【書評】『Think Smart』(ロルフ・ドベリ)
お薦めの本の紹介です。
ロルフ・ドベリさんの『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』です。
ロルフ・ドベリ(Rolf Dobelli)さんは、スイス生まれの作家・実業家です。
「幸福」を手に入れるのではなく「不幸」を避ける
起業家として、経営者として、何度も「思考の罠」に陥っては、“幸運にも”そこから抜け出してきたドベリさん。
彼の成功の秘訣は、どこにあるのでしょうか。
ローマ教皇がミケランジェロに尋ねた。幸福を求めるのではなく、不幸を遠ざける。
「あなたの才能の秘密を教えていただけないでしょうか? あなたはどのようにしてダビデ像をつくり上げたのですかーーこの傑作中の傑作を?」
ミケランジェロはこう答えた。
「とても簡単です。ダビデではないものを、すべて排除したのです」
正直なことをいえば、「どうすれば確実に成功をおさめられるのか」など、実際にはわからない。「どうすれば確実に幸せになれるのか」もわからない。でも、何が私たちの成功や幸せを台なしにするのかは、はっきりとわかる。
大切なのは、ごくシンプルなこの事実を認識することだ。「すべきではないこと」は、「すべきこと」より、はるかに影響力があるのだ。
よりクリアな思考をし、より賢く行動するには、ミケランジェロの言葉を思い出そう。ダビデに意識を集中させるのではなく、ダビデでないものに集中して、それを排除すればいいのである。
私たちの日常に当てはめていえば、思考や行動の誤りを排除すれば、よりよい思考や行動が自然にできるようになるというわけだ。
ギリシャ人やローマ人や中世の思想家は、この考え方を「否定の道」と名づけた。文字どおり、否定し、あきらめ、省略し、制限するための方法という意味である。
これが最初に提唱されたのは神学の分野だ。「神がなんであるかは言いあらわせないが、何が神でないかははっきりと言える」という「否定法」で神を語ろうとしたのだ。
現代に置きかえれば、「何が成功をもたらすかは言いあらわせない。だが、何が成功を妨げたり、台なしにしたりするかははっきりと言える」ということだ。それだけを知っていれば十分なのである。 『Think Smart』 はじめに より ロルフ・ドベリ:著 安原実津:訳 サンマーク出版:刊
それが結果的に、幸福な人生を手に入れることになる。
逆説的ですが、まさに人生の真理を表していますね。
本書は、「ふるまいの誤り」をテーマに、賢く生き抜くための知恵を52の思考法としてまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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なぜ、大事なことをいつも「先延ばし」してしまうのか?
重要だが厄介な行為に、なかなか取りかかれない。
このような傾向を、研究者は「行為の先送り」あるいは「先延ばし」と呼んでいます。
なぜ、私たちは「先延ばし」をしてしまうのでしょうか。
その理由は、それらのことは、「始めてから成果が出るまでに、時間がかかる」
からで、そのあいだの時間を切り抜けるには、強い精神力が必要になる
からです。
心理学者のロイ・バウマイスターは、「精神力を持続させることの難しさ」を巧みな実験で証明している。面倒くさい、手間がかかる、気が進まない。
バウマイスターは学生たちをふたつのグループに分け、片方のグループの学生たちを、チョコレートクッキーを焼くいい香りがただようオーブンの前に座らせた。
そして、彼らの前にたくさんのラディッシュが入ったボウルを置き、「ラディッシュは好きなだけ食べてかまわないが、クッキーを食べるのは厳禁だ」と言いわたし、30分間、学生たちをその場に残した。もうひとつのグループの学生たちは、好きなだけクッキーを食べることが許された。
どちらのグールプの学生も、それが終わるとすぐに、難しい数学の問題を解かなくてはならなかった。
すると、「クッキーを食べることを禁止された学生たち」は、その問題を解くのを、クッキーを好きなだけ食べられた学生たちの半分の時間であきらめた。
自制心を働かせ、クッキーを食べたい気持ちを我慢したことで精神力を使い果たしてしまったために、問題を解くための意志の力が残されていなかったのだ。
意志力はバッテリーのように機能する。エネルギーを消費しつくしてしまうと、少なくともその後しばらくは、難題をこなせるだけの力はなくなってしまうのである。
「先延ばし」を避けるには、自制心を絶えず維持しつづけることは不可能だという事実を頭に入れておかねばならない。バッテリーを充電するためには、リラックスしたり、横道に逸れたりという合間の時間が必要なのだ。
そして「先延ばし」から逃れるために必要なもうひとつの条件は、横道に逸れたままになるのを防ぐための手を打っておくことだ。
たとえば、「注意が逸れる原因になるのもを、あらかじめ排除しておく」のもひとつの方法だ。私は長編小説を書くときには、インターネットの接続を切ることにしている。思うように書けないとき、ついネットサーフィンしたくなるという誘惑にかられてしまうからだ。
しかしなんといっても効果的なのは、「期限」を設定することだ。心理学者のダン・アリエリーは、「先延ばし」をもっとも効果的に防げるのは、外部から「期限(たとえば教師や税務署が決める課題や書類の提出期限など)」が設定されている場合であることを突き止めている。
自分で「期限」を設定する場合は、行うべきことをいくつかのパートに分け、パートごとに期限を設けておかなければ効果はない。明確な中間目標もなしに新年の抱負だけを掲げても、失敗に終わるのは目に見えているのである。
結論。「先延ばし」は不毛だが、人間的ではある。「先延ばし」を防ぐために、あらかじめいくつかの手を打っておこう。
たとえば私の隣人は、こんなふうにして博士論文を三か月で書きあげた。彼女はまず、電話もインターネットもない小さな部屋を借りた。そして論文を三つのパートに分け、それぞれに期限を設けた。
論文の話を聞きたがる人には必ず自分で決めた期限について話し、自分の名刺の裏にまでその期日を印刷した。彼女はそうすることで、個人的な期限を公的なものに変化させたのだ。
その一方で、ランチタイムと夜には、ファッション雑誌をめくったり、たっぷり睡眠をとったりして「バッテリー」を充電したらしい。 『Think Smart』 1 より ロルフ・ドベリ:著 安原実津:訳 サンマーク出版:刊
そんな行為ほど、行動に移すのに大きなエネルギーが必要だということ。
意志力というバッテリーを無駄に減らさず、こまめに充電する。
それが「先延ばし」をなくすための秘訣ですね。
「言ったこと」ではなく「やったこと」に注目する
達成できるかできないか、確信はできないけれど、とりあえず「できます」と返事をしてしまう。
いわゆる「はったり」と言われる行為は、専門的な用語で「戦略的ごまかし」と呼ばれています。
ドベリさんは、戦略的ごまかしは、大きな危機に瀕しているときほど、事実を誇張する傾向が強くなる
と指摘します。
「戦略的ごまかし」がもっとも頻繁に見られるのは、次のタイプの大規模プロジェクトにおいてだ。人間には、見栄やプライドがあります。
(a)きちんとした責任者がいないプロジェクト(たとえば政府がプロジェクトを発注したが、その後政権が交代してしまった場合など)、(b)多数の企業がかかわっていて、互いに責任のなすりつけ合いができるプロジェクト、そして(c)完成が早くとも数年後になると予想されるプロジェクトである。
オックスフォード大学の教授ベント・フライフヨルグほど、大規模プロジェクトについてよく知る人はいない。
大規模プロジェクトのコストと期限は、どうしてほぼ毎回超過してしまうのだろう? なぜなら選出されるのは、「最適なプロジェクト」ではなく、「書類のうえで最適に見えるプロジェクト」だからだ。フライフヨルグはこのことを「逆ダーウィン主義」と呼んでいる。プロジェクトの出来とは関係なしに、もっとも壮大なほらを吹きさえすれば予算を勝ちとれるからだ。
「戦略的ごまかし」とは、臆面もなく嘘をつくことなのだろうか? 化粧をしている女性は嘘をついているのだろうか? 経済力があると匂わせるためにポルシェをレンタルする男性は嘘をついているのだろうか?
もちろん、厳密にいえばこれらはすべて「嘘」だ。ただ、私たちはこうした嘘には気づかないふりをしている。そして「戦略的ごまかし」に対しても、やはり気づかないふりをする。
多くの場合「戦略的ごまかし」は無害だが、害になるケースもたしかにある。本当に重要なことにかかわる場合だ。
先の例で挙げたような、あなたの目に関することや、社員を採用するときなどがそれに当たる。だからその重要な何かが人間相手のことなら(求人への応募者、本の書き手、眼科医など)、相手の「発言」ではなく、相手の「過去の業績」に注意を払うようにしよう。
プロジェクトにかかわることなら、候補となる各プロジェクトのスケジュールやメリットやコストを吟味し、ほかよりも楽観的な見通しを立てている案があれば、発案者にその理由を尋ねよう。その案を経理担当に見せて、容赦ない批判を加えてもらうのもいい。
出版契約書には、コストや期限を超過した場合には厳しい罰金を科す条項を盛り込もう。そのうえで罰金額は、あらかじめ封鎖預金講座(月々一定の金額以上は引き出せない口座)に移しておくよう求めるといい。 『Think Smart』 15 より ロルフ・ドベリ:著 安原実津:訳 サンマーク出版:刊
だから、実力以上に「盛って」しまうのは、ある意味、仕方ありません。
ただ、戦略的ごまかしは「大きな危機に瀕しているときほど、事実を誇張する傾向が強く」なります。
大事な場面でこそ、相手の言葉を鵜呑みにせず、「過去の業績」に注意を払う。
しっかり頭に入れておきたいですね。
「プラセボ効果」を自分に対して上手に使おう!
周囲からの「期待」は、プレッシャーとなり、本人の大きな負担となることがあります。
一方、ドベリさんは、「期待」が称賛に値する刺激として機能することもある
と述べています。
1965年にアメリカの心理学者、ロバート・ローゼンタールは、いくつかの学校を対象にすばらしい実験を行った。適度な「期待」は、本人の大きなプラスの効果をもたらす。
教師たちは、「“ちょうど知力が伸びる時期”にある生徒を特定できるテスト」が開発されたと思い込まされた。テストの結果、20パーセントの生徒がこの「ブルーマー(知力が伸びる時期にある人、才能を開花させる人)」に該当すると教師たちには伝えられたが、実際にはこの20パーセントは、“無作為”に選ばれた生徒たちだった。
一年後、ローゼンタールは「ブルーマー」に選ばれた子どもたちのIQの上昇率が、それ以外の子どもたちの上昇率よりもはるかに高いことを発見した。この作用は「ローゼンタール効果」(あるいはピグマリオン効果)として知られるようになった。
自分たちの行動を意識的に「期待」に適応させようとしたCEOや最高財務責任者とは対照的に、「ローゼンタール効果」で、教師たちは無意識のうちに「期待」の影響を受けた。
おそらく教師たちは期待感から、「ブルーマー」の生徒たちに自然と以前より大きな注意を払うようになったのだろう。その結果、「ブルーマー」の生徒たちの成績は上昇した。
伸びる生徒だというテスト結果に教師がどのくらい強く影響されていたかは、彼らが「ブルーマー」の生徒たちの成績が上がると信じていただけでなく、性格にもよい変化があらわれるはずだと考えていたという事実が如実に示している。
では私たちは、自分自身の「期待」に対してはどう反応するだろう? その答えを教えてくれるのが、よく知られる「プラセボ効果」だ。
これは、科学的にはなんの治療効果もないはずの薬や治療法が効果を発揮するという現象である。「プラセボ効果」がどのように作用するのかはほとんど究明されていない。わかっているのは、「期待」によって脳が変化し、それによって体全体に変化が起きるということだけだ。
そのため、アルツハイマー病の患者は「プラセボ効果」の恩恵にあずかることはできない。「期待」を形成する脳の領域が機能しなくなっているからだ。
結論。形はないが、「期待」には影響力がある。現実を変える力がある。
私たちは期待から逃れることができるのだろうか? 期待のない人生を送ることはできるのだろうか? 答えはノーだ。しかし、「期待」と慎重につきあうことならできる。
「あなた自身」と「あなたの大事な人」に対しては、大いに期待するようにしよう。そうすれば、あなたのモチベーションも彼らのモチベーションも上昇する。
一方で、株式市場のように「あなたがコントロールできないもの」に対しては、期待値を下げたほうがいい。矛盾して聞こえるかもしれないが、失望から身を守るための最良の方法は、期待を裏切られることを予想しておくことだ。 『Think Smart』 32 より ロルフ・ドベリ:著 安原実津:訳 サンマーク出版:刊
それは、心理学的にも間違いないということ。
叱って育てるよりも、褒めて育てる。
そんな最近の教育トレンドも、根拠があるのですね。
「起きていないこと」を考えると幸せを感じられる
人間の脳には、「欠けているものを見つける」のは、「存在するものを認識する」よりずっと難しい
という特性が備わっています。
つまり、存在しているものは、ないものよりずっと価値があるように感じられる
ということ。
経済学者はこの現象を「特徴肯定性効果」と呼んでいます。
この効果は「予防キャンペーン」にも活かされている。「喫煙は肺がんの原因になります」というほうが、「喫煙しなければ肺がんにならない人生を送れます」というよりも、インパクトはずっと強くなる。私たちは「目に見えるもの」に、つい注意を奪われがちです。
公認会計士や、チェックリストを使って仕事をする職業の人々は、この「特徴肯定性効果」に陥りやすい。付加価値税の申告書が欠けていれば、それはチェックリストに記載されている項目であるためすぐに気づくが、熟練した詐欺行為は気づけない。
経営破綻したエネルギー会社エンロンの粉飾決算や、アメリカの実業家、バーナード・マドフが起こした巨額詐欺事件、イギリスのベアリング銀行を破綻させたトレーダーのニック・リーソンや、同じくトレーダーでフランスの大手銀行ソシエテ・ジェネラルに巨額の損失を負わせたジェローム・ケルビエルが行なった不正取引などの例を見れば、そのことは明らかだ。
この種の不法行為を見出すという項目は、どんなチェックリストにも記載はない。「特徴肯定性効果」によって見逃されるのは犯罪だけではない。
たとえば抵当銀行(ヨーロッパやアメリカなどにある、不動産担保ローンを扱う銀行)では、借り手の信用リスクはかなりの精度で測定される。そのためのチェックリストが設けられているからだ。
だが物件のすぐ隣にゴミ焼却場が建設される予定があるなど、担保となる不動産の価値が下落するリスクについては、そのリスクを測るためのチェックリストが存在しないために見過ごされてしまいがちだ。
あなたは、たとえばコレステロールを過剰に含むドレッシングのような、いかがわしい製品の製造者だとしよう。あなたはその製品をどんなふうに売り出すだろうか?
おそらくパッケージにはドレッシングに含まれる20種類のビタミンだけを表示して、コレステロールの含有量についてはいっさい記さないようにするのではないだろうか。そうすれば消費者はビタミンのほうに気をとられて、コレステロールの問題には気づかない。ポジティブな、そしてそこに存在している製品の記述を見れば、安全な製品だと確信してくれるはずだ。
学術の世界では、絶えず「特徴肯定性効果」が起きている。学術的な仮説が証明されると、ジャーナルに掲載され、すばらしい業績と認められればノーベル賞を受賞することもある。しかし逆に仮説の誤りを証明した場合は、ジャーナルに掲載されることはほとんどない。
私の知るかぎり、そのことに対してノーベル賞が授与されたケースはまだ一度もない。仮説の誤りの証明も、学術的には仮説の証明と同じくらい価値があるはずなのだが。
「特徴肯定性効果」のために、私たちはネガティブなアドバイス(Xはしないほうがいい)より、ポジティブなアドバイス(Yをしたほうがいい)のほうに耳を傾けてしまうーーそれらが無益か有益かは、その際あまり問題にはならないのだ。
結論。私たちは、「起きていないこと」について考えるのが不得意だ。「存在しないもの」は認識できない。
戦争中は戦争が起きていることを実感できるが、戦争がなく平和なときにはそのことに気づけない。健康なときには、自分も病気になることがあるのだという事実はほとんど意識していない。スペインのマヨルカ島で飛行機から降りて、墜落せずに無事目的地に着いたことに驚いたりもしない。
ときには「起きていないこと」について考えてみさえすれば、私たちはいまよりずっと満ち足りた気持ちになれるのではないだろうか。
一方、「ない」ことについて考えるのは骨が折れる。哲学の分野には「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?」というものごとの存在理由を問う有名な問題がある。すぐに答えの出る問題ではないが、この問いかけは「特徴肯定性効果」に抗う為有効な手段になる。 『Think Smart』 48 より ロルフ・ドベリ:著 安原実津:訳 サンマーク出版:刊
一見、いいことずくめに見えることでも、裏には必ずネガティブな事実があります。
それらをしっかり把握して、トータルで損得を判断する習慣をつけたいですね。
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古今東西、人類が重ねてきた失敗や過ちには、様々なパターンに分類できます。
まさに「歴史は繰り返す」と言われる所以ですね。
ドベリさんは、その理由を人間が共通に持っている特性にあると考えます。
そして、それらを行動心理学をベースに52のパターンに分けてまとめました。
幸せになるには、不幸になる原因を排除していけばいい。
そのために一番手っ取り早いのは、失敗のパターンを覚えてしまうことです。
皆さんも、“転ばぬ先の杖”として、本書を一読してみてはいかがでしょうか。
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