本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】「からだに聞いたこころの秘密」(藤堂ヒロミ)

お薦めの本の紹介です。
藤堂ヒロミさんの『からだに聞いたこころの秘密』です。

藤堂ヒロミ(とうどう・ひろみ)さんは、潜在意識の専門家です。

「からだ」はぜんぶ知っている!

「なんだか嫌な感じ」と、胸がザワザワする。
そんな理屈では説明できないけれど、からだが先に何かをキャッチしている状態、いわゆる「虫の知らせ」といわれる感覚。

藤堂さんは,これはあなたのからだからのメッセージであり、からだは、私たちがまだ言葉にする前の、もっともっと深いところで、いろんなことを感じ取っていると指摘します。

 私には、からだの声が聞こえます。
からだには、脳や心臓、肺、肝臓、腎臓、子宮、骨、皮膚、筋肉、脂肪・・・・・・「臓器」からできていますよね。
臓器それぞれに、意識である「こころ」があり、私はその各臓器の声を聞くことができるのです。
私に声が聞こえていることがわかると、臓器たちは、ここぞとばかりに話しかけてきます。
以前、高キャリアの女性がセッションにいらっしゃったことがありました。仕事への意欲も高く、チームをまとめるような立場にある方です。
最初は、「人間関係がうまくいかなくて・・・・・・」というご相談でした。
しかし、彼女の話を聞いていると、「気にしすぎなんだよね」という声が聞こえてきました。
その声は、胃が発していました。
彼女が周囲をきょろきょろと気にしているような映像を私に観せながら、
「気にしすぎなんだよね。もっと自信をもてばいいのに」
と言うのです。そして、そのことを彼女に伝えてほしいと私は頼まれました。

胃からのメッセージをそのまま彼女に伝えると、きょとんとして「私、人の目なんて気にしていません」という反応。ピンときていないようでした。
私は、彼女と胃の間にはさまれた状態でセッションをつづけることになったのですが、会社の話になったところで、彼女には思い当たることがあったようでした。
「ああ、でも、評価は気になりますね」「昇進のタイミングでもあるし、もっと上に行きたいと思っています」と話してくれました。
そして、「評価シートの時期になると、胃がきゅっと痛くなることがあるんです」とポツリ。
「だから気にしすぎ。それに評価ばかり気にして全然休んでいないでしょう? もっと自分を気にかけてあげて。ゆるめてあげて」と胃は話します。

そのまま彼女に伝えると、ハッとして、少し考え込むような時間がありました。そして、下向きかげんでボソッとつぶやくようにこう言ったのです。
「認められたくて、がんばって生きてきたような気がします。本当はお母さんに認められたかったのかもしれません。それをずっと追いかけてきたけれど、なんだか疲れちゃいました」
彼女のこの言葉を聞いていた胃はこう返します。
「がんばってきたよ。今度は自分を気にかけてあげてね」
私がこれをすぐに伝えると、彼女は、顔をあげて、
「本当にそうですよね。長い間、周りばかり気にして、自分を気にかけることを忘れていました。今日は、久しぶりに大好きな本屋さんとカフェに立ち寄って帰ります」
私が初めて微笑(ほほえ)んだ彼女の顔を見てほっとすると、胃も安心したのでしょう。
おしゃべりが静かになり、夜空に瞬く星のようにきれいな光を放っていました。

このように、私はふだんセッションなどを通して、クライアントさんのからだからのメッセージを伝え、からだとこころをつなぐ通訳のようなことをしています。
「ヒロミさんだからできるのですよね?」
そう思いますか? 確かに私は幼少期から人の奥底にあるこころの本音(無意識の声)が聞こえてしまうような子どもでした。
幼少期、うちに来て楽しそうにお茶をしている母の友人に向かって「おばちゃん、本当は怒っているのに、どうして笑っているの?」と、言い当ててしまったことも多々あり、何度母をヒヤヒヤさせたかわかりません。
しかし、私だけでなく、からだの声を聞き、からだとおしゃべりすることは誰でもできます。

『からだに聞いたこころの秘密』 プロローグ より 藤堂ヒロミ:著 サンマーク出版:刊

本書は、私たち自身がからだからのメッセージを受け取り、こころ穏やかに自分らしく、等身大の自分で生きられるようになる方法をわかりやすくまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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不安は「外に向かう思考」から生まれる

私たち人間は、37兆個という気の遠くなるような数の細胞たちが、たったひとつのからだを支えるために、24時間年中無休&無給で働いています。

藤堂さんは、しかも、それぞれが勝手に働いているわけではなく、一つひとつの細胞が、自分の役割を理解しながら、からだ全体の調和を取っていると述べています。

 たとえば、心臓の細胞たちは「心臓」として、血液を力強く送り出す役割を黙々と果たしています。
肝臓の細胞たちは「肝臓」として、毒素を中和したり、必要な栄養を蓄えたり、からだの中を整える大切な仕事を担っています。
それぞれが、自分のポジションを理解して、「いま、自分が何をすればいいか」を知り、迷うことなく働いているのです。
この「自分は何をすればいいかをわかっている」という感覚こそが、細胞たちがもっている意識の表れだと、私は思っています。

私はこれまで、臓器たちと対話をしてきましたが、腎臓から「肺になりたい」とか、肺から「もう嫌、こんな場所」などという言葉を、一度も聞いたことがありません。たったの一度も、です。
どの細胞も、どの臓器も、自分の役割をまっとうしながら、あなたが少しでも心地よく、元気に毎日過ごせるようにと協力しあい、支え合いながら働いているのです。
もちろん、中には「働きすぎだよ」「もうちょっと休ませて」「お酒、飲みすぎ!」と、ちょっとした愚痴も聞こえてきます。
でもそれらのどれもが、あなたを思う気持ち、あなたへの心配、そしてあなたへの深い愛から発せられた言葉なのです。

全細胞が、あなたのためだけに、いまこの瞬間も一生懸命働きつづけています。
あなたが笑ったとき、あなたがほっと一息ついたとき、あなたがそっと涙するときも、です。
そしていまも、この本を読み進めてくれている日も、ページをめくる指も、そのすべてをやさしく見守りながら、あなたの命を支えているのです。
からだ全体の調和が取れているとき、私には、それがまるで歓喜の音楽のように響いて聞こえます。
それはまるでオーケストラのように、からだ中に美しいハーモニーが広がり、そうして、からだ全体が虹色の光を放ち、星々のようにきらめいているのが観(み)えるのです。
それは、思わず息をのむほどの美しさです。

あなたのからだの中では、いまもおよそ37兆個もの細胞が呼吸しています。
そしてそれらのすべてが、純度100%の愛で、あなたを支え、あなたを生かしてくれているのです。

私たちは、日常の中で知らず知らずのうちに、頭(思考)で不安を生み出してしまっています。
外側に意識が向けば向くほど、周りの人や環境に振り回されやすくなってしまうという仕組みです。
意識が外側に向いているとき、私たちは思考をフル回転させています。
そして、外側に向かった意識は、人と自分を比べ、「どう思われているかな」「ちゃんと役に立てているかな」と、まるで不安を大きな風船のようにふくらませてしまうのです。
“情報洪水注意報”が鳴りひびく現代。そんなふうにこころがざわざわすることが、ますます増えているように感じています。

ここで、少し今日1日を振り返ってみましょう。
あなたの“意識の矢印”は、どこに向けられていたでしょうか。
たとえば、洋服を着替えるとき、コーヒーを飲んでいるとき、通勤電車の中にいるとき、ごはんを食べているとき・・・・・・のことを思い出してみましょう。
「あれ? まったく思い出せない」
そんな声が、あなたの喉あたりから聞こえてきそうですね(笑)。
じつは、多くの人は、ひとつの動作をしながら何かを思考しています。
洋服を着替えるときに、心地よくいられましたか? 苦手な上司のことを思考していたでしょうか。
今日のコーヒーの味はどうでしたか? 未来の心配をあれこれしていませんでしたか?
ごはんを味わいましたか? それとも・・・・・・。
これが意識の矢印が外側に向かっている状態です。
意識が外側に向かっていると、からだに意識が向いていないので動作すら覚えていないことが多いのです。

こうして考えてみると、意外とたくさんの意識の矢印が外側に向いていたことに気づきませんか。
思考でとらえると、意識はどうしても、からだではなく場所に向かってしまいがちです。でも、内側、からだに矢印を向けると、「いまここ」を感じることができるようになります。
思考は、過去、未来に行きがち。
からだは、「いまここ」にしかありませんからね。

からだに意識を向けるためには、からだの感覚を丁寧にとらえてみましょう。
小さかった頃、泣いていると、誰かが背中をさすってくれたり、頭をなでてくれたりしたことはありませんか。そんなとき、ただそっと触れてもらうだけで、安心したことでしょう。
からだに触れるだけでいいのです。
たとえば足をそっとさすってみるだけでも、意識がからだに向かいます。
お風呂でじぶんのからだをやさしくなでながら、「今日もありがとう」と声をかける。朝、肌に化粧水をつけるときにも、「今日もいい感じだね」と話しかける。そんなことだけでも、からだに意識を向けていることになります。
そして、からだに意識を向けることは、不安感を少しずつ減らし、安心感が生まれる世界を生きることにつながります。

こうお伝えすると、ポジティブな声かけ、アファメーションだと思われることがあります。
からだの声を聞くことやからだとの対話は、「いいことを探す」のではなく、ただ「からだに意識を向ける」こと。
「いいことに目を向けましょう」「ポジティブでいましょう」と言われることがあります。また、「いいこと日記をつける」「いいこと探しをする」なども、それらをこころから楽しめているなら素敵なことです。
けれど、「いいことを見つけなきゃ」と力が入ったり、「ネガティブな自分はダメだ」と不安になったりするのなら、思い切ってやめてしまいましょう。

何より大切なことは、不安を感じる自分を責めないことです。
不安をなくす必要はありません。
ただ、意識が外に向かう時間(不安)をほんの少し減らして、内側に意識を向ける時間(安心)をほんの少し増やしていくようにするだけでいいのです。
内側に意識を向ける時間を増やすだけで、日常の安心感はじわじわと育っていきます。
私は、「ポジティブになりましょう」とは言いません。
楽しみながら、自分のからだと仲良くなっていってほしい。そして、少しずつ安心感を増やしていきましょう。そんなふうにお伝えしています。

外側に意識が向いているとき、人は、呼吸が浅くなりがちです。
でも、そのことに気がつき、呼吸に意識を向けるだけで、深い呼吸ができるようになります。
これが「いまここ」。あなたのからだにいる状態です。
呼吸が浅くなっていることに気づいたら、肺のあたりにそっと手を添えて深呼吸してみましょう。それだけでも、からだはちゃんと応えてくれます。

ちょっと深呼吸をしてみましょうか。
一日にほんの少し、自分の呼吸を感じる時間をもつだけで、からだとつながることができます。
からだとつながる時間が多くなると安心感が増えます。
そして、安心感か増えると、感度も高まります。感度が高まると、自分にとって大切なものを見極める感覚が、自然と身についてきます。
この感覚が身につくと、外に答えを探しに行かなくても、必要な情報や出会いが、向こうからやってくるようになります。

私は、体をはじめ、植物や動物などとも話をするような子どもでした。
本格的に臓器と対話をするようになったのは、大学院時代に母が亡くなり、こころとからだのつながりを勉強するために海外に行ったことがきっかけです。
そこから、日本に戻ってきて個人セッションを行うようになりました。
最初は、西洋スタイルでセッションをしていましたが、数年が経(た)ち、私は次第に西洋スタイルは日本人には合わないと感じるようになりました。
西洋スタイルのセラピーは、ネガティブなものをポジティブに変えていくという発想に基づいています。
つまり、ネガティブは悪いもの、ポジティブはいいものととらえて、こころである潜在意識の「置き換え」をしていくのです。
もちろん、この手法で変化した人もいます。
ですが、ある一定の状態までは変化するものの、次第に苦しく思う人が多くなることに気づいたのです。ここから私の探求は始まりました。
そして、より深くみなさんのこころにアプローチしていくことで、私はひとつの結論にたどり着きました。

それは、こころのいちばん深いところに「変わりたくない。本当はいまのままの私を認めてほしい」との想(おも)いがある、ということでした。
つまり、「変わらなければいけない」の背景には、「いまのままの自分ではダメだ」という自己否定があったのです。
どれだけがんばって変えようとしても、いまのままの自分を否定したマイナスのスタートからでは、たとえ変わったにせよ、また次に新たな何かを「変えなければならない」と思ってしまうのです。
これでは自己肯定どころか、終わりのない置き換えが続いてしまいます。

よく考えてみると、ネガティブをポジティブに変える、対極から対極へという「0→100」の考え方自体が、とても不自然ですよね。
それに、そんなに大きく変えなくても、人は楽になることができます。
そう気づいたところから、その人の心地よいポイントを見つける「微調整」という考え方が生まれました。

日本人は、右か左か、0か100か、善か悪かという二項対立の「0→100思考」よりも「ほどほど」「さじ加減」といった言葉があるように、微調整が得意な繊細さをもつ民族です。
また、0から100に一気に反転させようとすると、こころに与える反動も大きくなり、どうしても苦しくなる人が出てきてしまいます。
心地よさや生きやすさは、人によってそれぞれ違っていていいはずです。
もし100人いれば、100通りあっていい。
0から100に変えるのではなく、ほんの少し、たとえば人によっては0が1や2になるだけでも、生きやすくなるかもしれない。そこから「微調整」という考え方をお伝えするようになりました。

また,「0→100」の考え方は、何かの基準に合わせようとしているところがあります。「自分らしく生きたい」と言いながら、「ポジティブ100の思考」の枠に自分を当てはめている・・・・・・・。
誰かのまねをするのではなく、それぞれが自分らしく生きる。そうやってお互いを尊重し合える世界を目指しているはずなのに、どうして一律に「変えよう」とするのでしょう。
これはきっと、子どもの頃に教えられた「みんなに合わせなければならない」が思い込みになって、根強く集合的無意識にまでなっているからでしょう。
人と違うことよりも同じことを重んじてきた文化ともいえますが、そもそも私たちは一人ひとり違います。

「みんなと合わせることが調和だ」という狭い定義をアップデートしましょう。
みんなそれぞれ違う個性を尊重し合うことでも、調和が生まれるという新しい世界線を生きる体験が始まります。
これって、なんだかワクワクしませんか。

いままで、微調整で多くの人が変化してきました。
「大きく変わろうとしなくても、微調整でいい」
いまこころが少しほどけて、からだがほっと安心感に包まれているとしたら、次に微調整が始まるのは、あなたの番ですよ。

『からだに聞いたこころの秘密』 1章 より 藤堂ヒロミ:著 サンマーク出版:刊

不安など、ネガティブな感情にとらわれてしまうのは、頭(思考)を使いすぎているから。
頭(思考)を使いすぎるのは、意識の矢印が外側に向いているから。

不安から解放されるためには、外側に向いている意識の矢印を内側に向けてあげること。
つまり、自分のからだに意識を向けることです。

からだに意識を向け、からだの声を聞くこと。
それは「いまここ」にあることであり、潜在意識の扉を開くことです。

「あっ、これでいいんだ」で潜在意識はアップデートされる!

藤堂さんは、こころである潜在意識をアップデートすると、かなえたい望みだけでなく、「家族との関係が自然とよくなった」とか、「昔のパートナーへの怒りがスッと消えた」といった思いもよらない変化が起きると指摘します。

「あっ、これでいいんだ」
そう思えたその瞬間、私たちのこころとからだは微調整されています。
つまり、こころである潜在意識のアップデートです。
私が以前、主催していた講座の受講生で専業主婦30年の方のお話です。
彼女は、集団になじむことが得意ではなく、小さい頃から「私ってダメだなぁ」と思って生きてきたそうです。
長い間、自分を認められずにいたのですが、からだとの対話を重ねるうちに、内側から少しずつこころがほどけてきました。
そして、生きることに少し自信をもてるようになった頃、「就職してみよう」と思い立ったのです。

就職活動で提出する履歴書には、特技や才能を書く欄があったそうです。
ただ、彼女はずっと専業主婦でしたので、社会で働くためのスキルや、これといった特技は思いつきませんでした。
いえ、“ない”と思い込んでいたんですね。
ながね「私ってダメだ」と思って生きてきた彼女ですから、ずっと「私には何もない」「私には才能なんてない」とも思い込んでいたのです。
でも、講座で一緒に学んでいた仲間に、勇気を出して「私の才能ってなんだと思う?」と聞いてみたそうです。
すると、「明るくてユーモアにあふれているよね」「以前もらったメールの文章が上手だったよね」といった、たくさんのあたたかい答えが返ってきました。
彼女は、涙があふれて止まらなかったといいます。

就職試験の当日、彼女は安心感に包まれたまま、面接に臨むことができました。
驚くことに、その安心感のまま面接が始まると同時に、「ここにこられただけでありがたいと思っている」といった感謝を面接官に熱く伝えたそうです。
そして、何十年ぶりかの面接を、緊張もせずこころから楽しむことができたのでした。
彼女の場合は、仲間の言葉で、「あっ、これでいいんだ」を体感したのです。
「あっ、これでいいんだ」
「このままの私でいいんだ」

そう感じた瞬間、ふっとからだの力が抜けます。
これが、微調整であり潜在意識のアップデートにつながります。
そして、30年専業主婦だった彼女は見事に正社員として採用されたのでした。

自己啓発やスピリチュアルを学ぶ人は、“がんばりやさん”がとても多い印象です。一生懸命に取り組むことはとてもすばらしいことです。
ただ、がんばりすぎる人は、なかなかいまの自分に満足できないので、自分を変えることに必死になってしまっています。
さらに、さまざまな学びを通して、今度はがんばらなくていいことを知ると、いつしか「がんばらないことをがんばりはじめてしまう」のです。がんばりやさんですから(笑)。
まさに、「がんばる教」が発動。そんな思考の流れを見てみましょう。

「がんばったけどダメだった」

(「がんばらなくていい」と学び)「がんばらないわ♪」

「がんばらないように、がんばる!」(「がんばる教」が発動・笑)

「自分がいま何を感じているのかよくわからない」(ドッと疲れてしまう)

これって“あるある”ですよね。
こころ当たりのある人もいるのではないでしょうか。
逆に、がんばりやさんではない人は、「がんばらなきゃ」とは思いません。
「がんばらなきゃ」と思ったことがない人がいるなんて、不思議でしょうか。もし、不思議だと思ったら、あなたはがんばりやさんです。
「私は他の人みたいに、そんなにがんばってないもん」
そう思ったあなたも、きっとがんばりやさんです(笑)。
こうした自分に気づいたら、「あ、私ってがんばってるな」と認め、そんな自分を「かわいいね」と愛(め)でてあげましょう。

「がんばらなければならない」から「がんばってはいけない」へ。
これは、先ほどお伝えした「0か、100か」と同じ考え方です。どちらも偏ってしまっています。振り子が極まで振れている状態です。
「ねばならない」「すべき」という思い込みが強くなると、からだにも人生にも不調和が起こります。これをゆるめて、微調整していきましょう。
微調整とは、振り子の揺れを小さくしていくことです。
「がんばらなければ」と、「がんばらないことをがんばる」の二極を大きく振動しながら行ったり来たりしている振り子の揺れを小さくしていくのです。

それまでずっと「いまの自分はダメだ」「もっと変わらなきゃ」と考えつづけていた人が、「これでいいんだ」と思えたその瞬間に、こころがゆるみ、極端に揺れていた振り子が真ん中に戻ります。
これがいわゆる“中庸”です。
とはいうものの、次の日になればまた「ああ、やっぱりまだダメだ」と思ってしまうかもしれませんが大丈夫。
また振り子が大きく揺れてしまうこともあるでしょう。
でも、それでいいのです。

私たちはどうしても「すぐに全部を変えなくちゃ」「ダメなところを直さなきゃ」と思ってしまいがちです。
でも、安心してくださいね。一度、こころとからだがゆるんだ感覚を味わうことができれば、からだの細胞がちゃんとその感覚を記憶してくれています。
もし頭では忘れてしまっても、以前の気づきを10%覚えている自分がいるとしたら、次は20%なるかもしれません。
確実に前に進んでいることになります。
それこそが微調整なのです。

がんばっても、がんばらなくても、どちらでもいいよね、というあなたにとっての真ん中を見つけていきましょう。
どちらかがよくて、どちらかが悪いわけではないのです。
「がんばってきた自分もOK」と、まずそこを受け入れてあげてください。
そして、「いまはがんばらなくてもいいかも」と思えたら、それもOK。
どちらでもいいという視点がもてるようになると、あなたらしさが顔を出しはじめます。

どちらでもいいという視点で物事を見るというと、ふわふわした感覚だけのものだと思われがちですが、本当は、とても実践的な知恵です。
たとえば、カウンセリングの視点で、ひとつの問題を見ているときです。
それは、富士山の三合目くらいから、ずっと同じ視線の高さで景色を見ているようなもの。もちろん、それも必要なプロセスです。
でも、もしそこから五合目そして山頂へと、少しずつ高いところへ登っていったら、同じ問題でも視座が変わり、輪郭が変わって見えるでしょう。つまり、見える景色が変わるのです。

「あれ? こんなふうに見えるんだ」
「前は大問題に見えていたけど、いまはちょっと違うかも」
微調整で得られる視座は、まさにこの「高い位置からの見え方」です。
少し周波数を上げて、もっと広い、大きな全体性の中から、物事を眺めてみる。つい、結果が出ないと焦ってしまいますが、これは「すぐに結果を出さなければならない」という思い込みがあるからかもしれませんね。
結果を出すことも大切ですが、確実に微調整で視座を育てあげていくことで、あなたのこころは軽やかになり、からだも調和して生きやすくなるでしょう。
あなたの中に、いつでも育てることができる実践的なやさしい知恵。
焦らずに、比べずに、あなた自身のペースで、少しずつその視座を育てていきましょう。

変化は、大きなことができたときだけに起こるわけではありません。
たとえば、「今日はちょっと呼吸が深くできた」「なんとなく空がきれいだなって感じられた」といった小さな変化が、あなたという存在をゆっくり、そして確実に微調整していきます。
焦らなくても大丈夫です。あなたの“ちょうどいい真ん中”は、あなたのからだがちゃんと知っています。
誰かと比べる必要もないし、何かを証明しなくても大丈夫。
「あっ、これでいいんだ」
そう思えた瞬間、あなたにはものすごく大きな潜在意識のアップデートが起こっています。
そしてそれは、あなた自身を変えるだけでなく、周りの人たちや世界にもその影響を与えてアップデートは広がっていくのです。

こうした微調整は、日々の中ではほんの少し、自分の感覚やこころの動きに意識を向けることで起こります。
大きな変化でなくても、小さな「気づき」やこころとからだの「ゆるみ」を丁寧に拾っていくことで、人生そのものが静かに、でも豊かに変わっていきます。
たとえば、「がんばらなきゃ」と考えたときに、「今日だけは、もう少し力を抜いてみようかな」と思えたら、それだけでもう立派な微調整です。
反対に、「がんばらないようにしよう」と思っても、どうしても力が入ってしまう日もありますよね。
そんなときは、「ああ、今日の私は、ちょっとがんばりたかったんだな」と自分を愛でてください。
「がんばりたい」と「がんばらない」の間を行ったり来たりしながら、この振り子のようなこころの揺れの幅を、少しずつ小さくしていきましょう。
日々の中にあるささやかな喜びを見つけること。
「今日の私はちょっと疲れてるな」と気づいて認めてあげること。
「今日は胃がもう食べないでと言ってるな」とからだの声に耳を傾けられること。
誰かと比べるのではなく、昨日の自分よりスプーン一杯程度の心地よい自分と出会っていく。
そんな毎日のほんのちょっとずつの微調整の積み重ねが、人生を大きく動かしていきます。3ヶ月後、ふと振り返ったときにあなたはきっと驚くはずです。
「あれ? 私、すごく楽になってる!」
コツコツ微調整♪ いまあなたの骨(コツ)がハミングしていますよ(笑)。
3ヶ月後を心待ちしつつ、今日の小さな変化を、楽しみながら重ねていきましょう。
ポイントは、眉間にシワを寄せずに「楽しみながら」ですよ。

『からだに聞いたこころの秘密』 1章 より 藤堂ヒロミ:著 サンマーク出版:刊

「からだに鞭を打つ」

そんな言葉もあるほど、私たちは自分のからだを顧みることなく、努力をしてしまいがちです。
しかし、それはうまくいかないどころか、逆効果です。

自分が本当にしたいこと、実現したい願い。
それらは、自分の中から湧き上がってくるものです。

まずは自分を愛でて、いたわること。
からだの微調整から始めましょう。

からだの中の「個性的な臓器たち」

藤堂さんは、からだとの対話は、特別な人だけができるものじゃなく、特に、自分自身のからだとの対話は誰にでもできるものだと信じていると述べています。

とはいえ、からだ全体の話を聞くのは、最初は難しいです。
まずは、どれか臓器を決めて耳を傾けてみましょう。

 からだの中の臓器たちは、それぞれがとても個性的。
みんなやさしくて、頼もしい存在です。
いつも静かに、あなたを支えようと力を尽くしてくれている、そんな臓器たちのことを、ご紹介しましょう。
学校にひとりはいる“クラスメイトのタイプ”にたとえて、ご紹介していきますね。

一番フレンドリーなのは、先ほどご紹介した骨です。
これは私だけが感じることでは大抵、初めて臓器と対話する人たちも、なぜか骨とは話しやすいと言います。
学校にいるクラスメイトでたとえるならば、先生が質問をしたら、真っ先に「ハイ!」と元気に手をあげるタイプ(笑)。
話しかけるのは首でも肩でも、どこの骨でもOK。
骨は「何? 何? どうしたの?」と明るく反応してくれますよ。

やさしいのは、心臓。
手を当てて「大丈夫?」と聞くと、ふわっとあたたかい温度で返してくれるような安心感があります。心臓は、必ず応えてくれる臓器。講演会では、心臓を中心にしたワークをよく行います。
学校のクラスでは、教室の片隅にいる子にも気づいてやさしい気遣いをしてくれるタイプ。
「受け取れるかな?」という思考の心配はそっとわきに置いて、話しかけてみてくださいね。

胃は、気遣い上手の”エスパー”的存在です。
空気を読むのがとても早くて、嫌なことがあるとすぐキリキリ痛んだり、人に気を遣いすぎるとたちまち元気をなくしたりします。
学校のクラスでは、リーダーに選ばれて、みんなの意見をぜーんぶ聞こうとして大変になってしまうタイプ(笑)。
「周りを気にしすぎているんだよ」
こんなメッセージは、胃からよく聞こえてきますよ。

肺はエレガントビューティー。
悲しみがあるときは、肺に聞いてみましょう。
左右の肺がハーモニーを奏でるように、その悲しみを調和しています。
悲しみが強いと、音色が変わっていくように感じられますが、本来の肺はとてもエレガントで、美しい響きをもっています。
学校のクラスでは、みんなのあこがれの存在。高嶺(たかね)の花のイメージですが、じつは落ち込んでいる人を見るとそっとそばに近寄って癒してくれるタイプ。

あまりしゃべらないけれど、ときどき核心を突いてくるのが膵臓(すいぞう)。
学校のクラスでは、いつも無口なのに、ここぞというときは鋭いひと言で先生をぐうの音も出なくさせるタイプ(笑)。
あるとき「この人、過去ばかり見てるんだよ」と話しだし、それを伝えるとクライアントさんが、ハッとしたことがあります。
口数は少ないけれど、大事なときに必要な言葉をくれる、そんな臓器です。

足は、未来を見ている臓器です。
特に、くるぶしや股関節から「もう動き出しても大丈夫だよ」というメッセージを受け取ることがあります。
学校の部活のメンバーにたとえてみましょう。
足は、登山部の部長。山頂までみんなを誘導するために、先頭に立ったり、一番後ろから励ましたりということができるタイプ。

耳は、ちょっと気まぐれな猫みたいです。
聞きたくないときはパタンと閉じて、自分で必要な音だけ選んで聞いているようです。
部活のメンバーでたとえると・・・・・・帰宅部(笑)。
学校のクラスでも、好きな授業に没頭し、興味がない授業のときは「それ、必要ないし」と自分の世界にはまり込んで窓の外を見ているタイプ。

それに対して、目は長老のような存在です。
深く静かに、そして確実に本質を見抜こうとしています。
学校のクラスでは、学級委員長タイプ。全体を把握するのが得意で、一人ひとりの性格をよく観察しています。

子宮は、”がんばりやさん”。
とてもけなげで、やさしくて、静かに支えようとしてくれる臓器。
学校のクラスでは、荷物をたくさん抱えて困っている人を手伝ったり、誰も見ていないところでゴミを拾ったりするタイプ。

腎臓は、静かに憤る臓器です。
バーッと感情を出して怒るのではなく、冷たい青色を帯びた気持ちを静かに溜(た)め込んでいるような。ですが、ネチネチしているというよりも、じっとがまんしているような印象があります。腎臓が語りかけてくるときは、私も襟を正して耳を傾けます。
学校のクラスでは、教室のドアから半分だけ顔を出して、じーっと何か言いたそうにこちらを見ているタイプ(笑)。

一方肝臓は、炎のように怒りをあらわにします。
「怒ってるよ!」
と、わかりやすく伝えてくれるのですが、でもその奥から「本当は寂しいよー」という声が聞こえてきます。
学校のクラスでは、よく怒っているけれど、意外とひとりになると反省して、寂しそうにしているタイプ(笑)。

大腸は、陰の立役者。
静かに、そしてしっかりと、あなたのために働いてくれています。
大腸に話しかけると、子どもの頃の記憶を観せられることがよくあります。
忘れていた痛みを、大腸がそっと抱えてくれていたのだと気づくことも多いのです。
学校のクラスでは、文化祭の大道具担当。日の目は見ないけれど、役者を輝かせるために、土台を築く重要な役割を担っているタイプ。

皮膚は胃と同じくらい“気遣いさん”です。
学校のクラスでは、クラスメイトはもちろんのこと、用務員さんや来校者の大人にまで声をかけて気配りができるタイプ。

アトピー性皮膚炎の症状が、顔や首に出ていたある男性のことをお話ししましょう。
彼は、いろいろな治療を試したけれど、あまりよくならずに悩んでいました。
特に、首にアトピー性皮膚炎の症状が現れていました。
「首の皮膚がこんなにひどいんです・・・・・・」
そう彼が言ったとき、皮膚は、
「僕がずっと守ってあげているんだよ」
と訴えかけてきました。
「彼は前に出たくないんだ。だから、前に出なくてもいいように僕がずっと守ってるんだよ」
その言葉を彼にお伝えすると、ハッとした様子を見せました。

どうやら、彼の顕在意識では、人前で話す仕事をしたいと考えていたようなのです。でも、ひどいアトピー性皮膚炎の症状が出ていると、人前に立つことは躊躇(ちゅうちょ)されます。
どうしてアトピー性皮膚炎が治らないのだろう? 皮膚さえ綺麗になれば、人前に出られるのに、そう感じていたようです。
ところが皮膚は、本当は不安で前に出たくない彼を守っているというのです。
「皮膚が守ってくれている・・・・・・」
彼はそうつぶやき、皮膚の言葉を受け取って真剣に考えていました。
そして、確かに人前に出るのは怖いし、このアトピー性皮膚炎がひどいうちは、人前で話す機会を先延ばしにできていたのかもしれないと気づきました。
自信がないと葛藤する彼のこころを、皮膚は守ってくれていたのですね。
彼は、自信のない自分のままで、それでも人前で話す仕事をしようと決めました。それから毎日、皮膚に向かって、
「守ってくれてありがとう。でも、これからは前に出ていきたい。応援してほしい」と伝えるようにしたそうです。
いま、皮膚の赤みも随分おさまり、司会の仕事を始めただけではなく、ときどき人前で歌まで歌うようになっています。

このように、どの臓器も本当に個性的。
でも根底にはちゃんと「愛」があります。
怒っていても、黙っていても、どの臓器も私たちの絶対的な味方です。
伝えてくれるサインは、すべて愛ゆえのメッセージです。

『からだに聞いたこころの秘密』 2章 より 藤堂ヒロミ:著 サンマーク出版:刊

私たち人間も、一人ひとり性格も個性が違います。
それと同じようように、臓器も、それぞれ違う性格や個性を持っています。

臓器の不調は、その臓器からのメッセージ。
しっかり耳を傾けて話を聞いてあげることで、症状が改善するきっかけがつかめるかもしれません。

過去も未来も「いまここ」にある!

藤堂さんは、からだの感覚で未来をとらえるとき、私は「いまここ」がすべての時空とつながっているように感じると指摘します。

「フィルムの映画」に例えると、一枚一枚のフィルムが過去・現在・未来と横に連なり、それらをつないで再生し、ひとつの物語をつくるなものです。

時間は、フィルムが過去・現在・未来と一列に並んでいるのではなく、縦に重なって存在しているようなイメージです。

 時間の概念について、少しくわしくお伝えしましょう。
先ほども少し触れましたが、過去・現在・未来を、映画のフィルムのイメージでお話ししましょう。
映画は、一枚一枚に分かれているフィルム(コマ)をつなげて再生すると、ひとつの物語になります。主人公が登場して、困難が訪れて、最後はハッピーエンドになる・・・・・・そんな流れができていきます。
その映画は、分かれているフィルムを抜いたり、増やしたり、入れ替えたりすることもできます。
過去も現在も未来も、この“いま”の中に畳み込まれ、フィルムそのものは「いまここ」にすべて縦に重なって存在している、とお話ししました。
それを私たちの脳がつないで、映画のように人生の物語をつくっているのだと私は認識しています。

たとえば、他人に言われた言葉や、昔の出来事を思い出して「私は孤独だ」と感じているとします。
それは、自分の脳がいくつかのフィルムをピックアップして組み合わせることで、「私は孤独だ」という物語を再生していきます。
何度も脳内で繰り返し、その物語が再生されるたびに、もともと「私」と「孤独」は分かれた、それぞれが単体のフィルムであることを忘れてしまいます。
それらのフィルムをつなぎ合わせて、過去の「私の物語」をいまここで再生しているのは、自分自身に他なりません。
「私の物語」は、「私は」「孤独だ」から、「私は」「友達がいる」や「幸せだ」「愛されている」へと、無数にある他のフィルムと組み合わせを変えることができるものです。

さらに、私がお伝えしている潜在意識のアップデートは、ほんのさじ加減で物語が変わる微調整です。
一気に「孤独」から「幸せ」に物語の置き換えをすることはできますが、これでは、こころに負担がかかります。
「私は孤独だ」という物語の間に、やさしく一枚のフィルムを入れながら物語を紡いでいくようなイメージが微調整です。

たとえば、「私は孤独だ」の間に、「動物と暮らす」という一枚のフィルムを差し込みます。すると、「私は孤独だ」という物語に、動物と暮らすフィルムが加わります。
このたった一枚の微調整だけで、私という主人公のこころが動物との触れ合いによってほどけていく物語に変わります。
孤独が和らいでいく出来事があれば、わざわざ幸せのフィルムに組み替えなくても、幸せの感度を高めることはできます。

さらに、こころがほどけたところに「愛されている」というフィルムを加えたらどうなるでしょうか。
主人公は、動物との交流によって愛されていることを思い出すことができるかもしれません。
二枚のフィルムを差し込むことで、孤独が和らぎ人生に幸せを感じる時間が増えていき、「私は幸せだ」という物語にアップデートされるのです。
このように、孤独から幸せまでの変化が、まるでセピア色のフィルムに木漏れ日が差すことで本来の美しさが浮き彫りになるよう、無理なくやさしくアップデートされていくのが微調整です。

もちろん、フィルムを入れ替えることが最適である場合にはそれも可能です。
また、先ほどの例のように枚数を増やす、減らす、その組み合わせは無数に存在しています。
量子力学的な解釈では、「決まった未来はない」といわれていますが、それは、こうして「いまここ」にあるフィルムを自由に組み合わせることができるからです。

過去の出来事はあなたの中に確かにあります。
ですが、その出来事にどんな意味を与えるかはあなたが選べるということなのです。私たちは、そうやって無数のフィルムの中から、瞬間、瞬間、無意識にですが最適な一枚を選んでいます。

私という物語の“映画総(創)監督”はあなた自身です。
つらい過去の経験も、未来の幸せを感じるひとコマにつなげてみましょう。
自分の人生は自分の認識次第です。
あなたの人生の物語は、想像を超えた可能性を秘めているのです。

先ほどお話ししたフィルムがある場所ーーそれが「からだ」なのです。
からだは、過去の記憶も未来の可能性も、すべてを“いま”というこの瞬間に束ねて管理しているのです。
細胞一つひとつに、すべての時空を超えて過去も未来も、畳み込まれて入っているという感覚です。
自分の過去だけでなく、ご先祖様の記憶や叡智(えいち)、感性も、そのすべてが映画のフィルムのように、いま、このからだの中にあるのです。
いまという瞬間を、からだが精密に管理してくれているのです。

そして、心地よさや違和感が現れるのも、からだです。
最近は「心地よくいましょう」と言われることも増えていますが、この心地よさを感じるのも思考ではなく、からだですよね。
違和感は「何か違うな」という瞬間の感覚です。
感覚なので、思考のように継続していきません。いかにして、その瞬間をつかまえられるかが大切です。
「ざわっ」とする、「もやっ」とするという感覚をスルーしないこと。
「ん?」という、その瞬間が大切なのです。

たとえば、望まない飲み会に誘われたり、本当は欲しくない物をセールスされたりしたとき、つい「数時間がまんすればいいことだし」「安いからいいかな」と考えがちです。
ですが、その前に「ん?」という瞬間があったはず。違和感は一瞬です。
この一瞬を逃すと、ここぞとばかりに思考が入ってきておしゃべりを始めてしまいます(笑)。
だから、まずは思考が入ってきたとき、「いま、思考が動いているな」「感覚で判断していないな」と気づくことが大切です。

ちょっとした違和感をためらわず大切にできたとき、そこが分岐点になります。
つい人は、違和感よりも「断ったら仕事がもらえなくなるかも」「嫌われてしまうかも」と思考の損得を優先させてしまいがちです。
最初の小さな一歩を、勇気を出して踏み出してみましょう。
「ん?」という間は、「私という宇宙」につながる瞬間です。
いままでの価値観をアップデートして、あなたの可能性の扉を開くためのからだからのメッセージでもあります。

とはいえ、すぐに全部やろうとしなくて大丈夫です。
ほら、肩に力が入っていますよ。
深呼吸をしながら、ストンと肩を落としましょう。
1%ずつ自分との調和率を変えていくような、そんなイメージであまり深刻になりすぎずに、「ん?」という違和感を大切にすることは、自分を愛(め)でることでもあります。
あなたの内側の愛の総量を増やして、感度をアップしていきましょう。

『からだに聞いたこころの秘密』 3章 より 藤堂ヒロミ:著 サンマーク出版:刊

私たちは、現実を映し出すフィルムを無意識に自分で選び出しています。
さらに、そのフィルムは、無数に存在し、すべて「からだ」の中にあるとのこと。

映し出すフィルムを換えて、現実を変える。
そのためには、からだからのメッセージを聞くことです。

からだからの違和感を大切にし、その声に耳を傾ける。
すべてはそこから始まります。

未来をつくる「心の3つの層」とは?

「からだ」には「こころ」があります。
その「こころ」の内側には、意識の層があります。

藤堂さんは、この「こころの層」が私たちの未来に影響を与えると指摘します。

図.内側の意識は“コーヒーゼリー”のよう
(『からだに聞いたこころの秘密』 3章 より抜粋)

 こころの内側の意識は、まるで“コーヒーゼリー”のようになっています。
コーヒーゼリーは、上が生クリームの層、下がコーヒーゼリーになっていますよね。
生クリームの部分が「顕在意識」、コーヒーゼリーの部分が「無意識」になります。
さらに、このコーヒーゼリーの部分である「無意識」の層は、大きく3つに分けることができます(上の図を参照)。

この3つの層が「潜在意識」「集合的無意識」「超意識」となります。違う銘柄のコーヒーを使ってゼリーをつくっているようなイメージでしょうか(笑)。
意識のコーヒーゼリーの構造を整理すると、上から順番に「顕在意識」→「集合的無意識」→「超意識」です。
どの層も、私たちはからだの内側にもっています。
この中の集合的無意識ですが、どれだけ多くの人が同じ思い込み(確信していること)をもっているかによって、世の中の動向、つまり未来が具現化します。
もう少しくわしくお話しすると、ひとりの潜在意識の思い込みを1票とするならば、その確率によって決まります。
私は、この層にはご先祖様から受け継いだ潜在意識も含まれると認識しています。

たとえば、明日、子ども会があるとします。
あなたは、明日の子ども会の景品を決める役員のひとりです。
子ども会の景品はある「スナック菓子」と決まっていますが、まだ味の種類が決まっていません。そこで、役員たちで投票をすることになりました。
味は、サラミ味、めんたいこ味、チーズ味の3つから選びます。
ここで選ぶスナック菓子の味が投票によって「未来を決めて」いきます。
じつは同じように、私たちの日常の中でも、潜在意識で「信じていること」が投票となり、その確率で集合的無意識が決まっていきます。
つまり、子ども会の景品が役員の投票で“サラミ味”に決まるように、明日の未来は、私たち一人ひとりの意識の票が決めていくのです。

さらに、こうした意識を超越した意識が「超意識」です。
私は、「根源宇宙」と呼ぶことがありますが、「ただそうである」という「状態」、宇宙の情報のすべてがある周波数です。
超意識につながると、視座が高くなり、広い視点で物事をとらえることができるようになります。
また、インスピレーションの受信量が増えるだけではなく、受け取る内容の精度が圧倒的に上がりもします。

潜在意識や集合的無意識は、「ねばならない」「すべき」という固定観念があります。そのため、意識が狭くなるので、自分の正しさを主張するようになり、周りや社会に「間違った人」、言い換えれば「イライラする人」や「苦手な人」の登場頻度を高めてしまいます。
また、「普通は」「一般は」というように、常識という定義に当てはまらない人に(もしくは自分に)レッテルを貼って、生きづらさを生み出してしまう傾向があります。

ところが、超意識では広い定義で物事を観察できるため、自分の個性を愛でてあげられるようになります。
それは、自分を全肯定する周波数なので、人に合わせすぎずに、等身大の自分で生きることが可能になるのです。まさに自分と調和している状態です。
さらに、意識の認識が「私」という個人から、「私たち」「自然」「地球」、それこそ「宇宙全体」としてつながりを拡大し深めていくので、孤独感が和らぎます。
全方位の愛で自分を受け入れている状態は、絶対的な安心感そのものです。

こうしたいいことずくめの超意識ですが、この超意識とつながるために大事なプロセスがあります。なんだと思いますか?
それは「潜在意識」のアップデート(微調整)です。
超意識のゲート(扉)があるとするならば、そのゲートへ導く通路があります。その通路を整備することができるのが潜在意識のアップデートなのです。
ところが多くの人は、ゲートまで導く通路が整備されていません。つまり、通路に“荷物”(かたよった思い込み)が散乱していて、とにかく通りにくいのです。
その通路も、超意識のゲートも誰にもあります。
大切なことは、超意識につながるために、これらの荷物の整理をせっせとして、通りやすくすることなのです(笑)。

潜在意識だけでなく、集合的無意識も“荷物”はかなり大きめです。
集合的無意識には、先祖代々のいうなれば遺伝的な思い込みも入っています。
通りたくても通れないようなイメージ。荷物が邪魔をして、その先の世界がどうなっているのか想像することができません。
時代が変わるときには、思いがけないことが起こりますが、それは予測不能なのではなく、“荷物”の先が見えていないからです。
この“荷物”を少しずつ動かしてでも、通りをよくして超意識の扉を開きたいと思いますよね?
もう、おわかりかと思いますが、この集合的無意識の“荷物”を動かすことができるのも、潜在意識のアップデートなのです。
せっかくですので、一緒に集合的無意識の中の遺伝的な思い込みをアップデートして、超意識までの通り道をスッキリさせましょう。

私たちのご先祖様たちは、さまざまな時代背景の中で、数えきれない体験をしてきました。その体験から培われた思い込みを私たちは、からだの細胞、DNAを通して受け継いでいます。
その代表的なもののひとつが、「犠牲になることが愛だ」という思い込みです。あるいは、「〇〇することで存在できる」。こうした“条件付存在肯定”の思い込みもありますよね。
こういった犠牲愛や条件付存在肯定が集合的無意識にあると、常に誰かのためにと意識が外側に向いてしまいます。これまでお話ししてきた「自分を愛でる(意識を内側に向ける)こと」とは正反対なのです。

自分を愛でることの大切さがわかっていながらも、なかなかアップデートができない人は、潜在意識のさらに深いそうにあるこの犠牲愛や条件付存在肯定をアップデートすることで、より自分を愛でることができるようになるでしょう。
このほか遺伝的な思い込みは、たくさんありますが、ひとつでもアップデートが起こることで、通路の”荷物”が整理されて超意識まで通りやすくなります。

からだは無条件にあなたを愛しつづけています。
からだはすべての情報を受け継いでいます。
あなたは「すでにある」命の最先端に立っています。

私たちが、潜在意識の「ねばならない」「すべき」といった思い込みや、集合的無意識にある、犠牲愛をアップデートしていくことで、超意識までの通路は想像を超えて見通しがよくなるでしょう。
そして、「やってもやらなくても、ま、いいか」「どっちでもいいか」といったフラットな意識状態になったとき、超意識へのゲートをくぐり抜けることができます。
ゲートは24時間フルオープン。あなたの体をポータルとして、超意識までつながっている通路をスイスイ通り抜けてください。
そう。からだとつながることは心、自分とつながり、潜在意識をアップデートして、宇宙(超意識)につながることなのです。

私たちのからだが小宇宙だとすると、大宇宙とは「フラクタル」になっています。フラクタルとは、一部を取り出して拡大すると、全体とよく似た形が現れる構造のことを指します。
自分という存在を「個」であると同時に、「地球」でもあり「宇宙」でもあるととらえると、私たちはとても大きなスケールの中で生きていることがわかります。
そしてその感覚をもつ、自分と向き合う時間がそのまま地球や宇宙とつながる愛(いと)しい時間になることにも気づきます。

よく、「すべてがつながっている」といわれますね。
自分のからだとつながるとは、自分のこころ、潜在意識をアップデートすることによって成立します。つながることで、本来の自分のあり方をアップデートさせると、世界も、地球も、過去も、現在も、未来も、宇宙も、アップデートするのです。

先ほどのコーヒーゼリーの例を思い出してください。
上層部の生クリームだけ食べていても、つまり、思考(顕在意識)でいいことに頭を働かせるだけでは、コーヒーゼリーを食べることはできません。さらに深く自分とつながることで、コーヒーゼリーに到達! 集合的無意識をアップデートすることができるのです。

超意識の状態は、言葉を変えると「大調和」ともいえます。
それは、からだの中の臓器たちが自分の持ち場(持ち味)をよく理解してそれぞれが働きながら、同時に調和が取れている状態です。
もし、人に合わせることが調和だという思い込みがあるならば、いますぐアップデートしましょう。何かに合わせるという調和は狭い定義ですよね。
私たち人類の大調和も、からだの全体調和と同じように、それぞれの個が立って、初めて成立します。

たとえば、満員電車をイメージしてみてください。
電車に乗っていると、揺れることがありますよね。
急カーブで、人が雪崩(なだれ)のようになって大変な体験をした人も多いのではないでしょうか。あるいは、揺れるたびに横の人が全体重をかけて寄りかかってきて、自分まで倒れそうになった・・・・・・そんな体験がある人もいるかもしれません。私は何回もあります(笑)。
これを人間関係、人生、世の中全体としてとらえてみましょう。
それぞれが自分につながっていると、しっかりと自分の足でバランスをとって立つことができます。ところが、他人に合わせてばかり、外側に意識を向けてばかりいるとフラフラして不安定になります。
人生は電車と同じで、なだらかな道もありますが、急カーブもあります。急ブレーキもあるかもしれません。
そのときに、どれだけ自分の足で立っている人がいるかが重要になります。そうでなければ、一気に雪崩が起きてみんなが倒れてしまうからです。

何かに合わせていては調和、バランスをとることができません。
ところが、一人ひとりが自分とつながっていると、急ブレーキのときに自分が立つだけではなく、周りの人に手を差し伸べる余力が生まれます。
この人数が多ければ多いほど、電車がどんなに揺れても、中は穏やかでいられるはずです。

地球や宇宙をアップデートすることは、自分の中の大調和を思い出すことです。
その第一歩はとても小さなもので大丈夫。
自分を愛でて、自分と調和をしていけばいいのです。
あなたがからだと対話して、自分と調和をしていくことで、竹のようにしなる軸が育ちます。
すると、何かが起こってバランスを崩しても、誰かに手を差し伸べる余裕が生まれ、支え合う世界線が生まれるのです。

『からだに聞いたこころの秘密』 3章 より 藤堂ヒロミ:著 サンマーク出版:刊

藤堂さんは、からだとつながることはこころ、自分とつながり、潜在意識をアップデートして、宇宙(超意識)につながることだと述べています。

私たちのこころは、思っている以上に深く広いです。
その奥深くは、超意識を通じて、宇宙全体とつながっています。

からだ(小宇宙)を通して、大宇宙からの叡智を受け取り、魂をアップデートしていきましょう。

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「私たちは光の存在である」

これまで、比喩的に使われてきたこの言葉も、量子力学の進歩によって、文字通り、真実であることが明らかになってきています。

からだを含めて、すべての物質は、フォトン(光子)と呼ばれる素粒子からできています。
意識や思考も、光を介した情報伝達から起こります。

私たちがアップデートすることは、光の存在に戻るということです。
自分自身を光り輝かせ、周囲も明るく照らす。
そんな人たちが増えれば、世の中も、地球も、さらには宇宙全体も、明るく照らされるようになります。

宇宙へとつながる果てしない道。
その最初の入り口が、私たちの「からだ」です。

私たちも、からだの声に耳を傾け「光の存在」として目覚めましょう。

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