【書評】『経済は地理から学べ!』(宮路秀作)
お薦めの本の紹介です。
宮路秀作さんの『経済は地理から学べ!』です。
宮路秀作(みやじ・しゅうさく)さんは、予備校講師です。
「地理」を通して、現代世界の「なぜ?」「どうして?」を解き明かす講義は、多くの生徒から絶大な人気を得られています。
経済を動かしているのは、「地理」である
宮路さんは、経済を動かしているのは地理である
と強調します。
地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問では、ありません。
農業や工業、貿易、交通、人口、宗教、言語、村落・都市にいたるまで、現代世界で目にする「ありとあらゆる分野」
を学ぶ、総合的な学問です。
「地理」は英語で「Geography」です。これはラテン語の「Geo(地域)と「Graphia(描く)」からなる合成語といわれています。
現代においては、写真を1枚撮るだけで、自然はもちろんのこと、そこで暮らす人々の衣食住、土地利用など、実にさまざまな情報が写し出されます。しかし、カメラが存在していなかった時代は、これらの情報をすべて描き出していたのです。まさしく「Geo(地域)」を「Graphia(描く)」。これが地理の本質なのです。
地理とは、表面的な事実の羅列ではありません。「地域」に展開するさまざまな情報を集め、分析し、その独自性を解明するものです。
だからこそ、そこには「理(ことわり)」があります。地理とは「地球上の理」なのです。
(中略)
人間の行動は、土地と資源の奪い合いで示されます。当たり前のことですが、土地と資源には限りがあるからです。有限だからこそ、需要と供給によって価値が決まります。
戦国時代、大名たちは限りある領土を奪い合い、「国盗り物語」を描きました。どこかの大名の領土が増えれば、領土を減らす大名がいたのです。
さて、現代に目を向けてみましょう。尖閣諸島における現状はどうでしょうか。
尖閣諸島は日本固有の領土であり、そもそも領土問題は存在しません。
解決すべき領有権の問題はそもそも存在しないのです。
しかし、1969〜70年に国連が行った調査により、大量の石油の埋蔵が確認されると、いきなり中国や台湾が領有を主張し始めました。おかしな話です。土地と資源の存在が、経済を創り出します。
だからこそ需要が生まれ、争奪戦が始まるのです。『経済は地理から学べ!』 はじめに より 宮路秀作:著 ダイヤモンド社:刊
宮路さんは、地理を学ぶことで、土地と資源の奪い合いで示される人間の行動に、より深い解釈を加えることが可能
だと指摘します。
本書は、「立地」「資源」「貿易」「人口」「文化」という5つの切り口から、現代社会のさまざまな問題を考察し、わかりやすくまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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地の利を活かした「インドのシリコンバレー」
近年、目覚ましい発展を遂げているアジアの大国、インド。
急速な近代化の原動力となっているのが、「IT産業」です。
なぜ、インドが、たくさんの優秀なIT技術者を輩出できるのでしょうか。
宮路さんは、その理由を以下のように解説しています。
歴史をひもとくと、インドはかつてイギリスの植民地支配を受けていました。そのため英語を準公用語にしています。連邦公用語としてヒンディー語がありますが、国民の41%しか話せないため、英語が広く共有言語として使用されています。
またインドは、国土の中央部を東経80度が通過します。そのため、西経100度付近との時差が12時間です。西経100度は、アメリカ合衆国テキサス州を中心に発展したシリコンプレーンと呼ばれる先端技術産業の集積地を通過します。また西経120度となると、カリフォルニア州を中心に発展したシリコンバレーを通過します。
つまりインドは、アメリカ合衆国とほぼ12時間の時差があるわけです。そのためシリコンプレーンやシリコンバレーで開発されているソフトウェアを、夜にインドへ送れば、朝を迎えたインドで開発の続きを進めることができます。
また、アメリカ合衆国と同じく英語を使用できるという点も見逃せません。イギリス植民地時代は、インドにとっては苦い記憶かもしれませんが、奇しくも旧宗主国の言語が現代のインドのソフトウェア産業発展の原動力となっているのです。
(中略)
インド人の約80%が信仰するのがヒンドゥー教です。
ヒンドゥー教にはカースト制度という身分秩序があり、バラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラという4つの「ヴァルナ」と、世襲的職業身分集団である「ジャーティ」によって社会が細分化されています。その数は2000とも3000ともいわれています。「世襲」という言葉からもわかるように、カースト制度の下では就きたい職業に就きたくても叶わないことがあります。
インドの憲法は差別を禁じていますが、根強くカースト制度の影響が残っています。
しかし、近年の産業の発展にともなって、「IT産業」という、カースト制度には規定のない職業が登場しました。これによって、低いカーストのインド人にも、少しの運と才能、たゆまぬ努力によって貧困から抜け出せるチャンスが訪れたのです。『経済は地理から学べ!』 第1章 より 宮路秀作:著 ダイヤモンド社:刊
図1.「時差」が育てたIT産業
(『経済は地理から学べ!』 第1章 より抜粋)
地理的な要因によって、その土地の主な産業が決定づけられる。
それは、何も農業や鉱業に限ったことではありません。
すべての産業は、何らかの地理的な影響を受けています。
インドのIT産業は、その典型的な一例といえますね。
「1滴の水」を全生物で分かち合っている
地球上には、約14億km3もの水が存在します。
その内訳は、97.5%は海水で、陸水は2.5%しかありません。
その2.5%陸水を分類すると、
氷雪・氷河が68.7%、地下水が30.1%、地表水が2.2%です。氷雪・氷河の大部分は南極とグリーンランドですから、生活水には利用できません。ちなみに、グリーンランドはデンマーク領です。
地下水は自由地下水・被圧地下水、宙水(ちゅうみず)と分類されます。これらは生活用水として利用が可能ですが、掘る必要がありますので、獲得は容易ではありません。
残る2.2%の地表水は、河川水・湖沼水・土壌水に分類されますが、生活用水として利用するのは河川水が中心です。
(中略)
河川水は陸水のうち0.006%です。計算しましょう。14億km3×2.5%×0.006%=2100km3です。あまりに数値が大きすぎるので、半径64cmの地球儀で考えてみましょう。実際の地球の赤道半径は6378kmですので、14億km3の水は半径64cmの地球儀上では、1400mlとなります(地球の体積は半径rの場合、4/3πr3。よって計算式は、4/3πr(6400)3:14億km3=4/3π(0.00064)3:X)。
同じように計算すると、2100km3は0.0021ml。この数値は1滴にもなりません。しかし、この1滴の水を、人間だけでなく陸上生物のすべてが分かち合って生きているのです。現在世界では約7億の人たちが、水不足の生活を強いられています。水不足は、食料生産のハードルを上げます。水不足は食料不足に直結するのです。
20世紀は自動車や航空機が登場したことにより、石油を巡る争いが絶えませんでした。まさしく20世紀は「石油の世紀」でした。
しかし21世紀は「水の世紀」です。世界の大河川では、上流での水需要が多くなり、下流で水が涸渇し始めるなど、水の利用を巡って争いが起きています。
途上国の工業化や生活水準の向上は、水需要を押し上げています。今後、さらなる水不足が生じる地域が増加するかもしれません。乾燥地域においては、海水の淡水化水(脱塩処理を施した海水)の利用が増加しています。しかし、水が豊富にあるからといって、それが安全に利用できるかどうかはまた別の問題です。『経済は地理から学べ!』 第2章 より 宮路秀作:著 ダイヤモンド社:刊
「国土全体において水道水を安全に飲める国」は、世界に15カ国しかありません。
日本も、その中の一つです。
これから、ますます貴重になっていく水資源。
私たち日本人は、自然の恵みに感謝して、大切に使っていきたいですね。
オーストラリアで工業が発展しない2つの理由
オーストラリアは、一般的に「先進国」とみなされています。
平均年収が世界5位、国民1人当たりGDPが世界9位にランクされるなど豊かな国ですから、当然ですね。
しかし、オーストラリアの主産業は「工業」でなく、「農牧業」と「鉱業」です。
実際、オーストラリアの輸出品目を見てみると、1位鉄鉱石(25%)、2位石炭(14.3%)、3位液化天然ガス(6.7%)などとなっています。
オーストラリアは資源が豊富なのに、なぜ工業が発展しないのか?
1つ目に、国内の市場規模が小さいという点があります。オーストラリアの人口は2400万人程度ですから、国内で自動車を生産して販売したとしても、すぐに市場が飽和します。
2つ目に、資源産地と大都市が離れている点があります。上図(下図2を参照)を見てください。オーストラリアの資源産地は北西部のマウントホエールバックやマウントトムプライスなどの鉱山地域、北部のウェイパやゴブといったボーキサイト鉱山、東部のグレートディヴァイディング山脈東麓(とうろく)のモウラ炭田などが知られています。
一方で、オーストラリアの大都市は東部から南東部、そして南西部に集中しています。
なぜでしょうか? 144ページの図(下図3を参照)は、オーストラリアの等雨量線図(とううりょうせんず)です。上が1月、下が7月です。
オーストラリアの中央部には広い乾燥地帯が広がっていることがわかります。
オーストラリア大陸の57.2%が乾燥気候となっています。この数値は全大陸中最大で、森林面積割合は16%ほどしかありません。
つまり中央部は乾燥しているため、農業経営は難しく、食料供給量が少ないのです。そのため人口が集積しませんでした。もちろん新大陸ですから、植民地開発の拠点として沿岸部で人々が生活していたという点もあるでしょう。何か災難に出くわしても、沿岸部のほうがすぐに本国に帰れますから。
オーストラリアは約770万km2と、日本の約20倍もの広大な国土面積を有しています。地図上では近距離に見えますが、特に大都市が集中する南東部と鉄山が集中する北西部は最も遠い距離にあります。
仮に鉄鉱石と石炭を1ヶ所に集めて鉄鋼業を興そうとしても、鉄山と炭田の物理距離があまりにも大きいのです。
国内に豊富に存在する鉄産資源を利用するには、陸上輸送がものすごくコスト高となってしまうのです。そのためオーストラリアでは、他の工業先進国に比べて製造業が主力になりにくいのです。『経済は地理から学べ!』 第3章 より 宮路秀作:著 ダイヤモンド社:刊
図2.オーストラリアの資源産地と大都市
(『経済は地理から学べ!』 第3章 より抜粋)
図3.オーストラリアの1年の降水量
(『経済は地理から学べ!』 第3章 より抜粋)
国がどのように発展していくのか。
それは、地理的要因によって、ほぼ決定づけられます。
オーストラリアは、その典型的な例です。
もともと国土が狭く、工業資源にも乏しかった日本。
資源を輸入して、それを加工する「ものづくり」で発展したのも、当然の成り行きです。
美味しいワインは「気候」から生まれる
ワインを生産するには、平均気温10〜20度が最適だ、といわれています。
北緯30〜50度、南緯20〜40度はワインベルトと呼ばれていて、ワインの生産地
として知られています。
その理由は、原料となるブドウが「地中海性気候」で生産が盛んであるからです。
地中海性気候とは、夏季は高温乾燥、冬季は温暖湿潤を示す気候のことです。次ページの図(下図4を参照)を見てください。ヨーロッパ地中海周辺で展開する気候のため、地中海性気候といわれます。温帯気候に属する気候です。
この気候下で発達した農業が二圃式(にほしき)農業です。これは圃場(ほじょう)を2分割する方式の農業で、冬作値と休閑地に2分割します。
冬は温暖で降水がみられますので、農耕が可能です。ここでは小麦を作っています。冬に育つ小麦なので、冬小麦(秋に播種(はしゅ)して越冬させ、初夏に収穫する小麦)です。
しかし、夏は基本的に少雨となることから農業が困難です。冬の間の農耕で、土壌中の水分が少なくなっていることから、水分供給のために休閑させなければなりません。
最初のうちはただ休ませていましたが、そのうち羊や山羊を放牧するようになります。羊や山羊は粗食に耐える家畜で、エサを多く必要としません。植生(しょくせい)があまりみられない乾燥地において重宝します。
ですから、乾燥地域に多く居住しているイスラム教徒は羊をよく食べています。
家畜を放牧すれば糞尿を垂れますので、これが地力の回復を促してくれます。こうして、秋の播種期を待つのです。その後、気温が上がる夏の太陽の恵みを活かし、樹木作物を育てるようになりました。
(中略)
果樹は水利(すいり)に恵まれたところでの生産には向いていません。必要以上に土壌中から水分を吸い上げてしまうからです。甘みを凝縮させるためには、ある程度の水利に恵まれない乏水(ぼうすい)地のほうがよいのです。扇状地で果樹栽培が盛んな理由と同じです。扇状地の中央部にある扇央部(せんおうぶ)では河川水が伏流して水利に恵まれません。
こうして地中海性気候下では果樹栽培が盛んに行われるようになりました。ブドウやオリーブ、オレンジ、レモンなどは地中海性気候下での生産が盛んです。
さてここで、243ページの図(下図4を参照)をもう一度見てください。
世界で地中海性気候が展開するのはどこでしょうか? 具体的な国を挙げると、フランス、イタリア、スペイン、アルジェリア、南アフリカ共和国、オーストラリア、アメリカ合衆国、チリなどです。
世界的に有名なワインの生産地ばかりですね。アメリカ合衆国は広大な国土を有していますが、地中海性気候が展開しているのはカリフォルニア州周辺だけです。アメリカ合衆国のワインの生産量の90%がカリフォルニア州というのも理解できる話です。
地中海性気候が展開する地域でこそワインが生産される。
ワインを飲みながら語るウンチクの1つに加えてみてはいかがですか?『経済は地理から学べ!』 第5章 より 宮路秀作:著 ダイヤモンド社:刊
図4.地中海性気候が展開する地域
(『経済は地理から学べ!』 第5章 より抜粋)
日本では、山梨県や長野県が、ワインの生産で有名ですね。
食べ物や飲み物は、その土地の気候や風土の影響を強く受けます。
「この食材は、どこで作られたものなのか」
「なぜ、この食材は、その場所で作られているのか」
毎日の食事でも、そんなことを考えると、より深く味わえますね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
宮路さんは、地理とは「現代世界そのものを学ぶ科目」
だとおっしゃっています。
気候や地形、食物、宗教、資源など。
人々の価値観、メンタリティは、暮らしている場所の地理的要因で、多くの部分が決まります。
グローバル化が進み、多くの国々の利害が絡まり合う、現代世界。
地理は、その複雑な関係を、立体的に浮かび上がらせてくれます。
大人にとっての地理は、暗記科目ではありません。
世の中の「今」、そして「未来」を見通すための道具です。
これからのビジネスに欠かせない、知識としての「地理」。
皆さんもぜひ、その奥深さ、面白さを味わってみてください。
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