【書評】『原発ホワイトアウト』(若杉洌)

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 お薦めの本の紹介です。
 若杉洌さんの『原発ホワイトアウト』です。

 若杉洌さんは、現役のキャリア官僚です。
 現在は、霞ヶ関の某省庁に勤務されています。

日本を裏で操る“支配者”とは?


 戦後間もなく確立した霞ヶ関を中心とした東京一極支配。
 日本は、いわゆる「五十年体制」により奇跡の復興を遂げ、有数の経済大国に上り詰めました。

 90年代に入ってバブル経済が崩壊して以降、自民党の一党独裁による歪(ゆが)みがいたるところに目立つはじめます。
 政治は混迷を深め、経済は長期にわたって低迷し、日本は「失われた二十年」と呼ばれる停滞期に突入します。

 立ち直りの兆しも見えないまま迎えた2011年の3月。
 いまだかつて経験したことのない悲劇が日本を襲いました。
「3.11」、東日本大震災です。

 老朽化した日本のあらゆるシステムのほころびが、震災により一気に表面化しました。
 電力会社やプラントメーカー、経済産業省をはじめとする監督官庁を中心とした原発の利権に群がるグループ、いわゆる“原子力ムラ”の存在も大きくクローズアップされましたね。

 彼らの持つ資金力や権力は、日本の政界や産業界を裏で支配するほど強大なものです。
 このような「政・財・官」がグルになった特殊な利権集団は、どのようにして生まれ、発展していったのでしょうか。

 本書は、現役の中央省庁のキャリア官僚が「霞ヶ関」の内側の人間ならではの視点で、日本の社会を裏で動かすシステムの正体を描いた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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潤沢な政治献金資金調達のからくり


 小選挙区制の導入と同時に、税金という公費で政党を支える政党交付金制度が導入されました。
 その関係で政治献金の規制が強化され、一定額以上の献金やパーティー券購入は公開されています。

 大口の献金資金供給元である電力会社も表立って動くと、かなり目立ってしまいます。
 そこで関東電力の総務課長の小島は「資材の調達先、燃料の購入先、工事の発注先、検針・集金業務の委託先等を一元管理し、政治献金する」新しいシステムを考案します。

 電力会社は地域独占が認められている代わりに政府の料金規制を受けているが、その料金規制の内容は、総括原価方式といって、事業にかかる経費に一定の報酬率を乗じた額を消費者から自動的に回収できる仕組みとなっている。
 ただ、事業にかかる経費自体、電力ビジネスの実態を知らない政府によって非常に甘く査定されているし、経費を浪費したら浪費しただけ報酬が増えるため、電力会社から発注される資材の調達、燃料の購入、工事の発注、検針・集金業務の委託、施設の整備や清掃業務等は、世間の相場と比較して、2割程度割高になっているのだ。
 ――この2割に小島は目をつけた。
 購入する金額が常に2割高であるため、取引先にとってみれば、電力会社は非常にありがたい「お得意様」となる。電力会社が取引先から「大名扱い」される謂(いわ)れでもあった。
 現代の激動する経済社会のなかで、それぞれの企業がグローバルな競争にさらされている状況の下、電力会社は、取引先にとって2割増しの単価で仕事をくれる非常においしい存在であり、多少の利幅を減らしてでも確実に維持したいお得意さまであった。
 しかも、電力会社の調達先を調達分野ごとにランキングしてみると、子会社・関連会社、そして人的資本的な関係のある関係会社といった電力のファミリー企業はもちろんのこと、人的資本的関係がない会社であっても、なぜか受注の順番や比率が固定化されている。
 小島は、この超過利潤である2割のうち、1割5分を引き続き発注先の取り分とする一方、残り5分については、電力会社を頂点とする取引先の繁栄を維持するための預託金としてリザーブすることを、取引先に提案した。取引先のうち気心の知れた仲間の企業を「東栄会」という名前で組織化し、各社受注額の約4パーセント程度を東栄会に預託するのである。
 燃料購入を除いても、関東電力の外部への受注額は年間で2兆円もあるので、約800億円が、形式的には受注会社が東栄会に預託したカネ、実質的には関東電力が自由に使えるカネ、となる。
 それ以外に、燃料購入でも、商社を通じてカネがプールされた。産油国の王家への接待や政治工作のための裏金が、スイスやケイマン諸島の銀行口座にプールされていった。

 『原発ホワイトアウト』 第4章 より 若杉洌:著 講談社:刊

 若杉さんが「モンスター・システム」と呼ぶこの集金・献金システムは、日本の政治社会を支配するようになります。

 東日本大震災で“日本の電力会社の高コスト体質の象徴”として槍玉に上がった「総括原価方式」。
 この方式が潤沢な政治献金を生み出す温床(おんしょう)にもなっています。

 政治と結び付きが強く、競合する会社がなく、ほぼ地域独占を続けてきた電力会社ならではの巧妙な手口といえます。

原発に関する経産省官僚の本音とは?


 管轄する経済産業省にとって電力会社は大事な天下り先です。
 そして、その潤沢な資金力は権力の源でもあります。

 お互いに持ちつ持たれつの二人三脚で歩んできた大切なパートナーです。
 抜本的な電力改革を声高に叫んでいる経産省のキャリア官僚の内心にも「できる限り、今の枠組みを維持したい」という思惑が見え隠れしますね。

 若杉さんは、資源エネルギー庁次長の日村を通して、原発再稼働を目論む、経産省のキャリア官僚の胸の内を書きつづっています。

 現在の政治システムが電力会社のレント、すなわち超過利潤に依存している以上は、覚醒剤の中毒患者が覚醒剤を欲するように、政治家も地域社会も、電力会社のレントを必ず求めてくる。
 参院選後三年間は国政選挙がない。となると、世論の動向を注意深く読んで政権を慎重運転するインセンティブも、官邸には少なくなる。
 さすがに、十電力体制の維持、あるいは地域独占の継続までは揺り戻されないだろうが、「電力システム改革はやりました」と保守党政権が胸を張りつつ、細かい穴がいくつもあって、実際には競争は進展しない状態、というのが現実の落とし所だろう。
 日村にとって譲れない一線は、あくまでも競争のフレームワークのさじ加減は官僚が決める、ということだ。
 電力市場における競争進展のベンチマークの一つは電力料金であるが、すべての電力システム改革の実施後に、電力料金が1割ほど下がるくらいのさじ加減でいいだろう。1割低下だけでは、諸外国と比較して、依然として割高な電気料金にとどまり、内外価格差が残ることになるが、「日本は島国だから」とか何とか言って理由は付けられる。
 電力会社が民間企業であることを維持しさえすれば、電力会社の調達先・取引先には「競争が始まったんだから」と言って発注金額の割増分を削減しつつ、ある程度のレントを維持することは可能である。そこに、政治だけでなく、行政も群がる。規模を縮小した形で電力の蜜は温存されることになる・・・・・。
 それでいい、とはさすがに日村も思わない。
 ただ、国民が選挙で保守党を選んだ以上は、その論理的帰結が原発再稼働である。保守党と民自党という二大政党のいずれもが政治献金の廃止を公約として掲げない以上は、電力システム改革は進まない。最高裁判所も、八幡製鉄所政治献金事件のあと四十年以上も、それを放置している。

 『原発ホワイトアウト』 第5章 より 若杉洌:著 講談社:刊

 長い目で見れば自分のためになると分かってはいても、自らが傷つくような大手術を自分で選択することはなかなかできません。
 同様に利害関係者が自ら規制改革を行おうとしても、法案は骨抜きにされたものになるのが常です。

 至近の原発事故による電力不足問題や原発再稼働問題は、電力システム改革を行う千載一遇の好機であるのは間違いありません。
 私たちは、抜本的な改革がなされるよう、議論の行方を注意深く見守る必要がありますね。

法案成立の舞台裏


 毎年、各省庁から国会に提出されるたくさんの法案。
 一般人には、各委員会や本会議で多くの審議を重ねながら採決されているように見えます。
 具体的な法案成立の舞台裏はどのようなものなのでしょうか。

 一般大衆にどれくらい知られている事実かはわからないが、政治家から省庁への圧力というのは、法案が閣議決定される前に終了している。
 国会での論戦は、台本が書かれた寸劇にすぎない。野党の議員にとっては、総理や大臣を追い詰める論戦は、いわば「見せ場」ではあるが、前日の夕方には、質問内容の大筋は内閣総務官室や各省庁の国会連絡室に渡している。質問者から渡された質問を政府側が事前に咀嚼(そしゃく)し、答弁を書いて大臣に「ご説明」していなければ、論戦にもならない。
 そう、真の利害調整の本番は、法案の閣議決定前なのだ。
 そして、保守党の経済産業部会、政務調査会審議会、総務会・・・・・この三つのプロセスで了解を得られない限り、法案は閣議決定できない。しかも、出席者の全員一致が原則であり、一人でも異を唱えると、法案の了解手続きはストップしてしまう。
 経済産業部会であれば商工族の重鎮の睨(にら)みが利くので、法案がストップすることはあまりない。たいてい、「いろいろなご意見がありましたが、あとは部会長一任で」と仕切ることができる。
 他方、政務調査会審議会、総務会のメンバーは、党のなかでも中堅以上の議員なので、特定のメンバーが事前説明に対し「俺は聞いていないぞ」というだけで、法案手続きが進められなくなる。それは裏を返せば、政務調査会審議会、総務会のメンバーには、法案提出前に、関係業界と密室での裏取引をする権利と機会が与えられている、ということでもある。
 政務調査会長と総務会長が、党のカネと公認を扱う幹事長と並んで「党三役」と呼ばれる実力ポストである所以(ゆえん)である。

 『原発ホワイトアウト』 第8章 より 若杉洌:著 講談社:刊

 テレビでも放映されている国会での審議の場面は、法案の大筋がほぼ固まったあとの「茶番」に過ぎないという風にも受け取れる内容ですね。

 どんなに素晴らしい法案でも、事前の根回しが不十分であれば、法案手続きがストップし、下手をすれば廃案に追い込まれてしまう、ある意味、恐ろしい世界です。

 各省庁と政治家の間の、水面下での法案をめぐる激しい主導権争いが目に浮かびますね。

日本の原発安全性のリスクについて


 原発再稼働をめぐる、電力会社・経産省・原子力規制委員会の駆け引きも生々しく描かれています。

 若杉さんは、彼らが積極的に公表せずマスコミも突っ込まない日本の原発の安全面でのリスクを、以下のように指摘しています。

 肝心の原子炉の安全性も、世界の最新の原発と比較してみると安全性が劣ることは明らかであった。
 たとえば、欧州加圧型炉では、万一のメルトダウンの際にも、原子炉格納容器の底部にはコアキャッチャーがあり、過酷事故時には、炉心の溶融から出たデブリが冷却設備に導かれる。格納容器自体の大きさも日本の原発と比べるとかなり大型化されている。そして、格納容器の壁は二重構造となっており、外側壁は鉄筋コンクリート製で、外部からの航空機衝突の予防壁となっている。
 このような最新の安全性を確保した原発が、ヨーロッパのみならず中国でも導入されているに、日本の規制基準には採用されなかった。日本の重電メーカーの製造する原発はこうした安全性を満たしていないからだ。
 IAEAが策定する国際的な安全基準にも、日本の経産省や文科省から出向している職員が強硬に反対し、最新の安全性は盛り込まれることなく骨抜きにされた。
 フィルター付きベントについても、原子炉建屋と同一の基盤上に置かなければならない、という井戸田新崎県知事からの警鐘は見事に無視されていた。フィルター付きベントを原子炉建屋から離れたところに置き、二つの施設を配管でつないだとすれば、大震災の際に起きる大きな揺れで、原子炉からフィルター付きベントに通じる長い配管は破断する可能性が高いにもかかわらず、である。
 除雪対策もおざなりだった。冷却に海水を利用するため海岸線に立地する原発は、海沿いにあるので豪雪に見舞われることは想定しづらい、という理由だった。
 テロ防止のために必要な、原発で働く下請け孫請け企業の社員の身元確認、その義務化も見送られた。フクシマ事故前から、放射線量の高い場所での危険な作業は、電力会社や重電メーカーの社員ではなく、下請けや孫請けの協力会社が担っている。しかし、四次下請け、五次下請けのレベルになると、暴力団が日雇い労働者を手配、斡旋(あっせん)するのが日常の姿だった。
 そうして集められる労働者は、アル中や家庭内暴力で妻子と別れて独り身になった者、元ヤクザ、勤務先が倒産したりリストラされたりした者、非合法のギャンブルにはまり借金でがんじがらめになっている者、薬物中毒者、クレジットカードの借金が返済できない者、などである。生きるためにには、身元確認や線量管理などが導入されては困るのだ。
 電力会社にとっても、線量の高い場所での危険な作業を担う人員が確保できなくなることは大問題だし、四次下請け、五次下請けを通じ、暴力団に人件費をピンハネさせて、不法勢力と水面下でつながることに有形無形のメリットを感じているため、身元確認の義務化には反対姿勢を貫いた。

 『原発ホワイトアウト』 第17章 より 若杉洌:著 講談社:刊

 さまざま安全面のリスクの問題が未解決であるにもかかわらず、電力会社だけでなく政府や経産省までも、原発の再稼働を急ぐのは、原発がなくなると困るから。
 経済的な面もありますが、自分たちの政治資金や影響力の維持の側面も大きいのでしょう。

 できるだけ早く原発再稼働の「既成事実」をつくってしまいたい。
 そういう“原子力ムラ”の人々の思惑の強さを感じます。

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 現役キャリア官僚という「霞ヶ関」内部の人間が描いただけあって、様々な出来事が事実に即して生々しく描かれています。
 新聞や他の一般的なメディアからの情報では知り得ないような、衝撃の事実が次々飛び出して飽きさせません。

 あくまでフィクションとして描かれているため、実在する人物はいません。
 しかし、明らかにこの人がモデルだろうという人は多数登場するので、臨場感もあります。

 前半部分は、これまでに起こった事実に沿った形で物語が進んでいきます。
 後半部分は、今後起こる可能性のある“最悪のシナリオ”が描かれます。

 後半は、あくまで若杉さんの空想の世界でのできごとです。
 しかし、リアリティがあり、現実のものとなる可能性は全く否定できません。
 本書は、電力不足問題や原発問題だけでなく、今後の日本の政治のあり方も考えさせてくれる良書です。


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