【書評】『日本が世界一「貧しい」国である件について』(谷本真由美)

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 お薦めの本の紹介です。
 谷本真由美さんの『日本が世界一「貧しい」国である件について』です。

 谷本真由美(たにもと・まゆみ)さん(@May_Roma)は、情報管理がご専門のシステムエンジニアです。
 ツイッター上では、「メイロマ」の名前で過激な発言などで多くのフォロワーに愛されている存在です。

日本は本当に「豊かな国」なのか?


 谷本さんが住んでいるイギリスや、以前住んでいたイタリアでは、人が驚くほど働きません。
 多くの人は、休日は出勤せず、ウィークデーも残業はしません。

 定時に仕事を終わらせて、さっさと家に帰ったり、遊びに行ったりします。
 それでも生活レベルは、日本よりは不便ではあるものの、特に困るレベルではないとのこと。

 日本では、「優良企業」と呼ばれる会社でも、死ぬようなレベルの時間外労働をしています。
 そんな会社は、欧州や北米の基準では、「ヒューマンキリングカンパニー(人殺し企業)」と呼ばれます。

 日本は、モノは豊かで、治安も良く、サービスも行き届いています。
 しかし、街で人々の顔は、「なんとなく暗い顔をしている」と感じ、とても幸せそうな国には見えません。

 日本は多くの日本人が思っているように「本当に豊かな国」なのだろうか。
 谷本さんは、そんな事実を見て、こんな疑問を投げかけます。

 本書は、日本が“本当は貧しい国である”具体例を交えて指摘し、その理由を解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「遊び」や「ゆとり」を失った国


 谷本さんは、日本には物があふれているが、生活には「遊び」や「ゆとり」がないように見えると指摘します。

「遊び」とは、少々のことも真剣に受け取らず受け流すこと。
 笑いのセンスがあること、少々いい加減であることなどの「心の余裕」のことです。

「ゆとり」とは、私的なことに費やす時間がある、生活のペースがゆっくりである、気持ちが穏やかであるなど。

 日本では「この人はこうこうじゃなきゃダメや!」「何をやってはならん!」という、よくわからない「社会の掟(おきて)」=「社会規範」があります。どこに書かれているわけでも、誰がはっきりいう訳でもありませんが、何となく決まっています。女子は大口をあけて笑うな、課長は部下におごれ、町内会は絶対に加盟、運動会は絶対全員参加、体罰教師も許容しろ、肩書きある人は偉い、祭りは絶対やる、電車ではしゃべってはならん、物は買う前に食べちゃダメ等々。事細かにいろいろ決まっていて、それを破ると、なんとな〜く村八分になったり「奴は空気の読めないバカ」と悪口いわれ三昧(ざんまい)です。外国で育った人なんか、そんなのわかりません。で、ちょっと間違えると村八分(はちぶ)ですから、陰湿なことこの上ない。どこにも書いてないんだから、そんなものわかるわけないのです。
 しかも、掟はくそ真面目で、面白みもなく、なんでそれがあるのかもわからない。面白いからやろうという「遊び」、ちょっと間違ってもいいですねという「ゆとり」がゼロであります。本当にゼロ。大事なことなので繰り返しますが、ゼロ、です。いまだに頭の中は江戸時代の意地悪い田舎の農民と変わりません。村の掟は絶対、質問はダメ、破った奴は村八分していじめてやる。ああ、なんと心の貧しい人々でしょう。

  『日本が世界一「貧しい」国である件について』 1章 より  谷本真由美:著  祥伝社:刊

「江戸時代の意地悪い田舎の農民」とは、また手厳しいですね。
 しかし、述べていることはごもっともです。

 日本で生まれ育った人しかわからない、目に見えない“社会の掟”。
 ずっと日本にいると、どっぷり浸かって、なかなか自覚できないものです。

 しかし、外から改めて指摘されると、「やはり変なんだ」と気づかされますね。

「くれくれ」と「人任せ」が問題の根本


「ツイッター芸人」とも呼ばれるほど、ネット上で人気者の谷本さん。
 ツイッターやブログに、毎日、さまざまな相談が寄せられます。

 その人たちの、谷本さんのアドバイスに対する回答には、二つの共通点があります。

  • 自分の今の境遇に関して「誰かが悪い」と人のせいにしていること。
  • 自己中心的無責任で、人から「与えられる」のが当たり前と思い込んでいること。
 貰(もら)えるのが当たり前で、自分は何もしない人たち。

 谷本さんは、その人たちを「クレクレ詐欺(さぎ)」と呼びます。

 私は日本の多くの問題は、この「人任せ」と「クレクレ詐欺」が蔓延(まんえん)していることが根本にある気がしてならないのです。つまり、自発性のなさ、主体性のなさ、発想力のなさ、です。人任せで独自性がないからこそ、世界をあっと言わせるような斬新なサービスや商品が企業から生み出されない気がしますし、政府がやっていることも外国の政策の劣化コピーです。
 世の中がうまくいっていて、安定している時代には「人任せ」でも「クレクレ」でも良かったのかもしれません。お金も物もたくさんあり、自分で考えて工夫しなくても何とかなったからです。しかし今は違います。個人の能力や個性が問われ、自発的に何かやる人が欲しい物を得られる時代です。今時流に乗っている会社や研究を見ていればわかりますが、求められているのは、独自性のある付加価値を生み出す人なのです。言われたことを繰り返すだけの人、付加価値を生み出せない人には仕事はないのです。
 これを理解することなくして、何が「グローバル人材」だ! と思うわけであります。

  『日本が世界一「貧しい」国である件について』 3章 より  谷本真由美:著  祥伝社:刊

 たしかに、そのような人は、身の回りにたくさんいますね。

「先生のいうことに逆らってはいけない」
「先生の言った通りにやればいい」

 そんな日本の教育方針の副作用もあります。

 知識を詰め込むばかりで、自分で考えること怠ってきた。
 そのツケが、ここにきて露呈(ろてい)しているということでしょう。

「日本が世界から好かれている」という妄想


 いまだにバブルの頃の成功体験にしがみつき、東日本大震災にも見舞われた日本。
 世界では、「哀れみの視線」で見られています。

 日本で大きな政変があっても、英語圏や大陸欧州では取り上げられることは稀です。取り上げられても政治経済面や国際面のほんの片隅です。日本の政治より、今や、ロシアのエネルギー政策や、中東の紛争、中国政府の投資規制緩和の方がうんと重要なのです。
 日本の不況の原因にはさまざまな説明がありますが、私は失敗を恐れる日本人の保守性や、改革に取り組んで来なかったことも原因の一つだと考えています。しかしながら、世界一の少子高齢化社会になろうとしており、世間には介護が必要な老人や、仕事が得られない若い人、未来のない非正規雇用の身分に絶望して自殺する若い人が増え続けているのです。先進国で若者の自殺がこんなに多いのは韓国と日本だけです。福島の原発は終息しておらず、まだ放射性物質を放出し続けています。いつ、何時、大きな地震があるのか、大きな津波があるのかわからない状態です。冷却のための汚染水も増え続け、処理のめども立たない状況です。それなのに、日本では政策ではなく「政局」という、政治家の誰と誰がくっついた、誰と誰が喧嘩(けんか)した、などというくだらないことを延々と議論しています。
 深刻な問題が山のようにあるのに、こんな馬鹿げたことに時間を費やしている国を、「まともな国」として取り合う人は、残念ながら多くはありません。

  『日本が世界一「貧しい」国である件について』 5章 より  谷本真由美:著  祥伝社:刊

 イギリスでも、取り上げられる日本の話題は暗いニュースばかり。
「我々は日本のようになってはいけない」という記事まで書かれるありさまです。

 政治は、その国を写す鏡です。
 国民が「人任せ」「クレクレ」なら、その人たちが選ぶ政治家も、「人任せ」「クレクレ」です。

 世界から哀れみの目で見られ、しかも「まともな国」として認識する人が多くはない。
 薄々気づいていたことでも、はっきり言われるとショックです。

 しかし、これも現実。
 受け止めて、ここから立ち直るしかありません。

「違う」から価値が生み出せる


 世界から取り残され、忘れられ、沈みゆく日本人。
 私たちが、今後生き残っていくには、どうしたらいいのでしょうか。

「労働力のグローバリゼーション」が進み、世界中で「似たようなもの」が増えている今。
 逆に、「違うもの」「独自なもの」の価値が高まっています。

 働き手である私たちも、「違うもの」を作り出す能力が求められるということ。
 それを踏まえ、谷本さんは、「誰にも真似できないスープと麺をだす世界でたった一軒のラーメン屋台になれ」と指摘します。

「誰にも真似できないスープと麺をだす世界でたった一軒のラーメン屋台」になるためには、他人と同じ考え方、同じ行動、同じ物を見聞きしていては無理なのです。同じ物を見たり読んだりしても、それを違う方向から検証してみる。また、関連する物を自発的に探して自分の世界を広げる。また、人が「これは縦から横にするしか方法がない」と言うことを「水槽に沈めて鞭(むち)で叩かれながらイチジク浣腸(かんちょう)を注入してみる方法もある」と提案する人になる必要があるわけです。
 毎日友達と地上波放送のテレビだけ見て、同じような記事を垂れ流す新聞を読み、コンビニでみんなと同じ物を食べ、みんなが買うからと同じ物を買っていては、「水槽に沈めて鞭で叩かれながら、イチジク浣腸を注入してみる方法もある」と提案する人になることはできません。周囲と同じ物を頭に詰め込み、同じ行動をとる、ということは、人が宣伝した物を信じ込んで買ったり、人が意図したように動く、ということです。要するに自分では何も考えないということです。何を買うか、何を食べるか、何を着るか、何を読むか、何を正しいと判断するかなど、普段の生活の一つ一つを自分の頭で考えていなければ、いざという時に独自のアイディアなど浮かんでこないのです。

  『日本が世界一「貧しい」国である件について』 6章 より  谷本真由美:著  祥伝社:刊

 これからは、「みんなと同じこと」ではなく、「みんなと違うこと」が求められる時代。

 食べるもの、着るもの、読むもの、付き合う人。
 これまでのように、周りに合わせていればいい、という訳にはいきません。

 世の中にあふれる情報やモノの中から、自分で頭で考え、取捨選択をすること。
 それが、その人にしかない味、「個性」につながります。

 意識していきたいですね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 谷本さんは、ジリ貧の日本で、若者が生き残るためのキャリアを形成するには「勇気」が必要だとおっしゃっています。

「自分ならこうする」
「ワタシは違う」
「俺はできる」

 そう決心し、口に出して言う「勇気」のことです。

 これまでの日本は「なんか変」とみんなが思っても、口に出しては言う人はいませんでした。
 その結果が、世界から哀れまれる「世界一貧しい国」であるという現実です。

 国も、会社も、あてにできないこれからの時代。
「自分の身は自分で守る」が原則です。
 そのためにも、口に出して言う「勇気」は欠かすことはできません。

 谷本さんが本書に書きつづった、厳しくも温かい日本人へのエール。
 それが、一人ひとりの自分を救う「勇気」に、さらには日本を救う「勇気」になることを願います。


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