【書評】『吉田基準』(吉田輝幸)

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 お薦めの本の紹介です。
 吉田輝幸さんの『吉田基準 価値を高め続ける吉田カバンの仕事術』です。

 吉田輝幸(よしだ・てるゆき)さんは、会社経営者です。
 吉田カバン創業者の次男で、2002年より同社の社長を務められています。

80年間、老舗カバン店を支えた「吉田基準」


「吉田カバン(株式会社吉田)」は、創業80年を数える老舗のカバン屋です。

 吉田カバンの特徴は、徹底した品質の追求です。
 すべての商品は、職人さんと二人三脚での手づくり。
 しかも、企画から縫製まで一貫して日本国内で行っています。

「日本のモノづくりにこだわるカバン屋」であることにこだわり続けた同社の姿勢。
 それはいつしか職人さんの間で「吉田基準」と呼ばれるようになりました。

 吉田基準は、企業価値や商品価値だけでなく、より高いレベルを求めてモノづくりに励んできた仕事そのものの価値を高めるものです。

 本書は、「吉田基準」はいかにして生まれ、引き継がれてきたのか、その本質にせまった一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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何があっても「メイド・イン・ジャパン」を貫く


 吉田カバンが「メイド・イン・ジャパン」に強くこだわるのには、理由があります。

 まず創業者・吉田吉蔵の遺言であったこと。自らもカバン職人だった吉蔵は生前、「絶対に日本の職人さんを絶やさんでくれ」と繰り返し話していました。その教えを守り、当社は昔と変わらない日本製のカバンづくりをしてきました。
 そうした情の面だけでなく、品質面から考えても、それがベストです。当社がお付き合いする日本の職人さん、本当にレベルが高いと感じます。技術だけでなく「気働(きばたら)き」といえる部分も含めてです。仕事ですから、お願いしたことだけをやっていただくのは、ある意味では当たり前かもしれません。でも、当社が仕事をお願いする職人さんたちは、依頼した以上のことを創意工夫してくださるのです。
 先述した「ポーター ウィズ」では、職人さんは手に持つ「ハンドル」という把手(とって)部分に工夫をこらして、テープを下まで伸ばして縫っています。さまざまな荷物を入れて重くなっても、ハンドル部分が抜けないための工夫でした。さらに、ファスナー部分の先をラウンドさせてファスナーがかまないための工夫もしてくださっています。
 依頼を受けた内容以上の出来ばえで応えてくださる職人さんが多いのも、日本のクラフトマンシップの特徴ではないでしょうか。

 このやり方を、海外工場での生産に変えてしまうとどうなるか。同業他社のカバンメーカーでも、1990年代後半から中国など海外に工場を移したところが少なくありません。
 現在の中国は、経済成長に伴い工賃も上がりましたが、当時は工賃が安い中国で生産して、販売価格を安くするのが業界の主流でした。当社もずいぶん誘われましたが、海外生産をする気はまったくありませんでした。
 デフレ時代で商品価格がどんどん下がる時代でしたので、私どもの商品も価格競争という面では苦しかった。でも当社の営業が、安売りの「価格訴求」ではなく品質の「価格訴求」を提案し続けて、得意先小売店の売り場を確保してくれました。

 海外での生産は、工程を管理して行なう単一商品の大量生産には向くでしょうが、多品種少量生産には向きません。当社のように、デザイナーと職人さんが細部を詰めて商品開発し、1つひとつ手作業でつくっていくという手法では絶対に無理です。
 近年は円安になっているので、一度海外に生産拠点を移したメーカーでも、日本国内に回帰する動きもあります。なかには海外生産がうまくいかずに消えていった会社もあります。他社の事情は存じ上げないので軽々しく言うべきではありませんが、経営者の判断次第で明暗が分かれるものだと思います。
 そして、このことも創業者の遺志でした。「海外拠点は絶対にやめてもらいたい。オレが死んでもこれは守ってくれ」と強く言われていたのです。

 『吉田基準』 第1章 より 吉田輝幸:著 日本実業出版社:刊

 日本の職人さんにしかできない、きめ細かい気づかい。
 それが他社の真似できない圧倒的な高品質につながっています。

 目先のコストよりも、継続的な品質。
 経営者のブレない姿勢が、世界的なブランド力を形づくったといえます。

カバンの修理は、つくった職人さんに委ねる


 吉田カバンの大きな特徴のひとつ。
 それは、「自社商品のカバンの修理を承ること」です。

 社内には「修理部」という部署があり、ここで一括管理しています。同じカバンであっても複数の工房でつくることもありますが、商品を調べれば、どこの工房でつくられたものかがわかるようになっています。修理依頼は、原則としてその商品を製造した工房に頼みます。つまり、つくった職人さんが修理も担当することになるのです。

 お客さまが修理を依頼される理由はさまざまですが、長年使われて「愛着のあるカバンだから直してでも使いたい」というケースが多いようです。時には何十年も前に販売して、ぼろぼろになった状態のカバンが持ち込まれることもあります。
 長年使われたカバンほど、職人さんにとっての修理作業は大変です。職人さんはできる限りのことをしてくださり、多くの場合は使い始めた時のような風合いが蘇ってきますが、一度解体して再縫製することも多いため、素材の傷みが激しいと修復がむずかしいこともあります。
(中略)
 職人さんにとっても、自分がつくったカバンほど、修理によって勉強になることが多いようです。当社のカバンは、少しぐらい手荒く扱われても壊れにくいように随所に配慮していますが、それでも壊れる部分があると、「そうか、この部分をもっと補強したほうがいいのか」と気づかされますから。
 総じて、修理を依頼されるお客さまほど、熱烈な愛用者であることも多いようです。2012年に放映された『カンブリア宮殿』でも、15年使われていた「タンカー」の修理依頼をされた男性客が紹介されていました。その方は「1万7350円」で買われたカバンが、クリアポケットとホックとネームタグが壊れたので、該当箇所を取り替えて縫い直し「7350円」で修理されました。誕生日の記念に直そうと思われたそうで、当社のカバンを30個も持っておられるそうです。
 可能なかぎり、ずっと使い続けたい――。お客さまのこの思いも大切にしたいと考えています。

 『吉田基準』 第1章 より 吉田輝幸:著 日本実業出版社:刊

 壊れたら新しい商品を買ってもらう。
 そのほうが、作る側は利益は出ます。
 それでもあえて、修理依頼を承るのは、カバンに対する愛情と、そのカバンを大事に使ってくれるお客さまへの感謝の気持ちが強いからでしょう。

 短期的な利益よりも、お客さまとの長期的な信頼関係を大事にする。
 80年間生き残ってきた吉田カバンの強さの秘訣でしょう。

求められる要素で、最も重視されるのは「耐久性」


 吉田カバンの強みである「高品質」を支えているのは、職人さんたちです。
 その一人が、カバンにつける錠前や金具・プラスチック部品の製造・販売を手がける齋藤正治さん。

 齋藤さんは、吉田カバンの、異常なまでの品質へのこだわりを以下のように述べています。

 昔はカバンは、旅行や帰省など年に数回しか使わないものでした。それが「タンカー」のようなカバンが出てきて、毎日使うものに変わった。そうなると金具類にも耐久性や強度が求められます。たとえば亜鉛ダイキャストという素材は軽くて加工しやすいのですが、それでつくられたナスカンと半月カン(カバン本体に付属する半月形の金具)が擦り合うと折れてしまう。そうした点も改良しました。軽いプラスチック製も増え、使い勝手に合わせてパーツ類も進化しています。
 吉田カバンからは、「ボストンバッグのようなカバンでは荷物をこれだけ入れます。だから100キログラムの負荷に耐えられるようにしてください」と要望が来ます。他のカバンメーカーよりも要求水準は高いですね。昔は「人間が手に持って運べるのは20キロが限界。20キロの負荷に耐えられればよい」と言われていましたが、モバイル機器などビジネスマンの荷物が増えた現代では、負荷や耐久性の基準も厳しくなった。さらにカバン自体の総重量を軽くするために、金具類も軽さが求められます。

 改良のきっかけとして一番いいと思うのは、吉田カバンが「修理」を受けていることです。昔はナスカンが折れて修理に至ることがいまよりも少なかった。たとえば重い荷物を入れたままカバンを引っ張ったりすると、過剰な負荷がかかります。人によって使い方が違い、それも製造側が見越して商品づくりをする時代です。
 小さな金具が壊れただけでも、カバンが使えなくなることがある。修理をするにも手間と時間がかかります。お客さまにも吉田カバンにも迷惑をかけてしまうので、そうならないよう、金具類をかなり改良しましたね。こうした引っ張り具合への耐久性は、東京都立産業技術研究センターのような第三者機関の審査を受けます。新商品の発売の際に、吉田カバンにはそうした数値データを求められるので、金具類には試験結果データを添付しています。

 手がけているのはカバンの中では小さな部分ですが、品質の高さを追求してきた自負心はあります。吉田のデザイナーも、生地や裏地にはこだわって素材開発もしているけど、元社員としては、金具にはそれ以上にこだわってほしい(笑)。

 『吉田基準』 第3章 より 吉田輝幸:著 日本実業出版社:刊

 吉田カバンが、いかに仕事を依頼する職人さん達を信頼していたか。
 それがよくわかるエピソードですね。

 吉田カバンが、職人さんの腕に期待して、高度な技術を要求するオーダーを出す。
 職人さん側は、それに全力で応えて、結果を出す。

 その繰り返しが、他の追随を許さない高品質のカバンを生み出します。

短期的な視点はやめて、新商品はじっくり育てる


 ITの進化により、さまざまな売上データの分析ができるようになりました。
 コンビニなどでは、売り上げの悪い新商品は、あっという間に姿を消します。

 しかし、吉田カバンはそのようなやり方はとらず、新商品はじっくり育てます。

 それはなぜなのか。私は営業は「いま」しか見ていないようではダメだと思うからです。人間に大器晩成型があるように、商品にも徐々に売れていく大器晩成型があります。
 現時点で売れ行き不振ならば、どんな販売提案をすれば売れるようになるかを考えるのが営業の役割です。もし営業が「もっといい商品をつくれ!」と言い、企画が「もっとがんばって売れ!」と言い合う事態になれば、企業体として深刻な問題です。
 幸い、現在の当社にはそうした空気はなく、営業は一所懸命に吉田カバン商品の魅力をお客さまに訴求してくれています。たとえば、当社が年に2回の新製品展示会で提案するカバンは「未来の商品」ですから、どのような販売提案をして小売店に共感していただき、商品受注につなげるかが営業の役割です。誤解のないように付け足せば、企画も営業も関係なく、若い社員からも自由に意見が出てくるのが当社の持ち味です。意見を抑えているわけではありません。

 直営店の販売スタッフの場合は、お客さまの生活スタイルに合わせて商品提案をしていく。接客の際に家族構成や趣味をさりげなく聞きだして、それに見合ったカバンや小物をお勧めしていく。会話のキャッチボールをしながら商品を探すのが実店舗の魅力の1つですから、販売側が商品提案力を磨かないと、ワンクリックで買い物ができて配達までしてくれるネット販売に負けてしまいます。
 当社の代表的な商品である「タンカー」は、発売後十数年経ってからブレイクしました。そしてブレイク後も時代を見据えた魅力ある新型を追求し、2014年には30年ぶりの新色を発売しており、高い水準で、20年近くにわたり安定した売上を保持しています。これなど、「いま」しか見なかったら、日の目を見ることはなかったと思うのです。

 『吉田基準』 第4章 より 吉田輝幸:著 日本実業出版社:刊

 本当に価値のあるものは、時代を超えて愛されます。

 買い手に迎合せず、買い手のニーズを的確にとらえた商品。
 それが、息の長いヒット商品として生き残るのでしょう。

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 世界的な不況の波に押されて、日本国内の工場が中国や東南アジアの国々に続々と移っています。
 国内産業の“空洞化”、それに海外への技術や人材の流出。
 日本経済を支え続ける製造業の危機がささやかれています。

 そんな中、吉田カバンは、日本の職人さんのみによる、真の「メイド・イン・ジャパン」を守り続けて成功を収めました。
 今ではトップブランドとして認知され、売上も順調に伸ばしています。

 手作りに、品質に、ユーザーのニーズに、徹底的にこだわる「吉田スタイル」。
 それは、日本のメーカーが進むべきひとつの方向性を示してくれています。


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