【書評】『奇跡の職場』(矢部輝夫)

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 お薦めの本の紹介です。
 矢部輝夫さんの『奇跡の職場 新幹線清掃チームの働く誇り』です。

 矢部輝夫(やべ・てるお)さんは、日本国有鉄道(現JR東日本)に入社以降、電車や乗客の安全対策の専門家として40年以上勤務された経験をお持ちです。
 2005年に鉄道整備株式会社(現JR東日本テクノハートTESSEI、通称「テッセイ」)の取締役経営企画部長に就任され、2013年現在、テッセイのおもてなし創造部長を務められています。

「普通の人たち」がつくる強い現場


 東北新幹線や上越新幹線のお掃除を担当する会社「テッセイ」。
 テッセイは、ただのお掃除の会社ではなく、“ちょっと変わった会社”です。
 それはお掃除の会社でありながら、仕事の範囲はお掃除だけにとどまらないからです。

 スタッフは、ホーム内の道案内、さらには、お年寄りの方を車両への誘導まで行ないます。
 主軸であるお掃除を含めたすべての仕事を「おもてなし」あるいは「サービス」と位置づけます。

「お掃除やサービスを通じて、一つでも多くの思い出をご提供したい」
 そんな思いを一人ひとりのスタッフが持っているので、サービスを広い視野で捉えられます。
 
 今では世間で注目を集めるテッセイ。
 しかし、そこで働いている人はごく普通の人たちばかり。

 もともと「お掃除の仕事」というのは、誰もやりたがらない仕事です。
 積極的に応募してくる人もまずいません。

 そんな仕事に対してやる気を出してもらうために矢野さんが考えたこと。
 それは、現場で働く仕事への「誇り」と「生きがい」を持ってもらうことでした。

 矢部さんは、経営の中で自らが率先して、目立たなくとも現場でコツコツとがんばっている人の努力を評価し、みんなに見えるようにほめるシステム作りを推し進めます。
 その結果、世間から注目を集めるプロ意識とモチベーションの高い職場を育て上げました。

 本書は、「お掃除の会社」だったテッセイが、いかにして「奇跡の職場」に生まれ変わったか、その経緯をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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礼に始まり、礼に終わる


 テッセイがこだわり、お客様の好評を博しているスタイルのひとつに「礼に始まり、礼に終わる」姿勢があります。

 テッセイの車両清掃チームは、担当車両が入線する3分前までにホームに到着し、列車が来る方向に向かって一列に整列するのです。そして列車が入ってくると、深々とお辞儀をして迎えます。あるときスタッフから「お辞儀をしてみようよ」と提案があったことから実現したものですが、今では「お辞儀をするお掃除スタッフ」は、お客様からも広く認知されています。
 また、それとは別に、お辞儀をすると気持ちが引き締まることから、お掃除中のけがなどが減ったという効果も認められています。
 
 そして掃除をするため列車に乗り込む前にも、降車するお客様一人ひとりに対して「お疲れ様でした」と声をかけながら一礼。高齢の客様、お荷物の多いお子様連れのお客様のサポートも。清掃を終えたあとも整列し、ホームで乗車待ちをしているお客様に「お待たせしました」と声をかけ、ふたたび一礼し、次の持ち場へ移動することにしています。その振る舞いはとてもさわやかなので、「礼儀正しいね」「きもちがいい」「ホッとする」など、多くのお客様から高い評価をいただいています。
 礼をするのは、駅のホームだけではありません。車両全体の清掃をする田端や栃木県の小山にあるサービスセンターでも、新幹線が入っている際に礼をします。礼は安全確認でもあり、またお客様に見えないところでも行うことが大切と考えています。
 お辞儀をすることは、一般的な感覚からすれば、清掃スタッフに求められる以上の仕事なのかもしれません。事実、ここまでたどり着く過程において「自分は掃除の仕事をしに来たのだから、そんなことはできない」と抵抗し、辞めていった人の数も少なくありませんでした。
 こういった人たちに、テッセイの仕事は「おもてなし」「旅の思い出づくり」なのだということを納得してもらう必要がありました。
 そこで私はまず、主立った主任たちに思いを伝えました。時間がかかりましたが、私の思いをくみ取った主任たちが、日々の仕事を通じて地道に説得を繰り返してくれました。「私たちの仕事はお掃除よ! なんでそんなことをしなくちゃいけないの!」と反発する人たちに、涙を流して訴え続けた主任もいたとあとで知りました。

 『奇跡の職場』 第1章 より 矢部輝夫:著 あさ出版:刊

 駅のホームに到着した新幹線車両が、折り返して発車するまでの時間は12分間。
 掃除に使える時間はわずか7分間しかありません。

 その短い時間に車内のゴミ清掃はもちろん、座席の向きを進行方向に戻したり、テーブル拭きや窓拭きやトイレの掃除まで行なう、時間に追われながらの重労働です。

 一礼は、お客様への敬意を示すというだけではありません。
 自分たちの仕事に対する誇りを持ち、モチベーションを高めるための大きな役割を果たしています。

公平な評価をするために


 そこで働く人が生き生きとした、活気のある職場をつくる。
 そのためには、「公平」な評価をすることが不可欠です。

 矢部さんは、「平等」と「公平」は違うと指摘します。
 平等は「差別しない」という意味であり、公平は「すべてを等しく扱う」ことです。

 矢部さんは、より公平であるために重要になってくるのが「叱り方」だと述べています。

 叱る際には、その人の人格を否定するようなことは言わないように気をつけています。比較的年を取ってから入社してくる人も多く、そういう人は価値観や考え方もできあがってしまっていますから、怒り方、叱り方には注意しなければならないのですが、真剣に仕事をしていない人に対してはきちんと怒ります。そういう姿勢は危険につながり、安全が脅かされるからです。

 ちなみに「あたたかさ、厳しさ、公平さ」のなかでは、「厳しさ」が一番重要だと思っています。厳しさや危機感を感じ取ってもらうことが、明日の成長につながるからです。そして厳しさを感じ取ってもらう際にも、ちょっとしたコツがあります。

 私は基本的に、「怖い上司」ではありません。いつも冗談ばかり言っていますし、スタッフとも同じ目線で接するようにしていますから。だから、恐れられてはいないのです。
 ただしその分、怒るときは徹底的に怒るのです。しょっちゅう怒っていると効き目はありませんが、怒らない人がたまに怒ると、ものすごく怖いですよね。だから、ものすごく効き目があるのです。

 『奇跡の職場』 第3章 より 矢部輝夫:著 あさ出版:刊

 怖いだけでは誰もついてきません。優しいだけでは規律が緩みます。

 普段は優しいけれど、怒るべきときには徹底的に怒る。
 リーダーがその切替えをすることで、組織のなかにピンと張った緊張感が残ることになります。

 安全対策の仕事を長年務めていた矢部さんの言葉だからこそ、説得力がありますね。

「風通しのいい会社」を目的にするな


 よく「風通しのいい会社をつくろう」という話を聞きます。
 その言葉が使われるときは、「風通しのいい」ことが目的のように語られます。

 しかし、「本当の意味での風通しのよさ」は、“目的”ではなく“手段”です。

「風通しのよさ」を目的にすると、従業員は「風通しをよくするために、どんどん意見を言え」と追い立てられることになります。「会社の方針だから仕方がない」と、気が進まないのに出る意見は、本当の意見と言えるでしょうか。しかも会社は、そうした意見を無視するか、もしくは否定する。
 これではなんの意味もありません。
 意見は自然に出なければ意味がありません。そして人が意見を言うのは、聞いてほしいからです。ですから出てきた意見に対して会社が的確な対応策を講じることが必要になります。「あの人は意見を聞いて実現してくれる」と思ってもらわなければ、意見が上がってくることはないのですから。いろんな提案に対する「NOと言わない」という姿勢は、まさにここに通じています。
 本来、「風通しのよい会社」をつくるということは、「さまざまな現場の課題を抽出し、会社と従業員がともに解決策を考え、実践しその達成感を共有すること」だからです。

 だからこそテッセイでは、「明るい職場」「風通しのよい職場」「みんなが意見を堂々と言える職場」それらを手段として捉えているわけです。しかしこれは別の角度から見ると、ものすごく厳しいことをやっているとも言えます。でも私はずっと安全を専門とする道を歩んできましたから、おのずとそういう発想になるのです。

 電車の周辺には、事故の芽が沢山転がっています。なのに、何があったとき「言うと怒られるから」と報告を怠ると事故につながってしまう。それを防ぐために、「怒らない、罰さないからなんでも教えてください」という姿勢がとても大事なのです。
 これがリスク・マネジメントの第一ステップであり、安全に携わる人間の発想です。

 『奇跡の職場』 第4章 より 矢部輝夫:著 あさ出版:刊

 誰もが自発的に意見を言い合える職場は理想的です。
 しかし、それを目的にして強制的に意見を出させようとしてもうまくいきません。

 あくまでも、自発的に意見が出てくる雰囲気をつくることが大事です。

 上がってきた意見に対してしっかりアクションを取ること。
 中身について批判しないこと。

 組織のリーダーがそれらを徹底して、地道に努力を積み重ねるしかありません。

人生は「打数」が勝負!


 矢部さんは、テッセイでの成功は、多少失敗しても「そんなの、いつものこと」と割り切って進めるという思い切りのような気持ちがあったからだと述べています。

 人生は楽しく生きられたほうがいいと私は思っています。
 人の一生を一日として単純計算してみても、人は一日24時間のうち、3分の1は寝ているわけです。そして8時間働くとしたら、往復の通勤時間も含め、一日の3分の2以上を働くことに費やしていることになります。なのに、その時間がつまらなかったりつらかったりしたら、人生は悲惨じゃないですか。

 だからこそ言いたいのは、「仕事の時間をどうやって楽しいものにするか」ということ。それを考えて実行することは、とても大切だと思うのです。
「そんなの駄目だ。無理だ。できない」と否定するのは一番簡単。でも、それでは前に進めないどころか後退することにもなりかねません。
 つまり、そうではなく、「やってみようじゃないか」という気持ちでいるべきであり、私もそんな気持ちを大切にしたいのです。
 とにかく、どんどんチャレンジしてみればいい。その結果、もし失敗したとしても別にいいじゃないかという考え方。
 人生、打率よりも打数が勝負です。五回に一回成功すればいいつもりで、どんどんチャレンジすればよいのです。
 今の世の中では成果主義が主流で、一つのことを続けていくことはなかなか難しい風潮にあります。もちろん成果がなければ何もすることができないわけですから、成果主義そのものを否定する気は私にもありません。
 ただ、成果を出すためには、気力や粘り強さなど、いろいろなものが必要です。そこで、成果を出し続ける工夫が求められるわけです。そのためにも、失敗してもチャレンジを繰り返すことが大切だと思うのです。

 『奇跡の職場』 第5章 より 矢部輝夫:著 あさ出版:刊

 挑戦する限り、失敗はつきものです。

「失敗したとしても別にいいじゃないか」
 そんな割り切った考え方ができるかが、成功するかしないかの分かれ目になります。

「どうしたらヒットを打つ確率が高まるか」を考える前に「どうしたら多くの打席に立つことができるか」を考える。
 そのほうが、ヒット自体の本数は増えるということです。

 やるかやらないか迷ったときには、つねに積極的な選択肢を選びたいですね。

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「働く」とは、どういうことなのか。
 その問いに対して、矢部さんは「生きていることを実感すること」だと答えておられます。

 矢部さんは、自分の信念を貫き通すことで、短期間でただのお掃除の会社を「奇跡の職場」と呼ばれるまでにスタッフの士気の高い活気のある会社に変えました。
 仕事に対する誇りや愛着を決めるのは、最終的に「仕事の内容」ではなく「仕事の意義」です。

 自分の仕事がいかにお客様や社会の役に立っているのか。
 それを実感しているスタッフが組織ほど、モラルの高いやる気にあふれた組織になります。

「奇跡の職場」は、そこで働く人たちの意識次第でどこでも生まれます。
 テッセイの成功を生んだ「おもてなしの心」は、すべての組織の活性化にも必要なものです。
 ぜひ、参考にしたいですね。


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コメント

  1. コメント失礼いたします。
    『奇跡の職場』を編集させていただきました、あさ出版の吉田と申します。
    この度はブログでのご紹介ありがとうございました。
    ご丁寧な書評、感謝申し上げます。

    • あさ出版 吉田様

      お返事遅くなり申し訳ありません。
      お礼のコメント頂き感謝致します。
      こちらこそ、色々勉強になりました。
      素敵なご本ありがとうございました!

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