【書評】『重力のからくり』(山田克哉)
お薦めの本の紹介です。
山田克哉さんの『重力のからくり 相対論と量子論はなぜ「相容れない」のか』です。
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山田克哉(やまだ・かつや)さんは、理論物理学がご専門の理学博士です。
「重さ」と「質量」の違いは?
誰もが知っているけれど、具体的に何なのか説明できる人はほとんどいない。
その代表ともいえるのが「重力」でしょう。
「重い力」と書いて重力ですから、「重さ」と「力」がキーワードになることは予想がつきますね。まさしくそのとおりなのですが、それではみなさん、「重さとはなにか」「力とはなにか」と問われて、明快に答えることができますか?
「重さ」も「力」も、あまりに日常に馴染(なじ)んだ言葉であるためか、その“物理的な意味”は案外、理解できていないものです。また、「重さ」とよく似た言葉に「質量」がありますが、両者の違いを明確に答えることができるでしょうか?
そこでまずは、「質量」と「重さ」の違いを考えることから話を始めましょう。それは、「重力」の核心に迫っていく準備運動としても役立つはずです。
子ども向けの科学の本では、「質量」という言葉は使われず、「重さ」と表現されています。大人の世界ですら、日常生活において「質量」という言葉を使う機会はほとんどありません。一般向けの物理の啓蒙書(けいもうしょ)でも、質量の代わりに重さが使われているケースがままあるようです。
「質量と重さは同じ」ということなのでしょうか? 「質量」という言葉はどこか抽象的に聞こえ、「重さ」のほうがより具体性を帯びているということなのかもしれません。
「質量」の代わりに「重さ」が使われている最も大きな理由は「単位」にあります。日本中どこに行っても、ものを量る際の「重さの単位」には「グラム(g)」や「キログラム(kg)」が使われていますね。スーパーなどで食品を買うときにはたいてい、「100gあたりの値段」や「1kgあたりの値段」が示されています。このように、日常に馴染んだ単位が使われていることが、「重さ」に具体性を感じることができるいちばんの理由でしょう。
ところが、グラムやキログラムは、じつは「重さの単位」ではないのです! グラムやキログラムは本来、「質量の単位」なのです。いったいどういうことでしょうか。まず、「物質」と「物体」は必ずしも同じではない、というところから始めしましょう。物体は、はさまざまに異なった材料(あるいは材質)から構成されています。
たとえば、鉛筆という物体は、グラファイト(結晶状の炭素)という材質と木から構成されています(ときにはさらに消しゴムが加わることも)。時計も、通常はある一種の金属だけで構成されてはいませんから、やはり物体です。多数の部品からなるスマホやパソコンは言わずもながです。加えて、物体には、さまざまな「形」や「大きさ」もあります。
一方、「物質」を考える際には、「どんな材料あるいは材質からできているのか」だけが重要であり、形や大きさは問題にしません。そして、「同じ材料」からできているものどうしを「同じ物質」ととらえます。
「同じ物質」を構成する「同じ材料」とは、「同じ分子」や「同じ原子」のことです。たとえば、純粋な金属は「同じ原子」からできているので「物質」です。
そして、物質と物体に共通する性質として、両者はともに「質量」をもっています。それでは、質量とはいったい何なのでしょうか?あらかじめお伝えしておきますが、「質量」の説明は決してやさしくありません!
空港の到着ロビー付近にある手荷物受取所(バゲージクレーム)を例に考えてみましょう。バゲージクレームでは、乗客の荷物がベルトコンベアに乗ってぐるぐると回転しています。
偶然にも、まったく同じ二つの「キャリーバッグ」が出てきたとしましょう。メーカーはもちろん、大きさも色も形もまったく同じで、ネームタグもついておらず、見た目だけでは区別のつけようがありません。
便宜上、一方のバッグを「荷物A」、もう一方を「荷物B」とよぶことにします。外見上はまったく同じ荷物Aと荷物Bを見分けるにはどうすればいいでしょうか?
明確に区別できる方法が、一つだけありますーー「重さ」です。いくら外見がまったく同じでも、重さまでまったく同じである確率はきわめて小さく、ほとんどゼロと考えられます。実際に手にもってみて、荷物Aのほうが荷物Bよりも重かったとしましょう。ここで質問です。
どうして荷物Aのほうが荷物Bよりも重いのでしょうか?
決して“愚問”ではありませんよ。物理的に、とても重要なことがひそんでいるのです。
答えは、「荷物Aのほうが荷物Bよりも、”物”がいっぱい詰め込まれているから」(あるいは「荷物Aのほうが荷物Bよりも、”重い物”が詰め込まれているから」)。
荷物Aと荷物Bは、形も体積もまったく同じですが、前者のほうが後者よりも内容物の量が多い。だから、荷物Aのほうが荷物Bよりも重いのです。
なお、重さには関係なく、荷物Aにも荷物Bにもバッグの素材とは別の内容物が入っているとすると、荷物は「物体」です。
そして、この「荷物の量」が、物体としての荷物の「質量」に相当します。もう一つ、別の例を紹介しておきます。
こんどは、バッグ(とその中身)のような物体ではなく、純粋な「物質」を考えます。純粋な金属は物質であり、膨大な数の「同じ原子」から構成されています。たとえば、「銅」は膨大な数の「銅原子」だけからできています。
まったく同じ形と体積をもつ、二つの金属を考えます。具体的には、まったく同じ円柱形(シリンダー型)をした、同形・同体積の純粋な鉄と純粋なアルミニウムを考えましょう。両者ともに、円柱の内部に空洞はないものとします(図1-1)。
同形・同体積のこの状態で、鉄とアルミニウムとではどちらが重いでしょうか? 日常的な感覚からもおわかりのように、同形・同体積なら鉄のほうがアルミニウムより重いのですが、それがなぜだか説明できますか?
答えは、同じ体積中に、鉄のほうがアルミニウムよりいっぱい“物”が詰まっているから。先ほどのキャリーバッグの例と同様に、この「詰まっている物の量」が「物質の質量」なのです(つまり、鉄原子のほうがアルミニウム原子より質量が大きい)。誤解のないようにしていただきたいのですが、「物の量」は重さではありません! たとえば「リンゴ五つ」が、「重さ」を表していないのと同じです。
「質量」のイメージが、少し掴(つか)めてきたでしょうか。ところが、物理学においては、質量はこんなに簡単には定義されていないのです。ここで、「慣性質量」というものを紹介します。慣性質量を知るには、まず「慣性」について知らねばなりません。
物質も物体も、「同じ運動状態を永久に保とうとする性質」をもっています。以降は「物体」を例に話を進めますが、「物質」についても事情は同じです。
「同じ運動状態を永久に保とうとする性質」とはなんでしょうか? 具体的にいえば、「同じ速度と同じ方向を維持したまま、同じ運動を永久に保とうとする性質」です。このような運動を「等速直線運動」といいます。
あらゆる物体は、いったん動き出したら、当初の運動方向と運動速度を永久に保ちたいという”欲望”をもっており、この欲望が物体のもつ「慣性」というものです。すなわち、等速直線運動を永久に保ちたいという欲望です。したがって物体が最も好む運動は、この等速直線運動です。
身近な例で確認してみましょう。一定速度で走っている車、すなわち等速直線運動をしている自動車や電車が急停車すると、車内にいる人は必ず前方につんのめりますね。なぜでしょうか。
その理由は、速度が急に落ちるのはあくまで車体だけであり、車内にいる人は車が速度を落とす前の速度を永久に保持しようとするからです。急停車するために踏み込まれたブレーキの効果が直接かかるのは車体のみで、車内にいる人には直接的にはブレーキは効きません。人体は、人体自身がもつ慣性=「同じ運動方向と運動速度を影響に保ちたいという欲望」によってブレーキがかかる前の速度を保とうとします。その結果、車の速度が急に落ちると前方につんのめるのです。
先ほど「あらゆる物体」といったように、慣性をもつのは人間だけではありません。車体の床に直接固定されていない物、たとえば、足元に落ちていた空き缶やテニスボール等は、車の速度が急に落ちると、それまで車体に対して静止していたのが前方に転げ出します。速度が落ちるのは車体であって、空き缶やテニスボールではないからです。空き缶やテニスボールは自らの慣性にしたがって、もとの運動=等速直線運動を続行しようとします。
あらゆる物体がもつ完成の影響について、別の例でも確認しておきましょう。等速直線運動をしていた車がカーブに差しかかって運動方向を変えると、車内にいる人や、床に落ちていた空き缶、テニスボールは、どうなるでしょうか。
もうおわかりですね。もとの運動=等速直線運動を続けたいという欲望から、車が曲がる方向と逆向きに(車の床に対して)動き出します。これもまた、慣性の仕業(しわざ)です。体感的に理解できるので、わかりやすいですね。準備が整ったところで、「慣性質量」の話に移りましょう。
あらゆる物体は等速直線運動を永久に保ちたいという欲望をもっていますが、その欲望の度合いが「慣性質量」です。この欲望の度合いの強い物体ほど慣性質量が大きく、等速直線運動を変えるのが難しくなります。
たとえば、荷物を満載した大型トラックは、カーブに沿って速度や方向を変えるのが容易ではありません。急に速度を落としてストップしたり、逆に速度を上げるのにも時間がかかります。荷物を満載した大型トラックは等速直線運動から外れるのを極度に嫌い、いつまでも同じ速度と同じ運動方向を保ちたいという欲望が強いからです。つまり、荷物を満載した大型トラックは、大きな「慣性質量」をもっていることになります。
対照的に、小型で軽い乗用車であれば、カーブで減速するのに苦労はしませんね。小型乗用車は永久に同じ速度と同じ運動方向を保つ欲望の度合いが低く、したがって速度を変えやすく、速度を落として車を止めるのは容易です。同様に、運動方向を変えるのにも苦労しません。等速直線運動を容易に変えることができる小型乗用車の慣性質量は小さいということになります。『重力のからくり』 第1章 より 山田克哉:著 講談社:刊

本書は、
一般相対性理論の本質を予備知識のない人でも、理解できるように噛み砕いて説明しながら、電磁力など他の力とは大いに異なる重力の不思議な特徴をわかりやすく解説した一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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「重力」はどんな力か?
重力とは、地球が地上の物体に与える力
のことを呼びます。
地球が地上の物体に「重力」を及ぼす場合、地球と物体とは必ずしも接触している必要
はなく、接触なくして地上の物体に力を及ぼ
します。
山田さんは、重力とはどのような力なのか、以下のように説明しています。
ここではまず、重力がどの程度の力かということを、加速度を使って考えてみましょう。
二つの例を示します。図1-4左は、物体が地球の中心からきわめて遠く離れている場合です。図では、たとえば月程度の距離にある場合を示しています。
図1-4右は、地上1万m以下の近い距離を想定しています(図中のhは地球中心からの距離ではなく、地球表面からの距離であることに注意してください)。地球の半径は638万mなので、地球表面からの高さ1万mの638倍です。地球のサイズを基準として考えると、高度1万mは地表にかなり近いといえます。
以下では、図1-4右の場合に話をしぼって、高度1万m以下の高さから放された物体の落下運動だけを考えます。その理由は、加速度を一定に保ちたいことにあります。図1-4左のように物体が地球の中心からきわめて遠く離れているケースでは、その長い距離のあいだ地球重力に引っ張られつづけるために、落下していく過程で加速度が大きくなってしまい、一定加速度を保てません。
一方の図1-4右では、地球中心から地表までの半径に対して高度1万mは地表にかなり近いため、落下中の物体の加速度はほぼ一定に保たれます。一定加速度とは「速度の変化する割合が一定である」ということなので、重力の及ぼす影響を理解しやすくなるメリットがあります。
注意していただきたいのは、落下中の加速度は一定でも、落下速度は一定ではないことです。地表に近づくにつれて、どんどん速く落下します。速度は一定ではありませんが、速度の増加率は一定なので、一定加速度を保っていることになります。
もう一つ、この考察では大きな仮定を必要とします。「地上は空気がまったくなく、完全に真空になっている」という仮定です。空気が存在していると、落下中の物体に上向き(落下方向と逆向き)の空気抵抗が加わるので話がややこしくなるからです。物理現象を考える際に設けるこのような仮定を「理想状態」といいます。ここでは、「地上空間は完全真空である」という理想状態で考えていることを覚えておいてください。物体の種類や質量にかかわらず、物体の落下方向は必ず地球中心に向かいます。図1-4右の場合、いかなる物体もその落下中の加速度は一定です。地球重力と称する「力」が落下物体を加速させていることを忘れないでください。
重力に起因する一定の落下加速度を「重力加速度」といいます。地球の重力加速度については、観測の結果から「9.8m /s2」という値が得られています。この数値は、地表から高度1万m以下の真空空間で落下する物体の速度が、毎秒9.8m/sずつ増えていくことを意味しています。
9.8は10に近いので、以降は計算の便宜上、重力加速度を10/s2として考えることにしましょう(厳密性を欠くという意見もあるかもしれませんが、「重力とはなにか」という本質に迫るうえでは支障はありません)。さらに、この値は一定なので、記号に置き換えることができます。重力加速度は英語で「gravitational acceleration」なので、「g」を使います。すなわち、高度1万m以下の地上でのgの値は10m/s2として話を進めます。
重力加速度(落下加速度)の値がこれだけ明瞭にわかれば、落下中の質量mkgの物体を地球が引っ張る力、すなわち重力は、ニュートンの第二法則(33ページ式1-1、下図)使って加速度aは重力加速度g(=10m/s2)に置き換えられるので、式1-3として表されます。重力は地球が物体を引っ張る力なので、単位はN(ニュートン)です。
地上においては、式1-3によって表される「物体にはたらく重力」のことを、その物体の「重さ」というのです(正確には、物体が地表に静止している場合の重さを指す)。
重力はその名のとおり「力」であり、力の単位はNなので、重力の単位もNになります。さらに、地上における重力の値は物体の「重さ」と同じなので、重さの単位もNです。すなわち、物体の重さの単位はキログラム(kg)ではありません(15ページ参照)。
これを実感していただくために、筆者の体の質量と重さ(体重)を考えてみましょう。筆者の体の質量は67kgです。筆者の体の重さ(体重)は、式1-3より(67kg)×(10m/s2)=670Nとなります。
あらためて確認しておきますが、「質量」と「重さ」の違いは、前者が「単なる量」であるのに対し、後者が「ベクトル量」であることです。筆者の体の質量は「単なる量」にすぎませんが、筆者の体の重さ(体重)は地球が筆者の体を地球中心に向かって引っ張る力であり、はっきりとした方向をもつ「ベクトル量」です。
残念ながら、世界中の国々で重さを単位として「kg」が使われており、本来の単位であるN(ニュートン)は使われていません。日常的にはNが用いられないことが、「質量と重さの違い」をわかりづらくしている一因かもしれません。「質量と重さの違い」としてもう一つ、決して無視できないものがあります。質量が不変である一方、重さは劇的に変化しうるということです。
「5個のリンゴ」に再登場してもらいましょう。5個のリンゴは、地球上においても、月の表面や火星の表面であっても、5個は5個で、その量(数)が変わるはずはありません。
筆者の質量も同様です。地上においても月面においても、火星表面や国際宇宙ステーション内部の無重力空間(正確には「無重力」空間)であっても、あるいは他のどのような空間にいようとも、筆者の体の質量は67kgであり、まったく変わりありません。
それでは、5個のリンゴの重さや、筆者の体重はどうでしょうか?
先ほども確認したように、地球上における筆者の体重は670Nです。この数字の意味するところは、「地球が筆者の体を地球中心に向かって引っ張る力」のことでした。しかし、もし筆者が月面に行ったなら、この数字はまったく異なるものになります。
なぜなら、「筆者の体を引っ張る力」の源が、もはや地球ではなくなるからです。地球に比べ、「月が筆者の体を月の中心に向かって引っ張る力」ははるかに小さいので、月面における筆者の体重は670Nよりも小さくなります。
月に限らず、火星や水星、金星や木星など、太陽系の各惑星の表面上にある、ある一つの物体にその惑星が及ぼす「その惑星の中心に向かって引っ張る力」、すなわち「その惑星における重力(重さ)」は惑星ごとに異なりますが、その物体の質量は、どの惑星に置かれていようと一定不変で、まったく同じ値(kg)です。
言い換えれば、「重さ」を表す「mg」(41ページ式1-3参照、下図)において、質量mの値は惑星の種類に関係なく一定ですが、重力加速度(落下加速度)を表すgの値は惑星ごとに異なります。先に示した「g=10m/s2」は、あくまで地球上においての値です。たとえば月面におけるgの値は1.62m/s2なので、月面での重力加速度は地球表面におけるそれの約6分の1です。すなわち、月面上で物体を放すと、その物体を地上で放したときよりゆっくり落下します。つまり、月が物体に及ぼす重力は、地球が物体に及ぼす重力より弱いのです。
そして、筆者の質量は広大な宇宙のどこでも67kgと変わりませんが、月面での筆者の体重「mg」は(67kg)×(1.62m/s2)=108Nへと変化します。地球上では670Nであった筆者の体重が、月面では108Nに激減してしまうのです。
月の表面には空気が存在しないことが知られていますが、それは、月の重力が弱すぎて、空気を月の周囲に引きとめておくことができないからです。月の表面は事実上、かなり真空に近いといえます。『重力のからくり』 第1章 より 山田克哉:著 講談社:刊





惑星が及ぼす「その惑星の中心に向かって引っ張る力」です。
つまり、同じ質量のものでも、惑星自体の質量が違えば、重力の大きさも変わってきます。
ニュートンの第二法則の式を踏まえて、質量と重力の関係をしっかり押さえておきたいですね。
「万有引力」は、どのように働くか?
重力は、惑星が惑星上の物質を引きつける力を呼びます。
実は、「この物質を引きつける力」は、すべての物質が持つ合わせています。
それを「万有引力」と呼びます。
万有引力とは、質量をもつ者(物質)どうしが、互いに引っ張り合う力のこと
を指します。
万有引力は、どのようにはたらくのでしょうか?
空間を隔てて存在している二つの物質AとBを例に考えてみましょう(ここではあえて「物質」とします)。なお、ここでいう「空間」とは、空気のまったく存在しない「完全真空」を意味しています(以降も、特に断りのないかぎり同様です)。
物質A、物質Bともに、大きさを持たない「点状物質」です。物質Aのもつ質量をmA(kg)、物質Bのもつ質量をmB(kg)としますが、点状だからといって質量が小さいとは限りません。1000kgかもしれないし、もっと大きく100万kgかしれません。また、たとえ物質Aと物質Bが、形も体積もまったく同じであったとしても、両者が異なる物質であれば質量は異なります(たとえば、一方が鉄で、もう一方がアルミニウムであった場合など)。
そのような二つの物質に関して、次のことが実験的に証明されています(図2-1)。
①物質Aは物質Bを、空間を隔てて引っ張る(なぜ引っ張るのかはわからない!)。②同時に、物質Bは物質A を、空間を隔てて引っ張る(やはり、なぜ引っ張るのかはわからない!)。
両物質のあいだの距離をr(m)で表します。「点(点状物質)」であるからこそ、図に示すように2点間の距離を正確に表すrが定義できることを覚えておいてください。
図2-1中のFAは、「物質Bが物質Aを空間を通して引っ張る力」を表しています。同様に、FBは「物質Aが物質Bを空間を通して引っ張る力」を表しています。
前述のとおり、力は必ず「方向」をもつベクトルなので、二つの力FAとFBはいずれも、方向を明瞭に示す「矢」で表現されています(なお、ベクトルは太字で示すことになっています)。矢の方向が「力」の方向を示しているので、FAは物質Aから物質Bに向かいます。FBについても同様です。
また、「矢の長さ」は力の強さに比例します。力が倍になれば矢の長さも倍に、3倍になれば3倍に、267倍になれば267倍に・・・・・・といった具合です。さらに、力を表す二つの矢は、必ず二つの点状物質を結ぶ直線上になければいけません。
問題は、これらの力が「いったいどこから生じるのか」ということです。その答えは、物質Aの質量mAと物質Bの質量mBです。これら二つの質量が、何もない真空を通して、両物質のあいだに「引力」をもたらすのです。この「引力」こそ、「重力」とよばれているものです。そして前述のように、重力が質量から「なぜ生じるのか」はわかっていません。
周知のとおり、万有引力=重力はニュートンによって発見されました。二つの物体が空間を通して、互いに相手に影響を及ぼすことから、「重力相互作用」ともよばれています。「重力相互作用」は、本質的には前章で議論した「地上において、ある高さから放された物体が自動的に(放されただけで)落下する現象」と同じです。ともに2物体間の引力による運動であり、たとえば物質Aが「地上で放された物体」に、物質Bが巨大な質量をもつ「地球」に相当します(物質Aと物質Bを入れ替えてもかまいません)。
ここで、「重力質量」というものが登場します。図2-1に示された二つの質量mA(kg)とmB(kg)は「重力質量」であり、この重力質量が重力(による引力)を生み出しているのです。すでに登場した「慣性質量」と何がどう異なるのか、気になるところですが、ここではひとまず「重力質量」というものが存在することだけをお伝えしておきます。
重力質量の大きな物体は、他の物体に大きな重力(引力)をもたらし、逆に、重力質量の小さな物体は、他の物体に小さな重力をもたらします。図2-1において、もし質量mAのほうが質量mBよりも大きい(mA>mB)場合には、「物質Aが物質Bを空間を通して引っ張る力FBは、「物質Bが物質Aを空間を通して引っ張る力」FAよりも大きくなるはずです。すなわち、FB>FAとなるはずです(FAとFBが太字でない理由は次項で説明します)。
直感的にも理解しやすい内容ですが、この説明がとんでもない間違いであることが、他ならぬニュートンによって示されました。いったいどういうことなのでしょうか?力はベクトルなので、太字Fで表すという話をしました。一方で先ほど、太字ではないFAとFBも登場しました。重力質量の謎に迫る前に、この点について確認しておきましょう。
力Fの5倍の力は、5Fです。この5Fにおける「5」は、たんに5倍を表す数値(数量)で、ベクトルではありません。しかし、5FはFの5倍の力なので当然ベクトルとなり、両者の力の向きは同じです(図2-2、下図)。
ここで、33ページ式1-1に示した「ニュートンの第二法則」(下図)を思い出してください。式1-1の左辺は力Fを示しているので、本来はベクトルとして太字Fで表すべきでした。そうなると、等号で結ばれている同式の右辺も、ベクトルでなければなりません。しかし、右辺中の質量mはたんなる量(スカラー量と言います)であり、ベクトルではありません。したがって、加速度aがベクトルということになり、太字でaと表すことになります。すなわち、F=maです。
右辺のmaは、先ほどの5Fと同様に「数値=ベクトル」となっており、「加速度aのm倍の力Fである」ことを示しています。左辺のFも右辺のmaもともにベクトルであり、力Fと加速度aはまったく同じ方向を向いています(図2-3、下図)。この関係から、質量mkgの物質(物体)は、それに加えられた力Fの方向に、加速度aで加速されることがわかります。
ところで、「方向」を考慮せずに、力の「強さ」だけに注目する場合があります。力の「強さ」はベクトルの「矢の長さ」で表され、矢が長いほど力が強く、矢が短いほど力が弱いことを意味しています。その矢の長さだけ、すなわち「力の強さだけ」を示す場合には、太字を使わずに通常の文字で表すことになっています。
先ほど「FB>FA」を太字にしていなかったのは、両者の強さの関係だけを表し、方向を考慮していなかったからです。このことを念頭に置いて、いよいよ重力質量について考えてみることにしましょう。50ページ図2-1(下図)を再度、ご覧ください。図中のFAは「物質Bが物質Aを空間を通して引っ張る力」で、FBは「物質Aが物質Bを空間を通して引っ張る力」でした。この図から、二つの引っ張る力の「方向」は明らかなので、以降は方向を考慮せず、引っ張る力の「強さ」だけを考えることにします。つまり、FAもFBも太字ではなく、通常の文字で記します。
ここで、ニュートンが22歳だったときの偉大な発見についてご紹介します。物質Aと物質Bが、空間を通して互いに相手を引っ張る力の強さを式2-1(下図)のように表すことができる事実を発見したのです。
式2-1左が「物質Bが物質Aを空間を通して引っ張る力の強さ=FA」を、右が「物質Aが物質Bを空間を通して引っ張る力の強さ=FB」を表しています。両式の右辺の分母にあるrは、2物質間の距離(m)を示しています。分子にあるmAとmBはそれぞれ、物質Aと物質Bの質量です。
この二つの式を見て、どこか違和感を覚えないでしょうか。そうです、どちらの式も、右辺がまったく同じ形をしているではありませんか! 右辺がまったく同じであるということは、両方の式の左辺もまったく同じであることを意味しています。すなわち、FA=FBです。
先ほど「質量mAのほうが質量Bよりも大きい(mA>mB)場合には、『物質Aが物質Bを空間を通して引っ張る力』FBは、『物質Bが物質Aを空間を通して引っ張る力』FAよりも大きくなるはず」といったばかりですから、「何かの間違いでは?」と訝(いぶか)しむ人もいるかもしれません。しかし、この式にはなんの間違いもないのです。
FA=FBであることについて、図2-1では二つの矢がまったく同じ長さで描かれることで示されています。つまり、二つの点状物質AとBの質量が異なっていても(mA≠mBであっても)、「物質Bが物質Aを空間を通して引っ張る力の強さ」FAと、「物質Aが物質Bを空間を通して引っ張る力の強さ」FBはまったく等しく、唯一異なるのは、これら二つの力の方向が「互いに逆向きになっている」ことだけなのです。
じつに奇妙な事実ですが、そのような現象が生じる理由は、二つの物質が互いに引っ張り合う重力の強さは、両者の質量の積(式2-1の分子にあるmAmB)に比例し、この質量の積が物質Aにも物質Bにも同時にかかるからです。それゆえに、重力相互作用とよぶのです。
二つの物質AとBの質量がどれだけ異なっていても、両者が互いに相手を引っ張る力の強さはつねに同じ、すなわち「FA=FB」ですから、「力の強さ」だけを考える場合には、もはや両者を区別するA、Bの添字は不要です。いずれもたんにF(太字ではない)で示すことができ、式2-1は式2-2としてまとめなおすことができます。これが「ニュートンの万有引力の法則」です(下図)。ニュートンの万有引力の法則が示しているのは、質量mAをもつ物質Aと質量mBをもつ物質Bが距離rだけ離れている場合、両者のあいだにはたらく「引力」は、両物質の質量の積(mAmB)を距離の2乗(r2)で割った値に比例するということです。そして、式2-2には、その比例定数として「G」が記されています。
このGは、「重力定数」(または万有引力定数)とよばれるものですが、この定数が必要な理由はなんでしょうか? それは、もし重力定数Gがなかったら、式2-2は左辺=右辺にはならず、したがって等式として成立しないからです。左辺のFは「力(その強さ)」ですから、右辺もまた「力」を示す関係式でなければなりません。しかし、二つの物質の質量と両者の距離だけでは「力」にはなりません。そこで、重力定数Gを導入することで初めて、「N(ニュートン)」を単位とする力の値を得ることができるのです。
また、右辺の分母に二つの物質の距離の2乗であるr2が入っていることは、両物質間に作用する引力の強さは、rが大きくなるほど(二つの物質が離れるほど)小さくなり、逆にrが小さくなるほど(二つの物質が近づくほど)大きくなることを意味しています。「逆2乗の法則」とよばれるものです。
そして、重要な意味をもつのが右辺の分子です。二つの物質の質量がどれだけ異なっていも、両者が互いに相手を引っ張る力の強さがつねに同じである「重力相互作用」の骨子ともいえるのが、「mAmB」の部分だからです。
きわめて重要なことなので、具体的な数値を使って説明します。ある物質Aの質量mAが1万kg、別の物質Bの質量がmBが2kgと、両者にかなりの質量差があったとしても、両物質間に作用する引力は二つの物質の質量の積(mAmB)、すなわち、1万kg×2kg=2万kg2に比例します。この同じ値が両物質にかかる(相互に作用する)ので、二つの質量がどれだけ異なっていても、物質Aが物質Bを引っ張る力と、物質Bが物質Aを引っ張る力はまったく等しくなるのです。
これこそが、ニュートンが発見した偉大な事実でした。『重力のからくり』 第2章 より 山田克哉:著 講談社:刊





つまり、私たち人間に働いているわけです。
地球が私たちを引っ張っているのと同様、私たちも地球を同じ力「引っ張っている」。
それが「万有引力の法則」が示す真理です。
「不確定原理」とは?
対の関係にある一方の値を正確に知ろうとすればするほど、他方の値が不正確になる(その値がとりうる幅が大きくなる)。
これを量子力学の世界では、「ハイゼンベルグの不確定性原理」と呼ばれています。
「不確定原理」について、あらためてまとめ直しましょう。
①粒子の位置と運動力を同時に正確に測定するのは、原理的に不可能である。一方を正確に決めるには、他方を犠牲にしなければならない。粒子の位置を正確に決めてしまうと運動量の値がまったくわからなくなり、逆に、粒子の運動量の値を正確に決めてしまうと位置がまったくわからなくなるーー粒子は、「この宇宙のどこかにいる」としか言いようがなくなる。
②粒子のエネルギーと、エネルギーを測定する時間間隔は、同時に正確に決めることができない。一方を正確に決めると、他方の値はまったくわからなくなってしまう。
なんとも不思議な性質ですが、ミクロの世界における「粒子と波動の二重性」は、不確定性原理に深く根差していることが解き明かされています。そして、「粒子性」と「波動性」を併(あわ)せ持つ存在は、「粒子」とよばれることになりました。量子をめぐる物理学が「量子力学」です。
さて、不確定原理によれば、エネルギーを測定する時間を無限に長くとったときのみ、エネルギーの値を正確に求めることができますが、測定時間が有限の場合には、エネルギーの値は定まりません(このあたりの記述は、厳密には正確性を欠きますが、本書の範囲では大づかみな理解を優先します)。ここで「エネルギーの値が定まらない」という意味を、より深く考えてみましょう。
「エネルギーと時間とのあいだの不確定性原理」によれば、測定する時間感覚が短ければ短いほどエネルギーの値はあやふやになり、正確な値からどんどん遠のいてしまいます。たとえば、エネルギーの測定値が正確に100ジュール(ジュール=Jはエネルギーの単位です)であったとしましょう。正確に100Jということは「確定値」ですから、不確かさはまったくのゼロで、とりうるエネルギーの幅もゼロになります。このような確定値を得るためには、測定時間を無限大にしなければなりません。
逆に、測定する時間感覚をたとえば0.000000000000000000000000001秒のように極端に短くすると、時間がほとんど確定することで「エネルギーがとりうる幅」はきわめて広くなり、その幅に収まるうちの、いったいどのくらいのエネルギーなのかがまったくわからなくなってしまいます。つまり、エネルギーの値は確定されません。
たとえば、エネルギーがとりうる幅が2Jから500億Jであるとしましょう。測定されたエネルギーの値は下限の2Jかもしれないし、34Jとか5万7898Jとか778万8962Jといった、その幅に収まる中途半端な値かもしれません。もちろん、上限の500億Jの可能性も考えられ、とにかく2〜500億Jのあいだのどれかの値であるわけです。エネルギーと時間の間における、このような関係を表したのが、式3-1のアミカケ部分です(正確には、左辺イコール右辺ではなく、下部に示すように不等号が含まれますが、ここでは説明の都合上、等号が成り立っているとして話を進めます)。
式3-1において、右辺の値が10-34になっている点に注目してください。小数点以下に0が33個も並ぶ、ほとんどゼロに近い値です(その背景には、量子力学に特有の「プランク定数」の存在があるのですが、これについては後述します)。これほど小さな数値は、私たち人間の感覚としてはほとんどゼロに等しいですが、ミクロを扱う量子力学においては決して無視できる値ではありません。このような小さな値を取り扱うからこそ、量子力学が成り立つのです。
さて、式3-1に示すように、エネルギーのあやふやさの幅(ΔE)と時間のあやふやさの幅(Δt)の積が一定であるということは、ΔEが大きくなればΔtが小さくなり、逆に、Δtが小さくなり、逆に、ΔEが小さくなればΔtが大きくなるということです。
この関係を、銀行からの借入金の例で視覚的に体感してみましょう(図3-2)。借入金がエネルギーに、返済期間が測定時間に相当します。
ある日突然、銀行に行って「100億円を融資してくれ」と頼んでも、それ相応の担保やきわめて信頼度の高い保証人を用意しないかぎり、引き受けてはくれないでしょう。でも、「100億円を1秒間だけ貸してくれ」と頼んだらどうでしょうか?
これだけ短い時間なら貸してくれそうですね。なにしろ、窓口でお金を受け取った1秒後にはすぐ返すのですから、銀行側に貸し倒れのリスクはありません。これは極端なケースだとしても、借入金額が大きいほど返済期間は短くなり、借入金額が小さいほど返済期間は長くなるという関係を視覚的に描いたのが図3-2です。いわば、「借入金と返済期間に関する不確定性原理」です。
不確定性原理のイメージがいくらかでも掴めたでしょうか。ところで先ほど、不確定性原理のことを“曲者”と表現しました。お金の貸し借りに喩(たと)えたことで“曲者”感がいや増してきましたが、不確定原理の曲者ぶりを本当に理解するためには、粒子というものが備えるある性質について知っておく必要があります。
現在の物理学では、たとえいまだ実際に検出されたことのない粒子であっても、あらゆる既知の粒子に対して、その「反粒子」が存在するという理論が確立されており、電子や陽子の反粒子は実際に観測されています。粒子と、その粒子に対応する反粒子は質量が等しく瓜二(ふりふた)つですが、ただ一つ、異なる点があります。反粒子の電荷の符号が、粒子の電荷の符号の反対になっているということです。「電荷」について詳しくは後述しますが、ここでは、粒子が帯びている電気といったざっくりとしたイメージでとらえてください。電荷にはプラスとマイナスの二つの符号があり、たとえばある粒子がプラスの電荷をもっていたなら、その反粒子の電荷はマイナスになっているという具合です。
さて、反粒子という不可思議な存在は、どのような経緯で発見されたのでしょうか。
1928年、イギリスのボール・ディラック(1902〜1984)は、アインシュタインの特殊相対性理論の要請を満足するような電子に対する波動方程式を導きました。このディラックの方程式によって、電子の属性として質量と電荷のほかに、「スピン」があることが判明しました。さらに驚いたことに、通常はマイナスの電荷をもつ電子とは反対に、プラスの電荷をもつ電子もまた、この世に存在しなければならないことがわかったのです。
4年後の1932年、アメリカのカール・デイヴィッド・アンダーソン(1905〜1991年)は、宇宙線の中からプラスの電荷をもつ粒子を発見し、この粒子がディラックが理論的に予言したプラスの電子とぴたりと一致したのです。このプラスの電子は、「反電子」であるということになり、反電子はプラスの電荷をもつことから「陽電子」と命名されました(“陽”はプラスという意味)。
自身が導いた方程式に、電子は生まれつきスピンをしていること、反電子たる陽電子の存在がはっきりと予測されていることを知ったディラックはすっかり驚いてしまい、「私の方程式は私より賢い」と言ったそうです。
1955年には、エミリオ・セグレ(1905〜1989年)とオーウェン・チェンバレン(1920〜2006年)が、カリフォルニア大学バークレー校の粒子加速器を使って「反陽子」を実験的に発見しました。その翌年の1956年には、「反中性子」も発見されています。
ディラックが「私の方程式は私より賢い」と語ったとおり、反粒子が続々と私たちの目の前に姿を現しはじめたのです。
じつは、反粒子のふるまいにも、エネルギー保存の法則が大いに関係しています。
ある粒子とその反粒子とかぶつかると、両者ともに完全に消滅し、その消滅地点には純粋なエネルギーからなる電磁波(光)か発生します。粒子と反粒子の対(ペア)が消滅することから、「対消滅」とよばれる現象です。対消滅の際に電磁波が発生するのは、これによって粒子と反粒子がもっていたエネルギーが保存されるからです。ここでも、エネルギー保存の法則は“鉄の掟”として、厳格に守られています。粒子とその反粒子は、電荷の符号が互いに反対になっていることだけが唯一の相違点で、質量もまったく同じです。プラスの電荷をもつ陽子の反粒子である反陽子の電荷はマイナスです。
例外は電荷をもたない光子で、光子の反粒子は光子そのものです。準備が整ったところで、いよいよ不確定性原理の曲者ぶりに迫っていくことにしましょう。なお、ここでは「エネルギーと時間」に関する不確定性原理についてのみ議論します。
先ほどの、借入金をエネルギーに、返済期間を測定時間に喩えた「借入金と返済期間に関する不確定性原理」を思い出してください。借入金額が大きいほど返済期間は短くなり、借入金額が小さいほど返済期間は長くなるという関係を示したものでした。
じつは、不確定性原理によれば、これとまったく似たような現象がこの宇宙で実際に起こりうるのです。どういうことでしょうか。
驚くなかれ、何もないはずの空っぽの空間、すなわち「真空」からエネルギーを借りてきて、そのエネルギーがE=mc2を通して質量m(kg)をもつ粒子へと変身し、結局、真空(何もないはずの空っぽの空間!)から忽然(こつぜん)と粒子が出現することになるのです。
まるで手品のようですが、これを可能ならしめるのが不確定性原理の曲者たる所以です。
あらためて、不確定性原理は「何が不確定なのか」ということを考えてみましょう。
真空から出現した粒子は、いつまでも空間にあり続けることはできません。永遠に存続することは決して許されず、ある時間が経つと、ふたたび真空へと舞い戻り、消え失せてしまうのです。つまり、真空から出現した粒子の寿命はごく短く、すぐに真空に消滅してしまうのですか、その粒子の寿命(時間)がはっきりせず、あやふやなのです。
同時に、その粒子のエネルギーの値もまたあやふやで、はっきりした数値はわかりません。このあやふやさこそ、不確定性原理のいう「不確定」です。
ただし、いくら「不確定」であるとはいえ、どんな値でも取りうるという“無制限の自由”を許されているわけではありません。むしろ、「不確定の幅」に制限をかけていることこそ不確定性原理の本質であり、その制限の幅を示すものが100ページの式3-1(下図)なのです。
式3-1のħは「ディラック定数」とよばれ、その値は式3-2に示すとおりです(なお、式3-2中のhは、100ページで少し触れた「プランク定数」です。第4章で説明します)。
二つの指揮をふまえてあらためて説明しますと、不確定性原理が示す「不確定」は、ディラック定数を2で割った値(ħ/2)によって制限を受けるということです。エネルギーの不確定さを示すΔEの値も、粒子の寿命の不確定さを示すΔtの値も、ħ/2によって制限を受け、決してまったくでたらめの不確定さをもてるわけではありません。
ここまでは、「はっきりしない」とか「あやふや」といった表現を用いてきましたが、式3-1と式3-2に示される関係式によって、その「あやふや」さには、ある一定の解像度が与えられると言い換えてもいいでしょう。さて、エネルギーと時間の不確定性原理によって、「何もないはずの空っぽの空間=真空から忽然と粒子が出現する」のでした。その忽然と出現した粒子は、真空から借りたエネルギーがE=mc2を通して物質化したm(kg)の質量をもちます。これが、88ページで紹介した、エネルギーが質量に化ける「エネルギーの物質化」という現象です。
エネルギーと時間の不確定性原理によって真空から飛び出してきた粒子は、ħ/2によって制限を受けるきわめて短時間のうちに真空へと戻り、消滅してしまいます。このような粒子の生成・消滅は、決して珍しい現象ではなく、じつは真空のあちこちで繰り返されています。これら無数の粒子の存在は、「夢からエネルキーが生じている」ことに他ならないので、鉄の掟であるはずの「エネルギー保存の法則」が破られていることになります。
しかし、ご安心ください。その掟破りにはħ/2という厳しい制約条件が課されており、それによって可能となるごく短い時間、すなわちΔtのあいだだけ存在を許され、すぐにまた真空へと舞い戻って消滅してしまうというわけです。
このような粒子は、どんなに感度の高い高性能の観測機器を用いても、決して観測されることはありません。観測不可能なこうした粒子は、バーチャルな存在という意味合いから「仮想粒子」とよばれています。
拙著『真空のからくり』(講談社ブルーバックス)で詳しく紹介したように、「何もない空っぽの空間」であるはずの真空は、じつはこれら無数の仮想粒子によって、人知れずざわめいています。不確定性原理の許す時間の範囲内で生成・消滅を繰り返す仮想粒子は、誰にも観測されることなく(存在を知られることなく)、しかしたしかに真空中にその姿を現しているのです。このような現象がそこかしこで起きている真空は、いわば大量の仮想粒子がつくる雲によって覆(おお)われていると言えるでしょう。『重力のからくり』 第3章 より 山田克哉:著 講談社:刊



量子の世界には、まだまだ私たちが想像を遥かに上回る真実が隠されていそうですね。
「宇宙膨張」は、なぜ加速されるのか?
いまだにそのメカニズムが解明されていない謎の一つに「見えない力」こと、宇宙規模ではたらく斥力の存在
があります。
現在の宇宙は,観測事実として「加速的に膨張している」と言われています。
山田さんは、「宇宙が加速的に膨張している」という事実の背後にひそむからくりほど、物理学者の探究意欲をかき立てる対象はそうそうあるものでは
ないと述べています。
「宇宙の加速膨張」とは、それほどまでに摩訶不思議な現象なのです。その“異彩ぶり”を体感していただくために、いまだ物質の存在しない「無」の状態にあった誕生直後の宇宙に、「インフレーション」とよばれる瞬間的な大膨張が起こりました。理論によれば、インフレーションは宇宙誕生から10-36秒後までのあいだに起こったと考えられています。
正確な数値ははっきりしませんが、インフレーションが起こる直前の宇宙の大きさは直径10-32mm程度だったと推測されています。そして、インフレーションが終了した直後の宇宙の大きさは、概算で直径10mmと見積もられています。
インフレーションとは、長くともわずか10-34秒の間に10-32mmから10mmまで、宇宙を急膨張させた現象です。10-34秒間という時間間隔は、小数点以下にゼロが33個も並ぶ「一瞬」とよぶことさえ憚(はばか)られるほど短い時間です。そのようなごくわずかな時間に宇宙サイズを33桁も拡大させたのですから、まさに想像を絶する瞬間的大膨張と言わざるを得ません。
これほど猛烈な膨張を引き起こしたのは、いったいどんなエネルギーなのでしょうか。インフレーションのエネルギー源が気になるところですが、まずは「宇宙の加速膨張」の摩訶不思議さを体感する旅の先を急ぎましょう。インフレーションが終わった後の宇宙空間には大量の熱が入り込み、まるで原子爆弾が炸裂したかのような高温状態にいたりました。高エネルギーの光(光子)が膨大に発生したと考えられるこの現象が「ビッグバン」です。
液体状の水の温度を下げていくと、0度Cで凝固して凍ります。しかし、0度Cになってもすぐには凍らず、しばらく液体のままでいます。この状態の水には熱が蓄えられており、蓄えられた熱を「潜熱」といいます。0度Cのまま、液体(水)と固体(氷)が混ざっているあいだに潜熱が吐き出され、熱を失った水は液体相から固体相へと相転移を起こします。
同じようなことが宇宙のインフレーション時にも起こり、インフレーションによって急激に膨張した宇宙の温度は下がって、宇宙空間に潜熱が吐き出されます。吐き出された潜熱によって温度が上がり、宇宙は灼熱状態になります。これがビッグバンです。
観測事実によれば、銀河の生成が始まったのは、ビッグバンからおよそ7億年が経過した131億年ほど前のことだと考えられます。太陽系が誕生したのが約46億年前とされていますが、その少し前、およそ50億年前までは、宇宙はゆっくりとした膨張を続けていました。
ところが、前出のパールマッターら3人の科学者による観測によれば、現在の宇宙は「加速膨張」しています。ビッグバンの終了後から50億年前までの膨張速度に比べ、現在の宇宙のほうが「より速く」膨張しているというのです。
宇宙が膨張している事実それ自体は、アメリカの天文学者、エドウィン・ハップル(1889〜1953年)の業績によって、つとに知られていました。ハッブルは1929年、現在も観測に使われているウィルソン山天文台(カリフォルニア州パサデナの北東)で得たデータから、大局的に見れば、地球から観測されるすべての銀河は地球から遠ざかりつつあり、その“後退速度”は各銀河までの距離に比例するという「ハッブルの法則」を発表しています。
ハッブルの法則によれば、地球に限らず、宇宙のどの点を選んでも、その点の周囲にある銀河は、その点から見て遠ざかっています。「宇宙のどの点を選んでも」ということは、あらゆる銀河どうしが互いに遠ざかっていることになります。そしてその後退速度は、その点から各銀河までの距離に比例しているのです。この観測事実が「宇宙が膨張している」ことの証(あかし)となりました。
ハッブルの法則は宇宙の膨張を明白に裏付けるものでしたが、それから約70年後に発見された、膨張速度が「加速している」事実には、多くの物理学者たちが度肝を抜かれました。ーー現在の宇宙には膨大な数の銀河が存在しています。その大質量に逆らって(まさしく斥力!)、しかも速度を上げながら膨張を続けている・・・・・。
強大な重力に抗(あらが)ってなお、膨張速度を上昇させるなどという芸当が、どうすれば可能になるのか?ーーこれこそが、宇宙の加速膨張が摩訶不思議たる所以です。それではいよいよ、宇宙規模ではたらく斥力の実像に迫っていくことにしましょう。
ここまでの話には、2種類の膨張が登場しました。宇宙最初期に起こったインフレーションと、現在も続く加速膨張です。それぞれに宇宙規模ではたらく斥力である両者のエネルギー源はどうなっているのでしょうか。
後者の、速度を上げながら宇宙を膨張させているエネルギーは、「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」とよばれています。「見えない力」の看板に恥じず、なかなかにいかめしいネーミングですが、「ダーク(暗黒)」とついているのは、このエネルギーの正体がわかっていないからです。エネルギーが暗いとか黒いとかいった意味ではありません。
一方、インフレーションのエネルギー源は、「真空中に取り残されたエネルギー」、すなわち真空のゼロ点エネルギーだと考えられています。ラム・シフトやカシミール効果によって「実際にそのエネルギーの作用を観測することができ」、「その存在はもはや、揺るぎないもの」となった、あのエネルギーです。
気になるのは、この両者の関係です。ともに真空(宇宙空間)を膨張させるエネルギーなのですから、ダークエネルギー=真空のゼロ点エネルギーと考えたくなるのが人情というものです。
果たして、現時点では正体不明のダークエネルギーの有力候補として、真空のゼロ点エネルギーが考えられています。
ここで、「宇宙が膨張する」という現象をあらためてとらえ直してみましょう。宇宙が膨張すると、宇宙そのもの、すなわち真空空間そのものが膨張することです。その意味では、「宇宙の膨張」というより「(真空)空間の膨張」のほうが正確な表現かもしれません。真空空間そのものが膨張しているということは、真空空間自身が新しい真空空間を創り出していることになります。
その証拠に、現在の宇宙論によれば、宇宙全体の真空のエネルギーはどんどん増加していることが判明しています。真空のエネルギーという表現を使うと、私たちはどうしても「真空中にエネルギーがある」と考えてしまいがちですが、加速膨張という事実を知った今では、「真空そのものがエネルギーをもっている」
と解釈すべきです。
真空そのものがもつエネルギーが、宇宙を膨張させているのです。このように、空間の膨張が続くかぎり絶え間なく生み出される真空のエネルギーが、すなわちダークエネルギーであるならば、話は単純明快です。しかし、現時点ではまだ、ダークエネルギー=真空のゼロ点エネルギーだと断言することはできません。
その理由は、本書のメインテーマである重力が握っています。少々込み入った話になりますが、真空のエネルギーは、量子力学と特殊相対性理論から成り立つ「場の量子論」に基づいたものであり、この理論には重力の影響が全く考慮されていません。
一方、ダークエネルギーの謎を解明するためには、重力の理論を無視することができないのです。重力を取り扱うのは一般相対性理論であり、真空のエネルギーとダークエネルギーを結びつけるためには、一般相対性理論と量子力学を統一する「量子重力理論」とよばれる重力理論が必要不可欠です。
しかし、第6章であらためて詳しく述べるように、宇宙規模ではたらく重力と極微の世界を記述する量子力学を統一的な理解するのは容易ではなく、残念ながら量子重力理論はまだ確立されていません。謎に満ちた二つのエネルギーは果たして同一のものなのか?ーー両者の関係の解明を目指して、今日も多数の物理学者たちがこの難問に挑んでいます。先ほど、「宇宙全体の真空エネルギーはどんどん増加している」という話をしました。いわば、真空のエネルギーの自己増殖です。
真空のエネルギーの自己増殖は、宇宙空間における「負の圧力」として作用すると考えることができます。負の圧力は、斥力としての「反重力効果」をもたらします。万有引力たる重力は銀河どうしのあいだに引力をもたらしますが、負の圧力は銀河どうしのあいだに斥力をもたらします。この反重力的にふるまう斥力=負の圧力が宇宙を加速膨張させ、銀河どうし(宇宙空間に存在するあらゆる物質どうし)を引き離します。
そう聞くと、こんな疑問を抱く人もいらっしゃるのではないでしょうか。
「私たちの暮らす地球を含む太陽系も負の圧力によってどんどん引き離され、やがてバラバラになってしまうのではないか?」
心配ご無用です。銀河に比べて圧倒的に小さい太陽系のようなシステムでは、負の圧力による反重力効果(斥力)」は通常の重力(引力)」に比べてあまりにも弱く、太陽系内の惑星間隔を引き離すほどの影響はもたらしません。つまり、負の圧力よる反重力効果(斥力)が作用するのは、宇宙全体の空間スケールで、なのです。
ちなみに、宇宙には無数の銀河が存在しますが、大局的に見ると(宇宙全体の空間スケールで考えると)、個々の銀河は、たんに真空空間に浮かんでいるというよりも、「その真空空間に密着している」と考えるほうが的確です。なぜなら、ハップルの法則が解き明かしたように、真空空間が膨張すれば、銀河どうしは互いに遠ざかっていくからです。宇宙全体の空間スケールには作用する一方、太陽系内の惑星間隔を引き離すほどには影響を及ぼさない負の圧力ですが、強弱こそ違え、あらゆる物質にはたらきかけていることには違いありません。この反重力による斥力は、いわば“万有斥力”であると考えることができます。
なぜ万有なのか? 第2章で詳しく解説した万有引力は「2物体間にはたらき、両者を互いに引きつけ合う力」でした。そして、「引きつけ合っているあいだは、2物体が互いに近づく速度がだんだん大きくなっていく」という性質がありました。
これとちょうど反対に、万有斥力は「2物体間にはたらき、両者を互いにしりぞけ合う力」です。そして、しりぞけ合っているあいだは、2物体が互いに遠ざかる速度がだんだん大きくなっていく」性質があります。
遠ざかる速度がだんだん大きくなることに、違和感を覚える人もいるかもしれません。「距離が離れるのだから、お互いへの影響力はだんだん小さくなるんじゃないの?」と。しかし、きちんと物理法則の理にかなっているのです。もう一度、ニュートンの第二法則を思い出してください(33ページ参照)。
引力にしても斥力にしても、「力」であることには変わりがありません。ニュートンの第二法則(F=ma)は、「どんな力であれ、力の効果は加速である」ということを示しています。したがって、引力も斥力も、ともに「加速」を生み出します。
宇宙は明らかに加速膨張しているのですから、そのからくりの背景には必ず、なんらかの斥力が存在しています。そして、斥力はF=maによって加速を生み出すのだから、宇宙空間は加速されながら膨張していることになるのです。『重力のからくり』 第4章 より 山田克哉:著 講談社:刊
宇宙空間の膨張は、真空空間自身の膨張
です。
山田さんは、真空空間の膨張にともなって新たな真空が生み出されるとともに、真空のエネルギーもどんどん増えていく
と指摘します。
宇宙の膨張とともに増えていく真空エネルギーの正体は、まだはっきりわかっていません。
それゆえ「ダークエネルギー」と呼ばれているのですね。
ダークマターを捉える「重力レンズ」
この宇宙を構成する質量の組成割合として、次の3種類が存在することが明らかになっています。
①元素周期表に記載されている原子によって構成されたふつうの物質・・・・・・約5%
②真空そのものに存在し、宇宙を加速膨張させているダークエネルギー・・・・・約71%
③正体不明な謎の物質・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・約24%
③正体不明な謎の物質は、「ダークマター(暗黒物質)」と呼ばれています。
ダークマターは、正体不明なだけでなく、光(電磁波)を発したり吸収したりすることがいっさいないため、絶対に「見ることができない(観測不能な)」物質
です。
山田さんは、そんなダークマターの存在を捉える可能性を秘めた「重力レンズ効果」という方法を紹介しています。
空間の曲がりを熟知していて、つねに最短距離を選択するーーそのような光の性質を考える際に大切なのは、たとえ曲がった空間であっても、光は直進しているということです。光は曲がった空間に沿って走りますが、曲がっているのは空間であって、決して光ではありません。最短距離を走る光は、測地線に沿って「直進」しているのです(図5-1上に描かれたP-Q間を結ぶ測地線を思い出してください)。
さて、大質量を有する銀河や銀河の集団(銀河団)の周囲の空間は、その大質量によって大きく曲げられています。したがって、光の進む道筋も、その空間における測地線に沿うことになります。
図5-2をご覧ください。
図の左側中央に描かれている「観測目的の銀河」は、観測地点である「地球上の望遠鏡」から見てかなり遠方にあります。この遠方の銀河からは、実際には無数の光線が四方八方に放出されていますが、図では4本の光線だけが描かれています(黒い矢印のついた実線)。観測目的の遠方の銀河と望遠鏡が設置してある地球のあいだに描かれている黒い物体は、大質量を有する銀河や銀河団を表しています。
図には、地球上の望遠鏡で観測された遠方の銀河の「見かけの像」が二つ、「観測目的の銀河」の上下に描かれています。このような「見かけの像」はなぜ生じるのでしょうか。
その理由は、光の直進性にあります。日常的な体験から、私たち人間の脳には「光はまっすぐ進む」という先入観が刷り込まれています。そのため、光の曲がりを認識できず、望遠鏡を通して観測する光線を疑うことなく「直進してきた」ものとして認識してしまいます。
「見かけの像」は、直進してきたと誤認した光線を逆にたどり、そのまま曲げずに延長した直線(図の点線)上に、虚像として現れます。地球上の観測者にとっては、遠方の銀貨からやってくる光は、あたかも「見かけの像」から直線的にやってきたように見えるというわけです。
地球上の観測者が見ようとしているのは「一つの遠方の銀河」なのに、望遠鏡で観測されるのは「二つの見かけの像」になってしまうーーこれが「重力レンズ効果」です。ここで、先ほどレンズの代表格として思い浮かべた「光学レンズ」と「重力レンズ」の“決定的な違い”を確認しておきましょう。この違いによって、私たちは驚くような映像を見ることになります。
地球と太陽の距離は1億5000万kmです。これだけ遠ければ、地球に降りそそぐ太陽光線は事実上、すべて「平行光線」ととらえることができます。同様に、地球からたとえば100億光年も離れているような巨大銀河から発した光線のうち、その途上で出会う天体(重力レンズ効果がもたらす銀河など)がかなり小さい場合にも、その近傍を通過する光線を平行光線と考えることができます。
ここで「平行光線」に拘泥(こうでい)する理由は、図5-3を見れば一目瞭然でしょう。
平行光線が、光学カメラや光学望遠鏡、光学顕微鏡等に使われる凸レンズ(光学レンズ)を通過する際は、屈折によってその経路を曲げられ、1点に集光します。この1点を「焦点」といいます(図 5-3右)。1点に集光する理由は、凸レンズの中央に近い部分を通過する光線ほど曲がり(屈折)の程度が小さく、中央から離れるほど曲がり(屈折)の程度が大きいことによります。
一方、重力レンズの場合はその反対で、重力レンズ効果をもたらす銀河(「重力源」とよぶことにします)に近づくほど光線の曲がり(空間の曲がり)は小さくなります。凸レンズとのこの違いは「焦点の数」として現れ、重力レンズでは、多数の焦点が現れます(図5-3左)。大きな質量をもつ天体による重力レンズ効果について、あらためてまとめておきましょう(図5-4)。
重力レンズ効果による光線の曲げられ方(空間が曲げられる度合い)は、重力源に近い領域ほど大きく、重力源から遠い領域ほど小さくなります。
凸レンズのように焦点が一つしか現れない場合には、その焦点において、一つのシャープな(鮮明な)像が得られます。このことは、日常で体験するカメラや望遠鏡、顕微鏡などによる映像からも、よく理解できるでしょう。
これとは対照的に、重力レンズの場合は無数の焦点が円状に現れ、いずれもぼやけた虚像となって観測されます(図5-5)。「驚くような映像」といったのはこのことです。円状に並ぶ多数の虚像はすべて同一の銀河のもので、たった一つの銀河がいくつも存在しているかのように見えるのです。
図5-2において虚像が二つだったのは簡易的に描いたためで、実際には図5-5のように、多数の虚像が観測されます。そのことを模式的に示したのが、図5-3左に描かれた「多数の焦点」でした。興味深いのは、「ぼやけた」とはいっても、これら虚像がどれも明るく見えることです。空(うつろ)な像なのですからもっとぼんやり見えてもよさそうなものですが、重力レンズ効果の影響を受ける光線は観測者側に曲げられて集光するために、重力レンズ効果がない場合に比べてより明るく見えるのです。
「見えない質量」ではあるものの、「見える質量(ふつうの物質)」や自分たち自身と重力相互作用を起こすダークマターもまた、大質量をもつ銀河や銀河団と同じように空間を曲げるはずです。つまり、ダークマターもふつうの物質と同様に、光を曲げることになります。
それはすなわち、ダークマターが重力レンズ効果をもたらす要因=第二の重力源となることを示していますが、どうすれば、この効果を通してダークマターの存在を捕捉できるでしょうか?
仮に、銀河を含む全ての天体が、元素周期表に記載されている原子からなる「ふつうの物質」だけで構成されていて、それらふつうの物質による重力レンズ効果によって得られるある天体の像を計算で描き出すことが可能であるとします。次に、その同じ天体を望遠鏡で実際に撮影してみると、その写真には、図5-5のような重力レンズ効果がはっきりと写し出されています。
そこで、先に計算だけを基にして描かれた「重力レンズ効果」と、実際に望遠鏡で撮影した「重力レンズ像」とを比較してみます。写真撮影した重力レンズ像のほうが計算によって描かれた重力レンズ像よりも天体像の変形が大きく、重力レンズ効果がより強く現れていたとしたら、どうでしょうか。
それは、空間の曲がりによる重力レンズ効果がふつうの物質によるものだけではなく、正体不明で観測不可能なダークマターによる重力レンズ効果も含まれている証拠になります。これが、「重力レンズ効果」を利用して、ダークマターの存在やその量を知るための手がかりを与えるヒントになってくれるでしょう。
2019年に、史上初めてブラックホールの撮影に成功した際には、国際的な大ニュースになりました。ダークマターの姿をとらえることに成功した暁には、それと同様の、否、それ以上のビッグニュースとなることでしょう。今から楽しみですね。『重力のからくり』 第5章 より 山田克哉:著 講談社:刊





その存在の唯一の手がかりが「重力」です。
ダークマターの存在を証明する理論は、すでに確立しています。
あとは、それをいかに実現していくか、ですね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
宇宙に存在する4種類の力(強い力、弱い力、電磁力、重力)のうち、重力以外の3つは、いずれも、量子力学に基づく「ゲージ場理論」による相互作用を示して
いて、量子力学の重要理論である「標準模型」にも含まれています。
しかし、「重力」だけは、他の3つとは完全に孤立しています。
力の働くメカニズムや力を伝える粒子の存在(重力子)も、いまだに多くの謎に包まれています。
重力は、宇宙誕生直後からまもなく発生していたと考えられて
います。
山田さんは、質量誕生以前の宇宙最初期に発生していた「原始重力波」には、宇宙誕生直後の情報が含まれているはずであり、直接的な観測に成功すれば、インフレーションが実際に起こったという証明
にもなるとおっしゃっています。
「重力のからくり」を解明することは「宇宙のからくり」を解明することに直結します。
誰でも知っているけれど、誰も知らない「重力」の奥深さ。
ぜひ、皆さんも本書を通して触れてみてください。
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