【書評】『ひとつひとつ。少しずつ。』(鈴木明子)

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 お薦めの本の紹介です。
 鈴木明子さんの『ひとつひとつ。少しずつ。』です。

 鈴木明子(すずき・あきこ)さんは、元フィギュアスケートの選手です。
 日本代表としてバンクーバー、ソチの両オリンピックに出場し、世界のトップ選手として長年ご活躍されました。

「いまできること」を全部やる。


 鈴木さんは、2014年2月に開催されたソチオリンピックへの出場を果たし、そのシーズン終了後、29歳で現役生活を終えました。
 フィギュア選手としては、かなりの遅咲きで息の長い選手です。

 グランプリシリーズで初優勝し、バンクーバーオリンピックに出場したのは24歳のとき。
 世界選手権で初めて表彰台に上がった(2012年、銅メダル)のは27歳のときでした。

 10代の選手が大勢活躍する女子フィギュア界。
 その中で、鈴木さんのように20歳以降に頭角を現し、30歳近くまで世界のトップ選手として活躍し続けた選手は、極めて異例の存在です。

 鈴木さんの最大の武器は、「豊かな表現力」です。
 ジャンプが得意ではない鈴木さんは、ジャンプ以外の部分を徹底的に磨いて勝負してきました。

「スケートが好き」
 その気持ちが全身からあふれる鈴木さんの演技は、多くの人を感動させ勇気を与えましたね。

 「いまできること」を全部やる。
 自分の持っている力を出す。


 この言葉は、鈴木さんの原点です。

 本書は、様々な苦しみや困難を乗り越えて、息長く第一線で活躍し続けることができた秘訣を、鈴木さん自らの言葉でまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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不安は絶対になくならない


 鈴木さんは、フィギュアスケートは、常に不安との戦いだと述べています。

 試合のときだけではなく、毎日の練習でも、「自分との戦い」とのこと。

 試合で見せる「自分の演技」を練習でも同じようにやることは難しい。でも、そうしないと本番でできるはずがありません。
 だから、「失敗したらどうしよう」「次はうまくやらないと!」という気持ちと、毎日戦ってきました。
 試合になれば、当然、緊張します。
 そういう意味ではずっと、不安と戦ってきました。
 最後まで、不安がなくなることはありませんでした。「もう大丈夫」というのはありません。

 自分をどこまで追い込めるか。
 練習に打ち込むことで、できる限り不安を取り除こう。

 そう考えながら滑ってきました。
 私がずっと取り組んできたのは「底辺を上げること」。どんなときも、「自分の演技」をすることを考えました。
 自分の「底辺」とは、「最悪の状態」のことです。
「一番ダメなときでもこれくらいはできる」というラインをあげようと考えていました。
「そのレベルさえ上げれば、世界のトップでずっと戦っていける」と長久保裕コーチには言われてきました。自分でもそう思います。
 大失敗しても、どんなに悪いことが重なっても「ここまではできる」というものをつくりあげてきました。
 練習量をこなすことでしか、それはできません。だから、ものすごく、時間がかかってしまいました。

 プレッシャーはどんな時でもかかってしまいます。大事な試合になればなるほど・・・・・だから、プレッシャーがかかった状態で、いかに力を出せるかを考えました。
 お客さんの声援はいつも、私にすごい力を与えてくれました。一方で、そのすごい力はプレッシャーにもなるのです。だから、観客のいない練習で「自分でプレッシャーをつくれるか」が重要でした。
 いつも「失敗したらおわり」「次はない」と自分を追い込んで、追い込んで、追い込んでいきました。

 『ひとつひとつ。少しずつ。』 第1章 より 鈴木明子:著 中経出版:刊

 鈴木さんは、苦手なジャンプを練習するときにも「3回連続でうまくいけば、本番でもやれる」と考えます。
 本番で緊張したり、力んでしまって失敗する人は、練習での追い込みが足りないということです。

「ここまでやったんだから、絶対できる!」

 そんな揺らぎない自信をつかむことが、普段の練習の一番の目的です。

「できない」からつくりなおせる


 鈴木さんは、大学に入学してすぐ、摂食障害のためにスケートから離れていた時期がありました。

 食べることも動くこともできずに、48キロあった体重が一時32キロまで減ってしまいます。
 大学からは、スケートをやめて治療に専念することをすすめられるほど深刻な状態でした。

 鈴木さんは、それでも「絶対にまたスケートをする」と決意します。
 そして、その強い思いを支えに闘病生活を耐え抜き、一年後再び氷の上に立ちます。

 しかし、本当の戦いはここからでした。
 一年間のブランクで体は思うように動かず、ジャンプは1回転も飛べないありさまだったといいます。

 現実に打ちのめされ、「もう私は、以前の私ではない」と認めるのに長い時間がかかりました。
 それでも鈴木さんは、そのどん底の状況を逆手にとり、見事に立ち直ります。

 一度染みついた癖をなおすのは難しい。長い年月をかけて身につけたものであれば、なおさらでしょう。
 すべてと言っていいほど筋肉が落ちていました。技術も忘れてしまいました。すべてを失ったいまだからこそ、「つくりなおせばいい」と考えたのです。
 スケートをはじめた子どものころは、体で覚えました。今度は、それを理論で、頭で覚えようと思ったのです。

 なんのためにこの練習をするのか?
 なぜコーチはそう言うのか?
 毎日毎日、基本練習をする意味は?

 そんなふうに考えながら、ひとつひとつ、少しずつ、積み上げていきました。
 体力的には厳しいものがありましたが、もう一度学ぶことができたことに感謝しています。
 意味のない練習はありません。
 練習の意味を理解しないと、うまくなりません。

 病気の前とあとで、私の体重は同じです。でも、中身は全然違います。
 一度すべてを落としてから、もう一度、理想的な形でつくりなおしました。
 確かに時間はかかりましたが、けっして遠回りではありませんでした。
 この期間があったから、いまの私があるのです。

 『ひとつひとつ。少しずつ。』 第2章 より 鈴木明子:著 中経出版:刊

 鈴木さんが、息長く世界の第一線で活躍できたのは、摂食障害によるブランクがあったからといってもいいかもしれません。

 試練を乗り越えるには、転んでもただでは起きない、したたかな強さも必要だということです。

落ち込んだときは「小さなこと」に感謝する


 生きていれば、うまくいかないことも、前に進めないこともあります。
 そんなときは、誰でもついついうつむいてしまいがちになりますね。

 鈴木さんはそのようなとき、『小さなことでいいので、感謝するようにしている』とのこと。
 「ありがとう」と思うことで、気持ちが変わるからです。

 人間だから、落ち込むとことだってあります。元気が出ないときもあります。
 落ち込むとき、元気がないときがあってもいいんです。
 でも、そのときには小さなことに感謝してください。
 毎日の積み重ねが心を育てるのだと思います。

 たとえば、コーヒーショップで「ありがとうございます」と言われて、笑顔で「ありがとう」と言えるかどうかは、ひとつのバロメーターになるでしょう。それができれば「今日はいい日になりそう」と思えるのです。
 たとえば、きちんとあいさつができるかどうか。
 たとえば、身近にいる人を大事にできるかどうか。
 人との関わりによって、毎日の生活が変わってくるのです。
 最後は、人と人。

 私は子どものころから、両親にそうやって育てられてきました。
 母からはいつもこう言われていました。
「相手がミスしてでも勝ちたい、蹴落としてでも勝ちたいと思う子になるんだったら、スケートはやめてほしい。そんなことを思うくらいなら、優勝しなくていい」
 スケートをする期間は限られているから、スケートを離れても愛される人になってほしいと言われていました。

 『ひとつひとつ。少しずつ。』 第3章 より 鈴木明子:著 中経出版:刊

 摂食障害でどん底を味わった経験のある鈴木さんだからこそ、普通に生活できることのありがたさをより深く感じることができるのでしょう。
 つらいとき、苦しいときほど、小さな親切や思いやりのありがたさが身にしみるものです。
 落ち込んでいるときこそ、自分の中に閉じこもらず、自分の周りに目を向けて、感謝の気持ちを忘れないようにしたいですね。

「楽しい!」と思える方法を探す


 誰でも、好きなことには集中できても、楽しいと感じられないと気が散ってしまうものです。
 鈴木さんは、嫌なことをしていても気が散らないためのコツは、「小さくてもいいので楽しみを見つけることだ」と述べています。

 仕事でも勉強でも、楽しいと思えば効率が上がるし、達成感も得られます。達成感があるから、がんばれるのです。
 私は子どものころから、いろいろなことを試してきました。「練習が長いな」と感じるときには時間が早く過ぎるように。
 40秒間動き続けるインターバル練習がすごく嫌だったのですが、「前の人を追い抜こう」と思いながらやると短く感じられました。夢中になれる方法を自分で見つけるようにしていました。
「嫌だな」「めんどうくさいな」という気持ちを打ち消すために、工夫しました。それが集中力につながるのです。
 与えられたことをそのままやってもおもしろくない。自分なりの方法を見つけることで集中できるようになります。
 私はずっと大好きなスケートができて本当に恵まれていますが、それでも「嫌だな」と思うことはたくさんありました。
 でも、取り組み方、気持ちの持ちようで、嫌なことも楽しくなるのです。
 
 私は「がんばること」や、苦しみに立ち向かうのが好きなタイプです。だけど、苦しいことからは逃げたいし、つらいことはつらい。
 それでも、苦しみやつらさが自分の肥やしになると思って取り組んできました。
 どんな苦しみやつらさも、一生続くわけではありません。

 『ひとつひとつ。少しずつ。』 第4章 より 鈴木明子:著 中経出版:刊

 誰でも、嫌いなことや苦手なことは避けて通りたいと考えてしまいがちです。
 だからといって、避け続けていては、ずっと苦手なまま克服することはできません。

 苦手なものほど「どうやったら、楽しくできるか」と考えること。
 それが成長を続ける上で重要だということですね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 鈴木さんのトレードマークといえば「笑顔」です。
 演技をしているとき、いつも「スケートを滑ることができる幸せ」であふれた表情でした。

 ジャンプで失敗したときでさえ、笑顔はなくさず滑り切っている姿が印象的です。
 鈴木さんは、「苦しいとき、つらいときこそ、少しだけ顔をあげようとして、ぎこちなくても、笑顔をつくる」とおっしゃっています。
 
 笑顔は必ず、笑顔で返ってくる。
 そう信じている鈴木さん。

 リンクの上の弾けるようなあの笑顔は、人の思いやりの温かさを誰よりも知っている彼女だからこそなし得たのですね。
 引退し、新しい道に進まれる鈴木さんの、今後のご活躍に期待したいです。


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