【書評】『ゼロ』(堀江貴文)

LINEで送る
Pocket

 お薦めの本の紹介です。
 堀江貴文さんの『ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく』です。

 堀江貴文(ほりえ・たかふみ)さん(@takapon_jp)は、実業家であり起業家です。
 元・ライブドアの代表取締役CEOで「ホリエモン」の愛称で親しまれていました。
 現在は、民間でのロケット開発を行う会社のファウンダーとしてご活躍されています。

すべてを失って、気づいたこと


 かつて起業家ブームの象徴として「時代の寵児(ちょうじ)」ともてはやされた堀江さん。

 すべてが順調に進んでいましたが、思いもよらない落とし穴が待っていました。
 2006年の1月、証券取引法違反の容疑で逮捕、2年6ヶ月の実刑判決を受けて収監されます。

 自分の会社やその社員たち、社会的信用や資産もすべて失い、独房でひたすら耐えていた日々。
 自ら「無類の寂しがり屋」という堀江さんにとって、それは“地獄の日々”でした。

 社会から隔絶された堀江さんが、独房の中で強く願ったこと。
 それは、「働きたい」ということでした。

「働いていれば、ひとりにならずにすむ」
「働いていれば、誰かとつながり、社会とつながることができる」

 そう考えたからです。

 新しい一歩を踏み出そうとするとき、次へのステップに進もうとするとき。
 そのスタートラインに立つとき、誰もが等しく「ゼロ」の状態です。

 堀江さんは、まずはゼロとしての自分に、小さなイチを足す。小さく地道な一歩を踏み出す。ほんとうの成功とは、そこからはじまると述べています。

 思えば学生時代の僕なんて、地味でひねくれた田舎者でしかなかった。中高時代も、大学時代も、完全に落ちこぼれていた。まったく勉強しなかったし、ギャンブルにハマった時期も長い。ライブドア時代に語られてきた「中高一貫の進学校に通い、現役で東大に合格し、若くして成功したベンチャー起業家」なんてサクセス・ストーリーは、表面的な結果論に過ぎない。

 そこからどうにか変わることができたのは、小さな成功体験を積み重ね、自分の殻を打ち破ってきたからだ。何者でもない「堀江貴文」という人間を、少しずつ更新してきたからだ。もちろん、一夜にして変わったわけではない。はじめの一歩は、すべて地道な足し算である。
 もし、あなたが「変わりたい」と願っているのなら、僕のアドバイスはひとつだ。
 ゼロの自分に、イチを足そう。
 掛け算をめざさず、足し算からはじめよう。
 僕は働くことを通じて、自分に足し算していった。お金からも自由になっていった。掛け算ができるようになったのは、ずいぶんあとになってからのことだ。
 僕には確信がある。
 どんなにたくさん勉強をしたところで、どんなにたくさんの本を読んだところで、人は変わらない。自分を変え、周囲を動かし、自由を手に入れるための唯一の手段、それは「働くこと」なのだ。
 ある意味僕は、10代や20代の若者たちと同じスタートラインに立っている。
 ここから一緒にスタートを切り、一緒に新しい時代をつくっていくことができれば幸いである。大丈夫、あなたも僕も、未来は明るい。

 『ゼロ』 第0章 より 堀江貴文:著 ダイヤモンド社:刊

 多くを積み重ね、そのすべてを失って「ゼロ」に戻った。
 だからこそ気づいた「ほんとうの成功」の意味。

 本書は、「これまで語られてこなかった堀江貴文」の姿を伝え、「変わりたい」と願うすべての人へのメッセージを込めた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

スポンサーリンク

挑戦を支える「ノリのよさ」


 堀江さんが、起業家として成功するきっかけ。
 それは、大学のときに、友人とヒッチハイクで日本中を旅して回ったことでした。

 ヒッチハイクによる小さな成功体験の積み重ね。
 それにより、コンプレックスだらけの自分に自信を持つことができるようになりました。

 堀江さんは、その経験から、あらゆる人の一生とは、こうした小さな選択の積み重ねによって決まってくると強調します。

 目の前に流れてきたチャンスに躊躇なく飛びつくことができるか
 それが問題だということです。

 僕はこの「チャンスに飛びつく力」のことを、向上心とか目的意識とか、そんな堅苦しい言葉では語りたくない。もっとシンプルな、人としての「ノリのよさ」だと思っている。フットワークの軽さ、好奇心の強さ、そしてリスクを承知で飛び込んでいける小さな勇気。それらの総称が「ノリのよさ」だ。
 ちなみに言うと、女の子の前でキョドっていた僕は、女の子に対する「ノリのよさ」が欠落していたことになる。せっかくのチャンスをみすみす逃し、フットワークを重くしていたのだ。
 
 チャンスの見極め方がわからない?
 桃と葉っぱの見分けがつかない?
 僕に言わせると、その発想がすでに「ノリの悪さ」を表している。チャンスを見極める目なんて、必要ないのだ。少しでもおもしろいと思ったら、躊躇せず飛び込む。そうしないと、せっかくやってきたチャンスは流れる桃のように過ぎ去ってしまう。
(中略)
 小さな成功体験の前には、小さなチャレンジがある。
 そしてノリの悪い人は、人生の波にも乗れない。もちろん血肉となるような経験も得られず、自信にもつながっていかない。
 シンプルに考えればいい。すべては「ノリのよさ」からはじまるのだ。

 『ゼロ』 第2章 より 堀江貴文:著 ダイヤモンド社:刊

 やってみたいと思ったとき、それを行動に移せる人と行動に移せない人。
「経験」という観点からみると、両者の差は、天と地ほどの開きとなります。

 チャレンジには、失敗はつきもの。
 失敗することに慣れないと、いつまでも飛び込む勇気を持つことができません。

「ノリのよさ」
 大事にしたいですね。

「やりたいことがない」は、真っ赤な嘘だ


 最近の若者は「草食系」ともいわれています。

 やりたいことがない。
 就きたい仕事が見当たらない。

 そんな消極的な学生も多いです。

 ただ、それは「やりたいことがない」のではなく「できっこない」と決めつけて、自分の可能性にフタをしているだけです。

 最初から「できっこない」とあきらめているからだ。
 やってもいないうちから「できっこない」と決めつける。自分の可能性にフタをして、物事を悲観的に考える。自分の周りに「できっこない」の塀を築き、周囲の景色を見えなくさせる。
 だからこそ、次第に「やりたいこと」まで浮かんでこなくなるのだ。欲望のサイズがどんどん小さくなっていくのである。

 逆にいうと、「できっこない」という心のフタさえ外してしまえば、「やりたいこと」なんて湯水のようにあふれ出てくるのだ。
 僕自身、宇宙事業から再生医療、それからオンラインメディアまで、やりたいことで頭がいっぱいだ。どうしてそんなにやりたいことが出てくるのかといえば、すべての物事に対して「できる!」と確信しているからである。
 注意しよう。仕事でも勉強でも、あるいは恋愛であっても、人は「できない理由」から先に考えると、どんどんネガティブになっていく。
 自分がいかにダメな人間なのか、どれほど不幸で恵まれていない人間なのか、どんなにモテない人間なのか。そんなことばかり頭をよぎり、負の自己暗示を強くしていく。「だから僕にはなにもできない」のだと。真面目な話、ネガティブに「できない理由」を考えて好転する物事など、ひとつもない。
 突き抜けられる人、そうでない人の違いは、次の一点に尽きる。
 物事を「できない理由」から考えるのか、それとも「できる理由」から考えるのか。それだけだ。突き抜けられるかどうかは能力の差ではなく、意識の差なのである。
 もしあなたが「やりたいことが見つからない」と悩んでいるのなら、まずは「できっこない」という心のフタを外していこう。何事も「できる!」という前提に立って、そこから「できる理由」を考えていくのだ。

 『ゼロ』 第3章 より 堀江貴文:著 ダイヤモンド社:刊

「できない」と思うと、当然、何ごともできません。

 できないから、さらに自信をなくしてしまいます。
 自信をなくすと、「やっぱり、自分はできない」と思い込んでしまいます。
 
この“負の連鎖”から、抜け出すのに最も必要なこと。
 それは、すべての物事に対して「できる!」と確信することです。

「突き抜けられるかどうかは能力の差ではなく、意識の差」

 頭に刻み込んでおきたいですね。

「成長のサイクル」に突入しよう


 人が前に進もうとするとき、以下の3つのステップを踏むことになります。

  1. 挑戦・・・・リスクを選び、最初の一歩を踏み出す勇気
  2. 努力・・・・ゼロからイチへの地道な足し算
  3. 成功・・・・足し算の完了

 このステップを着実に踏むことで、小さな成功体験が得られる。そして小さな成功体験を積み重ねていった先に、成長がある。これはアスリートからビジネスマンまで、すべてに共通する話だ。僕自身、このサイクルを高速回転させることによって成長してきたという自負がある。
 努力という言葉には、どうしても古くさくて説教じみた匂いがつきまとう。できれば僕だって使いたくない。でも、挑戦と成功の間をつなぐ架け橋は、努力しかない。その作業に没頭し、ハマッていくしかないのである。
 努力の重要性を説くなんて、ホリエモンらしくないだろう。
 地道な足し算の積み重ねなんて、ホリエモンには似合わないだろう。
 けれど、これが真っさらな「堀江貴文」の姿なのだ。これまでの僕は、周囲が期待する「ホリエモン像」を演じすぎたところがあったし、世間の誤解をおもしろがってもいた。そしてゼロ地点に戻ったいま、堀江貴文という人間を、できるだけストレートに伝えたいと思っている。
 もう一度言おう。
 成功したければ挑戦すること。
 挑戦して、全力で走り抜けること。
 その全力疾走のことを、人は努力と呼ぶ。僕は、堀江貴文は、どうやら滑稽なくらいに不器用な努力の人らしいのだ。

 『ゼロ』 第4章 より 堀江貴文:著 ダイヤモンド社:刊

 
 テレビや新聞、雑誌などのメディアのせいで、華々しさや派手さばかりが強調される堀江さん。
 その裏では「ゼロ」を「イチ」にする足し算を地道に積み重ねていました。

 ただ、自分の好きなことをひたすら追い求めたので、努力を努力と思わなかったそうです。
 そのひたむきさ、真剣さは見習いたいものです。

スポンサーリンク

☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 逮捕されて有罪判決が下され、すべてを失った堀江さん。
 本書は、まったくの「ゼロ」に戻ってしまった今だからこそ書けるメッセージといえます。

 どこまでも真っ直ぐで、真っ正直で、熱い胸の内が文章からひしひしと伝わってきました。
 読むだけで、私たちも元気づけられ、一歩を踏み出す勇気をもらえる、そんな一冊。

 堀江さんの、ひたすらに前を向いて突っ走る、不器用なほどの愚直さは人々を魅力します。

 1年9ヶ月に及ぶ刑務所暮らしという試練を乗り越え、さらにパワーアップした堀江さん。
 今後のご活躍に期待したいですね。


にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 15

フォローする

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA