【書評】『燃える闘魂』(稲盛和夫)

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 お薦めの本の紹介です。
 稲盛和夫さんの『燃える闘魂』です。

 稲盛和夫(いなもり・かずお)さんは、日本を代表する経営者のお一人です。
 京セラや第二電電(現KDDI)を設立し、世界的な大企業に育て上げた実績をお持ちです。
 最近では、経営破綻した日本航空(JAL)の会長に就任し、見事に経営を立て直されたことでも脚光を浴びられています。

「不撓不屈の一心」をもつ


 バブル崩壊後、長期に渡る低迷を続ける日本経済。
「失われた20年」ともいわれるように、長く出口の見えない暗闇に迷い込んでいる状況です。

 かつて日本は、第二次世界大戦の敗戦で焦土と化しました。
 その「再起不能」とも思われた状況から奇跡の復興を遂げた経験をもっています。

 その輝かしい経済成長の立役者が、強く熱い「思い」をもった起業家たちでした。
 激動の時代を生き抜いた稲盛さんは、業績不振の理由を、他に転嫁することに躊躇しない現在の多くの経営者の姿は、いささかだらしなく感じています。

 現在の日本経済、日本社会にとって最も足りないもの。
 それは「不撓不屈(ふとうふくつ)の心」です。

 稲盛さんは、いまの日本には、十分な資金も、優れた技術も、真摯な人材もある。足りないのは「燃える闘魂」、すなわち「なにくそ、負けるものか」という強い思いだけだと強調します。

 本書は、稲盛さんの半世紀以上に渡る会社経営人生をもとに、低迷する日本に活を入れるべく「混迷の時代を生き抜く勇気と指針」を示した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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激しい闘争心を燃やす


 稲盛さんは、経営破綻した日本航空の会長に就任した当初、社内の「倒産した」という実感のない、どこか人任せの雰囲気を感じたといいます。
 危機意識を感じていない状況が、日本経済の状況と二重写しに見えたそうです。

 従順で、危機感が希薄なのは、島国で他の民族に支配されたことのない日本人固有の文化なのでしょう。
 だからこそ、リーダーは「このままではわれわれは滅亡してしまう」と国民に声高に説く必要があります。

 時代は大きく変化し、経済環境は急速に変動している。こうした混沌とした状況のなかであるからこそ、状況に流されず、環境に負けないだけの「なにくそ、負けてたまるか」という強い精神、つまり、燃える闘魂が、まずは必要なのである。
 このようなことをいえば、不遜だと思われるかもしれないが、大地震の傷が未だ癒えず、われわれをとりまく経済環境も厳しいいまだからこそ、日本の経済界を救うために、「絶対に負けるものか」という闘争心、燃える闘魂が求められるのである。
 ビジネスの世界ではとりわけ闘魂が求められる。企業経営の日々のビジネスは真剣勝負であり、激しい競争にさらされているのが常である。リーダーはどのような厳しい状況に遭遇しようとも、「絶対に負けない」という激しい闘争心を燃やし、その姿を部下に示していかなければならない。闘うリーダーの背中を見てこそ部下の士気は高まっていく。
 逆に、リーダーが少しでも弱気な側面を見せると、またたく間に組織内に広まって、会社全体の士気を低下させてしまう。厳しい企業間競争に打ち勝つためには、経営者はどのような格闘技の選手にも勝るとも劣らないほどの気迫と闘魂をもちつづけなければならない。

 現在、低収益また赤字に苦しむ日本のエレクトロニクス産業においても、また衰退が危惧されるその他の産業分野においても、どのようなビジネス環境であれ、闘争心をたぎらせ、もてる経営資源を活かし、誰にも負けない努力と果てしない創意工夫を続けていきさえすれば、必ず道は開け、事業を大きく伸ばすことができるはずである。

 『燃える闘魂』 第一章 より 稲盛和夫:著 毎日新聞社:刊

 グローバル化が叫ばれ、世界の市場が一つになりつつあります。
 それでも日本では、政府の規制や補助金頼みの産業分野が多いのが実情です。

 リスクをとって、失敗を恐れずに、新しいことにチャレンジする。
 そんな経営者がなかなか出てこないのは、日本の将来にとって大きなマイナスですね。

命を賭して集団を守る


 稲盛さんは、経営者には「命を賭して従業員と企業を守る」といった気概と責任感が必要不可欠だと述べています。

 この集団を守るという闘魂は、単なる粗暴ですぐに暴力をふるうという意味での闘魂ではなく、母親が抱くような闘魂である。
 たとえば、母鳥がヒナを襲ってくる鷹に対して自分から挑んでいくように、幼い自分の子供が外敵に襲われようとしたとき、小動物であっても、強大な敵に立ち向かっていくことがある。また、自分の身の危険を顧みず、敵を自分のほうにおびき寄せ、子供を救おうとするように、母親は凄まじい勇気と闘魂を示し、わが子を守ろうとする。
 経営者としての責任を果たそうとするなら、そのような闘魂が必要になると、わたしは思う。自分の会社、従業員を何としても守る、という強い責任感を経営者が持てば、腹はすわってくる。もともとは柔弱でケンカもしたことがなく、闘魂のかけらも見受けられない人間であっても、ひとたび経営者となった瞬間に、多くの従業員を守るために敢然と奮い立つ。そのような経営者でなければ、従業員の信頼を得ることはできない。

 日本では現在、そのように従業員や起業を守るどころか、みずからの保身に汲々(きゅうきゅう)とする経営者が非常に多くなっている。企業不祥事を引き起こしても責任をとらず、むしろ部下が責任をとって辞めていくというケースが、大企業などでもまま見受けられる。これも、リーダーの選択を誤ったということではないかと思う。
 単に能力をもった人がトップになるのではなく、真の闘魂、つまり「命を賭して従業員と企業を守る」という気概と責任感をもった人がリーダーになるべきである。

 『燃える闘魂』 第二章 より 稲盛和夫:著 毎日新聞社:刊

 格闘技選手が見せるような、誰にでも分かるギラギラした闘志ではありません。
 内に秘めた熱意、何事にも屈しない岩のように堅い精神力が求められるということ。

 先行きの見えない不安な時代。
 だからこそ、集団の先頭に立つ人には、そんな「燃える闘魂」がますます必要とされます。

「徳」を基礎にした国づくり


 稲盛さんは、わたしは日本という国家の舵取りにあたっても、今後、徳ということをベースにした活動が望ましいと考えます。

 つまり、人口や領土、天然資源、経済規模、軍事力などの「ハードパワー」を、徳(ソフトパワー)が制御する必要があるということ。

 かつて「富国有徳」の国家、つまり国を富ませ、徳のある国づくりを目指すべきだという論が唱えられたことがあった。その真の意味は、国を富ませるためには、まずは「燃える闘魂」をもって、産業を興隆させ、経済を成長させることが必要であるが、同時にそのベースに「徳」を備えていなければ、けっして長期的な繁栄をもたらすことはできないということであろうと、わたしは理解している。
 徳というやさしく思いやりに満ちた価値観は、東洋あるいはアジア全体に共通して流れる精神である。国境や民族、文化の違いを超え、われわれアジアに等しく息づいているものであり、アジアが世界に誇るべき精神資産である。
 日本はアジアの代表として、新しい国のあり方である「富国有徳」のモデルを実践し、世界の範となるべきではないだろうか。
 日本には潜在的な力が十分にある。ただ、その力が発揮されるような国民の意識のあり方や、社会の仕組みが欠落していただけのことである。そのため、われわれは迷走し、「失われた20年」をたどることになった。
 日本人が本来もっている徳、つまり世界にもまれな高い精神性に対する自信と自負を取り戻し、目指す国や社会のあり方を明確にして、リーダーが舵取りをしっかりやれば、日本は必ず復活を遂げることができる。

 『燃える闘魂』 第四章 より 稲盛和夫:著 毎日新聞社:刊

 高い精神性を取り戻し、心や意識を変えることで、集団は劇的な変化を遂げる。
 稲盛さん自身が、日本航空の再建で身をもって示してくれたことです。

日本人の高い精神性を「ものづくり」に生かす


 少子高齢化が進み、人口減の社会へ進まざるをえない日本。
 稲盛さんは、日本は質的向上を基軸に考え、他のどの国もまねができないような付加価値の高いものをつくり、サービスを行なう。そのような社会を目指すべきだと述べています。

 そのモデルは、「ものづくり」にあります。

 日本刀やその他伝統工芸品は、どの分野も世界的にも驚くほどの水準にあります。
 その技術や精神が受け継がれて、「ものづくり」大国日本が形づくられました。

 なぜ日本人は、高度なものづくりの技術を蓄積することができたのであろうか。
 そこには、日本人の敬虔(けいけん)で高い精神性が色濃く反映されている。たとえば、伝統工芸の世界では、匠たちは仕事の前に身を浄め、ときに刀匠のように白装束に身を固める。これは、ものをつくるということは神聖な行為であり、したがって、ものをつくるに際しては、みずからの身を浄め、魂を浄化する必要があり、さらにはそうしたことを通じて、つくるものに魂を入れなければならないと考えてきたからにほかならない。
 その根底には、物質と精神を分けて考える西洋的な二元論的発想ではなく、ものと心はひとつであるという「物心一如(ぶっしんいちにょ)」の日本固有の世界観がある。
 つまり、物質と精神を別の存在と位置づけ、ものづくりにおいて単に合理性や効率性を追求するのではない。物質と精神を不可分の存在として、ものづくりにおいても「心の働き」を大切にする。ひと言でいえば、つくるものそのものになりきる。あるいは、つくるための道具そのものになりきる。
 たとえば、日本刀づくりでは、鍛えあげた鋼に焼きを入れる工程ひとつにも凄まじい集中力が必要で、その結果、鋼のなかに自分が入り込んで一体となる物心一如の境地に達しなければ、工程は完了しない。すべては日本人の敬虔で高い精神性に由来する。

 『燃える闘魂』 第六章 より 稲盛和夫:著 毎日新聞社:刊

 日本には、古来から「あらゆるものに魂が宿る」という考え方があります。
 自分たちのつくる製品に「魂を込める」という発想は、日本人独自のものです。

 古の昔から培ってきた日本人の「ものづくりDNA」。
 これからも絶やさずに、新しい分野でも、発展させていきたいですね。

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「燃える闘魂」を持ち続け、戦後の日本経済成長を牽引(けんいん)し続けた稲盛さん。
 そのお人柄同様、格調高い文面からにじみ出る、内に秘めた「熱さ」が随所に感じられました。

 稲盛さんは、「近代日本は、80年の周期で大きな歴史的な変動を繰り返してきた」という持論をお持ちです。

 2025年が第二次世界対戦で敗戦してちょうど80年。
 今から10年後の日本は、再び輝きを取り戻すのか。
 それとも、奈落の底に落ちるのか。

 私たち一人ひとりの「燃える闘魂」の見せどころかもしれません。
 今こそ、日本人の底力、世界に示したいですね。


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