【書評】『リーダーに必要なことはすべて「オーケストラ」で学んだ 』(桜井優徳)
お薦めの本の紹介です。
桜井優徳さんの『リーダーに必要なことはすべて「オーケストラ」で学んだ プロ指揮者の“最強チームマネジメント”』です。
桜井優徳(さくらい・まさのり)さんは、プロのオーケストラ指揮者です。
17歳で指揮者デビューを果たされ、現在は、日本各地のプロのオーケストラの指揮をされているかたわら、全国のアマチュア団体の指揮指導や、企業の管理職向け研修の講師を務められています。
「ビジネスリーダー」は「オーケストラの指揮者」に似ている
オーケストラとは、個性豊かな腕利きの職人の集まりです。
このひとクセもふたクセもあるプロ集団を率い、持てる力を最大限に引き出す役割を担っているのが「指揮者」です。
指揮者が日頃音楽づくりの現場で実践している業務は、多岐に渡ります。
高い指揮技術で演奏自体をコントロールすることはもちろん、演奏者の力を高めその能力を発揮しやすい現場の環境つくりができなければなりません。
また、トラブルを未然に防ぎ、万が一のトラブルのときには、冷静に対処することも求められます。
桜井さんによると、これらのノウハウは、「チーム」を擁するビジネスの現場でも有効
とのこと。
経営学の専門家のドラッカーやミンツバーグも、「ビジネスリーダーはオーケストラの指揮者によく似ている」と指摘します。
桜井さんは、指揮者としても研修講師としても、自分の仕事はメンバーの素晴らしいパーソナリティ(本来の魅力と潜在能力)を引き出すこと
だと考えています。
そして、日頃から以下の三点を肝に銘じているとのこと。
- 敏感なアンテナを立てて、豊かな創造力を駆使する
- 臨機応変に柔軟に対応する
- 周囲の人に対して、おもてなしと慮(おもんばか)りの心を持つ
本書は、業務や分野を問わず、チームやプロジェクトを率いるビジネスリーダーに必要なマネジメントの考え方やノウハウを、指揮者の視点からまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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オーケストラが「理想のチーム」と言われる5つの理由
桜井さんは、長年にわたり指揮者を生業(なりわい)としている経験から、オーケストラは現代的な組織運営を成功させるうえで参考となる、格好のモデル
であると述べています。
さらに、オーケストラが「理想のチーム」である理由を以下のように解説しています。
欠員したパートだけの入団試験で、一つの席に数百人の応募が殺到することもあります。しかも、オーケストラ側のニーズにそぐわなければ、結局は「合格者なし」というところさえあります。たとえ実技で合格しても、その後の試用期間中に不適格と見なされれば、正団員になれないこともあります。
だからこそ、極めて狭き門のわずかな隙間を縫って合格した演奏家は、その時点で「極めつけのプロの演奏家」として認知されます。
プロのオーケストラ奏者たちは、「あらゆる指揮者のあらゆる指示にすべて完全に対応できる、高いテクニックとさまざまなスキル」を持っています。その指揮者が大嫌いだからとか、その指揮者のつくる音楽に抵抗感があったとしても、私情はさておいて指揮者のオーダーに完璧に応えるのです。
これは、プロとしての高いプライドがなせる「匠(たくみ)の技」といえるでしょう。
古くは、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886〜1954、ドイツ)や、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908〜1989、オーストラリア)、レナード・バーンスタイン(1918〜1990、アメリカ)、小澤征爾先生(1935〜、日本)など、数々の名演奏を指揮して世界的に名を轟(とどろ)かせた巨匠指揮者であっても、プロ演奏家たちが力量を最大限に発揮してくれなければコンサートは成立しません。
ですから、偉大な指揮者の存在が認知されるのも、結局はオーケストラの皆さん次第ということになります。
オーケストラというチームの主役は、極めつけのプロの演奏家たちにほかなりません。そんな素晴らしいメンバーが揃っている集団だからこそ、オーケストラは「理想のチーム」なのです。
たとえば、オーケストラが理想のチームになり得る理由について、ドラッガーが述べることをまとめると次のようになります。
- 専門分野のプロの集まりである
- チーム内の役割分担がある
- 各メンバーが裁量権をもつ
- 目標の設計図(楽譜)がある
- 組織の目的が明確である
『リーダーに必要なことはすべて「オーケストラ」で学んだ』 第1章 より 桜井優徳:著 日本実業出版社:刊
プロのオーケストラの奏者は、全員が超一流。
「プロ中のプロ」です。
どんな難しいテクニカル的な要求にも応える力量を備えています。
だからこそ、彼らをまとめあげる指揮者の役割がとても重要になります。
指揮者は「コーディネーター」兼「ナビゲーター」
指揮者がいなくても、ある程度の人数ならば演奏を成功させることは可能です。
実際に、指揮者を置かない一流のオーケストラも存在します。
ただ桜井さんは、どんなに高い技量を持っていても、それぞれが独自の解釈で演奏していては個人の能力の総和以上の高いパフォーマンス(シナジー)を、チームとしてアウトプットすることはできない
と指摘します。
音楽の場合、バラバラな解釈による表現の不統一はマイナス要因ですから、1+1が必ずしも2にはならず、最悪0以下になっても不思議ではありません。
チームとして高い成果を出すためには、達成すべきゴールを設定し、メンバー全員にビジョンを共有させ、ベクトル(方向性)を提示して各自の能力や意向をすりあわせ、タスク遂行のためにメンバーをインスパイアして、つまり奮い立たせてゴールに向かって導くリーダー役が、どうしても必要なのです。
このリーダーは、「コーディネーター」であり、同時に「ナビゲーター」の役割も負います。オーケストラの場合は、それを指揮者が務めています。
指揮者の仕事は自動車の運転に似ています。なだらかな道を走っているうちは、平常運転のインテンポでいけます。しかし、急カーブの多い難所にさしかかったら、注意深くギアチェンジをして速度を調整し、事故なくスムーズに走れるようにハンドリングしなければなりません。
つまり、指揮者は個性豊かなメンバーをコーディネートしつつ、ナビゲートして、安全かつ効果的に目的地(コンサートの成功)へとリードする重責を担っているのです。このような指揮者のハンドリングのテクニックは、ビジネスリーダーに求められているマネジメントの手腕とも合致するのではないでしょうか?
ドラッカーは次のように述べています。組織の焦点を使命にあわせ、戦略を定め、実行し、目標とすべき成果を明らかにする人間が必要である。このマネジメントには大きな力が付与されている。しかし、知識組織におけるマネジメントの仕事は、指揮系統ではない。方向づけである。
P・F・ドラッカー 『ポスト資本主義社会』『リーダーに必要なことはすべて「オーケストラ」で学んだ』 第2章 より 桜井優徳:著 日本実業出版社:刊
最も能力の高いメンバーをそろえたチームが、最強のチームであるとは限りません。
彼らを「コーディネート」し「ナビゲート」するリーダー役がいて、はじめて組織として機能します。
「メンバーが主役である」ことを忘れない
指揮者は、オーケストラというチームの企画運営や人事に対して発言権を持ちません。
企業でいう「中間管理職」のような立場ですね。
桜井さんは、指揮者の立場は、チームのプロジェクトを率いるビジネスリーダーのあり方と、多くの共通点が見出せ
ると指摘します。
そして、現場で良きリーダーであるための条件を具体的に挙げています。
その中のひとつが、「メンバーが主役であることを忘れてはいけない」です。
指揮者はコンサートのステージ上で、お客様に背中を向けています。一方で、お客様に顔を見せて演奏するのはオーケストラです。このことは、コンサートの主役はオーケストラのメンバーであることを証明しています。
これを一般企業やプロジェクトチームに置き換えてみると、「主役はチームのメンバー」ということになります。
リーダーは、多種多様な優れた能力を持ったメンバーと、顧客との間のつなぎ役になる責務を負います。あくまでも裏方として、チームの発展に寄与することがミッションなのです。
まずは自分ありきで、会社だのチームだのメンバーだのは踏み台にすぎず、自分の立身出世が一番大事だという人にいるでしょう。
しかし、オーケストラでも、指揮者の我が強くて必要以上に目立つことが、必ずしもプラスに動くとは限りません。
ねたみや嫉妬の温床(おんしょう)ともなり、チームの和を乱し、結果、信頼をなくして「笛吹けど踊らず」という事態にもなりかねないからです。独り相撲で自爆することもあります。
良きリーダーならば、常にメンバーが主役であることを忘れてはなりません。『リーダーに必要なことはすべて「オーケストラ」で学んだ』 第4章 より 桜井優徳:著 日本実業出版社:刊
リーダーは指揮系統上、その組織で一番上に立つ人間になります。
ただし、それはあくまでも肩書上の話で、実務をこなす“主役”はチームのメンバーです。
メンバーが動いてくれなければ、何事も前には進まない。
リーダーになる人は、その現実をしっかり、頭に刻み込んで置く必要がありますね。
メンバーへのリスペクト〈尊重〉を忘れない
指揮者は、オーケストラのメンバーとのコミュニケーションを円滑にする必要があります。
そのために最も大切なのが、「メンバーに対するリスペクト(尊重)」です。
一流といわれるリーダーは、その発言におのずとメンバーに対するリスペクトが伴います。
私にとってリスペクトとはどういうことかというと、敬意や尊重というよりは「尊重」です。リスペクトは、たとえば次のようなメンバーへの対応に表れます。
- 朝一番の挨拶はとくに、にこやかに微笑みながら行なう
- 日頃から声がけでコミュニケーションを良好にする
- 質問されたときには丁寧に応対する
- アドバイスを求められたら、メンバーのプライドを尊重しながら助言する
指揮者は、オーケストラに対してリスペクトを持って臨むことからすべてが始まるというスタンスでいます。
リスペクトをベースにして穏やかに発せられる言葉は、人を温かく包み、その胸に染み込み、結果的に納得感を高めます。
リーダーがメンバーに声をかけるときは、できるだけ言葉とタイミングを慎重に選択して、良好なコミュニケーションをとるように意識することが肝心です。
言葉は使い方一つで凶器にもなります。うっかりしたら、一瞬でチームのモチベーションはおろか、リーダーへの信頼さえ破壊しかねません。慎重に慎重を重ねてアウトプットするようにしたいものです。『リーダーに必要なことはすべて「オーケストラ」で学んだ』 第7章 より 桜井優徳:著 日本実業出版社:刊
オーケストラのメンバーの一人ひとりは、生身の人間です。
彼らに対して、リスペクト(尊重)の気持ちをもって接すること。
それなくして、強固な信頼関係は成立しません。
立場上、他のメンバーよりも偉いからといってふんぞり返っている。
それでは、いいリーダーとはいえませんね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「世の中に悪いオーケストラはない。悪い指揮者がいるだけだ。」
桜井さんは、ハンス・フォン・ビューロー(19世紀のドイツの偉大な指揮者)のこの言葉を引用し、指揮者の役割の重要性を強調されています。
一般の組織にもこれと同様のことが言えます。
つまり、いかなる組織も、リーダー次第で良くもなれば、悪くもなるということ。
指揮者は、自ら演奏して音を出すことができません。
しかし奏でられる音楽の質を決める、最も重要なパートを担っているのも指揮者です。
私たちも、その組織の持つ最高の「音」を引き出すリーダーを目指したいものですね。
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