランドを支配した者が世界を支配する」という、こういう三段論法です。だからマッキンダーが警戒するのは、ロシアとドイツです。そのロシアとドイツのあいだにくさびを打ち込むために、東欧に海洋国家が必要。海洋国家というのは民主主義だというのがマッキンダーの発想なんだけれど、それでくさびを打ち込む地域をつくらないといけない。こういう発想です。

 『現代の地政学』 第二講 より 佐藤優:著 晶文社:刊

マッキンダーによる世界島の概念図 P156 第三講
図1.マッキンダーによる世界島の概念図
(『現代の地政学』第三講 より抜粋)

 19世紀、英国とロシアが、世界を舞台にして競い合った。
 いわゆる、「グレート・ゲーム」。

 これは、まさに、地政学的な主導権争いです。

 ユーラシアのハートランドを押さえ、地政学上、優位にあるロシア。
 南下して勢力を拡大するロシアを、当時の覇権国家である英国が押さえ込もうとしました。

 20世紀に起こった、二つの世界大戦。
 英国とドイツの地政学的な対立が、大きな要因のひとつです。

 地政学という“レンズ”を通すと、それまで見えていなかった背景が見えてきます。

「イスラム国」は「原因」ではなく「結果」

 シリアやイラク北部を中心に猛威を奮う、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」。
 欧米を中心に激しい攻撃を繰り返し、壊滅に追い込もうと必死です。

 しかし、イスラム国は、依然勢力を保っています。

 イスラム国が生まれた発端。
 それは、100年前の歴史的事件に遡ります。

「イスラム国」が生まれたそもそもの原因は何かというと、1916年のサイクス・ピコ協定です。サイクス・ピコ協定というのは、連合国側にいたロシア、イギリス、フランスが、当時のオスマン帝国がたぶん敗れるだろうと予測し、オスマン帝国が解体したあとの領土の分け方をこっそり決めておいたことをいいます。アラビア半島の今のシリアとかレバノンのあたりはフランス領に、イラクはイギリス領に、トルコのイスタンブールとアナトリア、ダーダネルス・ボスポラス海峡のあたりはロシア領にしようと秘密裏に分割を決めておいたんですね。
 ところが1917年にロシア革命が成功します。レーニンは「今まで帝政ロシアが結んだ条約は一切継承しない、同時に秘密条約を全部暴露する」といって、この秘密のサイクス・ピコ協定の存在を明らかにしました。アラブ人たちからすれば「何をするんだ、とんてもない」ということだけれど、ロシアの取り分を除いて、サイクス・ピコ協定で決めたとおりになったんです。
 中東の地域は、民族が複雑に絡み合っています。いろんな山や谷があり、宗教分布もいろいろです。サイクス・ピコ協定はそれらを一切無視して、定規と鉛筆で引いた線で分けている。これは地政学的条件にも宗教状況にも合致していないわけです。だから無理があるのだけれど、強引に植民地支配をしたんです。その後、植民地から独立して国家ができてくるけれど、そこは王政であろうが、共和制であろうが、力によって抑える極めて独裁的なものでした。その結果、賞味期限が切れて大変な混乱が生じた。その一突きになったのが、アラブの春です。アラブの春で既存のシステムは破壊されたけれど、その後、アラブ人たちは自己統治能力を発揮できていません。

『現代の地政学』 第三講 より 佐藤優:著 晶文社:刊

サイクス ピコ協定による領土分割案 P145 第三講
図2.サイクス・ピコ協定による領土分割案
(『現代の地政学』第三講 より抜粋)

 アラビア半島から、戦火が絶えない。
 その理由は、さまざまな宗教や民族が入り組んで存在しているから。

 その大元の原因は、「サイクス・ピコ協定」にあります。

 この地域が、二つのハートランドを結ぶ、地政学的な要衝である。
 そのことも、争いを大きくしている原因です。

 中東の国々が、ヨーロッパの国々やアメリカに翻弄されている。
 それは、近年に限ったことではありません。

 アラブ社会を統一して、「イスラム帝国」を再建する。
 そんな野望を抱くイスラム国が、多くの人々に支持されるのも、うなずける話です。

北洋航路の鍵を握るのが日本

 2016年5月、日本の安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領が、ソチで非公式な会談を行いました。
 両国の狙いのひとつは、日本がロシアからガスと石油を買う長期的な契約をすること。

 原油安に苦しみ、原油の供給先を探す、ロシア。
 中東以外に、安定した原油供給元を確保したい、日本。

 両国の思惑が、一致しています。

 もうひとつは、日本が北洋航路についてロシアと協力体制を構築することです。

 つまり、もし中東に有事が発生した場合、日本の報道はホルムズ海峡が封鎖されるという話ばかりだけれど、もし封鎖されたらもっと深刻な事態になる場所があります。それがスエズ運河です。
 もし中東に有事が発生して、スエズ運河が使えなくなるとどうなるか。喜望峰を回らないと物流ができなくなります。ヨーロッパからの物流の90%はスエズ運河経由ですから、そうなるとムルマンスク発で北極海を通り、ベーリング海峡を抜けて、宗谷海峡もしくは津軽海峡を経て、ウラジオストク、あるいは大連、釜山等に行く北洋航路がスエズ運河の代替航路になるでしょう。
 ここはマッキンダーの地政学の想定外なので、与件の変更になります。マッキンダーの地政学において北氷洋は閉ざされた海なので、ここの航行はできませんでした。そうであるから、ユーラシアというのは閉ざされた空間であるという考え方で、それで世界島ができているという考え方だったわけです。
 ところが地球温暖化と砕氷船技術の発達によって、いまや北氷洋、北洋の通年航行が可能になっています。韓国や中国と比べても日本の砕氷船の技術はいまだ優位を保っている。しかもディーゼル砕氷船で日本のレベルに達している国はほかにない。ロシアも砕氷船を持っているけれど、原子力砕氷船ですから。
 もしこの先、ベーリング海を抜けて、宗谷海峡、津軽海峡を通らないといけないということにれば、日本がへそを曲げただけで、北氷洋ルートは使えないことになります。
 津軽海峡は一応国際海峡になっています。日本の領海は12海里ですが、国際海峡である津軽海峡は3海里です。あるいは宗谷海峡の反対側の半分はロシアが持っていますが、ロシアに近い側の宗谷海峡は流氷が集まるため、冬場の航行がしにくい。そうするとどうしても南側、稚内に近い側の航路を使うことになる。そんなとき日本とケンカをすると、日本は「海峡を封鎖する」、あるいは「臨検する」と言うかもしれない。こういうことになったら、北氷洋ルートは使えない。
 それだから北洋航路を開設するということは、同時に北方領土の問題解決につながるわけです。おそらく安倍政権はこの考え方を引き出しに入れていると思う。

『現代の地政学』 第四講 より 佐藤優:著 晶文社:刊

北洋航路がスエズ運河航路の代替航路となる P201 第四講
図3.北洋航路がスエズ運河航路の代替航路となる
(『現代の地政学』第四講 より抜粋)

 石油、ガスのエネルギーと北洋航路。
 このふたつが、今後の日露関係を考えるうえで、カギになります。

 これまで、ほとんど進展が見られなかった、北方領土問題。
 それが、ここに来て解決の糸口が見えてきましたね。

 このチャンス、ぜひ活かしてほしいです。

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 現代の国際情勢は、国と国の利害が絡み合い、複雑な模様を描いています。
 私たち一般の日本人から見ると、理解できない事件が、毎日のようにニュースで流れています。

 理解でない、でも、何らかの力が働いているのは、事実です。
 その「見えない力学」を解き明かすためのカギが、「地政学」です。

 マッキンダーが、現代地政学の基礎を築いてから、100年。
 今なお、その価値が朽ちないのは、本質的な部分を突いているからです。

 日本を取り巻く環境も、大きく変わっています。
 私たちも、今までのように、無関心ではいられません。

 本書は、国際情勢と、日本の置かれている状況を知るために、うってつけの一冊です。

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